Last
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これでユリアはライフストリームに還るだろう
ユリアを悼む気持ちが教会を満たす
池に背を向ける者、呆然と立ち尽くす者もいるなか、クラウドは空を見上げたままだ
今の気持ちには痛々しいぐらいの快晴がこちらを見下ろしている
そういえば…、ザックスと別れた日も晴れたんだっけ…
胸が締め付けられたような気がしてクラウドはそっと目を閉じた
ユリア、ごめん…
「ぷはぁっ!!」
突然、水飛沫とともに誰かの声が聞こえた
驚いたクラウドは素早く視線を水面に戻す
「っあー、びっくりした!何ここ…?」
水に濡れた黒い髪を振り、辺りを見回す人物
周りの人々が目を見開いて唖然としていてもその人物は構わず、自分の状況を把握しようとしている
と、クラウドの視線に気づいたのかその人物が顔を上げる
髪と同じ、黒い瞳がクラウドの青い瞳を映し出す
そしてその瞳は優しく細められた
「…ただいま」
クラウド:「ユリア…なのか?」
この前も同じ質問をした気がする
それでも目の前にいる人物は屈託のない笑顔で答えた
ユリア:「あはは、違かったらどうする?あいにく証明できるものがないけど」
意地悪く笑う顔
明るい声
間違いようがない、ユリアだ…!
クラウドが黙っていると、バシャバシャと水を掻き分ける音が聞こえてきた
デンゼル:「っお姉ちゃん!」
勢いよく横から抱きつかれ、ユリアはバランスを崩しかけた
ユリア:「わっ、と…デンゼル!」
デンゼル:「よかったね!お姉ちゃんも治ったんだ!」
ユリア:「治った…?」
首を傾げるユリアにデンゼルが自分の前髪を上げて額を見せる
その額に星痕がないのを見、ユリアは目を見開いて自分の肩もちら、と見やった
そこには、あの黒い斑点が嘘のようになんの痕も残っていない
ユリア:「治ってる…」
痛みも、苦しみも、きれいに消え去ってしまった
心の中にあった重りも洗い流されたかのような気分だ
「お姉ちゃん、」
服を引かれて振りかえると、一人の少女が頬笑んでいた
「お水とタオル、ありがとう」
ユリア:「あ…」
見覚えのある顔だと思ったら、この子は前に路地裏で会った子だ
覚えててくれたんだ…
「僕も!いっぱい食べ物くれてありがとう!」
「あたしも!」
「俺も!」
次々に集まってくる子ども達に驚きながらも全員の顔を見回す
路地裏で出会った時は表情も暗く、塞ぎこんでいた子達が今は生き生きとして笑っている
それに安堵の溜め息を吐き、ユリアは頬笑んだ
ユリア:「よかった、皆元気になったんだね」
その笑顔につられて子ども達にも笑顔が溢れる
ティファ:「モテモテね、ユリア」
笑いを含んだ声に顔を向けると、頬笑んでいる仲間達
中でもティファの瞳にはうっすらと涙が滲んでいた
ユリア:「ティファってばまた泣いてたの?」
茶化すように言うと、ティファは笑いながら“誰のせいよっ”と目を擦った
ユフィ:「いやぁ〜、まさかユリアが生き返るとはね…」
ユリア:「ちょっと。勝手に殺さないでくれる?」
バレット:「死者が甦る水って…恐ろしいな」
ケット・シー:「人間、何が起こるか分からんなぁ。…もしかして、人間じゃないんとちゃいます?」
シド:「ま、仏の顔も何とか、だ。次は死ぬぜ」
ユリア:「……アンタ達さ、あたしのこと実は嫌いでしょ。その発言は本気なの?冗談なの?」
ヴィンセント:「私は、もうだめだと確信していたんだがな」
ユリア:「はぁあ!?ちょっと、それどういう
レッドXV:「でも、クラウドがさ」
今にもヴィンセントに掴みかかろうとするユリアを宥めるようにレッドXVが口を開く
レッドXV:「クラウドは、最後まであきらめなかったんだ」
ユリア:「え…?」
後ろに立っているクラウドを振り返り、体を向ける
正面から向かい合うとユリアはじっとその顔を見つめた
ユリア:「あきらめないでってマリンに言われたもんね」
クラウド:「あと、ザックスにも」
ユリア:「お兄ちゃんも言ってたんだ…」
ふ、とユリアは俯くがすぐに顔を上げる
その表情は明るく、本来のユリアの暖かさを纏っていた
ユリア:「ありがとうね、クラウド」
クラウド:「っ、」
2年ぶりに呼ばれた名前に胸が大きく跳ねる
ユリアに名前を呼ばれただけでこんな気持ちになれるなんてどれだけ単純なんだ、俺は…
軽く自己嫌悪に陥っているとユリアは不思議そうに首を傾げながらクスクスと笑った
ユリア:「どうしたの?黙っちゃって」
クラウド:「…いや、別に」
ユリア:「そう?…あ〜、そろそろ上がろうかな。全身ビショビショだし」
言いながら自分の服をつまんだり、髪を絞ったりするユリア
その姿を見ているだけで、押し込めていた感情が甦ってくる
守りたい、傍にいてほしい、愛しい、…好きだ
それを伝えていいのだろうか?
