小説 | ナノ



03
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


森から戻ると、3人は湖を挟んで子ども達と向かい合っていた

と、ユリアに気が付いたヤズーはユリアを引っ張り、そのまま自分の隣に置く



ユリア:「…何が始まるの?」


ヤズー:「仲間を増やすんだよ」



何でもないように言ってのけたヤズーを見上げ、子ども達に目を移した

どこか不安げに視線を彷徨わせている子ども達

それを見てカダージュは深い笑みを浮かべた



カダージュ:「僕は母さんから…特別な力を授かった。人間を苦しめる、この星と闘うための力だ」


ユリア:「…………」



この星と闘う…

軽く言えるような話ではないのに、彼らが言うと本当にやりかねない

聞いている子ども達は次元を跳躍した話に戸惑っているようだった



カダージュ:「実は、この力は皆も持っている。…そう、僕達は兄弟なんだ」



全員の顔を見回し、薄く笑うカダージュ

“兄弟”という言葉にまだ釈然としない表情の子ども達に背を向け、雄弁に語る



カダージュ:「ライフストリームに溶けていた母さんの遺伝思念を受け継いだ、選ばれし兄弟!」



両腕を高く上げ、語るカダージュの表情を見つめる

と、今までの優しげな雰囲気は消え、どこか怒気を含んでいるような表情に一変した



カダージュ:「でも…星が皆の邪魔をしている。僕達の成長を止めてしまおうとしている」



子ども達の方を振り返ったカダージュは一人一人を見据えながら話しだす



カダージュ:「だから、君達の身体は痛み、心が挫けそうになるんだ!!」



指摘された子ども達はその内容の正しさに戸惑っていた

たしかに星痕は痛みを伴い、その痛みから治療法がないという絶望感に襲われる

それをうまく利用したカダージュは子ども達の表情が疑いから期待に変わっていくのを見て満足げに笑みをつくった



カダージュ:「…治してあげるよ」


ユリア:「っ!!」


カダージュ:「そして母さんのところへ行こう。家族で力を合わせて、星に仕返しするんだ!」



力強く叫んだカダージュからは覇気が溢れ出る

それは水面を波打たせ、近くにいたユリア達の髪もなびかせた



カダージュ:「僕に続いて」



笑みを称えたまま、湖の中まで入っていくカダージュ

彼が足を踏み入れた瞬間、水は黒く濁り、とても正常とは思えない色に変わった

カダージュはそれを手で掬い、口元に持っていく

さも美味しかったかのように飲み終えると、子ども達も続々と湖に足を踏み入れた

デンゼルも水位が自分の腰ぐらいまで達したところで立ち止まり、そっと水を掬ってそれを見つめる



マリン:「デンゼル!」



まわりにいる子ども達もカダージュにならって水を飲む

デンゼルは意を決し、それを一気に飲み干した



マリン:「デンゼル!!」



マリンの制止の声もむなしく、開かれたデンゼルの目は虚ろで力なく両腕を下げている

生気のない子ども達の瞳にユリアは唖然としてカダージュを見つめた

当のカダージュは子ども達の様子を楽しそうに笑いながら眺めている



カダージュ:「母さん、見て?こんなに兄弟が増えたんだ」



呟かれたカダージュの言葉が耳に入る

まるで母親に語り掛ける子どものような雰囲気…



カダージュ:「これで母さんに会えるまで、僕は寂しくないよ」



そう言って空を仰ぐカダージュ

なぜだかこちらも感傷しそうでユリアは静かに目を逸らした

と、いつ上がってきたのかカダージュに顔を覗き込まれる

驚いて目を見開くと、カダージュは少し唇を尖らせた



カダージュ:「姉さん、助けを呼ぼうとしたんだって?」


ユリア:「……………」


カダージュ:「まぁ、姉さんが助けを呼ばなくてもあの人は来てくれると思うよ?」


ユリア:「……あの人?」



口調からしてレノ達のことを言っているわけではなさそうだ

軽く首を傾げると、カダージュはにっこりと頬笑んだ

…とても、悪意に満ちた表情で



カダージュ:「もうすぐ兄さんが来るんじゃないかな?ほら、兄さんって責任感は強いから」


ユリア:「っ!……クラウド…」



心臓を鷲掴みにされたような痛みが襲う

分かってる…、彼はあたしを助けるために来るのではない

マリンを、デンゼルを……、大切な家族を助けるために来るんだ

あたしじゃない……


ユリアの表情が苦し気になったのを見て、カダージュは笑みを優しいものに変えた


カダージュ:「そっか、姉さんは兄さんに会いたくないんだね」


ユリア:「え…?」


カダージュ:「大丈夫。僕が守るよ」



そう言ってヤズーとロッズを連れて子ども達のもとへ向かうカダージュ

マリンはデンゼルに話しかけているが、呼びかけても応答はないらしい



───姉さんは兄さんに会いたくないんだね



ユリア:「………っ」



