小説 | ナノ



04
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逃げ惑う人々

街の中心部では悲鳴と絶叫が響き渡っている

その光景をティファは戸惑いながら見回した



ティファ:「何が起きてるの…?」



体力も回復し、調子も戻ってきたからと外に出たのがきっかけだった

何やら市街地の方が騒がしいと思い、様子を見に来たらこれだ

モンスターは市民を襲い、市民はそれから逃れるのに必死で女・子どもでも押しのけて走っていく

平和が戻ってきたと思っていた人々にとっては予想だにしていない出来事だったのだろう

街はパニック状態だった


ふと、中心部にある記念碑の前に複数の人影が見えた



ティファ:「デンゼル!」



記念碑を背に囲むようにして立っているのは街の子ども達で

その中にデンゼルの姿が見えた

急いで駆け寄って肩を掴み、呼びかける



ティファ:「デンゼル!デンゼル!」



軽く揺さぶってみるが反応はない

俯いていて表情は見えないし、何か様子がおかしい…

顔を覗き込もうとした瞬間、ゆっくりとデンゼルは顔を上げた



ティファ:「っ!!」



その生気のない瞳にティファは息をのむ

焦点の定まっていない、虚ろな目

どうしてこんな事に…っ



「うわぁああああああ!!!!」

「きゃああぁぁああ!!」



悲鳴がひと際大きくなり、まわりにいた人々はその場から逃げるように走り去って行く

何事かは分からないが、人々の様子からしてただ事ではないらしい



ティファ:「デンゼル、逃げるわよ!」



そう言った瞬間、背後に気配を感じた

素早く振り向くとこちらにモンスターが飛びかかってくる瞬間だった

振り返る動きを利用して攻撃態勢に入る

モンスターが攻撃を仕掛けてきたのと、ティファの右腕が同時に突き出された

…はずだった



(ズドォオ…ンッ!!)



ティファ:「っえ!?」



目の前にいたはずのモンスターが突如現れた巨大な足に踏みつぶされ、思わず後ずさる

足の正体を知ろうと爪先から辿っていき、ティファは目を見開いた

見上げるほどの巨体、そこらへんにいるモンスターとは格が違う強さを持つ者…召喚獣

それが目の前にいる…

召喚獣バハムート・震は咆哮を上げ、ティファは反射的にデンゼルを抱き寄せた

放たれる威圧感と気迫に眉をしかめる

と、バハムートは翼を広げ、記念碑の上に降り立った

何かを探すような素振りをしていたが、ふいに口に青白い光を溜めて…



ティファ:「っ!!」



嫌な予感が脳裏を駆け巡る

もしかして、記念碑を破壊するつもりじゃあ…!?

デンゼルを抱き締める腕に力を込める

バハムートは上空に飛び、より力を溜めていた

いつ放たれるか分からない

ティファはデンゼルを抱き締めたまま、バハムートを見つめていた

瞬間、記念碑に向かって勢いよく光が放たれた



ティファ:「うっ!!」



(ドカァァ───…ンッ!!!!)



ものすごい爆発音とともに爆風が襲ってくる

その威力に圧倒され、デンゼルを庇うことで精一杯だ

…意識が、遠退く……

立ってるのか倒れたのかも分からないまま、ティファは意識を手放した


一瞬だけ、教会で倒れた時の記憶が思い出された

こちらに銃を構えた女性

顔はよく見えなかったが、2年前の面影が残っていた気がする


2年…、長いようで短かった

クラウドも自分も平気なふりをしていたけれど、内心穏やかではなかった

罪悪感と後悔が心を蝕み、クラウドは自信を無くしてしまった


だから、もし“彼女”が生きているなら…クラウドはここに来てくれるはず

クラウドに自信を取り戻させることができるのは“彼女”だけだから


お願いね、ユリア












バイクは中心部に向けて走っている

そこに近づくにつれて薄暗くなる雰囲気にユリアは眉をひそめた

空模様はさっきからおかしいし、嫌な予感も絶えない

それに……すごく、苦しい

やっぱりクラウドに会わない方がよかったのかな、と心の奥がざわざわと騒ぐ

クラウドは…どう思ってるんだろう?

