小説 | ナノ



02
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ユリア:「来ちゃった…」



来るつもりはなかった

気が付いたら足が勝手に動いていたんだね、うん

心の中で言い訳を繰り返しながらユリアは上を見上げ、看板を見つめた


“セブンスヘブン”


懐かしい名前の居酒屋

…名前、変えなかったんだ

心の中で頬笑み、ドアに視線を戻す

今はティファとマリン、そしてクラウドが一緒に暮らしているという情報は前々から入手していた

でも…今さらどんな顔をして会えばいいのだろう?

2年間も音沙汰なしで、しかも死んだと思っていた人物が突然現れたら間違いなく混乱を引き起こす

けど、ちょっと顔見るぐらいなら……いいよね?


なぜ今さら彼らの顔が見たくなったのかは分からない

あれだけ避けてきた彼らを…

ユリアはゆっくりとドアに手を伸ばした



「ティファならいないよ?」


ユリア:「っ!?」



背後からの声に驚いて振り返ると、栗毛の少年がこちらをじっと見上げていた



ユリア:「あ、の…?」


「ティファはマリンと一緒に教会に行ったんだと思う」


ユリア:「教会?」



彼女達が何かを信仰していた記憶はない

ただ、“教会”と聞いて思い浮かぶのは…



ユリア:「エアリス…」


「それ、ティファも言ってた。“エアリスがいるからなの?”って」


ユリア:「…え?」



どういう意味だろう

エアリスがもういない事はティファはもちろん知っている

なのになぜエアリスの名前が…?



