小説 | ナノ



04
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ユリアはベンチに座り、携帯を見つめていた

開かれた携帯の画面には一通のメール文




From:クラウド
Subject:今日

忙しいのにごめん…。
俺は15時に休憩だから、暇だったら来てくれないか?

話がしたいんだ。

     ─END─




あの女性社員達に絡まれてからクラウドとは顔を合わせるどころか、メールもしていない

本当は忙しいわけではなかった

ただ……
「ユリアちゃん!待ったぁ?」



ニコニコと上機嫌な笑みを浮かべてやってきた女性にユリアはさらに表情を暗くする

彼女はあの日の3人組の1人だ



「どうしたのぉ?元気ないよ〜?」



心配するような言葉だが、そんな素振りは全く見られない

座っているユリアを見下すような目

口元に浮かべた不敵な笑み

ユリアは何も言わずに携帯を突き出した

それを受け取り、画面に目を通す



「…15時かぁ。ふふ、いつもありがとうね〜」



そう言って携帯をユリアに返し、背を向ける

ユリアは黙ってその背中を見つめた


あの日から毎日、彼女はクラウドの休憩時間を聞きにくる

きっとクラウドに会いに行っているのだろう

そう思うと胸が痛み、何か黒い感情がじわじわと迫ってくる

ユリアは強く拳を握りしめた


…あたしだって、本当は……



ユリア:「会いたいよ…クラウド」





最近、ユリアの様子がおかしい

顔…口元に傷を作ってきたあの日からずっとだ

あの日に何があったんだろう…

そんな事を考えながら社内をフラフラ歩いていると、1人の女性社員が歩み寄ってきた



「ザックスさん、どうかなさいました?」


ザックス:「え?」


「なんだか浮かない顔ですわよ」



言いながら頬笑む女性社員に“何でもないよ”と言って愛想笑いをする

1STになってからやたらと女性に声をかけられるようになった

悪い気はしないが、今は放っておいてほしい

そのまま立ち去ろうとすると女性は無理やり腕を絡ませてきた



ザックス:「っちょ、何すん
「そういえばザックスさんって妹さんがいらっしゃいますわよね?」



その言葉にザックスの眉間に皺が寄る

女性はそれを確かめると笑みを深くした



「よろしければ、妹さんのお話を聞かせていただけませんこと?」


ザックス:「…悪いけど」



女性の腕を軽く振り払い、目を逸らす



ザックス:「今、ユリアには関わらないでくれるか?」


「あら。何か困ったことでも?」


ザックス:「………いや」


「何かあったら私、相談に乗りますわよ?気軽に話してくださいね」


ザックス:「…………」



女性はニコッと頬笑んでみるが、ザックスは見向きもせずに行ってしまった

その背中を見送りながら、女性が小さく舌打ちをしたのは誰も知らない…





ユリア:「…ただいま」


短銃女:「おかえりなさい。…ねぇ、ユリア」

ユリア:「ごめん、仕事は後でちゃんとやるから」



それだけ言って休息室に引っ込む

その姿を見てタークスの面々は小さくため息を吐いた

ここ最近、まともにユリアと会話をしていない

いつもなら笑顔で仕事場に飛び込んでくるのに、楽しそうな雰囲気はおろか笑顔も消えてしまった



ヌンチャク:「ユリア、どうしちゃったんだろうね?」


格闘女:「兄と一緒にいるところも見ないな」


ロッド:「この間はレノと険悪になってたしな〜」



あの時は本当に居心地が悪かった

ピリピリとかギスギスなんてものじゃなく、息をすることさえも億劫なほど重苦しい空気

あまり思い出したくない事を思い出し、また小さくため息を吐いた



散弾銃:「で、その彼はどこにいますの?」


短銃男:「…たしかこの時間は…」


「「「…………あ」」」







ユリア:「………」



最悪だ…

今、一番顔を合わせたくない人がなんで…

目の前のソファで寝転がっている人物、レノを見やりながら心の中で呟く



レノ:「いつ休憩しようと俺の勝手だろ」



突然発された声に心を読まれたのかと一瞬ヒヤリとしたが、ユリアはなるべく平静を装った



ユリア:「別に。レノがいたって関係…っ」



“関係ない”