質問をしようと口を開いた瞬間、それは市民の悲鳴によって遮られた



クラウド:「っ!!あれは…!」


ユリア:「召喚獣…?」



空を飛び回るそれを見上げ、目を見開く

なんで召喚獣がこんなところに…

そう考えると、そんなことをやるのは一人しか思いつかない



ユリア:「カダージュ…っ」



世界を支配しようと企てている彼と、“姉さん!”と甘えてくる彼

どちらが本当の彼なのか…


ふと、先の方に女性と少年が見えた

女性は少年を守るようにモンスターと戦っている


目を凝らすと、それはティファとデンゼルだった


その姿を確認すると、ユリアはクラウドの腰に回していた腕を緩めた



クラウド:「ユリア?」


ユリア:「あとは、大丈夫だよね?」



その言葉が何を意味するか瞬時に理解したクラウドはユリアの腕を掴む



クラウド:「…ダメだ。ユリアも一緒に戦おう」


ユリア:「けど、あたしは…
デンゼル:「ティファ!」



ティファの頭上では瓦礫が崩れはじめている

デンゼルはまわりをモンスターに囲まれ、今にも襲い掛かられそうだ

ユリアはそっとクラウドの耳元で囁いた



ユリア:「ピンチの時は助けるって約束なんでしょ?」


クラウド:「っ!?」



一瞬、クラウドが怯んだのを見逃さずにユリアは掴まれた腕を振り払う

我に返ったクラウドは後ろを振り返ろうとしたが声で制された



ユリア:「今は目の前のことに集中して。後ろは振り返らないでね」


クラウド:「ユリア、」



もう手放さないと決めたのに…

それでもこうして擦り抜けていってしまうのは、どうしてなんだ?

俺は……どうしたいんだ?


と、バイクの後ろが少し揺れた

何事かと振り返ると、そこにはユリアが立っていた



クラウド:「ユリア!?何して…
ユリア:「タークスなめんなよ?」



あの時…2年前、伍番魔晄炉を爆破させた後の時を彷彿とさせる台詞

そうしてニカッと笑ったかと思うと、ユリアはひらりとバイクから飛び降りた

後戻りするわけにもいかず、クラウドは小さくなっていくユリアの姿から目を逸らした

ユリアは自分の精神を見たのだから、過去を知っていて当たり前だ

けれど、今は…今だけは知られたくなかったと思ってしまう

クラウドはハンドルを握りなおし、バイクから剣を取り出す

その時に首元でネックレスがチャリ、と音を立てた

その音がクラウドにはなぜか悲しげに聞こえた



























ユリア:「さて、と」



軽い身のこなしで着地すると、ユリアは路地裏へと走りだした

とりあえず市民の安全確保が第一だよね!

路地裏に辿り着くと、多くの人々がいるのと同時にモンスターもいた

何人かは襲われてしまっているが、人々はあちらこちらと逃げ回っている

ユリアは素早く銃を取り出し、モンスターに向けた



(───ドクン!)



ユリア:「っ…!?」



一際大きな波が押し寄せ、右肩が脈打った



ユリア:「っあ、…う…!!」



痛みが全身に広がっていくような感覚に意識が朦朧とする

耐え切れずに片膝をつくと、モンスターが襲いかかってきた

あ……、やば…



「お姉さん!!危ない!」



その声で我に返り、瞬時に飛び退くとモンスターに数発打ち込んだ

咆哮をあげるモンスターを一瞥し、声の主を探す

と、一人の少年がこちらに駆け寄ってきた



ユリア:「デンゼル!」


デンゼル:「お姉さん、どうしてここにいるの?」


ユリア:「デンゼルこそ!早く逃げなさい!!」



デンゼルを背に庇いながらモンスターと対峙する

が、デンゼルはその場から動こうとしなかった



デンゼル:「嫌だ!僕だって…、僕だって!!」


ユリア:「デンゼル、…っ!!」



後ろを振り向いた瞬間、こちらに襲いかかってきたモンスターと目が合った

ユリアはデンゼルを押し退け、銃を構えたが…遅かった



デンゼル:「お姉さん!?」


ユリア:「っく…、デンゼル!逃げなさいってば!!」



上からモンスターにのしかかられ、思うように体を動かせない

なんとか藻掻きながら怒鳴ると、デンゼルは弾かれたように走り去った

それを待っていたかのようにモンスターは大口を開ける

あたし…、死ぬのかな?

