小説 | ナノ



06
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ユリア:「っはー、もう嫌だ!何が“ジャンプしろ、ジャンプ!”よ!!普通に下ろしてくれてもいいのにっ」



まだバクバクいっている心臓を落ち着かせ、辺りを見回す

空は厚い雲が覆っていてなんだか薄暗い

今自分が立っているこの場所はかつての神羅ビルなのだろう

まわりの建物が崩れているせいか、ミッドガルとは思えないほどずいぶんと廃れて見える

2年前までは繁栄してたのに…

小さくため息を吐くと、足元がぐらぐらと揺れ始めた



ユリア:「!?何…?」



慌てて横へ跳ぶと、今さっきまで自分が立っていた場所が崩れ落ちていった



ユリア:「嘘…」



おそるおそる下を覗き込むと瓦礫は一瞬でばらばらに斬られた

そして続けて金属がぶつかり合う音が聞こえる



ユリア:「クラウド…」



ということは、セフィロスもこの下にいる…!

足場の安定するところに降りて様子を窺おうとすると、ふいに下から人影が現れた

セフィロスかと思い、素早く銃を構える



クラウド:「…ユリア?…っ、」



影の正体はクラウドだったが、その表情には疲労が色濃く見える

そのままがくりと片膝を着いてしまったクラウドにユリアは慌てて駆け寄った



ユリア:「だ、大丈夫!?」


クラウド:「俺はいいから、早く…逃げろ…っ」



剣を支えに立ち上がったクラウドはそのままユリアを背に庇う

その行為に抗議をしようと瞬間、背筋に悪寒が走った



セフィロス:「やはりお前か、ユリア…」


ユリア:「セフィロス…!」



銀色の髪を揺らしながら一歩一歩近づいてくるセフィロスにクラウドは剣を構えなおす



セフィロス:「さて、クラウド。贈り物のことだが、
クラウド:「ユリアには触れさせない」



強く言い切ったクラウドにユリアは軽く目を見開き、セフィロスはククッと喉を鳴らした



セフィロス:「そうか…。残念だ」


クラウド:「っはぁ!!」



残念そうな様子など全く見せないセフィロスに正面から斬りかかる

それは素早くかわされ、刀を大きく振るわれた



クラウド:「ぐぁっ…!!」


ユリア:「っ!!」



なんとか攻撃は防いだものの、力に押されてクラウドは吹き飛び、後ろの壁が崩れる音がした

たった一太刀で人一人を吹き飛ばす威力

昔からその強さは知っていたし、2年前も戦ったが…こんなに強かっただろうか?