さっきのカダージュの言葉が繰り返される

あたしは……結局どうしたいんだろう

思考回路に霧がかかったかのようにうまく考えられない

胸がモヤモヤとして苛立つ



ユリア:「っ、今はそんなこと考えてる場合じゃない…」



ユリアはそそくさと木の影に隠れた

今は子ども達を助けることが最優先だ

全員は難しいかもしれない…、でも…
(チャリ、)



ふと聞こえた金属が揺れる音に動きが止まる

そっと自分の首もとに手を当て、その感触を確かめた

連なるチェーンの先に半円を思わせる飾り

それを握りしめ、ユリアは眉間に皺を寄せた



ユリア:「クラウド、忘れてくれればいいのにな…」

































(ォオ──…ン、)


森の中、バイクのエンジン音がやけに響く

クラウドはバイクを走らせながらまわりを見回すが、頭の中はこんがらがっていた

今向かっているのはエアリスの最期を迎えた場所、そしてそこにはユリアがいるかもしれない…



クラウド:(訳が分からない…っ)



2人とも、もういないんだ

最期の時、俺は何もできずに…
クラウド:「っ!!」



急に体が前のめりに倒れかけた

今まで跨っていたバイクは消え、自分は一面の花畑に立っている

……この花畑には見覚えがあった



「来ちゃったね」



聞き覚えのある声にハッとする

その声は自分のすぐ後ろから聞こえてきた

一瞬見えた茶色い髪、無邪気で明るい声



「自分が壊れそうなのに、ね?」



そっと左腕に触れられ、顔を逸らして俯く



「きっと、いい事だよ」



彼女は優しい声で話しかけてくる

どうしてこんな幻を見るのだろう



「質問!どうして来たのかな?」



彼女が俺にこんな優しげに話しかけるわけがない



クラウド:「俺は…許されたいんだと思う。…うん、俺は許されたい」



彼女──…エアリスを見殺しにしてしまったこと

目の前にいたのに何もできなかった

こんな無力な自分を……


と、エアリスはおかしそうに笑った



エアリス:「違うでしょ〜?」



違う…?何が違うのだろう?

言葉の意味を聞き出そうとするよりも早くエアリスは口を開いた



エアリス:「ユリアのこと、守ってあげてね」



ユリア

その言葉に思わず振り返ると、再びバイクのエンジン音が耳に響いた

花畑は消え、あたりは静かな森に戻っている

…さっきの幻はなんだったんだ?

考え込むように眉を寄せ、視線を前に戻すと銃声が聞こえてきた

遥か前方に見える3つの影

クラウドはバイクから剣を取り出し、勢いよくそこへ突っ込んでいった


































((パン、っパァン!!))



ユリア:「!!」



聞こえてきた銃声で我に返る

木陰から様子を見ると、遠くで戦闘が始まっていた

カダージュ達はそちらに集中していて子ども達は視界にないらしい

ユリアはそこから飛び出し、マリンのもとへ駆け寄った



ユリア:「マリン、逃げよう!ここは危険だよっ」


マリン:「っでも、デンゼルが…」



そう言って隣にいるデンゼルを見やる

生気のない瞳は伏せ気味でこちらを見る気配はない



ユリア:「デンゼル…」


マリン:「ユリア、デンゼルを知ってるの?」


ユリア:「え?…あ、あぁ…うん、ちょっとね」



曖昧な返事をしてマリンの手をとる



ユリア:「あたし達だけでも行こう?デンゼル達はまた後で
(ドクンっ!!)



右肩が脈打った

激しい痛みが全身を襲う



ユリア:「っう、あ!!」


マリン:「ユリア!?」



地面に膝をつき、肩で息をするユリアに慌てて寄り添うマリン

と、ユリアの右袖から何かが零れ落ちた



マリン:「?何か出て
ユリア:「見ちゃだめっ!!!!」



叫びながらマリンに背を向ける

地面に滴ったそれを見てユリアは心の中で舌打ちした

黒い膿のようなそれは星痕特有の症状

最近出ていなかったから大丈夫だと思ったのに…



マリン:「ユリア、大丈夫?どこか痛いの?」


ユリア:「大丈夫、平気だよ…っ」



無理やり笑みを作り、マリンの手をとって走りだす

不安げな視線を感じたが気付かないふりをした

背後では爆発音や銃声、金属同士がぶつかり合う音が絶え間なく聞こえる

ユリアとマリンは振り返らずに走り続けた



ユリア:「…マリン」


マリン:「なに?」



何の音も聞こえない森の奥でユリアは足を止める

首を傾げてこちらを見上げるマリンの前にしゃがみ込んで視線を合わせた



ユリア:「ティファに会いたい?」


マリン:「うんっ」


ユリア:「……クラウド、にも?」


マリン:「会いたい!」


ユリア:「そう…だよね」



マリンから視線を外し、軽く俯く

まだクラウドと会うことを躊躇っている自分がいる

本当に再会を喜んでくれるだろうか?