……それでもいっか

そうすればもう、苦しい思いをしなくて済む

抵抗をやめ、攻撃を受け入れる

頭から噛み付かれるだろうと覚悟した瞬間、



デンゼル:「えいっ!!」


ユリア:「っ!」



どこからか勢いよく水が噴射し、モンスターを吹き飛ばす

ゆっくりと起き上がり、辺りを見回すとデンゼルが鉄パイプを持って水道管の傍にいた



ユリア:「デンゼル…」


デンゼル:「お姉さん、大丈夫?」



駆け寄ってきたデンゼルはユリアの顔を覗き込み、不安そうに問う



ユリア:「うん、大丈夫っ」



無理やり笑顔を作って笑いかけると、デンゼルは勢いよく腰に抱きついてきた



ユリア:「デ、デンゼル!?どうしたの?」


デンゼル:「星痕は選ばれし者に与えられた勲章!痛みと引き換えに心の強さを得られるんだ!」



聞き覚えのある台詞に目を見開く

デンゼルはユリアを見上げ、真っすぐに見つめた



デンゼル:「お姉さん、負けないで」


ユリア:「っ!」


デンゼル:「諦めないで…?」



腰に回されている腕に力がこもる

その温もりと力強さに心が落ち着いていく気がした

“諦めないで”、か…

本日二度目の言葉に口元が緩む

……そうだよね、諦めちゃだめだよね

ユリアはデンゼルの頭をそっと撫でた



ユリア:「…ありがとう、デンゼル」


デンゼル:「へへ、」



照れくさそうに笑うデンゼルを強く抱き締める



大丈夫、あたしはまだ強くいれる



街の方から何かが崩れるような音がした

あたしは信じてるよ?

皆がいるなら…、クラウドがいるなら大丈夫って…


















カダージュ:「社長、いいこと教えてあげようか?」


ルーファウス:「…なんだ?」



建設途中のビルの13階

モンスターや召喚獣が荒らす街全体を見渡しながらカダージュは言った



カダージュ:「姉さんのことだよ」


ルーファウス:「ユリア…?」



顔を上げると、カダージュはこちらに向き直って楽しそうな笑みを浮かべていた



カダージュ:「姉さんはね、僕達と同じなんだよ」


ルーファウス:「……ジェノバのことか?」


カダージュ:「違うよ、そのことじゃない。姉さんは…」



自分の胸に手を当て、そっと撫でる

そしてルーファウスを見やると再び笑みを浮かべた



カダージュ:「姉さんも“彼”の思念を受け継いでるんだ」


ルーファウス:「っ!」



布を被っていて表情は見えないが、ルーファウスは内心動揺していた

カダージュが言っていることが真実ならば、ユリアは“セフィロスの意志を受け継ぐ者”だ

どうして……いつ…?



カダージュ:「2年前、姉さんはライフストリームに落ちた。そこで、分解された“彼”の意志に触れた…。姉さんの体の中は今、僕達と同じになるために動き出そうとしてるんだ」



ルーファウスの心の内を読んだかのように話すカダージュ

話の内容をなんとか把握し、ルーファウスは軽く深呼吸してから口を開いた



ルーファウス:「動き出すとどうなる?」



ジェノバ細胞、魔晄、星痕、セフィロスの意志…

全ての準備が整った時、ユリアはどうなる?

カダージュはルーファウスの様子を見ながら楽しげに言った



カダージュ:「姉さんも、“彼”の操り人形になる」



つまり、星を支配するための“道具”となる

あのユリアが……

ルーファウスはカダージュに適当な返事をして、街を見下ろした

逃げ惑う人々、壊されていく街

平和を取り戻し始めたこの星に、また危険が迫っている

これも……神羅のせい、なのか?