コツ、という音がこちらに向けられる

素早く振り返ると、刀の切っ先が目の前にあった



セフィロス:「クラウドの希望はお前だ。お前を消せばクラウドは闇に堕ちる」



勝手なことを言ってくれる

ホルダーから銃を取り出し、真っ直ぐセフィロスに向ける

小さく息を吐き出してユリアはキッと睨みつけた



ユリア:「出来るもんならやってみなよ」


セフィロス:「ほう…?」



面白いものを見たかのように笑みを深め、刀を振り上げる

ユリアも照準を合わせようとした…

瞬間、何かが隣を駆け抜けた

間髪いれずに聞こえた金属音に目を見開く


先ほど吹き飛ばされて体力も随分削られたはずのクラウドが剣を振りかぶっていた

が、その攻撃は全て弾かれ、受け流される

クラウドの体力だけがどんどん減っていくのが分かる

と、ふいにセフィロスがクラウドを押し飛ばした



クラウド:「くっ…」



小さく唸り、着地した姿勢のまま勢いよく地を蹴る



クラウド:「はぁあ!!」



再び大きく剣を振りかぶり、上から斬りかかる

それを見てセフィロスは刀を引いた

そして真っ直ぐクラウドに向けて突き出す



ユリア:「あ…、っ!!」



地面に滴る血

苦しげに歪むクラウドの表情

口角を上げ、楽しそうに笑むセフィロス


刀はクラウドの右胸を貫通し、その体を宙に浮かせていた



セフィロス:「あの時の痛みを憶えているか?クラウド」



“あの時”とはニブルヘイム事件のことだろう

全ての始まりでもあるあの時、クラウドはセフィロスによって同じ部分を貫かれていた


刀を上に傾けることでクラウドの体にはより深く刃が刺さる

痛みにもがくクラウドを眺めるその表情からは非情さしか読み取れない



セフィロス:「今再び、忘れられぬ痛みを刻もう」



瞬間、セフィロスの右肩から黒翼が飛び出した

その光景に目を見開いたと同時にクラウドは上空へと放り投げられた

そのすぐ後をセフィロスが追う

少しの間攻防を繰り返していたが、すぐに体力の差が現れた

素早く攻撃を仕掛けるセフィロスの刀が次々にクラウドの体を斬りつける

止めと言わんばかりに力を失ったクラウドを地面へ叩き落とす



クラウド:「ぐぁ…っ!!」


ユリア:「───っ!」



慌ててクラウドに駆け寄るが、言葉が出なかった

腕や足などを刺され、ひどく傷ついた体

全身血まみれと言ってもおかしくはないだろう

それでも剣を支えに立ち上がろうとするクラウドだが、力が入らないらしくすぐに膝を付いてしまった

肩で荒く呼吸を繰り返すクラウドを見つめるうちに自分の内側から沸々と何かが湧き上がる


あたしからたくさんのものを奪っていったセフィロス

家族、仲間、町の人々…

罪なき命が失われ、罪を犯す命だけは潰えない

そしてまた、何かを奪っていこうとしている

これ以上奪われてたまるか…っ!!


ユリアは銃に弾を装填し、クラウドの前に背を向けて立ちはだかった



クラウド:「ユリア…、何して…っ」


ユリア:「あたしはアイツに数えきれないほどの恨みがあるの。頭ぶち抜くだけじゃ気が済まないほどね」



上空からこちらを見下ろしているセフィロスをキッと睨み上げる

特に怯む様子も驚く様子も見られない



ユリア:「だからさ、一回だけあたしに代わってくれない?」


クラウド:「っ、ダメだ!そんな…、!!」



大きな声を出したため、咳き込むクラウド

その様子を背中に感じながらユリアは小さく頬笑んだ

ありがとう、心配してくれて…



ユリア:「お願い、一つだけ約束して?」



背を向けたまま語るユリアからは強い力が溢れている

けれど不思議とその声音は優しかった



ユリア:「何があっても…絶対に生きるって」


クラウド:「っ!!」



言い終わると同時にユリアは地を蹴った

その言葉に嫌な予感が頭を過ぎる

無意識のうちにその背中に腕を伸ばすが、力の入らない腕は思うように伸びず、ユリアには届かない

…この光景は2年前にも見ている

朦朧とする意識の中、無謀な戦地に向かっていった友の背中に手を伸ばしていた


兄であるザックスとその妹のユリア

見た目は違っていても纏う雰囲気は同じだった

いつも明るく振舞い、仲間を大切に思い、強くあろうと努力する

俺は…ザックスだけじゃなく、ユリアも守れないのか…?



クラウド:「ユリア…っ!!」



上空でセフィロスと対峙するユリアの姿を見つめる

セフィロスの攻撃をかわしながら隙を見つけて発砲する

お互いに激しい攻防を繰り返していると、ほんの一瞬ユリアがバランスを崩した

その隙を見逃さず、セフィロスが斬りかかる



ユリア:「っく…、」



何とか防いだものの攻撃を弾いた衝撃で体は地面に向かって降下していた

と、セフィロスとクラウドの目が合う



セフィロス:「お前の最も大切なものは?」


クラウド:「っ…!!」



まさか…、このままユリアを…?

瞬時にユリアとセフィロスを見比べる

その表情を見て満足そうにセフィロスは笑ってみせた



セフィロス:「それを奪う喜びをくれないか?」



刀を真っ直ぐユリアに向けて自分も降下する


また、奪われるのか…?