…結果なら分かり切っているだろう
何もしないで逃げるのか?
ユリア:「ほら、クラウドも行こう?」
差し出された手を見つめ、その先を見つめる
頬笑みながらこちらに手を差し出すユリア
クラウド:「そうだな…」
言いながらユリアの手を取る
クラウド:「あきらめるのは、もうやめだ」
ユリア:「え?、っわ!?」
瞬間、勢いよく手を引かれたユリアの体はすっぽりとクラウドの腕の中に収まっていた
状況が理解できず、ユリアは固まっている
ユリア:「え、えっと…クラウド?」
クラウド:「……ユリア」
自分の腕の中にいる存在を確かめる
ずっと想い続けた人
出会って、結ばれて、傷つけて、手放して…
だけどもう、そんな思いはしたくない
少し体を離し、髪を撫でながら顔を上向かせる
ユリアも少し緊張したような表情でこちらを見上げた
ユリア:「…どうしたの?」
クラウド:「ユリア、」
ユリア:「何?、んっ!」
後頭部を押さえ、ユリアの唇に自分のものを重ねる
ほんの一瞬だったけれど何故だか時間がゆっくり動いているように感じた
ぽかん、としていたユリアも状況を理解し、みるみる顔を赤くしていく
ユリア:「な、ん…なんで…?」
口をぱくぱくとさせるユリアに申し訳なくなり、すっと視線を外す
クラウド:「…ごめん」
ユリア:「っ、謝るくらいならこんなこと
クラウド:「やっぱり、好きなんだ。…ユリアのこと」
ユリア:「え…?」
少しの間、静寂が包む
一呼吸置いてクラウドは口を開いた
クラウド:「確かに俺は、ユリアのことを忘れていた。けど、ユリアへの想いは忘れたことなんかない。…信じてくれ、とは言わないが…せめてこれだけでも…っ!?」
正面からの衝撃に危うく倒れそうになったが思わず受け止める
何事かと視線を落とすと、ユリアの頭が見えた
クラウド:「……ユリア?」
ユリア:「っバッカじゃないの!?バカバカバカバカバーカ!!」
…さすがにこれだけ“バカ”と言われれば傷つく
ユリアの表情を見ようと体を離そうとすると、いきなり左手を見せられた
ユリア:「間違い探し。この前とどこが違うでしょーかっ」
何を言い出すのかと思ったら…
ちら、と左手を見やるとあるべき場所に無いものがあった
クラウド:「ユリア、指輪…」
ユリア:「大正解〜!クラウドは賢いね」
未だ顔を上げないまま話すユリアにクラウドは眉根を寄せる
失くしたわけではなさそうだし、どうして…?