カダージュ:「楽しいな、社長」



弾んだ声で召喚獣のマテリアを翳すカダージュ

そうか、こんなものがあるから…

ルーファウスは布の中、膝に乗せてあるものを握り締めた



カダージュ:「次は何を呼、ぶ…?」



目の前には立ち上がっているルーファウス

そしてその手に持たれている箱に、体の中の何かが反応した



カダージュ:「っ!!母さん!?」


ルーファウス:「気付けよ、親不孝者」



そう言ってビルの外へ箱を放り投げる

ルーファウスは勝ち誇った笑みを向け、カダージュは憎悪に満ちた顔をお互いに向けた



カダージュ:「うわぁああぁぁあ!!!!」



ルーファウスの目の前に手をかざし、怒りに任せて魔法を発動させる

ルーファウスはそれを黙って見つめていた




























ユリア:「あ、…いた!!」



デンゼルと別れ、モンスターと戦いながらもタークスの面々を探していると、少し先に見慣れた赤毛とスキンヘッドが見えた

そこには銀髪の彼らもいる



ユリア:「ヤズーとロッズ…だけ?」



カダージュはどうしたのだろう?

3人一緒にいるものだと思っていたのに…

不思議に思いながらもユリアはレノ達に駆け寄った



ユリア:「レノ!ルード!」


レノ:「!?ユリア!!」


ヤズー:「…姉さん?」



こちらを振り向いたヤズーに何発か撃ちこむが全て避けられる

それに小さく舌打ちをして、ユリアは地を蹴って空中に舞った

そこから撃ってみてもヤズーはことごとく避けてみせる

ユリアはそのままレノの隣に着地した



ロッズ:「やるなぁ、姉さん!俺とも遊ぼうぜ?」


ユリア:「悪いけど、今は遊びたい気分じゃないの」



素早く弾を装填し、ヤズーに向けて構える

が、ヤズーは表情一つ変えなかった



ヤズー:「分かってくれたと思ったんだけどな」


ユリア:「アンタ達と一緒にいるのはまずいってのはよく分かったけどね」


ヤズー:「…また痛い目見たいの?」



その瞳に残虐な色が宿る

少しだけ星痕が痛んだ気がしたけれどユリアはそれを振り払う



ユリア:「冗談やめてよね。…ところで、カダージュは
(ドカァアンッ!!)



頭上からの爆発音に上を見上げる

と、ビルから見慣れた金髪白スーツが落ちてきた

そのすぐ後にもう一人が飛び降りる

短い銀髪が鈍く光って見えた



レ・ル「「社長!」」

ユリア:「カダージュ…!」



何かを追うように落ちてくる彼らの先には細長い箱



(ドクン…)



体の中の何かが脈打つ

星痕とは違う何かが反応している

あれは…ジェノバ…

ジェノバの首…


あぁ…、 母さん…

レノ:「ユリア!!」



ぐいっと肩を引かれて我に返る

箱を抱えて軽やかに着地したカダージュに向かって伸ばされた右手

無意識のうちに動いていた腕をユリアは慌てて戻した

それをカダージュは満足げに見つめる



カダージュ:「大丈夫。もうすぐだよ、姉さん」


ユリア:「…何が
(ブォォンッ!!)



後方からバイクのエンジン音が聞こえた

それを聞くとカダージュは舌打ちをしてバイクに跨る

他の2人もバイクに乗るとすぐに発進させてもの凄いスピードで走り去った

それを追うようにして通り過ぎたのは黒いバイク

一瞬だけ、金髪が風に靡いて見えた



ユリア:「…クラウド…」



ぽつり、と呟いてから慌ててレノを振り返る

が、レノは聞こえていなかったようで不思議そうに首を傾げられた

その反応に心の中で安堵しながら忘れかけていたことを思い出す



ユリア:「っ!ルーファウスは!?」


ルード:「大丈夫だ」



そう言って顎で上を指し、ユリアがその先を見やるとビルの両端から伸びた網の上にルーファウスはいた

そしてその両端には…



ユリア:「ツォン!イリーナ!」


イリーナ:「ユリア〜!!っあいたた!」


ツォン:「…イリーナ、社長の救出が先だ」



腕をブンブン振っているイリーナと呆れ気味のツォン

2人は頭や腕に包帯を巻いているけれど、いつも通りの様子に笑みが零れた

よかった…2人とも無事で!



