03
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ユリア:「帰って来ないし…」
あれから2日、
あの日、八番街で別れてから一度もザックスに会っていない
携帯も通じないし、セフィロスに聞いても“分からない”と言われた
いろんな人から話を聞きたかったが、タークスの仕事も忙しい
アバランチの行動の激化、ジェネシス・コピーの対策など事務的なものから実戦など幅広く動いていた
ユリア:「お、重い…」
両手に抱えられた大量の書類
これを運ぶのがなぜ自分一人なのかという疑問と、なぜ自分なのかという疑問が湧く
が、答えは簡単だ
ユリア:「どうせあたしはガキですよっ!」
“年下は人一番働かないとな?”
意地悪い笑みを浮かべながらそんな事を言っていた赤毛が脳裏をかすめた
怒りがふつふつと沸き上がるが、あまりの書類の重さに怒りは薄れていく
フラフラした足取りのまま、ユリアは曲がり角に差し掛かった
「うわっ!!」
ユリア:「きゃっ!?」
曲がった瞬間、見回り中の一般兵に思い切りぶつかってしまった
その衝撃で一般兵のヘルメットは吹っ飛び、ユリアは尻餅をつき、書類は見事に床に散らばった
ユリア:「あ、ごめ
「す、すみません!」
…へ?」
ユリアが謝るより早く、ぶつかった一般兵は焦ったように謝った
「あの、怪我とか無いですか?っすみません、俺…ボーっとしてて……」
本当に申し訳なさそうに頭を下げる彼に、ユリアは吹き出す
ユリア:「ぷっ……」
「?」
ユリア:「あはははっ!!ダメだ、笑っちゃう!」
突然ゲラゲラ笑いだしたユリアに一般兵は首を傾げた
自分は何かおかしい事をしただろうか?
いや…何もしていない、はず…
ユリア:「ごめんごめん。…ねぇ、最近入社したでしょ?」
「はい!先日入社して
ユリア:「やっぱりね」
最後まで聞き終わらないうちに言葉を遮る
どこか納得した表情のユリアは一般兵を見上げながら頬笑んだ
ユリア:「あたしのこと、知らないでしょ?」
「えっと……すみません…」
自分で言うのも何だが、神羅の中で自分の名前を知らない者はあまりいない
“ザックスの妹”“タークスにいる子ども”という単語で覚えられている
後者は少しムカつくが、覚えられてしまったものは仕方がない…
とにかく、それを知らないという事はよほど周りに興味がないか、最近入社したばかりという事になる
ユリア:「気にしないで?それに、あたしに敬語なんか使わなくていいんだよ?」
「でも、タークスは…
ユリア:「タークスとか一般兵とか関係なし!あたし、縦社会って嫌いなの」
「はぁ…」
未だ困惑気味の一般兵にユリアは苦笑いを浮かべた
もしかして、年上に見られてる?
…あんまり言いたくないんだけどな……
ユリア:「あたし、あなたより年下だよ?」
「……え!?」
目を見開いて驚く一般兵
その表情は信じられないと物語っている
予想通りというかなんというか…
ただ、手のひらを返して見下すような視線が送られてこないだけマシだ
ユリア:「いくらあたしがタークスでも年下に敬語なんてバカらしいでしょ?」
「…………っ」
困ったように目を泳がせる一般兵に思わず笑みが零れた
この人、素直だなぁ…
ユリア:「…ありがとう」
「え?」
ユリア:「敬語なんて初めて〜!!」
ニコニコと笑うユリアを再びポカンと見つめる一般兵
神羅に入社して以来、いや、生まれて初めて敬語を使われた
この間入ってきた仲間はいちおう後輩にあたるが、みんな年上なので先輩面も何もあったもんじゃない
けど、自分的にはそれが心地よかった
「そうなん……だ」
ユリア:「うんっ。…あ、そうだ。あなたの名前
「おーい!!ユリア〜!」
どこからか声が聞こえた
ユリアは慌てて足元の書類を掻き集める
ユリア:「やっば、仕事中だった!!」
書類を拾う際にさりげなく彼の顔を見つめる
整った顔立ちに長い睫毛、きれいな金色の髪は柔らかそうだがツンツンにしてある
早い話が“イケメン”だ
ふと目が合い、ユリアは慌てて逸らして集めた書類を持ち直し、ゆっくりと彼を見上げた