その言葉がどれだけ冷たくてひどい言葉だったか、昨日のレノの反応を見れば分かる

出かかった言葉を寸前で止め、目を逸らすとレノは大きくため息を吐いた



レノ:「とりあえず座れ。休憩しに来たんだろ?」


ユリア:「あ、うん…」



寝ていた体を起こしてソファを半分空けてくれる

なんとなく気まずさを感じながらも、せっかく空けてくれたからとユリアはおそるおそる腰かけた



レノ:「っこいしょ、と」

ユリア:「わっ!?ちょっと…!!」



ソファに座って一息吐いた瞬間、その膝になんの遠慮もなくレノが頭を乗せてきた

いわゆる“膝枕”というものをした事がないユリアは身動きが取れずにあわてふためく



ユリア:「レノ!重いよ!どいてよ!」


レノ:「やなこった」


ユリア:「っなん
レノ:「お前、俺らに何隠してんだ?」



下からじっと見つめられ、うまく顔を背けられずに視線を泳がすユリア

が、レノは容赦なく質問を続ける



レノ:「最近、ザックスやあの一般兵と一緒にいないのも関係してんのか?」


ユリア:「……違う…」


レノ:「じゃあなんで一緒にいないんだ?今日もあの一般兵、知らない女に付きまとわれてたぞ、と」


ユリア:「…………」



あぁ、やっぱりあの女性社員はクラウドと一緒にいるのか

“今日も”ってことは今までも…

そう思うとなぜかイライラして、どこかに怒りをぶつけたくなった

今まで溜めたり抱えたりしていた不安や苛立ちが徐々に膨れ上がる

耐えるように拳を握り締めていると、レノは小さく息を吐いた

そして、その後の言葉にユリアの中にある何かが切れた



レノ:「お前一人じゃどうしようもないだろ?」



どこかで聞いた事のある言葉にハッとする



―――あぁ、子どものアンタ一人でどうにかなるわけないか



小馬鹿にしたような目でこちらを見下し、冷笑を浮かべた顔

あたしが何もできないお子様だって言いたいの?

お兄ちゃんの七光りでここまでやってきたと思ってるの?

レノも…あの人達と同じなの?



レノ:「だから俺らに
ユリア:「言われなくたって分かってるよ!!」



突然怒鳴ったユリアに目を見開くレノ

ユリアは構わず怒鳴り続けた



ユリア:「どうせあたしはダメなやつって言いたいんでしょ!?タークスに入れたのもお兄ちゃんがソルジャーだからで、あたしの力じゃない!みんな…っ、あたしのこと何もできないって思、思っ…て……っ」



悔しさと怒りで涙がボロボロと零れ落ちる

どんなに拭っても止まらなくて、嗚咽に邪魔されてうまく話せなくなった

と、ふいに膝が軽くなったかと思うと、腕を掴まれて真正面から見つめられる



レノ:「…そんな事、誰に言われた?」



レノの強い眼差しから逃れられず、ユリアは黙って首を横に振った

その行為にレノは小さく舌打ちする



レノ:「言ってみろ。男か?女か?」


ユリア:「やだ、やだ…っ!」


レノ:「最近、お前の様子がおかしいのと関係あんのか?」


ユリア:「っ違…う、うわぁああぁぁ───…ん!!」



何を聞いても頑なに言おうとしないユリアにレノの中で不安が募る

こんなに弱ってるユリアは見たことがない

そしたら…ここまでこいつを弱らせたのは何者なんだ?

わあわあと泣き喚くユリアの顔を自分の胸に押し付ける

どんなに仕事ができたって中身は普通の12歳の少女だ

本人は子ども扱いするな、と言うがユリアを見くびったりとかそういうことじゃない



レノ:「心配なんだよ、お前が…」



神羅の中で最年少の少女がタークスとして働いている

兄はソルジャー・1STで、知名度も高い

それを面白くないと思ってるやつはごまんといるだろう



レノ:「頼れよ…、仲間だろ?」



そう言い聞かせてもユリアは首を横に振る

レノは眉を寄せ、未だ泣きじゃくるユリアをきつく抱き締めた

俺じゃ…だめなのかよ…っ

込み上げる悔しさと苛立ちを隠すようにレノは明後日の方向を睨み付ける


仲間を傷つけた罪は重いぞ、と…





ユリア:「ん…?」



いつの間にか眠ってしまっていたらしい

ソファに横たわっていた体を起こせば、上にかかっていた毛布がばさりと落ちた

そこでハッと気づく



ユリア:「レノ…っ!?」



一緒にいたはずの彼の姿がない

さっきは勢いに任せてひどいことを言ってしまったし、自分が何かを隠しているということもバレてしまった

調べたりとかそういうこと…してないよね?