もし、絶望的な表情を浮かべられたら…



マリン:「ユリアはクラウドに会いたくないの?」

───姉さんは兄さんに会いたくないんだね



カダージュに言われた言葉とマリンの言葉が重なる



ユリア:「あたしは……」

マリン:「そうだ!ユリアもクラウドにお説教して?」


ユリア:「へ?お説教…?」


マリン:「うん!勝手にいなくなっちゃったからねっ」



頬を膨らませ、腰に手を当てて怒る真似をするマリン

勝手にいなくなっちゃったから、か…



ユリア:「あたしも、お説教されなきゃな…」


マリン:「悪いことしたの?」


ユリア:「ん〜…、しちゃった、かな?」



苦笑いを浮かべればマリンは真剣な顔でこちらを見つめる



マリン:「ごめんなさい、は言わなきゃだめだよ?」



その言葉に驚くユリアだが、やがて優しく頬笑んだ



ユリア:「分かった。ちゃんと言う」



よろしい!と満足げに言うマリンと顔を見合わせて笑う

と、ふいにマリンが後方を振り返った



ユリア:「マリン?どうしたの?」


マリン:「あっちから声がする!!」


ユリア:「え、え!?ちょ、マリン!!」



突然走りだしたマリンを慌てて追い掛ける

何が聞こえるのかは分からないが、とりあえず草木を掻き分けた



クラウド:「本当に…誰も助けられないな」



悔しげに呟き、自分の手を見つめる

今さっきまで対峙していたヤズーやロッズ、そしてカダージュは想像を絶する強さだった

子ども達を助けるはずだったのに結局誰一人として助けだせてない

逆に自分が助けられてしまった…

情けないと思いながらも、自分を助けてくれた人物を見やる



クラウド:「ヴィンセント…何が起こってるんだ?」



名前を呼ばれた本人、ヴィンセントは寄りかかっていた木から離れてクラウドに歩み寄った



ヴィンセント:「私はここによく来る。だからカダージュ達のことは見ていた」



そう言ってクラウドの左腕…星痕に侵されている箇所を掴む

瞬間、クラウドは痛みに顔を歪めた



ヴィンセント:「星痕は、体内に巣食った異物を排除するシステムの過剰な働きが原因らしい」



やっと腕を離され、思わず庇うように左腕に触れる

彼に星痕のことを話した覚えはないのに…

本当にヴィンセントは何でも知っている



ヴィンセント:「身体の中にもライフストリームのような流れがあり、それが侵入してきた邪悪な物質と闘うわけだ」


クラウド:「邪悪な物質…?」


ヴィンセント:「セフィロス因子、ジェノバの遺伝思念…好きに呼べ」



初めて知る情報に考えを巡らせながら、ふと思ったことを口にした



クラウド:「…詳しいな」



いくら世界中を飛び回っているとは言え、詳しすぎる

と、ヴィンセントは何でもないというように返した



ヴィンセント:「ツォンとイリーナ。死にかけの状態でここへ運ばれてきた。ずいぶん酷い拷問を受けたようだ。助けてはやったが…。ふん、どうだろうな」


クラウド:「拷問?」


ヴィンセント:「自業自得。ジェノバの首を手に入れたらしい」



───北の大空洞だぞ、と

───安心しろ、あそこには何もなかった

───母さんはどこだ?

───兄さんが隠してるんだろ?


俺が“兄さん”と呼ばれる理由、神羅の連中が狙われる理由…

全てが繋がった気がした

ほぼ確信に近い声でヴィンセントに確かめる



クラウド:「カダージュが探している母親というのは…」


ヴィンセント:「天が送りし、忌まわしき者…ジェノバ。その気になれば再びセフィロスを作り出すことができる」



その恐ろしい発言にクラウドは地面を睨み付けた

やつが…セフィロスが復活するなんて冗談じゃない

2年前の悲劇を繰り返してはいけないんだ…



クラウド:「カダージュ…何者だ」


ヴィンセント:「ふん、考えたくもない」



(ガサッ…!)