ユリア:「また会えるといいね!」
「あぁ、また会えるよ」
何の根拠もない言葉だったけれど、なんだか嬉しくてユリアは少し照れ臭そうに笑った
ユリア:「えへへ……ばいば〜い!」
書類を抱え、その場から走り去る
途中、タークスの仲間に出会った
ロッド:「お、ユリア!遅かったから心配したぞ?…て、その荷物じゃ仕方ないか」
どうやらさっき自分を呼んでいたのは彼だったらしい
半分持ってやるよ、と言われ、その言葉に甘えて半分渡す
と、彼は真剣にユリアの顔を覗き込んだ
ユリア:「……何?」
ロッド:「嬉しそうな顔してるけど、なんかいい事あった?」
ユリア:「………別にっ」
素っ気なく返すと彼は“ふぅん…?”と腑に落ちない感じではあったがそれ以上は追及しなかった
ユリア『やっぱり名前聞いとけばよかったな〜…』
その日は、ユリアがずっと上の空だったり、それに苛立ったレノが怒声を浴びせたりと散々な日だったとか…
あれから数ヶ月…
最近、ザックスの様子がおかしい
頻繁に誰かと電話してるし、出かける回数も増えた
どうしたのだろう…
ユリア:「はぁ〜あ…」
レノ:「なんだよ、ユリア。デカいため息なんか吐いて」
ユリア:「ん、別に…」
適当に返事をしてデスクに向かう
レノはユリアの方に向き直り、その顔を覗き込んだ
レノ:「なぁにいじけたツラしてんだよ、と」
ユリア:「別にいじけてないもん…」
レノ:「最近兄ちゃんが相手してくれなくて寂しいとかか?」
冗談で言ったつもりがユリアの表情をますます曇らせる
レノ:「…マジかよ」
ユリア:「それだけじゃないもんっ」
もう一つの悩み、
この間の一般兵になかなか会えない事
社内散歩のついでに見回りしている神羅兵のチェックをしたり、トレーニングルームを覗いたり…
それでも探している彼には会えなかった
ユリア:「…任務、なのかな?」
ルード:「ツォンさんはモデオヘイムだ」
ユリア:「ツォンじゃない!」
レノ:「ま、まぁ…あれだ。その……俺が、いるだろ?」
何やらとんでもない事を口走るレノだが、ユリアはあまり深く考えずに“うん”と流した
やけに長く感じた仕事も終わり、部屋に戻るとザックスの部屋に明かりが点いていた
瞬時に疲れも沈んでいた気持ちも吹き飛び、ユリアは駆け出した
ユリア:「っお兄ちゃん!」
勢いよく部屋に入るが、空気は重く、ベッドに腰掛けているザックスの表情も暗い
ユリア:「お兄、ちゃん…?」
遠慮がちに声をかけて、ふと壁に立て掛けてある大剣が目についた
それは兄の友達でもあり、師でもある、アンジールのもの
瞬間、ユリアは全てを察した
何か声をかけた方がいいのか、そっと出ていった方がいいのか
少し悩んだ挙げ句、ユリアは後者を選んだ
静かに背を向け、部屋を出ようとした時、
ザックス:「…ここにいてくれ」
さっきから一言も喋らなかったザックスが小さく呟く
ユリアは驚きながらも、ゆっくりと隣に腰掛けた
ザックス:「…ユリア、」
ユリア:「ん?」
ザックス:「ソルジャーは…モンスターなのか?」
呟かれた言葉には怒りと悲しみが入り混じっている
ユリアは質問の意味を理解しようとしたが、素直に答えることにした
ユリア:「モンスターなんかじゃない。セフィロスさんだってそうでしょ?…アンジールさんも…」
と、ザックスの体が揺れた
見上げると、顔を背けてはいるが微かに聞こえる嗚咽
初めて見る兄の涙にユリアも目の奥が熱くなる
ユリア:「お兄ちゃんも、モンスターじゃないよ…っ」
呼び掛けてみてももちろん返事はない
ユリアはそっとザックスの手を握り締めた
すると、痛いぐらいの力で握り返される
思わず声を上げそうになったが、素早く押し込めて手の温もりを感じた
こうしてずっと支え合っていけたらいい
ユリアは静かに目を閉じた
ユリア:「………ん、」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい
まだボーッとする頭で天井を見上げた
…………あれ?ここ、あたしの部屋じゃない…
ベッドから跳ね起き、辺りを見回す