少し慌てて休憩室を出ると、ちょうどこちらにレノが歩いてきているところだった



ユリア:「レノ!」


レノ:「お?よぉ、起きたのか」



今までのように片手を上げて挨拶してきたことは気に留めず、ユリアは不安げにレノを見上げた



ユリア:「…何も、言ってないよね?」


レノ:「何が?」



意味が分からないと言いたげな表情で首を傾げられ、ユリアは心の中で安堵した



ユリア:「何でもない。あたし、上がるね。お疲れ様」


レノ:「おう、お疲れ〜」



スタスタと歩いていくユリアの背中に手を振り、それが見えなくなったのを確認するとレノは全員の顔を見回した



レノ:「…内容はさっき話した通りだ。これは秘密裏に行う。本人や主任はもちろん、ツォンさんは兄貴と繋がってるから絶対に知られるなよ」


「「はっ!!」」



全員が社員プロフィールやPCと向かい合い、何かを調べ始める

レノはユリアが歩いて行った方向に視線を向けた

…お前が受けた苦しみ、絶対に晴らしてやるからな




ユリア:「ただいま…」

ザックス:「いや、だから違うって!そういうんじゃなくて……」



何やらリビングでザックスが騒いでいる

何事かと覗きこむと、携帯片手に部屋の中を右往左往している兄の姿があった



ザックス:「妹なんだってば!本当に!!理由も分からないからどうしようも…って、エアリス!?ちょ、切るなよ…」



がっくりと肩を落とし、ソファに腰を下ろすザックスの後ろ姿からは悲しげなオーラが漂っている

ザックスには散々迷惑と心配をかけてしまったし、会話もせずに無視し続けていた

申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ユリアはそっと背後に忍び寄って後ろから首に抱きついた



ザックス:「お、わ!?っえ、ユリア…?」


ユリア:「…ごめんね、お兄ちゃん。ごめんなさい…」



腕に力を込め、肩に顔を埋める

その様子をザックスは黙って見つめ、ゆっくりと口を開いた



ザックス:「理由は…教えてくれないのか?」


ユリア:「……………」



無言は肯定を表す

やっぱり答えてはくれない、か

小さくため息を吐き、ザックスはユリアの方に向き直った



ザックス:「ユリア、兄ちゃん怒ってないから。顔上げて?」



俯いたままのユリアの顔を上げさせれば、その瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた



ザックス:「ユリア?」


ユリア:「おに、ちゃ…っ!」



再び抱きついてきたユリアに戸惑いながらもその背中をあやすように叩く



ザックス:「どうしたんだよ、ユリア?兄ちゃん本当に怒ってないって」


ユリア:「あた…し、」



抱きついたまま、ユリアはしゃくりあげながら話しだした



ユリア:「あたし、いっぱい…迷惑かけ、…思っ…。でも……お兄ちゃ、は…好き、だからっ」



その告白にザックスは一瞬固まった

嬉しさよりも切なさが胸を刺す

そうして言葉にすることで自分の意思を相手に伝えておく

つまり、これからも今までの状況が続くということ

本当は問い詰めて原因を聞き出したい

けれど、それはユリアを余計に苦しめるだけだ…

グッと唇を噛みしめ、それを緩めるとザックスはにっこりと頬笑んだ



ザックス:「そうかそうか!俺もユリアのこと大好きだぞっ」



そう言って力強く抱きしめると、微かに呻き声が聞こえた

そして、どちらからともなく声を上げて笑った

何日ぶりの会話か分からない