エアリス、ザックス、ティファ、マリン、デンゼル…

大切な人々の顔が走馬灯のように駆け抜ける

失われた命、やっと笑顔を見せてくれた家族、そして…

いつも隣にいてくれた、支えてくれたユリア

戻ってきてくれた愛しい人


けれど、今の俺には…

剣を握る手に悔しさから力がこもる

と、ふいに辺りの景色が変わった

一面が眩しいほどの白に変わる



「俺ならまだあきらめないぜ?たとえ、絶望的な状況でもな」


クラウド:「…っ!!」



背後から聞こえた懐かしい声

思わず固まっているとその人物は大剣…バスターソードを胸の前に掲げた



「夢を抱きしめろ。そして、どんな時でもソルジャーの誇りは手放すな。…ま、ソルジャーにはならなかったけどハートの問題だ、ハートの」



そう言って自分の左胸を叩く

聞き覚えのあるセリフ

ほぼ毎日のようにあの場所で彼に語りかけていた



クラウド:「ザックス…」



やっと口にすることができた友の名前

この名前を口にするのはいつぶりだろうか

と、背後の人物…、ザックスは小さく笑った



ザックス:「手、…貸してほしいか?」



その声音は優しいが、クラウドは首を横に振った

ザックスに頼るわけにはいかない

ゆっくりと立ち上がり、剣を構えると、ザックスが首だけ動かしてこちらを振り返ったのが分かった



ザックス:「一度倒した相手だろ?楽勝じゃない」


クラウド:「ああ…」



あの当時と同じ、明るい口調のザックスに目の奥が熱くなるのを感じる

ザックスは再び正面を向き、真剣な声で口を開いた



ザックス:「もう…忘れるなよ。俺も、ユリアも」



その言葉に胸が痛んだ

忘れないと言ったのに…、忘れるなんて思っていなかったのに…

同時に強く心に誓う

もう忘れない、絶対に



クラウド:「俺が、お前の生きた証だ」


ザックス:「ユリアは?」



“ユリア”

その名前に微かに胸が騒ぐ

それを抑えるようにクラウドは剣を握りなおした



クラウド:「俺の…大切な人だ」



迷いなく発された言葉

そこからは強い意志を感じる

ザックスは小さく頬笑んだ



ザックス:「頼んだぞ、クラウド」



そう呟いてザックスは姿を消した



ザックスの気配が消えたのと同時に白い世界は消え、元の景色に戻る

降下してくるユリアとそれを狙うセフィロス

クラウドは瞬時に地面を蹴り、剣を振りかぶった

寸でのところでセフィロスはその攻撃を避け、クラウドはセフィロスを睨み付ける



クラウド:「…哀れだな。あんたは何も分かっていない」


セフィロス:「ふっ、」



その言葉を鼻で笑い、クラウド達と距離をとって着地する

クラウドもユリアを背に庇うようにして着地した



ユリア:「動いて…平気なの…?」



心配そうに問い掛けるその声に黙って頷く

…平気なわけがない

あちこちの傷が痛む

骨も軋む

けど…、



クラウド:「生きる意味を、教わったからな」


ユリア:「え…?」



誰に、と問う前にセフィロスが斬り掛かってくる

クラウドはそれを上空へ弾き飛ばし、自分も後を追った

セフィロスと向かい合い、自然と剣を握る力も強くなる


俺の最も大切なもの、だと?