家具の配置や置いてあるものからして明らかにここは、
ユリア:「お兄ちゃんの、部屋…」
ザックス:「おう、起きたか!」
ドアが開き、ザックスが顔を出す
昨日とは打って変わって明るい表情だ
無理をしているのかもしれないけれど…
ザックス:「朝飯作ったから一緒に食べようぜ?久しぶりだろ?」
ユリア:「あ…、うん」
確かに二人で朝食をとるのは久しぶりだ
なんだか嬉しくてユリアは小走りに部屋を出た
キッチンからは香ばしい匂いが漂ってくる
テーブルにつくとザックスが朝食を運んできた
ザックスが席に着いたのを確認してからユリアは“いただきます!”と手を合わせた
ザックス:「あ、そうだ。なぁ、ユリア?」
ユリア:「ん〜?」
ザックス:「今日の昼飯、社員食堂に来ないか?」
ユリア:「んー…」
ザックス:「ユリアに会いたいってやつがいるんだよ」
ユリア:「ふぁにふぉえ(なにそれ)?」
ザックス:「大丈夫!俺の友達だから」
満面の笑みで言うザックス
ユリアはパンを頬張りながら首を傾げた
ザックスが誰かを紹介したがるなんて珍しい…
ユリア:「まぁ、楽しみにしとく」
ザックス:「おーしっ!約束だからな!!」
…本当に誰に会わせる気だろう…
妙に上機嫌な兄に少し不安を抱きながら、ユリアは再びパンをかじった
−社員食堂−
ユリア:「うわ…」
さすが昼時と言うべきか、食堂は見事なまでに人が溢れていた
ふだんは購買で適当に買うか弁当を持参するかして職場で食べていたので食堂に来るのは初めてだ
ユリアは待ち合わせているはずの兄を探して辺りを見回す
「ねぇ、あの子…」
「うっそ、あれでタークス?」
「え、可愛い〜…」
「おいおい、狙うなよ?」
「しかもザックスの妹だって…」
まわりからヒソヒソと話す声が聞こえる
ユリアはため息を吐き、俯いた
最近やたらと声をかけてくる男性が多い
それに比例して女性からは敵意の目を向けられる
どうしていいのか分からず、ただ立ち尽くしているとまわりが奇妙にざわついた
不思議に思って顔をあげると、誰かの手が見えた
「…〜ぃ、ぉ〜い、ユリア!!」
ユリア:「っな…!!」
思わず持っていたトレイを落としそうになり、慌てて体勢を整える
やけに高い位置から突き出た手は大きく振られ、自分の名前を呼んでいた
賑わっていた人々は自然と道をつくり、ユリアと手を振る人物を結び付ける
道の先に目をやると、椅子の上に立って満面の笑みを向けている兄…ザックスがいた
ユリアは真っ赤になる顔を隠すように下を向き、足早にそのテーブルに向かう
勢いよくテーブルにトレイを置くと兄を鋭く睨み付けた
ザックス:「なんだよ〜、そんな怖い顔するなって」
ユリア:「信っじらんない!恥ずかしいからやめてよね!!」
しん、と静まり返った室内は遠慮がちにざわざわとし始めた
ユリアは深くため息を吐き、椅子に座る
ユリア:「…や、もういいや」
ザックス:「そうそう!お客さんの前でケンカしたくないからなっ」
“お客さん”という言葉に首を傾げる
ザックスの視線の先を見るとさっきからいたのだろう青年が気まずそうに俯いていた
金髪に尖った髪型、伏せられた青い瞳はユリアが毎日思い描いていた人物と同じで…
ユリア:「あ…、」
「?」
顔を上げた青年と目が合う
青年は照れたようにはにかみ、少しだけ視線を逸らした
ユリア:「また…会えたね」
「うん…」
自然と赤くなる顔に焦りながらも青年を見つめる
そうだ、名前を聞かないと…
ユリア:「な、名前…まだ言ってなかったよね!あたしは
「ユリア、だろ?」
ユリア:「…へ?」
さも当然というように答えられ、唖然とする
と、青年も自分の不自然な発言に気付いたのか、しまったという顔をした
「あ、いや…、こないだ会った時にそう呼ばれてたから…それで覚えたっていうか……」
目を泳がせ、おろおろする様はなんだか可愛らしさがある
青年は照れ笑いをしながらユリアを見つめた
「俺はクラウド。クラウド・ストライフ」
ユリア:「クラウド…」
ずっとずっと知りたかった名前
青年──…クラウドはまっすぐにユリアを見てくれている