それでも、そのたった数分で今までの空白が埋まっていくようだった





ユリア:「おはよう」


ヌンチャク:「ん、おはよう、ユリア」



少しずつ戻ってきたユリアの表情に全員が安堵していた

挨拶もしてくるようになったし、それなりの会話もしている

が、一歩でも仕事場から出ると一切口を開かなかった

まるで、誰かに見られるのを恐れるかのように一人でさっさと歩いて行ってしまう

そしてもう一つ、携帯を見た時に一瞬だけユリアの表情が寂しげに変わる



ユリア:「ちょっと散歩してくる…」


刀:「うん、行ってくるといいよ」



携帯をポケットに押し込んで出ていくユリアの様子を仲間がメモしていることなど本人は知る由もない…





「うん、今日は16時ね!いつもご苦労さまぁ〜」


ユリア:「…もう慣れたよ」



あきれ気味にため息を吐くと、女性はこちらをじっと見つめてきた



ユリア:「…何?」


「うぅん、なぁんか…雰囲気明るくなった感じがするなぁって思っただけ〜」



その言葉に一瞬肩が跳ねそうになったが、素知らぬ顔をしてみせた

実際、レノに怒鳴り散らし、ザックスに謝ってから気持ちが少しだけ軽くなっていた

けれどこれを知れば彼女達は面白くないと思うに決まっている



ユリア:「何それ、嫌味?」


「うふふ、そうかもねぇ」



クスクスと嘲笑するような顔と言葉を向けられ、ユリアは立ち上がった



ユリア:「もう用は済んだでしょ?あたしは仕事に戻るから」


「はいはぁ〜い。“仲間”の邪魔しないようにお仕事頑張ってねぇ〜」



楽しそうな声で腹の立つことを言う…

心の中で悪態を吐きながら仕事場に戻ると、ルードがタイムスケジュールを見ていた



ユリア:「どうしたの?」


ルード:「…あぁ、休憩時間が変更になったんだ」



その言葉に一瞬だけ期待が生まれた

16時だったらクラウドに会えるかもしれない

話せなくてもいい、見れるだけでも…

自分の休憩時間を探し、時間を確認する



ユリア:「……14時…」


ルード:「ずいぶん早まったな」


ユリア:「…うん」



なるべくいつものように振舞っているつもりだったが、声のトーンが暗かったのに気づいたのかルードは心配そうにこちらを覗きこむ

それをかわし、ユリアは自分の仕事に取り掛かった





格闘女:「ユリア、そろそろ休憩だろ?休んでこい」


ユリア:「もうそんな時間か…。ちょっとブラブラしてくるね」



部屋を出て、廊下を歩きながら大きく伸びをする

こんなに仕事に集中できたのは久しぶりかもしれない

61階まで行き、空いている椅子に腰掛けて目の前の大木を眺める

目の保養にいいという話を聞いたことがあるが…本当だろうか



「あれだろ?噂の最年少タークスって」


「そうそう。俺こないだ見たぜ」



遠巻きから見ている誰かの話し声が聞こえる

まったく、こういうのは本人に聞こえないようにするのが礼儀
「ユリア?」



ふと聞き覚えのある声が耳に届いた

思わず振り返ると、見たことのある制服が3つ

その中でも一際目を引く金髪の少年と目が合った



クラウド:「ユリア…、久しぶりだな」


ユリア:「クラ、ウド…」



どうして?なぜ?

クラウドの休憩時間は16時のはず…

理解できずにポカンとしていると、クラウドは苦笑いを向けた



クラウド:「ごめん、あの時間は嘘なんだ。最近俺に話し掛けてくる女の人とユリアが一緒にいるの見たってやつがいて、もしかしてって思ったんだけど…」



瞬間、脳内に衝撃が走った

彼女に教えた時間は…嘘…?