微かに聞こえた草木が擦れる音に弾かれたように立ち上がる

奥の森から徐々に近づいてくる気配にクラウドは身構えた

やがて足音も大きくなり、草木を掻き分けながら自分のもとに駆け寄ってきたのは…



クラウド:「マリン!」


マリン:「クラウド!デンゼルが!ティファが!」



相当走ったらしく、息を切らすマリンを落ち着かせるために宥めようとした瞬間、



ユリア:「待ってよ!マリ…ン……」



マリンに続いて当然のように現れた人物にその場の空気は止まり、全員の視点が一点に注がれた

まるで信じられない…この世にないものを見るような表情

ヴィンセントでさえも大きく目を見開いていた

その雰囲気にユリアは気まずそうに目を泳がせ、愛想笑う



ユリア:「あ…はは…。お久しぶり…です」



挨拶をしたつもりだったが何の返事もない

当然と言えば当然だが、無反応なのが逆に痛い

やっぱり、あたしはいない方がよかったのかな…?

視線を地面に向けていると、見知らぬ靴が目の前で止まった

ふと顔を上げると、よく知った金髪に見慣れていた青い瞳


クラウド…………


思わず逃げるように後退ると、勢いよく腕を掴まれた



ユリア:「きゃっ!!」


クラウド:「あ…、すまない」



クラウド自身も自分の行動に驚いて謝るが、腕を離す気はないらしい

そのままこちらをじっと見つめてくる

ユリアは何となく目を合わせられず、自分の足元を見つめた



クラウド:「…ユリアなのか?」



やっと開いたクラウドの口からは苦しげな、けれど何かを押さえ込むような声が発せられた

問われた質問にユリアはぎこちなく頷く



ユリア:「…は、い…」


クラウド:「本当に…っ」



今度は肩を掴まれ、ぐっと距離を縮められる

強く掴まれた肩に思わず顔を歪めると、



マリン:「スト────ップ!!」



そう叫んだかと思うと、マリンは2人の間に割って入り、クラウドを睨んだ



マリン:「ユリアは病気なんだから!そんなに強く掴んだらダメ!」


クラウド:「…病気?」



詳しく話を聞こうとマリンと視線を合わせるクラウドだが、マリンが言おうとしていることを理解したユリアは焦りの表情を浮かべた



ユリア:「マ、マリ…もがっ!」


ヴィンセント:「…静かにしていろ、病人」



後ろから口を塞がれ、喋ることを阻止される

ていうか、いつの間に後ろに!?



マリン:「あのね、ユリアの右の肩にデンゼルと同じ病気があるの!」


クラウド:「デンゼルと同じ…、っ!!」



ハッと顔を上げ、ヴィンセントに視線を向ける

視線の意味を汲み取ったのかヴィンセントは躊躇いもなくユリアの肩口を露にした


そこに見えたのは、黒い痣のようなもの

クラウドの左腕、デンゼルの額にあるものと同じ病



クラウド:「星痕……」



絶望にも似た声がぽつりと呟いた


ユリアは軽く体をひねり、ヴィンセントの手を外させた



ユリア:「そりゃあ、ライフストリームに落ちたんだもん。できない方がおかしいでしょ」



何でもない風に言ってのけ、服の乱れを直す

クラウドの脳内から古くない記憶が呼び出された

目の前で落ちていくユリア、伸ばしても届かない手

俺には、誰かを守る力も資格もないんだ…っ


ゆっくりと立ち上がり、マリンの肩に手を置くとユリアを通り越してヴィンセントを見やった



クラウド:「ヴィンセント。マリンを店へ送ってくれないか?」



視界の隅で、その言葉に目を見開くユリアが見えた気がした

それから目を逸らし、クラウドは続ける



クラウド:「俺は神羅の連中の話を聞きに行く」


ヴィンセント:「賛成しかねる」


クラウド:「でも…っ」


ユリア:「っクラ
マリン:「クラウドはもういい!」



ユリアの言葉を遮って叫ぶマリン

肩に置かれた手を振り切ると、怒りと悲しみが混じったような表情でクラウドを見上げた



マリン:「どうしてあたし達の話は聞いてくれないの?」



そう言うとヴィンセントに駆け寄り、そのマントの中に潜り込む

突然のことにクラウドも驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻して諭すような口調で話しだした



クラウド:「マリン。もう少し待ってくれ。これから戦いが始まるはずだ。でも、ただ戦えばいいわけじゃない。…分かるよな?」

マリン:「分かりませんっ」



ほぼ即答と言ってもいい早さで返ってきた答え

当然といえば当然だ

今、マリンとクラウドの間にある問題は“戦い”云々ではないし、むしろ“戦い”は全く関係ない

ユリアは軽く息を吐き、クラウドを見据える



ユリア:「ねぇ…、何を迷ってるの?」



瞬間、クラウドの体がぴくり、と揺れた

クラウドは視線を地面に向ける

俺は……迷ってるのか…?


