ユリア:「あたしね、婚約破棄されたの」
クラウド:「え…」
ユリア:「ウジウジ悩むようなやつとはめんどくさいから結婚したくないってさ。笑っちゃうよね?」
クラウド:「……どうして、」
ユリア:「あとは…、好きな男追いかけるなり何なり好きにしろって…言われた」
クラウドの服を掴んでいるユリアの手に力がこもる
その手の震えにクラウドが気づいたのと同時にユリアは顔を上げた
ユリア:「あたしは…、クラウドが好き」
大きく見開かれたクラウドの瞳を見つめる
光を受けた瞳は青く澄んでいて、吸い込まれそうだ
と、ふいに頬に手が添えられる
クラウド:「俺は…、またユリアを傷つけるかもしれない、泣かせてしまうかもしれない…。それでも…
ユリア:「あのねぇ、クラウド」
クラウドの言葉を遮り、眉をしかめる
さっきからこの人は本当に…
ユリア:「傷つけたと思ったらちゃんと謝ってくれればいい。泣いてたら慰めてくれればいい。あたしは…クラウドと一緒にいられることが幸せなんだから」
クラウド:「ユリア…」
顔を赤くするユリアを見ていると笑みがこぼれる
本当に俺は、幸せなやつだな
そんな事を実感していると、後ろから大きなため息が聞こえた
ユフィ:「あのー、お二人さん。もういいっすかね?」
ユリア:「え、あ…っ!ご、ごめ…!!」
そのあきれ気味の声に我に返ったユリアは慌ててクラウドから離れる
どうやらまわりの存在を完全に忘れていたらしい
シド:「はははっ!!2人の世界に入っちまうぐらいお互い真剣だったんだろ?いいじゃねぇか、若くて!」
ユフィ:「ったく、場所を考えてよねー。子ども達の目の前でチューしちゃってさ」
ユリア:「っ…!!」
みるみる赤くなっていくユリアの顔を近くにいた子どもが覗き込む
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「恥ずかしいんだよ、クラウドにプロポーズされて!」
ユリア:「な…っ!!ち、違う!これは、その…!!」
ユフィ:「子ども相手にムキになっちゃって〜」
ユリア:「アンタはしばらく黙ってなさい」
きゃいきゃい騒ぐギャラリーに溜め息を吐き、クラウドに向き直る
ユリア:「ねぇ、クラウドもなんか言って………?」
見上げたクラウドの視線は自分を通り越し、仲間たちも通り越したその先に向けられている
その少し驚きも含まれている視線の先を見ると、そこには一人の女性の後ろ姿があった
茶色の髪を緩く編み、歩くたびにその髪が揺れる
入り口へと向かう女性の先には、ドアにもたれて腕組みをしている男性
自分と同じ黒髪は見えるが、光を受けていて表情まではよく見えない
と、女性がこちらを振り返り、その顔が露になった
優しい頬笑み、細められた目、全てに見覚えがある
エアリス:「もう…大丈夫、だね」
それはクラウドにもユリアにも向けられた言葉
クラウドはそっとユリアの肩を抱き寄せる
ユリアもその手に自分の手を重ねた
それを見たエアリスは笑みを深め、また歩いていく
同時にドアにもたれていた人物はこちらを振り向いた
ユリア:「っ、」
思わず声が出そうになった
“お兄ちゃん”
そう出かかった言葉を飲みこみ、兄…ザックスを見つめる
その視線に気づいたのか、ザックスはユリアに苦笑いを向けた
ザックス:「こら。なんて顔してんの」
自身の眉間を指さし、笑うザックス
と、今度はクラウドに向き直り、真剣な表情を向けた
ザックス:「…頼んだからな」
その言葉にクラウドはゆっくりと力強く頷く
クラウド:「あぁ、俺は…一人じゃない」
自分の傍にはユリアがいる…仲間もいる
それはこれからもずっと大切に守りぬいていく
短い言葉に多くの想いを込め、クラウドは親友を見つめた
ユリアも兄に精一杯の笑顔を向ける
2人の表情を見てザックスも頬笑んで軽く手を上げ、エアリスと同様に背を向けた
扉の外、光の中へと消えていくエアリスとザックス
ずっと…ずっと、見守っていてくれた
忘れない……、これからも、この先も…
今までは、君との思い出は苦しみにしかならなかった
けど、もう大丈夫
素直に言えるよ
“ありがとう”…
「きゃははっ!!」
「ママ!パパ!見て見てっ」
ユリア:「行っちゃった、ね…」
クラウド:「あぁ…」
2人の姿が見えなくなるのと同時にまわりの声が急に耳に飛び込んできた
未だはしゃいでいる子ども達を見回し、ユリアは小さく溜め息を吐く
ユリア:「まさかこの子達がクラウドと知り合いだったなんてね…」
クラウド:「…世の中は狭いな」
ユリア:「あはは、たしかにっ」
明るく笑うユリアにクラウドも目を細める
と、ふいにユリアの表情から笑みが消えた
何事かと思っているとくるり、と彼女がこちらに向き直る
ユリア:「そういえば、クラウドってばまたさらに卑屈になったわけ?」
クラウド:「え…?」
今までの明るい表情が嘘だったかのように怒ったような呆れたような顔に変わる
その豹変ぶりに動揺してしまい、クラウドはうまく答えられなかった
ユリア:「まぁ、いいけどね。どうせクラウドはだんまり屋で口下手だし」
クラウド:「…………、」
合っているから言い返せない
何に対してこんなに怒っているのかと考えていると、急に人差し指を目の前に突き付けられた
…俺が先端恐怖症だったらどうする気だ?