もしもそれがバレたら…



「クラウド、お前知り合いなの?」


「なぁ、俺らのこと紹介してくれよ」



友人と思われる2人がクラウドとこちらを交互に見ている

けど、ユリアにとってそれは大した問題ではなかった

こんな公衆の面前でクラウドと会話してしまった

そして、彼女に嘘の時間を教えて自分はクラウドと会っている

………………もう、だめだ

ユリアは立ち上がると、ふらふらとその場を後にした



クラウド:「ユリア…?」



心配そうな声が聞こえたが、振り返らずに歩いていく

あてもなくふらつき、下の階に降りようと階段にさしかかった時だった



「ちょっと待ちなさいよ」



瞬間、ユリアの全身から血の気が失せた


ユリア:「あ…」


「アンタ、この子のこと騙したんだ?」


「まったく。やる事が汚いですわね」



後ろを振り向けば、会いたくなかった女性社員達

毎日クラウドの休憩時間を教えていた女性は顔を覆っていた



「ひどいよぉ〜。あたしがクラウド君と仲良くしてるからって〜」


ユリア:「ち、違うの!あれは…クラウドが
「何?呼び捨て?」



ふ、と手を退け、こちらを見やる瞳は鋭く光っていた



「あたしは君付けで、君は呼び捨て。何この差。ムカつくんだよ」



睨み付ける目は真っすぐにユリアを見ている

ユリアはその瞳に怯み、思わず後ずさった

が、背後に階段があるせいでこれ以上は後ろに下がれない

と、ゆらりと女性社員が近寄ってユリアの顔を覗き込んだ



「君はあたし達より上の立場にいるからって調子に乗ってるんじゃないの〜?」


ユリア:「!違う!!そんなの…っ
「ただの僻みだ、とでも言いたいんですの?」



他の2人もこちらに歩み寄り、じりじりと距離を詰めてくる

ユリアも後ろに下がるが、左足の踵が段差を知らせた



「あたしらだって必死なんだよ!それなのにアンタは…っ」


ユリア:「…あたしが…何?」



唇を噛みしめてこちらを睨みつける女性社員に怯えながらも聞き返すと、全員の顔に怒りと憎しみが見えた



「職場での関わりがないことだって分かってますわ。それでも私はザックスさんの近くにいたいんですの」


「レノさんはいつでもアンタの近くにいる。他の女になんかまるで興味ないみたいに…!」


「どうしてクラウドくんはあたしに振り向かないわけ?」


「まだ他の女性社員なら許せましたわ。けれど…、どうして貴方のような子どもなのかが理解できませんわ!!」



そう言った瞳には明らかに嫉妬の色がある

どうしよう…怖い…っ!!

逃げ場を失くし、追い詰められるような形となっているためか恐怖が膨れ上がっていく

彼女たちの横を何とかして通り抜けようか、と考えていると目の前に女性の笑顔があった



ユリア:「…え?」


「ていうことだからさ。…アンタ、いなくなって?」



強く肩を押され、思わずよろめく

瞬間、手すりを掴んでいた手が離れてしまい、完全にバランスを崩した



ユリア:「きゃ…!?」



スローモーションのように体が後ろに倒れていくのが分かった

足が床から離れ、内臓が浮き上がるような浮遊感

思わず後ろを振り返ると迫ってくる階段と床

ぞくり、と背筋を悪寒が走る

あたし…死ぬの?



「ユリアっ!!」



誰かが名前を叫んでいるのが聞こえた

が、そちらに振り向くより早く、激しい衝撃と痛みでユリアは意識を手放した








ユリア:「………、ん…?」



まっ白い世界

床も天井も布団も、全部が白い

とうとう天国に来ちゃった?

…いや、そんなん笑えないよね?