それが嬉しくて、恥ずかしくて、なんだか胸がドキドキした
ザックス:「なんだ、二人とも知り合いだったのかよ!よ〜しっ、楽しく食おうぜ!!」
嬉しそうに頬笑むザックスにつられてユリアもクラウドも笑顔になった
クラウドともっと仲良くなりたい
もっともっと、近くに
ザックス:「へ〜、前に会った事あるんだ?」
ユリア:「うん。ホント偶然っていうか…」
部屋に戻ってからやけにしつこくクラウドとの出会いについて聞かれ、一部始終を話した
と、ザックスは腕組みをして納得したように頷いた
ザックス:「なるほどな〜。へぇ…?」
ユリア:「?」
ザックスはにやにやと意味深な笑みを浮かべ、クラウドがな、と口を開いた
ザックス:「なんだか“ザックスは顔が広いのか”とか“いろんな課に知り合いはいるか”とか聞いてくるから、誰か探してんのか?て聞いたんだよ。そしたらさ…」
───────
クラウド:「いや…探すっていうか…その……」
ザックス:「なんだよ!はっきりしろって!!」
クラウド:「────っタークスにいる、ユリアって子なんだけど…っ」
ザックス:「ユリア?」
クラウド:「こないだ通路でぶつかってさ。すごく…あの…」
ザックス:「可愛かった?」
クラウド:「……うん…」
ザックス:「へぇ〜、そっかそっか!!ははは!」
クラウド:「…ザックス?」
ザックス:「それ、俺の妹だから」
クラウド:「え、…………えぇ!?」
───────
ザックス:「クラウドのあの驚いた顔が忘れらんないっていうかさぁ。誰にも話すなって言われたんだけどやっぱ無理だわ〜」
ケラケラ笑いながら話すザックスだが、ふとユリアが背中を向けているのに気づいた
ザックス:「ユリア?どうした?」
顔を覗き込もうとしたザックスだが、その手前で足を止めた
フッと優しげな笑みを漏らし、ユリアの頭を撫でて自室へと戻る
残されたユリアもノロノロと自分の部屋へと入り、ベッドに倒れこんだ
火照った顔を枕が冷やす
ユリア:「可愛い…か」
誰に言われるよりもクラウドがそう思ってくれた事が嬉しい
が、ユリアにとってそこはさして問題ではなかった
相手のことを覚えていたのは自分だけではなかったのだ
ユリアがクラウドのことを探していたように、クラウドもユリアのことを探してくれていた
それが何よりも嬉しくてたまらない
にやける顔を抑えつつ、ユリアは枕に顔を押し付けた
ユリア:「よっし、ちょっと行ってくるね!」
ロッド:「あ、おい!午後から任務だぞ?」
ユリア:「分かってる〜!」
バタバタと職場を後にしたユリアを全員不思議そうに見つめる
散弾銃女:「最近、いっつもあの調子ですわね。何かあったのかしら?」
ヌンチャク:「う〜ん…、ザックスは任務三昧だから違うとして…?」
ナイフ:「あ、もしかしてボーイフレンドとか!」
格闘男:「ははは!そりゃあいいな!!」
短銃女:「…あまりよくない人もいるみたいですよ」
その言葉に視線の先を見ると、表情には出していないが背後にどんよりと負のオーラを纏ったレノがいた
刀:「なんですか?あれ」
格闘女:「…放っておいてやれ」
首を傾げる者、呆れる者、同情する者に見守られている事をこの時のレノは知らなかった…
ユリア:「クラウド!」
クラウド:「ユリア。走って来なくてもよかったのに」
ユリア:「いいのいいの!」
あの日からクラウドと一緒にいる時間が多くなった
お互いに暇な時はこうして会ったりもする
…ユリアの場合、無理やり暇をつくるのだが…
でも、それはクラウドとの会話を少しでも長く楽しみたいからだった
クラウド:「ユリアはどうしてタークスに入ったんだ?」
ユリア:「んー…、強くなるため、かな」
クラウド:「強く…?」
ユリア:「最初はね、お兄ちゃんについてきただけだったんだ。でも、レノやツォンに“邪魔になるだけだから帰れ”とか“お兄さんは強くなるためにたくさん訓練するから遊んでる暇はない”とかって言われて悔しくてさ…」
今でも覚えてる
レノに腕を引かれて無理やり追い出されそうになり、泣き喚いたこと
ツォンに宥められたこと