ユリア:「人が告白したっていうのに、“傷つけるかも”とか“泣かせるかも”とか言っちゃってさ。もうちょっと安心できるようなこと言ってよね。“悲しませないように努力するよ!”とかあるでしょ?」
クラウド:「あ、あぁ……」
突然のお説教に若干驚きながらも頷くクラウド
なんだ、この事で怒っていたのか
ユリア:「ていうかクラウドも…その、“好き”って言っておいて……どうしてそう卑屈になっちゃうかなぁ?」
クラウド:「すまない…」
吹き出しそうになるのを堪え、申し訳なさそうに謝る
まだお説教を続けようとするユリアの頭に手を乗せ、そっと撫でた
ユリア:「??クラウド?」
クラウド:「初めからこう言えばよかったんだな」
ユリア:「え、
クラウド:「愛してる」
優しく頬笑むクラウドをぽかんとした表情で見つめていたユリアだが、みるみる顔を赤くし始める
ユリア:「クラウド…、そんなキャラだったっけ?」
クラウド:「7年も経てば人は変わるさ」
ユリア:「そう……」
さっきまでの威厳は消え、大人しくなってしまったユリア
見た目は随分大人になったが、中身は全然変わらないんだな…
変なところにこだわり、重要なところは鈍感
…そんなユリアだから惹かれたのかもしれない
クラウド:「はっきり言わないと伝わらないしな…」
ユリア:「え?何か言った?」
クラウド:「いや、…ユリアは可愛いなって言っただけだ」
ユリア:「!?」
突然の言葉に再び顔を赤くするが、額に手を当てて首を横に振った
ユリア:「いつからこんなタラシになっちゃったんだろ…。やっぱりまだお兄ちゃんの癖とかが抜け切ってないんじゃ…」
クラウド:「?どうかしたか?」
首を傾げるクラウドに“なんでもない…”と呟いて小さく息を吐き、ユリアはポケットをごそごそと漁り始めた
ユリア:「服もこんなだし、とりあえずイリーナにでも迎えに………あ、」
ポケットを漁る手を止める
ついいつもの癖で携帯を探してしまったが、あれはヤズーに破壊されたんだった
ユリア:「…クラウド、携帯持ってる?」
クラウド:「……すまない。無くしたんだ」
ユリア:「ティファは?」
ティファ:「ごめん、お店に置いてきちゃったみたいなの」
ユリア:「バレット…」
バレット:「ん?悪りぃが充電切れだ!」
ユフィ:「へへ〜ん、アタシはそんなヘマしな………あ…」
シド:「俺様はそんなもん携帯しねぇぜ!」
残りの3人は聞かなくても分かる
まったくどいつもこいつも…
まぁ、みんなそれぞれ“らしく”っていいけどさ
どうしたものかとクラウドと視線を交わすと、ふいにマリンが声を上げた
マリン:「2人とも、携帯買いに行ってきたら?」
ユリア:「へ?」
ティファ:「そうね。クラウドも携帯ないと仕事、できないでしょ?」
クラウド:「あ、あぁ…」
ユフィ:「よっし!そうと決まれば、ほら!!」
急かすようにじたばたするユフィに従い、水から上がるとケット・シーに背中を押された
ケット・シー:「ええですなぁ、水も滴るええカップル!」
ヴィンセント:「…いい電話屋があったら教えてくれ」
バレット:「気ぃつけて行ってこいよ!」
さまざまな声をかけられ、心が次第に温まるのが分かる
あたしには…こんなに素敵な仲間がいる
それに……、
すっと目の前に手を差し出された
目で辿り、それがクラウドのものだと分かった
クラウド:「携帯、買いに行くか」
ユリア:「っうん!」
差し出された手を取り、そのまま走りだす
ちら、と後ろを振り返れば皆が笑顔で見送ってくれていた
クラウドもいきなり引っ張られて軽くよろめいてたけど、頬笑みを向けてくれる
素敵な仲間もそうだけど、あたしには…
大切な恋人がいる!