ぼんやりする頭を軽く振ると、少しだけ痛みが走った



ユリア:「…あたし、どうなったんだっけ?」


「階段から突き落とされたんだぞ、と」



その声にハッとなり顔を動かすと、ちょうど仕切りになっているカーテンからレノがひょこりと現れた



ユリア:「レノ…?」


レノ:「よう、気分はどうだ?」


ユリア:「…ぼちぼち」


レノ:「はは、だろうな」



そう言って手に持っていた紙袋からフルーツの入ったタッパーを取り出し、差し出す



レノ:「食えそうか?」


ユリア:「…うん、食べる」



本当は食欲なんかなかったが、レノを心配させないためにもユリアは小さく頷いた



レノ:「そうか。じゃあ…ほら」



フォークとタッパーを差し出され、ユリアはきょとんとするがすぐに目を伏せた



レノ:「どうした?やっぱ食欲ないか?」


ユリア:「うぅん……、あのさ、」


レノ:「ん?」


ユリア:「………食べさせて」


レノ:「……………は?」



突然のことにレノは口を開けたまま固まってしまった

今までユリアが自分にこんな要望を言ってきた事などなかった

何だか不思議な気持ちになり、妙に焦ってしまう



レノ:「そ、そ、そうか!じゃあ…あの、ほら…何が、食べたい?」


ユリア:「……いちご」



焦るレノとは対照的に静かに話すユリア

レノはいそいそとフォークにいちごを刺し、ユリアの口元へと運んだ



レノ:「ほ、ほら、ユリア!」


ユリア:「…………うん」



返事をするが、口を開く気配がない

不思議に思って首を傾げるとユリアは俯いて話しだした



ユリア:「…あの人達、どうなったの?」


レノ:「…強制退職だ。もう神羅に関わることはない」



フォークを下ろし、静かに言葉を返す

ユリアは“そう…”とだけ呟いて再び黙り込んだ



レノ:「まぁ、お前が気にすることじゃ
ユリア:「いつから見張ってたの?あたしのこと」



暗い雰囲気を変えようと、レノは軽めに口を開いたがユリアの発言に空気は凍った

ユリアの口調からも刺を感じる



レノ:「…お前と休憩室で会った日からだ」


ユリア:「やっぱり…」


レノ:「けど、ああでもしなきゃお前は
ユリア:「わかってるよ…っ」



顔を歪め、唇を噛み締める

悔しくて、情けなくて、そんな自分が嫌になる…



ユリア:「どうせ、あたしは
レノ:「ストップ」



言葉を遮られ、レノを見上げると厳しい顔つきと目が合った


レノ:「それ以上は言うなよ。ホントにそうなっちまうぞ、と」


ユリア:「…もう、なってるよ」



少し不機嫌そうに呟くとレノはため息を吐き、ユリアの頭をくしゃっと撫でた



レノ:「お前は立派なタークスだ。それは前にも言ったろ?」


ユリア:「……うん」


レノ:「タークスが弱音吐いてちゃ神羅はおしまいだぞ、と」


ユリア:「え〜?そんな大げさじゃないよっ」



クスクスと笑うとレノも柔らかく頬笑み、軽く頭を叩いた



レノ:「そうそう、お前は笑ってりゃいいぞ、と」


ユリア:「なんで?」

レノ:「はぁ!?」



突然真顔で返され、唖然とする

くっそ、これだからガキは…!!

心の中で舌打ちしながらも律儀に答えを探す



レノ:「なんでってそりゃ……?」



そういや何で俺はこいつのために必死になってんだ?