ユリア:「あたしも手伝うよ!車椅子取ってくるね!!」



仲間の生存が嬉しくて、ユリアはビルの中へと駆けていく

それをルードは微笑ましく思いながら自分も手伝おうと歩き出した



レノ:「……ずりぃよな、アイツは…」


ルード:「?何か言ったか?」


レノ:「いーや、独り言だぞ、と!」



そう言ってビルの中へと歩いていく相棒の後ろ姿をルードは黙って見つめていた









ルーファウスの救出にさして時間はかからなかった

車椅子の前に5人で並ぶとルーファウスは少しだけ柔らかい笑みを向ける



ルーファウス:「ツォン、イリーナ。ご苦労だったな」


イリーナ:「はいっ」


ツォン:「社長こそ、ご無事で何よりです」


ユリア:「ったく、ビルの13階から飛び降りるなんて何考えてんだかねー」



嫌味ったらしく言ってやるとルーファウスはユリアを見て口角を上げた



ルーファウス:「ほう?私のことを心配してくれたのか?」


ユリア:「はぁあ!?アンタ、一体どういう思考してるわけ?」


ルーファウス:「それより、星痕の調子はどうだ?」



無視されたことに怒ろうとしたが、その言葉にユリアの動きが止まる

…何?なんでルーファウスが星痕のこと知って…



ルーファウス:「私にバレていないとでも思ったのか?」


ユリア:「…何のこと?あたしは星痕なんて
レノ:「バレバレだぞ、と」


ルード:「…ユリアは分かりやすすぎる」


ユリア:「レノ…、ルード?」


イリーナ:「お洗濯も自分のだけ避けてるしね」


ツォン:「どうせいらない気でも遣っていたんだろう?」


ユリア:「イリーナとツォンまで…」



皆あきれたような、半分楽しそうな表情を浮かべている

まさか、ずっと知ってたの?