レノ:「アジト、お前が行けよ、と」



そう言って出て行った2人の足音が遠ざかるのを聞いていると、ふいにティファが口を開いた



ティファ:「クラウド、覚えてる?2年前…クラウドの精神の中で話したこと」



突然の話に少し驚いたが、記憶を遡ってみる

北の大空洞で自分を見失い、混乱していたところに噴き出してきたライフストリームに飲まれて一人でミディールに流れ着いた

その時に大量の魔晄を浴びてしまったせいで魔晄中毒となり、精神が壊れてしまった

そこでティファとユリアが俺の精神の中に入ってきて……



ティファ:「私、どうしてソルジャーになりたいって考えたのかって聞いたの」


クラウド:「あぁ、覚えてる」




ティファ:「そういえば、クラウドはどうしてソルジャーになりたいって考えたの?私には、あなたが突然決心したように思えたんだけど……」




ティファ:「じゃあ、その後の言葉も覚えてる?」




クラウド:「強くなれば認めてもらえる、きっと……」


ティファ:「認めてほしい……?…誰に?」


クラウド:「ティファに………じゃない」


ティファ:「……え?」





ティファ:「クラウド、言ってたよね?」




クラウド:「俺は……………」




ティファ:「強くなって、ユリアに認めてほしいって」
クラウド:「強くなって、ユリアに認めてほしいんだ」




思い出した言葉にクラウドは俯く

村を出る時、“ソルジャーになりたい”と言ったのは半分は格好付けのようなものだった

あの時はさほど本気ではなかったんだ

…入社して、ユリアに出会うまでは

ユリアに出会って、ザックスと仲良くなって気持ちが変わっていくのが分かった


俺は、自分を持っている強い心のユリアを見て自然と惹かれていった

だがユリアは兄であり、ソルジャー・1STであるザックスを憧れとし、追いかけている

俺のような弱いやつは相手にしてもらえないかもしれない、ソルジャーのように強くならないと…!

ユリアに認めてほしい、その一心で俺は努力をしていた

トレーニングも、勉強も、頑張ってきたつもりだ

ユリアもそんな俺を受け入れてくれた

けど、俺は結局ソルジャーにはなれなかった

そしてユリアももういない

俺が強くなる意味はなくなったんだ…



ティファ:「ユリアはいるよ」



はっきりと言われた言葉に思わずティファの方を振り返る

ティファはこちらを真っ直ぐ見据え、口を開いた



ティファ:「ユリアに会いたくないの?」


クラウド:「……………」


ティファ:「それとも、会うのが怖い?」



もしもユリアが生きているなら俺は…


会いたい


会って、昔のように他愛もない話をして、できる事なら7年前のような関係に戻りたい

でも、目の前にいたのに助けられなかった俺を彼女は恨んでいないだろうか?

会いたいという希望と、恨まれていたらという恐れが混ざり合う



だって…、見殺しにしたんだぞ?



今度こそ守って見せる、という保証はどこにもない

また守れずに失ってしまうかもしれない

だったら……




ホント、ズルズルズルズル!
ユリアは目の前にいるでしょ?
…もう、許してあげたら?





どこからか聞こえてきた、記憶に新しい声

目を閉じれば花畑の中心で笑っている姿が目に浮かび、クラウドはゆっくりと目を開いた



クラウド:「罪って許されるのか?」


ヴィンセント:「試したことはない」


クラウド:「…試す?」



その言葉にしばらく考え込んだあと、クラウドはマリンを見やった



クラウド:「マリン、帰るぞ」



待っていた言葉をかけられ、笑顔で頷いてヴィンセントのマントから出てくるマリン

手を繋ぐ二人を黙って見守っていたユリアだが、ふいにクラウドと目が合った



クラウド:「ユリアも行こう」


ユリア:「へ?」

マリン:「やった!ユリアも一緒だ〜♪」



喜んでユリアの手を握るマリンに戸惑いながらクラウドを見やる

が、クラウドはそんな視線など気にせずヴィンセントの方を向いていた



クラウド:「やってみるよ。結果は連絡する」



それだけ言って歩き出す

マリンに合わせてゆっくり歩くクラウドの優しさに感心しながらも、なぜ自分も一緒に行くのかと頭を巡らせるユリア

森の奥へと消えていく3人の後ろ姿を見つめながらヴィンセントは小さく笑んだ



ヴィンセント:「…親子のようだな」



父と母の間で笑っている子ども

そんな普通の家族が彼らの姿に重なった










マリン:「ほら、ユリア!早く早く!!」


ユリア:「はいはいっ」



腕をぐいぐい引っ張られながらクラウドのバイクに近寄る

なんでこんなにテンション高いんだろ…?