…けど、あたしは納得しなかった
ユリア:「あたしが弱いからいちゃいけないんだったら、あたしも強くなればいい。お兄ちゃんと一緒に頑張ればいいって思ってさ。今でも頑張ってるよ〜」
ニコニコと頬笑むユリアにクラウドは目を細める
ユリアは自分より3つ年下だ
けれど、こんなにしっかりと目標を見つめて努力している
クラウド:「…すごいな、ユリアは」
ユリア:「え!?す、すごくなんかないよ!全っ然!!」
焦りと照れが混ざったような表情を見て頬が緩む
こういうところは本当に幼いと思う
ユリア:「ねぇ、クラウドは?」
クラウド:「え?」
ユリア:「クラウドはどうして神羅に入ったの?」
クラウド:「あー、えっと………笑わない?」
少し視線を外して問うと、ユリアは首を傾げた
ユリア:「笑われるような夢なの?」
クラウド:「…ある意味ね」
軽く深呼吸をし、ぐっと拳に力を入れる
一瞬だけユリアの蔑む目やあきれた笑い声が想像されたが、それよりも先に口を開いた
クラウド:「俺、ソルジャーになりたいんだ」
言った瞬間、しん、とあたりが静まり返ったように思えた
目の前にいるユリアはぽかんとした様子でこちらを見ている
あぁ、やっぱり言わなきゃよかった…
こんな身分違いな夢、叶うわけ
ユリア:「すごいじゃんっ!!」
突然、身を乗り出されて思わず後退る
ユリアは瞳を輝かせ、こちらに詰め寄ってきた
ユリア:「ソルジャーになりたい、なんてすごいよ!すごくいい!!」
クラウド:「そ、そうかな?」
ユリア:「そうだよ!大丈夫、絶対叶うから!!」
力強く言われ、不思議とそうなるような気になってきてしまった
ユリアは真剣な眼差しで“頑張って!”と拳をつくる
クラウドはユリアの反応を一瞬でも悪い方に想像したことを申し訳なく思った
ユリアは人の夢を笑ったりするような人じゃない
心優しい、素直な人なんだ…
自然と高鳴る胸に鎮まるように言い聞かせ、クラウドはユリアを見やった
クラウド:「あ、あのさ…、ユリアはこの後とか…暇?」
ユリア:「うぅん、午後から任務。あ、でも夜なら空いてるかもしれない!」
クラウド:「夜か…」
残念そうに声のトーンが落ちたクラウドにユリアは首を傾げる
ユリア:「大事な用事なら今聞くよ?」
クラウド:「え、あ、いや、今は…その、心の準備とか…」
突然あたふたする様子に再び首を傾げるが、それ以上は突っ込まなかった
まぁ、また今度会った時に聞こう
ユリアは時計に目をやり、ため息を吐いた
ユリア:「時間だ…。行かなくっちゃ」
クラウド:「そっか…」
ユリア:「また空いてる時間あったら教えてね!そしたらまたいっぱい話そう?」
肩を落とすクラウドに明るく声をかける
クラウドもそれには頬笑んで頷いた
ユリア:「じゃ、あたし任務行って来るね!」
クラウドの笑顔を確認し、大きく手を振りながら去る
その姿が見えなくなると、クラウドは盛大なため息を吐いた
クラウド:「励まされた…よな?」
あからさまにがっかりしていたのだろう、ユリアに気を遣わせてしまった
そんな自分の情けなさと、それほどユリアと離れがたいと思っている自分の気持ちに赤面する
クラウド:「────っ、かっこ悪…」
口元を手で覆い、足早にその場を立ち去る
と、入れ替わるようにコツ、と足音を鳴らして誰かが現れた
「……あれがアンタが目ぇつけた新米兵士?」
後ろを振り返り、物陰に隠れている仲間2人に視線を送る
仲間の一人は大きく何度も頷いた
「彼だよぉ、間違いないっ」
「それで、先程ご一緒してらしたのが…」
彼と親しげに話し、去った者…
長い黒髪、特徴的なスーツ、幼い少女
こんな目立つ人物は一人しかいない
「ユリア・フェア、か…」
「ソルジャー・1STの妹でしょぉ?堂々とプロフィールにも載ってるしぃ」
「……どうしますの?」
物陰から出てきた2人は先に立っている仲間に問う
と、その人は口元に笑みを浮かべた
決して喜びではない、歪んだ笑み
「決まってるじゃない。……潰すわよ」
彼女の言葉を聞き、2人も笑みをこぼす
そして散り散りに自分の持ち場へと戻っていった