ユリア:「皆、最初から気付いて…」


レノ:「当たり前だろ。初めから全員気づいてたっつの」


ユリア:「そう…」



迷惑かけないようにと気をつけていたのに

逆に気を遣わせてしまっていたのかもしれない

あたしって本当にだめなやつ…


俯いていると、ふいに頭の上に手を置かれた

ゆっくり顔を上げると黒い瞳と目が合った



ツォン:「お前は昔からなんでも一人で抱えすぎだ。いつか潰れるぞ」



ため息混じりに言われ、言葉が胸に刺さる

と、上に乗っていた手が優しく頭を撫で始めた



ツォン:「何度も言っているだろう?俺達は仲間なんだから頼れと」


ユリア:「ツォン…?」


ツォン:「何があってもお前はタークスであり、俺達の仲間だ」



“仲間”なんて言葉は鬱陶しいと思っていた

タークスには二度と戻らないと決めていた

けれど、“仲間”もタークスもあたしにとってはかけがえのないものだった

その存在があたしの支えだから…



ユリア:「ありがとう…ツォン」


ツォン:「あぁ」


ユリア:「ありがとう、皆」



全員の顔を見回せば、こちらに笑みを向けてくれている

あたし、タークスに入ってよかったよ

こんな素敵な仲間に巡り合えたし、仲間の大切さに気付かせてくれた

お兄ちゃん、約束してくれてありがとう



ルーファウス:「さて。ジェノバの首が奴らに奪われてしまったが…」



その言葉に全員の顔に緊張が走る

カダージュ達の手にジェノバの首が渡ってしまった今、この星は再び危機にさらされてしまっているのだ



ルーファウス:「何としても奴らにジェノバ細胞を利用させるな」


ツォン:「ジェノバを奪還するのですか?」



ツォンの問いにルーファウスは少し考え、首を振った



ルーファウス:「いや、あれごと破壊しろ。どんな手を使っても構わない。…頼んだぞ」


「「「はっ!!」」」



言うが早いかレノとツォンはヘリを取りに走り、ルードはルーファウスの護衛のための応援を呼んだ

ユリアはイリーナの包帯に手を伸ばす



ユリア:「…痛い?、よね」


イリーナ:「ん〜、少しね。でも、アイツが助けてくれたのよ」


ユリア:「アイツ?」


イリーナ:「アイツよ!えっと…ヴィンセント・ヴァレンタイン!!あの赤マントが私達を助けて治療してくれたの」


ユリア:「…ヴィンセントが?」



首を傾げると、イリーナも自分も理由は分からないと言うように肩をすくめた

ヴィンセントが人を助けるなんて珍しい…

2年前とは少し違う面に感心していると、頭上から羽音が聞こえてきた



ツォン:「イリーナ、ユリア!行くぞ!」


イリーナ:「はいっ!!」



縄梯子が降りてきて乗るように促される

ルードは既にレノと共に行ってしまったらしい

遥か彼方に見える神羅のヘリを見ながらユリアはそっと左手を撫でた

…この闘いが終わったら、レノと話さなければいけないかもしれない

ヘリに乗り込み、レノ達の後を追いながらそんな考えが浮かぶ

指輪に触れるたびに罪悪感が胸に押し寄せる



───まぁ、その…婚約指輪ってやつ、だな


───これで…俺といつでも一緒だ。会いたくなったら会える



込み上げてきた涙を堪えるように目を瞑る

ごめんね、ごめんなさい…


ホルダーにしまってある支援マテリア

7年前のあの日からずっと持ち歩いているそれは、本来の役目を果たしてはいない

ただ、ユリアの支えとして光り輝き続けていた











レノ:「痛ててて…」


ルード:「…大丈夫か?」


レノ:「それはお互い様だ」



ヤズーとロッズと応戦していたはずが、ヘリが故障して2人とも外へ放り出される形となってしまった



レノ:「つっても、俺が壊したようなもんか」



そう呟いたレノの手には操縦機のレバーが握られている

2人は目を見合わせ、遠くを見つめた

その視線の先では爆破したヘリが黒煙を上げている



レノ:「どうする?相棒」


ルード:「うん……」



クラウドはカダージュを追っている

が、ヤズーとロッズに妨害されている

せめてあの2人をどうにかできれば…

と、ふいに目の前にロープが降りてきた

上を見上げればヘリから誰かが手を振っている



イリーナ:「せんぱーい!」


レノ:「…イリーナ!」



助かったと言わんばかりにロープに掴まり、上までよじ登る



レノ:「あーあ、散々だったぞ、と」


ユリア:「お疲れさまっ」



上にたどり着くと、ユリアが笑顔で出迎えてくれた

が、ふとユリアの目元が赤いのが見えた

……泣いた、のか?