けれど、その楽しさが今は嬉しい

クラウドもマリンもヴィンセントも、あたしの事を責めたりしなかった

受け入れてもらえたんだ…

2年前と変わらない彼らの応対に心の中で喜んでいると、マリンはクラウドに抱き上げられてバイクの前部に座らされた



クラウド:「ユリアは後ろに乗ってくれ」


ユリア:「うん、」



バイクに跨り、エンジンをかけているクラウドの後ろに座る

ふと、懐かしい思い出が蘇った



ユリア:「前にもこうやって2人乗りしたことあったよね」


クラウド:「あれは…神羅ビルから脱出する時だったか?」


ユリア:「そうそう!こうしてあたしが後ろに乗って、クラウドが追いかけてきた奴らを倒してさ、……」



後ろにいるユリアの表情は見えないけれど、どこか楽しそうに話しているのが分かる

いつも通りの、自分のよく知っているユリアにクラウドは軽く頬笑んでハンドルを握った



クラウド:「……しっかり掴まっていろ」


ユリア:「了解っ」



そう言ってクラウドの腰に腕を回す

その行為に少しだけ意識してしまい、クラウドの心臓がうるさく脈打った



クラウド『バカか、俺は…っ』



なんとか鎮めようと視線を彷徨わせていると、視界に何か光るものを感じた

それが自分の腹部からだと分かり、視線を落とす

瞬間、クラウドの心臓は跳ね上がった



ユリア:「どうかした?」



体も跳ね上がってしまったのかもしれない、ユリアが不思議そうに声をかけてきた



クラウド:「っ、いや…なんでもない…」



首を横に振り、気を取り直してバイクを発進させる

風を切る音に混じってユリアの喜ぶ声が聞こえてきた

未だにクラウドの胸はうるさく鳴っているが、さっきのような心地よい高鳴りではない

もう一度、視線を下に落として確かめた

……間違いない


ユリアの左手薬指で光る指輪

飾りやファッションとしてはめているわけでもなく、相応の意味を持つのであろうその指輪は誇らしげに輝いていた

一体誰から…

胸の内に黒い感情が渦巻いてくる

ふと、これに似たような指輪をどこかで見かけたのを思い出した

ごく最近で、確か身近な人物……



───アジト、お前が行けよ、と



レノ………

部屋を出ていく間際に見えた左手に光るものがあった気がする

ユリアとレノ…

確か、神羅に入社した時からレノには世話になっていると言っていた

2年前、お互い敵対していたはずなのに武器を向けるのを拒んでいた

それに、レノがユリアに向けていた目はただの“仲間”としてだけではない

その想いが通じてしまったのか…

たった2年で、いや、2年もあれば充分かもしれないが、彼らの間に誓いが交わされたのだろう

もう、俺の入り込む隙間なんて無いんだ


諦めと悔しさと悲しみが混ざり合って苦しくなる

運転に集中しようとしても、胸を刺すような痛みは治まらなかった





















「おい!聞いてるのか!?」


「何でこんなまねするんだ!!」



エッジの中心部に建っている記念碑を囲むように並べられた子ども達

そのまわりには子ども達の親が集まり、ヤズーとロッズに罵声を浴びせていた



「子ども達を返してくれ!」


「どうしたの!?ねぇ、返事をして!」



生気のない瞳の我が子を揺さ振る母親や怒りを露にする父親

そんな光景にうんざりした表情のヤズーはロッズと顔を見合せ、すっと右手を挙げた

突然の行動に全員が静まり返り、ヤズーの右手を見つめる

と、ふいに地響きのようなものが聞こえ、足元を見やった

瞬間、



「っうわぁぁあぁあ!!!!」


「きゃあぁあぁぁぁ!!!!」



地面から飛び出したモンスターに襲い掛かられる

驚いた人々は悲鳴や叫び声を上げながらその場から走りだした

が、モンスターも一匹や二匹ではない

前触れもなしに足元から現れ、目の前に立ちはだかる

必死に逃げ回る人々を見てヤズーは鼻で笑った

自分が危機に曝されればたとえ我が子だろうと容易く見放す

それが人間……



ヤズー:「哀れだな…」


ロッズ:「あ?」



小さく呟いた言葉はロッズには聞こえていなかったらしく、隣で首を傾げている

ヤズーはそれを無視し、記念碑を振り返った



ヤズー:「ここに母さんがいるのか?」


ロッズ:「あー…多分、な」



ここに母さんがいるという保障はないが、この記念碑と神羅が関係しているのは確かだ

これを壊して、母さんを助け出せば…



ヤズー:「姉さんも一緒に来てくれると思うか?」


ロッズ:「あぁ、来る」



今度は自信を持って頷くロッズ

確証があるわけではなさそうだが、自信はあるらしい

姉さん…、どこにいたって迎えに行くからね?