ユリア:「はぁ、疲れた…」
任務が始まった頃は明るかった空も今はもう真っ暗だった
肩をぐるぐると回しながら廊下を歩く
ふと窓の外を見ると、新人ソルジャー達が整列しているのが見えた
その集団の前に立ち、何か言っている人物は…
ユリア:「お兄ちゃ…え?」
窓に近寄って目を凝らし、その人物を見つめる
顔は間違いなく兄だ、何よりバスターソードを持っている
が、纏う雰囲気は髪型を変えたことによって一変していた
バスターソードを掲げるザックスを見て胸が温かくなる
頑張ってるんだね、お兄ちゃん…
と、ふいに誰かに肩を叩かれた
振り返れば、見知らぬ男性社員
「どうしたの?窓の外なんか見ちゃって」
ユリア:「あの…お兄ちゃんがいたから…」
こうやって社内で声をかけられるのは初めてではない
素っ気ない態度をとることができないというのが彼らを近づかせる原因の一つなのだろう
が、こればっかりはどうしようもなかった
「お兄さん?…あぁ、ザックスか。あの邪魔者め…」
ユリア:「え?」
「あ、いやいや、何でもない」
男性社員はこほん、と咳払いをすると、上着のポケットから2枚のチケットを取り出した
ユリア:「?何それ」
「ゴールドソーサーのチケットだよ。神羅カンパニーが作り上げた遊園地さ」
ユリア:「遊園地…」
遊園地なんてものに今まで行ったことはないが、まわりの話を聞く限り楽しい場所だというのは知っている
そんなところにクラウドと行けたら……………って、
なんでクラウドなのっ!?別にクラウドじゃなくてもいいじゃん!!
決して表情には出さず、心の中でぎゃあぎゃあと争っていると、男性社員がゆっくりと近づいてきた
「今度の休み、2人で行こうよ。きっとユリアちゃんも喜んでくれると思うんだ」
ユリア:「え、と…2人っていうのはちょっと…」
「じ、じゃあ俺の友達も誘って行こうか?」
ユリア:「そういう問題じゃなくて…、ん〜と…」
“アンタなんかと行きたくないんだよ、バカ野郎”
と、いつもならザックスがユリアの代わりに断ってくれていた
しかしそんな頼みの綱も今は外にいる
どうしよう………
「アンタなんかと行きたくないんだよ、バカ野郎」
「っ!?」
ユリア:「…?」
背後から聞こえた声に振り返る
そこに立っていたのは3人の女性社員だった
「…て、アンタのお兄さんは言うでしょうね」
ユリア:「あ、の…?」
「あ…あぁ!まだ仕事が残っていたな。じゃあ、俺はこれでっ」
まるで何かから逃げるように去っていく男性社員
と、1人の女性社員がくすくすと笑った
「あら、随分と気弱な方ね」
「あたしらにビビってたんじゃ、あれは格下だねぇ」
走り去る背中に見下すような視線を浴びせる彼女達に普通ではない空気を察した
この人達、いい人じゃない…
直感的にそう感じたユリアはゆっくりと後退する
が、先頭に立っていた女性に勢いよく腕を掴まれた
ユリア:「きゃ…!?」
「助けてあげたのにお礼も言わないわけ?すっごい失礼ね、アンタ」
ユリア:「あ、あ…ありが
「話があるの。来なさい」
そのまま引きずられるように連れてこられたのは社員専用のロッカールーム
この時間は誰もいないらしく、中に入ると室内は静かだった
「はぁ〜、本当に子どもじゃんねぇ」
「タークスは何を考えてるのか分かりませんわ。こんなのを大事にして…」
こちらを見ながら愚痴る彼女達を黙って見つめる
何がしたいんだろう、この人達…
ユリア:「…話って何?」
そう問うと彼女達は話を止めてユリアに向き直った
冷たく、蔑むような目を向けられる
「単刀直入に言うけど、アンタは自分の立場って分かってる?」
ユリア:「立場…?」
「だからぁ、まだ子どもな君が年上の人達と仲良くする権利はないってこと」
その言葉に眉を寄せる
なんでそんな事を言われなければいけないのだろうか
ユリアの表情の変化に気づいた一人が柔らかく頬笑んだ
「よく理解できませんわよね?もう少し分かりやすく説明しましょう」
そう言ってこちらに歩み寄ってきたかと思うと、次の瞬間、ユリアは横顔に衝撃を感じた
(バチンッ!!)