イリーナ:「よかったね!よかったね、ユリア〜!!」
ユリア:「っわ、ちょ、イリーナ…」
エッジの復興作業も再開し、仕事もまた忙しくなった
星痕は消え、人々の暮らしに安全は戻ったが治安はまだ良くはない
そんな中で申し訳なかったけど、みんなにクラウドとのことを報告した
そうしたら誰よりも喜んでくれたのはイリーナだった
その勢いで抱きついてくるのはやめてほしいけど…
ツォン:「おめでとう、ユリア」
ルード:「…おめでとう」
ユリア:「ありがとう、ツォン、ルード!」
仲間からの祝福の声にユリアも笑顔で応える
こうして祝われると素直に嬉しい
レノ:「よかったな、ユリア」
ユリア:「…レノ……、」
ただ、レノだけは別だ
ニカッと笑みを向けられ、若干戸惑う
いくら仲間と言えどレノは恋人だった存在
どう反応すれば……
と、いきなり頭を鷲掴みにされて髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられた
ユリア:「きゃ!?っ何すん
レノ:「湿気たツラしてんなよ、バーカ」
ケラケラと笑いながら手を離し、ふいに顔を覗き込んでくる
レノ:「お前、ちゃんと幸せなんだろ?」
そう言ってニカッと笑ってみせるレノに胸が熱くなる
こうやっていつも笑顔で見送ってくれるんだね…
少し涙が込み上げたが何度か瞬きをして堪え、ユリアもレノに満面の笑みを返した
ユリア:「っうん、すごく幸せ!」
イリーナ:「わぁ!!ユリアってば大胆発言!」
一人でキャーキャー盛り上がるイリーナを無視し、ルーファウスがにこやかに頬笑む
ルーファウス:「いやぁ、お前は私の妻になるんだとばかり思っていたんだが」
ユリア:「…アンタはあたしにとって第一印象最悪だからそれはありえないね」
ルーファウス:「そういうところが気に入ってたよ、ユリア」
わざとらしく残念そうに首を振るルーファウスを鼻で笑ってやると、ふいに何かを思い出したように顔を上げた
ルーファウス:「ところで、式はいつなんだ?」
ユリア:「…………………は?」
ルーファウス:「だからお前達の結婚式は
ユリア:「そんなはっきり言わなくていい!!」
慌ててルーファウスの言葉を遮ると、まわりは不思議そうな表情でこちらを見ている
…あぁ…、ばれてしまった…
イリーナ:「え、え?やらないの?結婚式」
ユリア:「……分かんない」
ルード:「…向こうの仕事が忙しいのか?」
ユリア:「そういうわけじゃ、ないと思うけど…」
ツォン:「そういえばこれから住まいはどうするんだ?ここでいいのか?」
ユリア:「それも、まだ…」
まだ何一つとして決めていない
これからの事、二人の事、住まい、仕事…本当に何も
あれから何度か会っているのにそういう話にはならないのだ
気持ちと同様に俯いていると、ふいに肩に腕を回された
レノ:「そうかそうか。じゃあまだ俺にもチャンスはあるんだよな?」
ユリア:「…へ?」
いやに明るい表情で話しかけてきたレノに目を瞬いていると、急に真剣な顔に変わった
見覚えのあるシチュエーションに思わず体が固まる
レノ:「…なぁ、ユリア」
ユリア:「え、あ…?」
レノ:「俺…やっぱお前が
(バンッ!!)