ルードやイリーナとこの先の作戦を話し合っているユリアはいつもと変わらないが、何かが引っ掛かる

レノは小さく息を吐いた



レノ:「で?これからどうすんだ?」


ユリア:「うん、今話し合ってるんだけど…」


レノ:「違う。お前自身の話だ」



その声があまりにも真剣みを帯びていて、ヘリの中が静まり返る

それでもレノは話し続けた



レノ:「ユリア、お前はこれからどうすんだ?」


ユリア:「……あたしは…っ」



ぐっと左手を握り、それを右手で覆う

きっとユリアは迷っている、悩んでいる

ふとユリアの視線が左手に注がれているのを見て、レノはある決心をした



レノ:「ユリア、手ぇ貸せ」


ユリア:「へ?」



ポカンとしているユリアに詰め寄り、左手を取る


ユリア:「ちょ、レ、レノ!?」



止める声も聞かず、レノはユリアの指から指輪を抜いた

続けて自分の指輪も抜く

レノの右手には2つの指輪が重なっていた



レノ:「こんなもん、もういらないよな」



そう言うと躊躇いもなく、ヘリの外へそれらを放った

突然のことにユリアを含め全員が呆然とする

それを見渡し、レノは満足そうにニヤリと笑った



ユリア:「レノ…なんで…?」



信じられないという表情でこちらを見つめるユリアにレノは笑みを消す



レノ:「俺はウジウジ悩むようなやつと結婚したくない。めんどくさくて適わないぞ、と」


イリーナ:「せ、先輩!そんな言い方…
ユリア:「いいの、イリーナ」



抗議しようとしたイリーナを制する

…本当のことだから、何を言われても仕方ないんだ

と、レノはわざとらしく大きなため息を吐いてみせた



レノ:「ま、婚約破棄ってことだ」


ユリア:「そう、だね…」



胸がズキズキと痛む

こんな形で別れを切り出されるなんてつらい

けれど、レノが望むなら…
レノ:「あとは好きな男を追い掛けるなり、ついていくなり好きにすりゃいい」


ユリア:「………え?」


レノ:「ツォンさん、今どの辺ですか?、と」


ツォン:「五番街があったあたりだと思うが…」

ユリア:「ま、待ってレノ!アンタ…」


レノ:「先輩に対して“アンタ”はないだろ」



ケラケラと笑うレノに視界が歪む

そんな…、そんな事……っ



ユリア:「っレノの、バカ…」


レノ:「おーおー、バカで結構」


ユリア:「バカ、…大バカっ…」



抑え切れずに涙が溢れ出す

この人は本当にどこまで優しいんだろう

いつも憎まれ口しか言わないけれど、その分いつも相手を思いやっている

あたしは…、レノのそういうところが好きだった



レノ:「…なぁ、ユリア」



涙を拭っている手を掴まれ、そっと引き寄せられる

顔は見えないけれど、なんとなくレノは笑っているような気がした



レノ:「こうしてお前をアイツのとこに送り出すのは2回目だな」


ユリア:「…うん、」



あたしがタークスを辞めると宣言した日、レノは“彼”についていけ、と言ってくれた

あの時も苦しい思いをしたに違いない

そして今も…



レノ:「でもな、前と違うことが一個だけある」


ユリア:「……何?」



そちらを見上げようと少し体を離した瞬間、ふわりと体が持ち上がった

天井を見上げるような形と、膝の裏と肩に感じる腕

瞬時に自分の体勢を理解し、ユリアは目を見開いた



ユリア:「なっ、何して…!?」

レノ:「この方が運びやすいからな、と」



そうして体の向きを変え、数歩前へ歩く

風がばしばしと顔に当たり、レノの向かっている先にユリアは嫌な予感を覚えた



ユリア:「……あの、何をなさってるんでしょうか?」


レノ:「お前は先回りして待ち伏せろ。こっから行った方が近いだろ?」



そう言って腕を外へ伸ばす

瞬間、全身から血の気が引いた



ユリア:「こ、ここから落とす気…?」


レノ:「大丈夫。ユリアならできるぞ、と」


ユリア:「っバカ言わないで!!あたしが高いとこダメなの知ってるでしょ!?」


レノ:「あぁ、知ってる」


ユリア:「じゃあ何で
レノ:「お前が高所恐怖症なのも、兄貴大好きなのも、実験体にされたことも知ってるぞ、と」


ユリア:「え……?」



実験体にされたことも…知ってるの?

目を何度も瞬いているとレノは軽く頬笑んだ



レノ:「ユリア、前と違うとこはな、…お前がタークスとしていてくれてることだ」


ユリア:「……っ」


レノ:「また、辞めるとか言いだすのか?」



不安そうにこちらを見つめるレノに笑みを向け、首を振る



ユリア:「そんなわけないじゃない。あたしはずっとタークスだよ」


レノ:「よっし、よく言った!」



レノが言ったのと同時に体をあの独特の浮遊感が襲った



ユリア:「っ!!あ…、きゃぁああああぁぁぁ!!!!」



外へと放り出された体は重力に逆らうことなく落ちていく

と、レノがこちらに手を振っているのが見えた



レノ:「いいかー!アイツに泣かされたら俺に言えよ!!速攻で奪い返してやるぞ、と!」



大声でなんてことを言うんだ…

心の中で“バカ”と呟きながらユリアは遠ざかるヘリを見つめていた





イリーナ:「うわぁ、本当に落としたんですか…?ユリア、大丈夫かな?」


レノ:「これぐらいの仕返し、当然だぞ、と」



外を見ながら小さく笑うレノにイリーナが首を傾げていたが、何も聞かないことにした


ユリアは今でもアイツが…クラウドのことが好きなんだ

俺のことを想ってくれてた時もあっただろうが、心の本当の部分はクラウドを想っていたはず

そして何より、2人が思い合ってると感じたのは…



レノ:「お揃いのネックレスまでしやがって…」



クラウドを運んだ時に見えたネックレス

それはユリアがしているものと対になるタイプだった

…あんなの見せ付けられたら、退くしかないっつーの

軽くため息を吐き、レノはルードの方を振り返った



レノ:「行くか、ルード」


ルード:「…そうだな」



どこか晴れ晴れとしたレノの表情にルードは小さく頬笑んだ












…ここ、どこ?

レノにヘリから落とされて…、それから……?

視界は暗く、思考もうまく働かない

ふと、優しい香りが鼻をくすぐった



もしもーし!



……え?