必ず………




















クラウドはバイクをゆっくりと減速させて店の裏口に止めた

マリンを抱き上げて降ろしてやるのと同時にユリアも後ろから降りる

ここからは何も聞こえないが、街の中心部にカダージュ達がいるのは間違いないだろう


“あたし、行くね”

そう言おうと口を開くと、マリンがそっとクラウドの左腕に触れた



マリン:「痛い?」



悲しげな表情でクラウドの腕を撫でる

その言葉に驚きながらもクラウドは頷いた



クラウド:「うん。でもデンゼルほどじゃない」


マリン:「治るの?」


クラウド:「分からない」



マリンとは目を合わせず、どこか遠くを見つめるクラウド

もう少し気の利いた言葉は出てこないのかと思ったが、クラウドは嘘は吐かない

優しくて正直な人だから、嘘なんか吐けないんだ…


マリンの口からはクラウドはデンゼルのために星痕を治す方法を考えていた、とか机の上を片づけないから、という話が楽しそうに出てくる

と、ふいにその表情が真剣なものに変わった



マリン:「ねえ、クラウドは───デンゼルの星痕が消せないからおうちから出て行ったの?…自分にも星痕が出たから?」



その言葉にクラウドの表情が困惑と驚きで歪んだ

今まで合わせていたマリンの目線から立ち上がり、顔を逸らす



クラウド:「俺は…自分ひとり守れない。そう思ったからかな」



誰も守れない、自分自身も守れない

このままだったら、この先もまた誰かを失ってしまうかもしれない

そうして大切な人たちを手放す道を選んだ

自分の苦しまない、楽な道を…



マリン:「じゃあ…、」



くるっとユリアを振り返るマリン

真っ直ぐと見つめられ、ユリアは思わず固まった



マリン:「どうしてユリアはクラウド達から離れちゃったの?」



瞬間、ユリアの肩が大きく跳ねる

思わず俯くが、クラウドもこちらをじっと見つめているのが分かった

何を言えば言えばいいのかと迷いながらも口が勝手に動き出す



ユリア:「…あたしなんか居なくてもいいんじゃないかと思ったから……」



ぽつりと呟かれた言葉にクラウドの眉間に深く皺が刻まれた

あの時もらった手紙にも書かれていたが、ユリアが姿を消した理由は“自分は邪魔だと思ったから”だ

ユリアに邪魔だと言った覚えはないし、思ったこともない

そう言おうとクラウドが口を開くのと同時にマリンが拳を上げた



マリン:「自分ひとり守れない奴に家族なんて守れるか!!」



突然の大声にクラウドもユリアも驚いてマリンを見つめる

そんな2人のポカンとした顔を見てマリンは頬笑んだ



マリン:「…って、父ちゃんが言ってたよ。クラウドもユリアも、あきらめないで?」



心配そうなマリンの前に頬笑みながらしゃがむクラウド

ユリアはなんとなくその光景から目を逸らした

二人の声が耳を通り抜けていくなか、ふと考える

あきらめるなって…何をだろう



「全部、だろ」



いきなり降ってきた声に我に返って辺りを見回す

と、いつの間にかそこは見慣れぬ花畑に変わっていた

何が起きたのか分からずに混乱していると、ふいに視界を手で覆われた



「だ〜れだ?」



突然のことに体を硬くするが、拍子抜けするような明るい声と懐かしい温もりに力が抜ける



ユリア:「…お兄、ちゃん」


ザックス:「当ったり〜!さすがユリア!!」



頭の上でケラケラと笑う声が聞こえるが、目を覆っている手は外れない



ユリア:「お兄ちゃん?」
ザックス:「なぁ、ユリア。お前ってクラウドが好きなの?それともレノが好きなの?」



容赦のない質問が胸に突き刺さった

クラウドとレノ…

仲間であって仲間ではない、それ以上の存在

黙りこむユリアにザックスは小さく息を吐きだした



ザックス:「ま、俺が口出すことじゃないけどな〜。ユリアがゆっくりじっくり悩めばいいか!」



ははっという笑い声と同時に手が外される

あたりの光が眩しくて目を細めると、ふわっと頭を撫でられた



ザックス:「…本当はもう、答え出てるんだろ?」



優しい声とその手つきにザックスの表情が手に取るように分かる

後ろを振り返り、何とか目を凝らすと一瞬だけその姿が見えた