本当にこの男は何も分かっていない

俺のまわりにある全てのもの、それは全て…



クラウド:「大切じゃないものなんか、ない!」



頭上で剣を回し、振りかぶる

それを振り下ろす瞬間に剣に内蔵しておいた他の剣を解除した

7本の剣が飛び出し、セフィロスのまわりを囲む

セフィロスがそれに怯んだ隙にクラウドは最初の一撃を食らわせた

目にも止まらぬ速さで剣を取り、続けざまに攻撃をする

2年前に倒した時と同じ技だ…


8度の攻撃を終え、地面に着地する

未だ上空に浮かんだままのセフィロスを見上げ、クラウドは呟いた



クラウド:「思い出の中で、じっとしていてくれ」



同時に重たい雲の隙間から日の光が差し込む

セフィロスは光を背に受けながらにやりと頬笑んだ



セフィロス:「私は…思い出にはならないさ」



そう言って片翼で自身を包む

それはこの戦いの幕引きを意味していた



ユリア:「終わっ、た…」



安堵の息を吐き、浮かんでいる黒い塊を見つめる

それはやがてバラバラと崩れ、1人の青年が地面に手を着いた



カダージュ:「っう、く…!」


ユリア:「カダージュ…」



荒く息を吐きながらも鋭い目付きで睨み付けるカダージュにクラウドは剣を構える



カダージュ:「はぁ、っはぁ…、っうぉおおおお!!」



刀を振りかぶり、クラウドに向けて突進していくが途中で膝から崩れ落ちた

慌ててクラウドがそれを支え、抱き起こす

ユリアも駆け寄り、クラウドの正面に膝を着いた



カダージュ:「…っ、兄さん…、姉、さん…」


ユリア:「………」



苦しそうな声で呼ぶカダージュに何かがじわじわと込み上げる

彼は自分の弟ではない

寧ろ、この世界を滅ぼそうと企んでいた“悪”だ

…けれど、どうしても……嫌いになれないんだ



ユリア:「……カダージュ、」


カダージュ:「?姉さ、
ユリア:「バカっ」



ぺしっ、と音を立ててカダージュの額を叩く

突然のことに驚いたのか、カダージュは目を瞬いた



ユリア:「アンタは本当に…、無茶っていうかあり得ないっていうか……。バカなんだから」



そう言ってカダージュの体を優しく抱きしめる

相変わらずその体は冷たかったが、今はそれも気にならない



カダージュ:「…姉さん、あんなに嫌がってたのに…」


ユリア:「今だけ特別!」



言いながら腕に力を込める

もしも…もしもカダージュが本当に弟だったなら…

そう思ってしまうのは何故なんだろう

鼻の奥がツン、と痛むのと同時に背中に手の感触を感じた



カダージュ:「ありがとう、姉さん」


ユリア:「…カダージュ?」


カダージュ:「僕、姉さんのこと…好きだよ」


ユリア:「…ばーか、」



どうしてこいつはこんな事をさらりと言えるのだろうか

何か言い返してやろうと考えていると、ポタ、と音がした



『カダージュ?』


カダージュ:「っ…え?」



どこかから聞こえた声にユリアも体を離して辺りを見回す

と、静かに雨が降り注ぎ、地面を濡らしていく

自分の記憶の中にある雨とは違う、包み込むような優しい雨…



『もう、頑張るの、やめよう?』



雨と同じく優しく語りかけるその声は、ユリアの知っている声に似ている

思わずクラウドの方を見ると目が合い、クラウドは黙って頷いた



カダージュ:「母さん…なの?」



今にも泣き出しそうな声で空に話しかけるカダージュ

今までずっと探し続けた母親

姿も見せず、思念だけ送り続けていた存在が自分を受け入れてくれている

それがカダージュにとって何よりの喜びに見えた



『皆のところ、帰ろう?』



そう語りかける声には優しさだけではなく、全てをきれいに洗い流してくれるような感覚さえある

“うん、”と頷いたカダージュの瞳から涙が流れた

ゆっくりと空に向かって伸ばされた腕が何かを掴む

クラウドもユリアも見えない何かを掴んだカダージュの手をみつめていると、ふいにカダージュが口を開いた



カダージュ:「姉さん」


ユリア:「…なに?」



カダージュを見つめながら小さく笑むと、ゆっくりと口が開かれる




カダージュ:「僕…、姉さんに会えてよかった」



ふふっと目を細めて笑うカダージュ

同時にカダージュの体が小さく浮いた

指先からほどけるように精神が溢れだし、空に吸い込まれていく

カダージュの中にいたさまざまな精神

それが全部空へ還っていった



ユリア:「終わった…んだよ、ね?」


クラウド:「あぁ…」



空を見上げ、精神が還っていく光景を見つめながら口を開く

また、平和が戻ってきたんだ

あたしは…今度はみんなを守れたんだ

嬉しくて、けれど、悲しくて

頬を水滴が幾筋も伝う



クラウド:「…泣くな」


ユリア:「っ、泣いてない!雨が目に…っ」



目元を指先で拭われ、慌てて自分の袖で拭う

そんなユリアの様子をクラウドは頬笑みながら見守った

本当に変わらないな、ユリアは…


上空には飛空挺が飛んでいて、中では何やら騒いでいる様子が見られる

久しぶりに訪れた平和にクラウドは心の底から“幸せ”を感じた