ふふっ。ここ、いっぱい人降ってくるね



ユリア:「エアリス…?」



ゆっくりと起き上がると、自分は花畑の中央にいた

辺りを見回し、ここが教会だと理解する

そういえばツォンが五番街の上空にいるとか言ってたような…

花がクッションになってくれたおかげで骨は折れていないらしい

少し痛む体を擦りながら、立ち上がる



ユリア:「ありがとうね、お花達」



そっと撫でると、花は元気になったような気がした



「…姉さん?」



ポツリと呟かれた言葉に振り返る

教会の入り口にはバイクに跨ったままこちらを見つめている銀髪──…カダージュがいた



カダージュ:「姉さん…!!やっぱり来てくれた!」



嬉しそうにそう叫ぶとこちらにバイクを滑らせ、横付けにする



ユリア:「カダージュ、お花
カダージュ:「来てくれると思ってたんだ!姉さんなら、絶対に!」



ユリアの言葉を遮り、その手を取る

心から嬉しいという思いが表情にありありと出ている

花畑を荒らされたことを咎めようとしたユリアだが、なぜだかそんな気は失せてしまった



カダージュ:「見て?母さんも一緒だよ」



そう言って片腕に抱えていた箱を見せ、笑みを浮かべる

母さん…、つまり、ジェノバ……



カダージュ:「母さん…」



嬉しそうに箱の亀裂から中を覗くカダージュから目を逸らす

あの箱にはたしかにジェノバが入っている

だが、それは彼女の一部でしかない

もともと魔晄に浸されていたうえに、ライフストリームの噴出などによってさまざまな衝撃を受けてきた

原型なんか…あるわけない



カダージュ:「っ、母さん…!?」



息を飲むカダージュの声から苦しげな表情が想像できる

たとえ思念体だとしても母親との再会がこんな形だなんて…悲しすぎる



カダージュ:「うわぁああぁぁああああ!!!!」



悲痛な叫びが教会の中に響き渡った

ユリアは目を閉じ、何も考えないようにした

干渉してはいけない、慰めてはいけない

けれど…今、隣ですすり泣いている彼は本当に脅威な存在なのだろうか?



ユリア:「カダージュ…」



無意識のうちに手を伸ばした瞬間、カダージュはキッと入り口に目を向けた



カダージュ:「姉さん、来るよ…」


ユリア:「え?」
(ブォオ…ン!!)



外からバイクのエンジン音が聞こえ、勢いよく扉が突き破られた

それと同時にカダージュに腕を引かれ、バイクの後ろに乗せられる

一瞬だけ、中に乗り込んできた人物の髪が見えた

それは金色に鈍く輝く短髪



ユリア:「…クラウド?」



その呟きをかき消すように、カダージュは魔法を発動して柱を一本崩し、その上をバイクで駆け上がった

柱が倒れるのとほぼ同時に花畑の中心にバイクが止まる

見覚えのあるバイク、それに跨っている金髪の人物



ユリア:「あ…、」


クラウド:「っ!!ユリア!?」



こちらを見上げ、目を見開いているのがよく分かる

何か伝えなければと口を開いた瞬間、目の前を青い閃光が走りぬけた

それはクラウドへと向かったが、瞬時にバイクから飛び降りたために当たりはしなかったが大爆発を起こした



カダージュ:「あははははっ!!」



片手を振り上げたまま、カダージュが声を上げて笑う

が、その表情は目だけが笑っておらず、誰かに対する憎しみが現れていた

巻き起こる煙の中から片腕を押さえてよろめくクラウドの姿を見つける

それはカダージュも同じだったようで再び魔法を発動しようと片手に力を集めていた



ユリア:「カダージュ!!やめてっ!」


カダージュ:「姉さん?……っ!!」



不思議そうにこちらを見ていたカダージュの表情に緊張が走る

と、ふいに花畑から水が湧き、やがて噴水のように噴き出した



ユリア:「何、これ…?」



どこか優しさを感じる水の流れ

なんだろう、懐かしい…?

軽く身を乗り出し、その水に触れようとした瞬間、勢いよく腕を掴まれた



カダージュ:「触っちゃだめだ!!」


ユリア:「どうして?別に
カダージュ:「しっかり掴まってて!」



言うが早いか、まるでそこから逃げるようにバイクを走らせるカダージュ

後ろを振り返ると、水は外まで流れ出していた

…エアリス、貴女がやったの?

心の中でそう問いかけると、微かに笑い声が聞こえた気がした



頑張れ、ユリア








04 終


10.07.11