ユリア:「あはは、変なレノ!」



ケラケラと笑うユリアを見つめ、ふと心が落ち着いた

ああ、たぶん俺は…



レノ:「お前の笑顔見てると…安心するんだ」


ユリア:「安心?」


レノ:「あぁ。俺は…お前のこと
ザックス:「はい、そこまで!」



勢いよくカーテンが開いたかと思うと、そこから姿を見せたのはザックスとツォンだった



ユリア:「お兄ちゃん!ツォンも…!」


ツォン:「レノ。お前は職場に戻って始末書だ」


レノ:「っげ!もうバレたんですか?、と」


ツォン:「神羅は社内のハッキング追跡も怠っていない。神羅のセキュリティを甘く見ない方がいいぞ」


レノ:「気を付けます…」



しぶしぶといった様子で立ち上がると、レノはザックスを一瞥してからユリアに向き直った



レノ:「じゃな。また暇な時に見舞いに来るぞ、と」


ツォン:「仕事のことは心配するな。ゆっくり休め」


ユリア:「うん。ありがとう」



そう言うと2人は部屋を出て行った

ドアが閉まると同時に突然ザックスは頭を下げた



ザックス:「ユリア…、ごめん!!」


ユリア:「え!?ど、どうしたの?なんで謝るの?」



訳が分からず、おろおろとしているとザックスはゆっくりと顔を上げ、ベッドの横にしゃがんだ



ザックス:「俺のせいでいろいろ言われたんだろ?ごめんな、もっと早く気付いてやれれば…」


ユリア:「っ違うよ、お兄ちゃんのせいじゃない。あたしが…」



弱かったから

まだ子どもだから

そう言おうとして、ふとさっきのレノの言葉が過る


───ホントにそうなっちまうぞ、と


口に出した想いは現実になる

なら、あたしは………



ユリア:「あたしがもっと強くなればいいんだよ!」


ザックス:「……ユリア?」


ユリア:「そしたら、お兄ちゃんの事も守ってあげるねっ」



そう言って笑顔を向けるとザックスも小さく笑った



ザックス:「…あぁ、そうだな。ありがとう」


ユリア:「……お兄ちゃん、嬉しくないの?」



予想では“兄ちゃんは感激だー!!”とか言いながら泣き出すと思っていたが、そんな様子はない

じっとザックスを見つめていると、優しく頭を撫でられた



ザックス:「俺は、守られるよりも誰かを守りたいんだ。仲間も、大切な人も…ユリアも」


ユリア:「あたしだって大切な人を守りたいよ。だから
ザックス:「違うんだよ、ユリア」



違うんだ、ともう一度呟いてから何かを思い出したようにポケットを漁り始めた



ザックス:「そうだ、クラウドが心配してたぞ?もう仕事も終わっただろうし電話してやれよ。…っと、ちょうどかかってきた」



ほら、と差し出された携帯を受け取ると画面には携帯番号と“クラウド”という文字

クラウドとは会話らしい会話をしていない

あの時も自分のことで頭がいっぱいになってクラウドを無視してしまった



ザックス:「早く出てやれよ。切れちゃうぞ?」


ユリア:「……うん」



意を決して通話ボタンを押して耳に当てると、こちらよりも先に声が発せられた



クラウド『もしもし、ザックス?ユリアはまだ目が覚めないのか?打ち所が悪かったとか…もしかしてひどいケガとかしてるのか?それとも
ユリア:「クラウド、落ち着いて!」



半ば怒鳴るように言うと向こうの声はぴたりと止み、おずおずといった感じで問われた



クラウド『あ、の……ユリア?』


ユリア:「うん、そうだよ」


クラウド『─────っ!!』



電話越しでもクラウドが動揺しているのが分かり、なぜだか笑みが零れた

と、クラウドは優しい口調で話しだした



クラウド『調子はどう?やっぱりまだ具合悪いか?』


ユリア:「うぅん、大丈夫。結構寝てたみたいだし、元気だよ。明日には仕事戻る予定だし」


クラウド『そっか…。ならよかった』



心から安心したというように言うクラウドに胸が高鳴る

こんなに親身になって心配してくれている

クラウドは…特別な存在かもしれない



クラウド『本当はお見舞いに行きたかったんだけど、なかなか仕事が片付かなくてさ…。…ごめん』


ユリア:「気にしないで?気持ちだけで十分だから」



本当に気持ちだけで十分だった

クラウドがそう思ってくれてる…、それだけで幸せな気持ちになれる

…………なんでだろう?