柔らかく頬笑みながらこちらを見ている温かい瞳

思わずその腕に手を伸ばし、呟いた



ユリア:「お兄ちゃ、
「ユリア!!」



耳元で呼ばれた声にハッとする

慌てて辺りを見回すと、花畑は消えて見慣れた街並みが広がっていた

そしてこちらを心配そうに見つめる青い瞳の人物、クラウドに首を傾げる



ユリア:「どうかした?」


クラウド:「どうかしたって…、何だかボーッとしてて…その…」



言いづらそうにモゴモゴしているクラウドに再び首を傾げた

と、クラウドは少し俯き気味に口を開く



クラウド:「…また、いなくなるんじゃないかと思った」


ユリア:「っ……」



苦しげなその声にユリアの胸がずき、と痛んだ

クラウドとティファの関係をこれ以上見ていられなくて逃げ出した弱い自分

それが優しいクラウドを傷つけてしまった



ユリア:「…ごめんね」



頬笑みながら言ったつもりだが、もしかしたら引きつっているのかもしれない

こちらを見つめるクラウドの眉間に深い皺が刻まれたから…



クラウド:「どうして謝るんだ?」



その言葉にユリアの体が微かに揺れる

が、ユリアが何か言葉を口にするより早く、クラウドはそれを防ぐかのように抱き寄せた



ユリア:「あ、の…?」



突然のことに動揺して固まっていると、頭上から声が降ってきた



クラウド:「謝らなくていい。むしろ、謝らないでくれ」


ユリア:「で、でもっ」

クラウド:「ユリアのこと、なんでも分かってる気になってた。いろいろと気にしてやれなかった俺が悪い」



途中で口を挟ませないようにユリアの額を自分の肩に押し付ける

戸惑うユリアにも構わずクラウドは話を続けた



クラウド:「あの日、ユリアがいつもと違うのは分かってたんだ。けど、俺は…目の前の事や自分の事しか見てなくて……」



抱きしめている腕に力がこもる

微かにそれが震えているのは気のせいではないだろう



クラウド:「ずっと後悔してた。俺がもっと気にしていれば、ユリアの話を聞いてればって…」


ユリア:「そんな事、
クラウド:「でも、ユリアは生きてる。こうしてここにいる」



ユリアの言葉を遮って、まるで確認するかのように、口に出したら消えてしまうかのように囁く



クラウド:「もう、あんないなくなり方しないでくれ…」


ユリア:「うん…っ」



本当に、心からの願いだと言わんばかりの声にユリアの心に申し訳なさと同時に温かいものが満ちていく

自分はクラウドにたくさん迷惑をかけた

けれど、もしかしたらクラウドは許してくれるのかもしれない

甘えてるのは分かってる、でも…

あたしは、クラウドのことが……


自分の気持ちを少しでも伝えようとクラウドの背中に腕を回す

が、触れる寸前でクラウドはユリアを引き離した



クラウド:「俺は…自分の幸せが何なのかよく分からない」



話の脈絡が読めず、唖然としているとクラウドはゆっくりと目を合わせてくる



クラウド:「それはこれからも分からないままかもしれない。けど…」



そこまで言ってクラウドは柔らかく頬笑んだ

けれど、こちらを見つめる青い瞳は悲しみの色に染まり、微かに揺らいでいる



クラウド:「ユリアは、幸せ見つけたんだな」


ユリア:「………え…」



一瞬、理解ができなかった

クラウドは何を言っているのだろう?

あたしがいつ幸せを見つけたのだろう?



クラウド:「…行こう。もう奴らが来てるかもしれない」


ユリア:「!ちょっと待っ…」



すっと体を離し、バイクに跨るクラウドを呼び止めようとした瞬間、ユリアはぴたりと動きを止めた

クラウドに向けて伸ばした左手

その指に光る指輪



───まぁ、その…婚約指輪ってやつ、だな



照れくさそうにこれをはめてくれたレノの顔が浮かぶ



───お前ってクラウドが好きなの?それともレノが好きなの?



…あたしはなんてバカなんだろう

“一度手放した幸せは、もう戻ってこない”

それぐらい分かってたじゃない



ユリア:「ホントに…バカだ…っ」



零れ落ちそうなそれをぐっと堪え、空を見上げる

厚い雲がかかっている空は自分の気持ちを映しているようだった





03 終

10.04.25