ユリア:「……ねぇ、」



くい、と服の袖を引かれ、ユリアの方を見る

まだ目元は赤いが、何やら視線を泳がせながら口を開いたり閉じたりしていた



クラウド:「どうしたんだ?」


ユリア:「…あの、さ…」



躊躇うようにもごもご呟くユリアに首を傾げる

やっと決心したのか、勢いよく顔を上げてしっかりと目を合わせてきた



ユリア:「っクラウドが話したかったことって何ですか!!」


クラウド:「……は?」



突然何を言い出すんだ?と思いながらも、やけに真剣なユリアの瞳を見つめる



クラウド:「俺が話したかったこと?」


ユリア:「そう!…2年前にゴンドラ乗った時も最後の戦いの日の時も、クラウドの話を聞くって約束したのに…聞きそびれちゃったから」



そう言われて記憶を辿ってみると、たしかにそんな事を言った気がする

けれど……、



クラウド:「…俺が言いたい事、何となく検討つかないか?」


ユリア:「全っ然!」



……だろうな

力強く言い切るユリアに若干肩を落とす

こいつが鈍い奴だっていうのは前々から分かっていたことだが、やっぱり落ち込む…

それに、今はそんなこと言える覚悟はできていないし、ユリアは婚約相手がいる身だ

小さく溜め息を吐き、クラウドはユリアに背を向けた



クラウド:「…帰ったら教える」


ユリア:「えー!!今じゃないの?」



“ケチ”だの“言っちゃいなよ”だの喚くユリアを無視して飛空挺に向けて歩き出す



ユリア:「なんで今じゃないの?」


クラウド:「今じゃなくてもいいからだ」


ユリア:「…それ、前にも言ってた」


クラウド:「気にするな。…ユリアはどこにも
ユリア:「クラウド!危ない!!」



いきなり体を横に突き飛ばされたかと思うと同時に銃声が聞こえた

続けてもう一発聞こえ、何かが倒れる音と体に鋭い痛みが走り、思わず膝を着いた



クラウド:「…ユリア…?」



ゆっくりと後ろを振り返るとユリアの姿はない

代わりに地面に誰かが倒れている

のろのろと近づき、そっと抱き起こす

目を閉じているが間違いなくユリアだ

思考がうまく働かない

なんだ…?何が起きたんだ…?



クラウド:「ユリア?」



もう一度名前を呼んでみるが反応はない

つ、とユリアの口端から赤い液体が流れ出た



時が止まったように思えた



自分の胸のあたりからも血が流れているが、まったく気にならない

気にしている場合ではない


ユリアの体が冷たいのは、雨に当たっていたせいだ

疲れたから眠ってしまったんだ

おそらくそうだろう、いや、そうに違いない



クラウド:「そうだと…言ってくれ…っ!!」



顔を歪めてユリアを抱きしめる

やっと帰ってきてくれたんだ

生きていてくれたんだ

こんなところで…また、いなくならないでくれ…!


ふと、チャリン、と金属の擦れる音がした

ゆっくりと体を離すと、ユリアの首元にチェーンが見える

何かと思って手繰り寄せると、半円を思わせる見慣れたチャーム



クラウド:「これは…」



自分の首元に視線を落とし、ネックレスを取り出す

ユリアがしているものと対になる形のチャーム

クラウドはそっと自分のものとユリアのものを繋げた

出来上がったのは、きれいな形のハート

二度と重なることはないと思っていたそれは、どこか誇らしげに輝いて見えた



クラウド:「バカ、なんだな…。俺も、お前も」



小さく笑いながらユリアを横たわらせる



ヤズー:「…一緒に、帰ろう」


ロッズ:「皆で、遊ぼう…」



後ろから聞こえる声に剣を握り締めながら立ち上がる

少し足元がふらついたが何とか持ち直した

“怒り”なんてものでは表せないような感情が沸き上がる

けれど、“恐れ”はなかった

…大丈夫、ユリアは生きている

自然とそう思えている自分に驚きながらも、クラウドは勢いよく後ろを振り返って駆け出した



クラウド:「うおぉおおおっ!!!!」

ヤ・ロ:「「はぁっ!!」」



クラウドが剣を振りかぶったのと、ヤズーとロッズが魔法を発動させたのはほぼ同時だった



((ドカァアア…ンッ!!!!))



大きな爆発が起き、辺り一面が煙に覆われる



ユフィ:「あっ!!」

ティファ:「クラウド!?ユリア!?」



飛空挺にいたメンバーも突然の爆音に外を見やる

煙はなかなか消えることなく、2人の様子を知ることはできなかった




















……ここは、どこ?

あったかくて、懐かしい…



「ユリアさん!おはようございますっ!!」



あぁ、おはよう!

今日も見回りご苦労さまっ



「よぉ、ユリアちゃん。また大きくなったんじゃないのか〜?」



そりゃあそうでしょ

あたしだってもう大人なんだからね?



「ユリアさん…っ!今度ボクとゴールドソーサーへ…!!」



……あー、ごめん、パス

いっつも誘ってくれるのに申し訳ないかな〜?



いろんな人の声が聞こえる

それは全部、神羅にいた時に聞いた声

クラウドと同期の一般兵、ザックスの友達のソルジャー、毎日のように言い寄ってきていた社員

ここは、神羅ビルなの?