乱暴に開かれたドアに驚いて振り返ると、ベリッと音がしそうな勢いでレノと引き剥がされた
レノとの間に立ちはだかるのはよく知る金髪のツンツン頭
彼はユリアを自分の背中に隠すようにしてレノを睨み付けた
クラウド:「…どういうつもりだ」
レノ:「別に?」
クラウド:「…本当にあんたは油断ならないな」
レノ:「それは油断する方が悪いんだぞ、と」
飄々としているレノと静かに怒りを燃やすクラウド
しばらく睨みあったかと思うとクラウドはゆっくりと背中の剣に手をかけた
それを見たユリアは慌ててクラウドの腕にしがみつく
こんなところで戦闘だなんて冗談じゃない!!
ユリア:「クラウド!少し落ち着いてよ!…ね?」
クラウド:「……………」
ユリア:「…何?」
ものすごく不満げな視線を受け、訳が分からず問うとクラウドは何も答えずに剣から手を離した
とりあえず争いは免れたらしい…
ホッと安堵の溜め息を吐くユリアからは、勝ち誇ったような笑みを浮かべるレノとそれを鋭く睨むクラウドとの静かな戦いは見えていない…
ユリア:「あ、そういえばクラウド…」
ここに何しに来たの?
そう聞こうとするより早く、イリーナがずいっとクラウドに詰め寄った
イリーナ:「ちょっと!あんたひどいんじゃないの!?」
突然のことにクラウドも含め、傍にいたユリアも驚く
いきなりなんのお説教だろうか?
目の前で憤るイリーナに2人は目を瞬いた
イリーナ:「あんたはどういうつもりなのか知らないわよ!けどねぇ、あんたがこうしてユリアを放っておくからユリアは
ユリア:「ストーーーーーーーップ!!!!!!」
早口で捲し立てるように始まったのが自分のことを語るものだと分かった瞬間、慌ててイリーナの口を塞ぐ
…この先に言いたい事はだいたい予想できる
先日、久しぶりに集まった元タークスメンバーを含めて全員で飲みに行った時に、自分は酔っ払った勢いでクラウドの愚痴を言いまくり、挙句泣き出し、憂さ晴らしに数名殴りつけた…らしい
酒癖が悪いとかそれ以前に人としてどうかと思うが、それぐらいしないと気が済まなかった自分に驚いた
本人に言いたい事も言えず、酒の力を借りないとストレスも発散できなかったなんて…
イリーナ:「っ離してよ、ユリア!!こいつにはタークスにどれだけの犠牲者が出たか、ガツンと言ってやらなきゃ分かんないのよ!」
ユリア:「い、いいから!今回の件に関しては言わなくていい!!」
もがきだすイリーナを何とか抑えつけようと格闘していると、ふいに片腕を掴まれた
そちらを振り返るより早く、そのまま引きずられるようにして後ろに引かれる
何とか体の向きを変えて自分の腕を引く人物の姿を確認すると、やはりクラウドだった
クラウド:「ちょっと来てくれ」
ユリア:「……はい」
有無を言わさぬような雰囲気を言葉に込められたような気がしてユリアはおとなしく従った
そのままドアが閉まると、今しがた暴れていたイリーナはポカンとしたまま2人が出ていった扉を見つめた
イリーナ:「また連れていかれちゃった…」
“また”という表現に他の面々が苦笑いを浮かべる
本当に、何回連れていかれりゃ気が済むんだ、と
心の中で呟き、レノは大きく息を吐きだした
レノ:「イリーナ」
イリーナ:「はい?」
レノ:「…ちょっと手伝え」