そんな事を考えていると隣からわざとらしい咳払いが聞こえた



ザックス:「んんっ!…積もる話もあるだろうけど、それが誰の携帯か忘れないようにっ」


ユリア:「あ…、じゃ、じゃあまた電話するね!ありがとう、クラウド」


クラウド『…っ、ユリア、待って』


ユリア:「何?」



呼び止める声に、電話を切ろうとしていた手が止まる

何か迷うようなクラウドの唸り声を黙って聞いていると、静かな声が発された



クラウド『今日、会えないかな?』


ユリア:「今日…?」


クラウド『うん。できれば…これから』



真剣みを帯びたクラウドの声に疑問を抱きながらもユリアは頷いた



ユリア:「いいよ。今から行くね」


クラウド『…ありがとう。待ってる』



そうして電話は切れた

携帯をザックスに返すと、軽く首を傾げられる



ザックス:「これからどっか行くのか?」


ユリア:「うん。クラウドが待ってるからって」



それだけ言うとザックスは何かを察したような顔つきになり、優しい笑顔を向けてきた



ザックス:「頑張れよ、ユリア」


ユリア:「?うん…?」



その後、ザックスとともに医務室を出ると再びザックスの携帯が鳴った



ザックス:「ん?ツォンからだ…。じゃあな、ユリア。あんまり遅くなるなよ?」


ユリア:「大丈夫だよ!行ってきますっ」


ザックス:「おう、行ってらっしゃい」



軽く手を振り、いつもクラウドと待ち合わせをしていた場所に向かう

もうほとんど社内に人は残っておらず、通路の明かりも必要最小限になっていた

自分の足音がコツコツと響く

ふと見ると、待ち合わせ場所にはすでにクラウドの姿があった

早く声を掛けたくて自然と駆け寄る



ユリア:「クラウド!お待たせっ」


クラウド:「いや、俺も今来たばかりだから。…ごめん、突然呼び出して」


ユリア:「大丈夫。なんか大事な用みたいだったし」


クラウド:「うん……」



“ちょっと歩こうか”と言って歩きだしたクラウドについていく

歩調を合わせ、隣を歩いているクラウドを見上げる

その表情にはどこか緊張の色が見えた



クラウド:「前に話したの覚えてるか?俺が…ソルジャーになりたいって言った時のこと」



───俺、ソルジャーになりたいんだ


以前、お互いの夢について話していた時に打ち明けてくれたクラウドの夢



ユリア:「うん、覚えてる」


クラウド:「俺は…まだまだ下っぱだけど、もっと訓練して強くなって、ソルジャーになったら…」



そう言って歩みを止める

ユリアも止まると、クラウドと向き合う形になった

まわりが暗くてクラウドの表情はよく見えない



クラウド:「ユリアを、守りたいって思ってる」


ユリア:「大丈夫だよ!あたしも強くなって自分のことは
クラウド:「それじゃだめなんだ」



そう言って引き寄せられたかと思うと、何かにふわりと包まれた

自分がクラウドの腕の中にいると自覚した瞬間、一気に顔が熱くなる



ユリア:「な、に……クラウ、ド?」


クラウド:「今回だってユリアは一人で抱え込んで傷ついてた。ユリアのそういう姿はもう見たくないんだ」



苦しそうな声で話すクラウドに胸が締め付けられる

同時に、鼓動が早くなるのを感じた

どうしてだろう…、なんでクラウドの事になると……



クラウド:「一般兵なんて、タークスに比べたら頼りないだろうけどさ…」



苦笑いを浮かべるクラウドに力強く首を横に振る



ユリア:「そんなことないっ。クラウドは優しいし、十分強いよ。お兄ちゃんも言ってた」


クラウド:「でも、ザックスよりは強くない」


ユリア:「それは…っ」



ソルジャー・1STだから、なんて言い訳は通用しない

返す言葉に悩んでいると、頭上から小さく笑う声がした



クラウド:「ごめん、困らせたかったわけじゃないんだ」



そう言って一呼吸置いて、クラウドは再び口を開いた



クラウド:「俺は…ユリアの一番になりたいんだ」


ユリア:「あたしの?」


クラウド:「あぁ。ユリアのことが、好きだから」


ユリア:「………え?」



さらっと言われた言葉に体が固まる

思い返そうにも思考がうまく働かない

今、クラウドはなんて……?



クラウド:「好きな人を守りたい。だから、傍にいてほしいんだ」



心臓が破けんばかりの勢いで脈打つ

クラウドが、あたしを、好き…

あたしは、クラウドを、…



クラウド:「ユリアは…俺の傍にいてくれるか?」



真っ直ぐにこちらを見つめる瞳

すごく正直で、優しくて、温かい人

もっとクラウドを知りたい

ずっと、傍にいたい……

そんな想いが満ちていく



ユリア:「あたしも…クラウドと一緒にいたい」


クラウド:「…、それは…」

ユリア:「友達とか、仲間とかじゃなくて……その…えっと……」



その先の言葉に緊張してしまい、言葉に詰まる

それを察したのかクラウドは少し体を離し、顔を覗き込んできた



クラウド:「じゃあ、ユリアは俺のこと…どう思ってる?」


ユリア:「どうって…」



顔が熱くなるのが自分でも分かる

思わず目を逸らしてしまったが、クラウドは頬笑んでいる気がする

それが悔しくて、ユリアはぐっと眉をしかめた



ユリア:「今、すっごく嫌なやつって思った!」


クラウド:「あ…、ごめん…」



悲しそうな表情で俯くクラウドを横目に見やり、小さく笑む



ユリア:「でも、そんなクラウドも好きだよ?」


クラウド:「………え?」



勢いよく顔を上げたクラウドに笑いを堪えながら頭を撫でてやる



ユリア:「あたしもね、クラウドのこと好きっ」


クラウド:「…ほん、とに…?」


ユリア:「うん!」



ふわふわとした金髪が心地よい

クラウドがぽかん、としているのをいい事に髪を弄っていると、ふいに視界が暗くなった

同時に締め付けられるような息苦しさも感じる



ユリア:「ちょ、何…ぅぇ、」


クラウド:「よかった…、ユリアも同じ気持ちなんだな…」



きつく抱き締めるクラウドの背中をバシバシと叩くと少しだけ力が緩んだ



クラウド:「これからもずっと、傍にいてくれ。絶対に守るから」


ユリア:「うん。ずっとクラウドと一緒にいる」



誰もいない通路で約束を交わす

それが12月のこと

忘れもしない、12月…





04 -終-