「ユリア、」



え…?



「こっちだよ〜、こっち!」



どこ?この声…誰?



「おいおい、仮にも一緒にアバランチで活動した仲だろ?」


「うぅ…、ひどいッス…」


「へぇ〜、あのユリアがこんなに可愛くなっちゃって」



あ…、ビッグス、ウェッジ、ジェシー!

こんなところで何してるの?



「星のために活動してもらってるの」



頭上から柔らかい声が降ってくる



「まったく。これでここ通る人、二人目なんですけどっ」


「ははっ、通行料でも払ってもらう?」


「あ、いいねそれ。ユリア、クラウドにも伝えておいてね」



何やら楽しそうに話している2人に心が温まっていく

何だろう、この感覚…



「…ユリア」



そっと頭を撫でられる

懐かしい手つきに胸がいっぱいになる感じがした

と、ふいに左耳に誰かの指が触れる



「忘れるな、これが…俺達を繋ぐ証だ」



頬に柔らかい温もりを感じ、再び頭を撫でられる

大きな手で頭を包まれるような感触

聞き慣れた声

きっとこの温かい感情を“愛しい”って言うんだと思う



「さて。行きますか」



その声と同時に意識はどこかに沈んでいった

最後まで2人には迷惑かけちゃったな


ありがとう、お兄ちゃん、エアリス…


























気がつくと俺は、教会にいた

あの爆風の中からどうやって生き延びたのか分からないが、体にあった傷は消え、痛みも何もなかった

教会の床には小さな湖のようなものができていて、その水は星痕を治す効力があるらしい



「もう痛くないよ!!」


「見て見て、ママー!」



デンゼルの星痕が治ったのを見た子ども達が次々に水の中に飛び込んでくる

笑顔で寄ってくる子ども達に応えながらもまだクラウドの心には気がかりなことがあった



デンゼル:「…クラウド、お姉さんも治してあげて?」



その言葉にクラウドの表情が硬くなる

ティファ達が横にずれれば、床に寝かされている人が一人

……ユリアだ

眠っているように見えるその姿は、もう二度と目覚めないかもしれない

シドがぽつり、と“呼吸してねぇんじゃあな…”と呟いたのが聞こえた



マリン:「ユリアも治るんだよね?デンゼルみたいに星痕、消えるんだよね?」


ティファ:「……そうね」



軽く笑って見せようとするティファの笑顔が引きつる

その表情に不安を感じたのか、マリンはバレットを見上げた

娘の視線を受け、バレットは目を泳がせてからクラウドに視線を向ける



バレット:「どうすんだ?クラウド」


クラウド:「………俺は…、」



意識もない、呼吸もしていない

手の届く距離にいるのに、もう何も伝えられない

ユリアは死んでしまったと思って過ごした2年間は“闇”でしかなかった

やっと、やっと“光”を見つけられたのに……



───俺ならまだあきらめないぜ?たとえ、絶望的な状況でもな



親友が言っていた言葉が頭を過ぎる

俺は、まだ何も始めていない…

何もしない内からあきらめてどうするんだ


水面を見つめていた顔を上げ、バレットの方を真っ直ぐ見る



クラウド:「俺は、あきらめたくない」



そうはっきり告げるとバレットは目を見開いたが、やがて静かに頷いた

バレットはユリアを抱え上げ、クラウドに受け渡す



バレット:「頑張れよ、クラウド」



そう言ったバレットの瞳は真剣で、クラウドもゆっくり頷いた

思ったよりもユリアの体は軽かった

2年ぶりに見るその顔は、髪が伸びたせいもあるのか以前より女性らしさが強くなったように感じられた

場違いにも高鳴る胸を鎮め、クラウドは湖の中央へ進む

忘らるる都でも同じようなことをした

けれど、これでエアリスと同じになるのならユリアは喜ぶような気がする

そっと水面にユリアの体を浮かせ、手を離す

水を含み、ゆっくりと沈んでいくユリアの体

全身が水に包まれたのを見届け、教会の中が静けさに包まれた



ティファ:「ユリア…」



か細くも、祈るような声が聞こえる

クラウドは小さく息を吐き、屋根のない天井、空を見上げた

空は雲ひとつない快晴だった


大丈夫、

これでユリアもエアリスと一緒だ

ザックスもいる

もう、寂しくなんかないだろ…?



心の中で囁き、クラウドは悲しげに頬笑んだ





06 終

2011.03.06