流れるように過ぎていた景色が見慣れた場所で止まる
ミッドガルが一望できる崖の上
クラウドはユリアがバイクから降りるのを手伝い、ふと崖の先端に刺さっているバスターソードに目を向けた
クラウド:「あれから7年、か…」
ユリア:「そうだね…」
ニブルヘイムへ任務に向かう2人を笑顔で見送ったのが7年前
当時の光景はまるで昨日のことのように思い出せるのに、数字に直すと時間は思ったより過ぎていた
クラウド:「俺は…あの時のことをあまり覚えていない。気づいたらユリアが泣いてて、ザックスは…」
どこか遠い目をしながら話すクラウドにユリアもバスターソードを見やる
雨風にさらされて錆び、苔むしたそれはかつて“彼”───…、兄が生きた証
「お兄ちゃん…、お兄、ちゃ…っ」
「お前は…幸せになれ」
「ありがとう…忘れない」
あの日の雨の冷たさが甦る
自然と自分を抱きしめるようにしていた腕を解き、小さく息を吐く
クラウド:「俺はあの日、忘れないと誓った。でも、…受け入れられなかった」
親友の死を…、その苦しみを、悲しみを…
何も信じられなくて全部否定したくて
目の前にあることから逃げて
そして、全部忘れた
忘れただけではなく、自分に都合のいいように記憶を作り変えた
…最低だ、こんな自分
悔しくて拳を強く握り締める
と、右腕に微かに温もりを感じた
見ればユリアがもたれかかるようにして寄り添っている
ユリア:「あたしだってそうだよ…」
兄の死を、傍にいたのに何もできなかった自分を認めたくなかった
だから自分を変えた
自分自身を忘れているクラウドには衝撃を受けたが、逆に好都合だった
彼は以前のあたしを知らない
だったらそのままでいい
何も思い出さないで、幸せになって
あたしに何も思い出させないで…
クラウド:「それでも、ユリアは俺の傍にいてくれたな」
ユリア:「…え?」
クラウド:「俺の人格が変わっていてもユリアは近くで支えてくれた」
驚いて顔を上げれば、優しい瞳がこちらを見下ろしている
そんな嬉しそうにしないでほしい
あたしは彼らを何度も裏切った
何度も“本当のクラウドに戻って!”と叫びたくなった
ユリア:「あたしは…
クラウド:「七番街で俺を見つけた時、見捨ててもよかったんだ。けど、お前はそれをしなかった」
恋人であるユリアの存在を忘れているクラウド
人格が兄と被っていて、言動も全てが似通っていた
だからと言ってクラウドを見捨てる気にはならなかった
…一緒にいたい、と思った
あたしのことは忘れててもいいから、傍にいたい、と
クラウド:「ずっと気づかなかったけど、ユリアがいなくなって2年の間考えてたんだ。いなくなってから気づくなんて、バカみたいだけどな」
フッと自嘲気味に笑うと、クラウドはユリアと向かい合う
正面に立ったクラウドの表情も瞳も真剣で、ユリアは思わず見惚れてしまった
クラウド:「俺は、ユリアと一緒にいたい」
ユリア:「…うん」
それは今まで何度も交わした言葉
傍にいてほしい、一緒にいよう…それは物理的な距離の話であって、将来図を描くものではない
…また、もどかしい思いをするのか…
クラウド:「今までも、これからも、…この先もだ」
ユリア:「……え、」
ハッと我に返り、クラウドを見上げる
そこには変わりなく真剣な青い瞳
今“この先”って、言った…?