板のようなもので頬を殴られ、床に倒れこむ
口の中に鉄の味が広がった
それを見下ろし、女性は殴った物…分厚い社員プロフィールを開く
「ユリア・フェア、12歳。出身はゴンガガ。兄はソルジャー・1STのザックス・フェア。神羅には8歳の時に入社し、主任のヴェルドに認められて総務部調査課に所属。幼くも任務を完璧にこなす技量を持っており……あぁ、腹が立ちますわ!」
プロフィールを閉じ、ユリアの体に投げつける
それを慌てて受け止めるが、今度は髪を思い切り掴まれて引き寄せられた
ユリア:「い、た…っ」
「私達、貴方のことがものすごく気に入りませんの。ザックスさんがお兄さんだというのも、そのおかげでまわりからちやほやされている事も」
ユリア:「誰も、ちやほやなんか……!」
「してるでしょ?アンタのまわりの人達全員。兄の七光りで注目浴びて、いろんな男捕まえて」
「一般兵のクラウドくんもそうやって言い寄ったんでしょ〜?最っ低だよねぇ」
ユリア:「っ違
「私達が貴方に言うことは一つだけ」
髪を掴んでいた手を離し、突き飛ばす
「これ以上、愛想をふりまくのはやめること。よろしいかしら?」
ユリア:「どういう、事…?」
「分っかんない子だなぁ。クラウドくんやザックスさん、タークスの人達と必要以上に関わるなって言ってるのっ」
何、それ…?
お兄ちゃんとも、友達とも、仲間とも関わるなって……
ユリアは立ち上がり、拳を握りしめて3人を睨みつけた
怒りがふつふつと沸き上がる
こんな感覚は初めてだった
ユリア:「そんなの勝手すぎる!アンタ達にそんな事言われる筋合いな
(ッパン!!)
乾いた音が響き渡る
いきなりのことに目の前がチカチカした
「さっき言ったでしょ?自分の立場分かってるの?」
「“勝手すぎる”なんて、それこそ君にそんな事言われる筋合いないよぉ」
「まぁ、良い行いを期待してますわ」
そう言ってこちらに背を向ける
ユリアは携帯を取り出し、連絡を取れる相手を探した
「誰かに相談するのはいいけど、迷惑かかるのはアンタの仲間だよ?」
振り返らずに発された言葉に手が止まる
冷静に考えれば、この事を誰かに相談すれば少なからずその人に迷惑をかけてしまう
そんな事をすればまた彼女達の怒りを買うだけだ
どうすれば…
「あぁ、子どものアンタ1人でどうにかなるわけないか。ザックスさんがいないと男一人でさえも追い払えないんだもんね?」
嘲るような笑いとともに彼女達は出ていった
唇を噛みしめ、俯くユリア
兄の七光り、一人じゃ何もできない、ちやほやされてる…
全部分かっていることだった
頭では理解しているけれど、くだらないプライドがそれを認めようとしない
でも、今の状況は自分一人ではどうしようもない
ユリア:「分かんないよ…」
頼りたい、でも頼れない
何をすべきなのか、どうしたいのか、全然分からない
ふと、携帯のサブ画面が20時ちょうどを知らせた
…あまり遅くなっては兄を心配させるかもしれない
そこまで考えてユリアは自嘲気味に笑った
ユリア:「これが悪いのか…」
一つ分かったのは、
もう、お兄ちゃんには頼らない
ザックス:「あ、ユリア!遅くなる時は連絡しろって言っただろ?」
部屋に帰ると、ザックスが駆け寄ってきた
ユリアはその横を俯いて通り抜ける
ザックス:「っな…!!こら!兄ちゃんを無視すんな!」
肩を掴まれ、引き戻される
バランスを崩した拍子に殴られて腫れた頬が一瞬露になった
慌てて隠すが、ザックスにはもう見えてしまっていた
ザックス:「…どうしたんだよ、それ」