高鳴る胸をなんとか鎮めようとするがうまくいかない
と、ゆっくりとクラウドの右手がユリアの左手を取る
優しく握られた手を見ると、薬指に何かが通された
クラウド:「ずっと、俺と一緒にいてくれないか?」
ユリア:「あの…それって……つまり、」
クラウド:「あぁ。…結婚、してくれ」
決定的な言葉だった
ずっと待ち望んでいた言葉
7年前の、約束を交わしたあの日から
薬指に通された何か…、日の光を受けて輝く指輪に思わず目を細める
こんなの、いつの間に準備したんだか
そんなことを考えていると、ふいに鼻の奥がツンと痛んだ
…本当に泣き虫だなぁ、あたし
心のどこかで呟くと同時にボロボロと涙が零れ始める
クラウドは驚いた様子で何か言おうとしていたが、ユリアは構わずその胸に飛び込んだ
ユリア:「ずっと…、待ってたんだからっ」
クラウド:「…遅くなってすまない」
ユリア:「約束、忘れられちゃったかと思った…」
クラウド:「…いろいろと手間取ったから。準備とか…」
申し訳なさそうに呟くクラウドについつい吹き出す
そういえばこの前いきなりユフィに全身のサイズを計られた時に指も計られていた気がする
たかだか指のサイズを計るのにユフィを使うなんて…いくら支払ったんだろう
クスクスと笑っているユリアにクラウドは“どうした?”と首を傾げる
ユリアはなんでもないと言うように首を横に振り、クラウドを見上げた
ユリア:「ね、式はいつ頃がいいかな?」
クラウド:「……………」
ユリア:「着るなら白いドレスがいいなぁ。純白って憧れだよね!」
クラウド:「……………」
ユリア:「あ。あと、挙げるならスラムの教会で…
クラウド:「その事なんだけど、」
ユリアの言葉を遮り、言いにくそうに口を開いたクラウドに少し不安を覚える
もしかして…式は挙げないのだろうか…?
クラウド:「……今日、挙げよう」
ユリア:「……………何を?」
クラウド:「………式、を…」
ユリア:「………………」
何を言ってるんだこのチョコボ頭は…
数分前にプロポーズされた相手とその日のうちに結婚だなんて、スピード婚以前の問題だ
あきれ顔のユリアに気付き、クラウドは気まずそうに視線を泳がせる
クラウド:「ユリアを驚かせようと思って…」
ユリア:「ばっちり驚いたよ」
はぁ、とため息を吐くと同時にポケットに入れていた携帯が鳴りだした
いちおうクラウドに断ってから電話に出る
ユリア:「もしもし?」
レノ『よ。いい雰囲気邪魔したか?』
ユリア:「…いや、別に」
レノ『なんだ、つまんね。…それよりあれだ。お前の荷物、全部新居の方に運んどいたからな、と』
ユリア:「新、居…?」
また突拍子もない言葉が出てきた
ぐるりとクラウドに向き直ると、彼はこちらと目も合わせようとしない
レノ『なんだ、まだ聞いてなかったのか?式の前にケンカなんかすんなよ?、と。んじゃ、俺らは式場で待ってるからな』
ブツッ、と一方的に切られた電話をしばらく見つめる
……本当に今日、式を挙げる気なんだ…
しかも今から……
…あたしが断るということは考えなかったのだろうか
………まぁ、断らないけどね
クラウド:「ユリア、」
名前を呼ばれて顔を上げると、真っすぐにこちらを見つめる青い瞳
クラウド:「…絶対、幸せにするから。俺についてきてほしいんだ」
真剣に語るそれは、今から式場に向かうことからこの先の未来も含めている
あたしの知らない間に彼はずいぶんと強引な性格になったらしい
それでも受け入れられるのだから、あたしは相当彼に惚れているのだろう
フッと笑みを漏らしてクラウドの手を取り、そっと握る
ユリア:「途中下車はできないんだからね?」
人生は電車と似ている
人生は未来へと続いているレールの上を走ること
どの方向に進むか、どんなレールを付け足すかは自分次第だがレールから脱することは許されない
途中下車して乗り換えるなんてもっての他だ
その意味が伝わったのか、クラウドは優しく頬笑んだ
クラウド:「あぁ。ずっと、離さない」
少し強めに握り返され、逆にその強さに安心する
クラウドは地面からバスターソードを抜き、“一緒に来てもらおう”とそれを背中に担いだ
そのまま手を引かれてバイクに乗ると、クラウドが何か決意めいた声で口を開いた
クラウド:「…行くぞ」
ユリア:「うん、」
バイクがエンジン音を上げて発進する
自分の生き方を決めた場所で、2人の未来を約束した
また、ここから始まる…
あの時と違うのは、罪の意識や後悔の念を背負っていないこと
そして、進むのは自分1人じゃないということ
空を見上げると、それはあの時と同じようにどこまでも青く澄み渡っていた
ずっと、自分達を見守ってくれているかのようだ
これからは、2人で支え合って生きていこう
心の中でそっと誓いをたてると、胸が心地よく高鳴った
Deep Crime 終
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