ユリア:「任務で…ヘマしただけ」
ザックス:「じゃあなんで隠すんだよ?それに、任務でケガしたならタークスのやつらが治療して
ユリア:「………さい、」
ザックス:「え?」
小さく呟かれたユリアの言葉に首を傾げる
瞬間、ユリアはザックスの手を払い落とし、睨み上げた
ユリア:「うるさいって言ったの!放っといてよ!!」
そう吐き捨てて自室へ駆け込む
ザックスは唖然としたままそれを見送った
あんな態度をとられたのは今まで一度もない
そういう時期なのかとも考えたがどこか引っ掛かった
ザックス:「…………」
(ピリリリ、ピリ…)
クラウド『あ、ユリア?あの…明日の休憩時間
ユリア:「ごめん。あたし、しばらく忙しいから」
クラウド『え?ユリア?』
(プツッ、)
強制的に通話を終わらせ、携帯を机に放り投げる
そのままフラフラとベッドまで歩き、勢いよく倒れこんだ
ユリア:「何してんだろ、あたし…」
あの人達の言いなりになって、大切な人を傷つけてる
でも、あたしにはどうすればいいのか分からない
(ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ…)
机に置かれた携帯が鳴る
が、今のユリアにはそれに出る気力がなかった
ユリア:「…ごめん、なさい……っ」
枕に顔を埋め、小さく呟く
それを誰に対して言ったのかは自分でも分からなかった
レノ:「おい、ユリア!昨日電話したのになんで出ないんだよ、と!」
ユリア:「…………ごめん」
無意識のうちに謝罪の言葉が出る
あれからザックスと会話は愚か、顔も合わせていない
昨日の電話はレノからだったのか
ぼんやりとする頭でそんな事を考えていると、ふいにレノが顔を覗き込んできた
ユリア:「……何?」
レノ:「いや、お前が素直に謝るなんておかしいと思って」
…失礼なやつだ
文句の一つでも言ってやろうかとしたが、レノが先に口を開いた
レノ:「どうしたんだ?これ」
ユリア:「っ!!」
触れられたのは腫れた頬
ユリアは反射的にその手を弾いた
その行為に目を見開くレノ
が、ユリアは構わず怒鳴った
ユリア:「っ触んないでよ!関係ないでしょ!?」
異様な雰囲気にまわりが静まり返る
と、レノの眉間に皺が刻まれた
明らかに怒りが感じられる表情にユリアも少し怯む
レノ:「関係ないっつったのか?お前」
ユリア:「っ…」
鋭い視線に耐えられずに目を逸らすと、レノは深いため息を吐いた
レノ:「俺はお前を心配しちゃいけないのかよ、と…」
ユリア:「!!…違…っ」
思わず顔を上げるが、レノはこちらに背を向けて歩いていく
レノ:「昨日の報告書、書いとけよ。…それだけだ」
冷たく言い放たれた言葉が胸を痛める
いつもなら目を見て会話してくれるのに…
温かい笑顔で話しかけてくれるのに…
全部、あたしが拒絶してしまった
家族も、友達も、仲間も、こんなあたしに腹を立てるだろう
いつかお兄ちゃんやクラウドもレノのように背を向けてしまうかもしれない
その時、あたしには何が残るんだろう?
……きっと、何も残らない
ユリア:「…1人になっちゃうのかな?」
誰にも聞こえないほど微かに呟く
そんなのやだ…
寂しいよ…
視界が滲み、それを隠すように俯く
1人になりたくない、でも必要以上に関わってはいけない
為す術が全く分からず、ユリアの足元にぽたりと水滴が落ちた
03 -終-
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