「きっと…クラウドを探しに行ったんだよ」


ユリア:「クラウド?…クラウドは一緒に暮らしてるんじゃないの?」



その問いに少年は静かに首を横に振った

その表情はどこか寂しげで、ユリアは慰めようと少年の頭を撫でた



「痛っ…!!」


ユリア:「え!?ご、ごめ…っ!」



少年から手を離し、そこで少年の額に星痕があるのに気付いた

ユリアが額を凝視しているのに気付いた少年は星痕を前髪で隠し、俯く

ユリアは少年に手を伸ばし、前髪を掻き上げた



「っな…!!やめ、
ユリア:「ねぇ、君の名前は?」


「え…?」



笑顔で問うユリアと目が合い、少年は抵抗をやめた



デンゼル:「…デンゼル」


ユリア:「そっか、デンゼルね。…うん、覚えた!」



そう言って立ち上がったユリアをポカンと見つめるデンゼルだが、慌ててユリアの上着の裾を掴んだ



デンゼル:「待ってよ!お姉さんの名前は?」


ユリア:「あたし…?」


デンゼル:「ティファが帰ってきたら伝えないと…」

ユリア:「いいよ。誰にも伝えなくて」



再び頬笑まれたが、さっきとは違う笑顔にデンゼルの表情が曇る

今の笑顔は…どこか悲しげで、今にも泣き出しそうだ



デンゼル:「でも、
ユリア:「いいか、少年!」



突然の大声に怯むデンゼルに構わず、ユリアは話し続ける



ユリア:「星痕は選ばれし者に与えられた勲章!痛みと引き換えに心の強さを得られるのです!!」


デンゼル:「……?」


ユリア:「って考えたら少しは楽じゃない?」



顔を覗き込まれ、答えに困っているとユリアは“無理があったか…”と苦笑した



ユリア:「たしかに星痕はたくさんの人に嫌われてる。でも、それに負けちゃダメだよ?」


デンゼル:「………っ」


ユリア:「デンゼル、」



名前を呼ばれ、顔を上げると目の前は真っ暗で

全身を何か温かいものが包む

そこでようやく自分が抱きしめられている事に気付いた



ユリア:「デンゼル、負けないで。星痕は必ず治るから」


デンゼル:「お姉さん…?」


ユリア:「治るよ、絶対に…」



まるで自分に言い聞かせるかのように呟くユリア

しばらくしてからデンゼルを離し、軽く頭を撫でて背を向けた



デンゼル:「あ…、」



結局、名前も聞けなかった…

デンゼルはため息を吐き、路地裏に回った

そこには自分と同じ星痕に苦しむ人々の姿がある

店の裏口に腰掛け、自分の額に手を当てた

鈍く痛むそれに気持ちが沈む



星痕は必ず治るから



さっき言われた言葉が繰り返される

デンゼルは足元を見つめた

濁った水たまりには何も映らない



デンゼル:「“必ず”って、いつ治るんだよ…」



誰に言うでもなく呟かれた言葉は大通りの喧騒に掻き消された

















レノ:「後は主任とイリーナの捜索だな」


ルード:「…ユリアも」


レノ:「分かってるぞ、と」



勢いよくソファーに寝転がるレノだが、心中穏やかではない

ユリアがカダージュ達に連れ去られてしまったのは自分の非力さが原因だ

もし万が一、ユリアに何かあったら…

そっと左手をかざす

薬指にはユリアと同じシルバーの指輪



レノ:「ユリア…」


ユリア:「呼んだ?」

レノ:「っおわぁあ!!??」



上から顔を覗き込まれ、慌てて起き上がる

近くにいたルードも驚きを隠せず、口が開いていた



レノ:「っな…、ユリア…お前…いつ…?」


ユリア:「今さっき。そんなに驚かなくてもいいじゃない」


レノ:「はぁ!?だって…
ユリア:「レノ」



まだ何か言いたそうなレノを遮り、笑顔を向ける



ユリア:「ただいま」


レノ:「……おかえり」



つられて笑顔になってしまい、もう追求する気になれない

まぁ、いいか…無事に帰ってきたんだし

ちょこんと隣に座ったユリアの肩を抱き寄せ、レノは安堵の息を吐いた



レノ:「これで主任とイリーナだけだな、と」


ユリア:「そういえば、他の社員にも探させてるんだっけ?」


レノ:「あぁ。あいつらから情報は?」


ルード:「今のところは…」



そう言って視線を落とすルードに自然とため息が漏れる

ツォン達、見つからないんだ…

と、ふいにレノに額を叩かれた

何事かと睨み付けると、満面の笑みでこちらを見ている



レノ:「元社員…思ってたより集まって来てるよな?俺、感動したぜ。これならやりなおせるぞ、って」


ユリア:「確かに、始めよりは全然集まったよね。…皆、無事だったんだ」



ある日を境に音信不通になった多くのタークスメンバー、神羅ビルが崩壊してから会社とは疎遠になった社員達などが集まり出している

市民の安全を守るため、暮らしを確保するために…



ルード:「償いは…生き残った者の使命だ」


ユリア:「償い?」


レノ:「あれからもう2年…ん?…まだ2年か?」



ぎゅっとレノの手に力がこもる

少しだけ肩が痛んだが、気にならない



レノ:「ありゃ悪夢だった。世界が無くなるところだったんだ。俺ら神羅のせいでよ…」



魔晄エネルギーとなるライフストリームを吸い上げ、星の怒りを買ってしまった

そこから生まれた数々の戦い…

その中にはレノとユリアが対峙する場面もあった



レノ:「多くの市民が神羅を嫌った理由も分かる。お前らが全力で神羅と戦ってくれなかったら…どうなってたんだろうな?」


ユリア:「…………っ」



顔を覗き込まれるが返事に困る

どうなってたかなんて想像できないし、したくない

それに…レノ達は悪くない



レノ:「真面目な話、どんだけ償えばいいんだろうな?…やっぱ主任がいてくれないとなぁ…」


ルード:「イリーナも」


レノ:「生きててくれよ…」



俯くレノは今まで見たことがないくらい弱気だ

少しでも元気づけたくて肩に乗っている手に自分の手を重ねる

…あれ?前にもこんな光景が…





俺がついてるから大丈夫だ。怖くない





………ゴールドソーサーのゴンドラだ

あの日、全部伝えてクラウドが何も思い出さなかったら諦めようと思ったんだ

でも結局あたしは……

そういえばクラウドも何か伝えたがっていたはず





べ、別に今日じゃなくてもいいだろ!?


ユリア、その…全ての戦いが終わったら……俺の話、聞いてくれないか?





何も聞かずに離れてしまった

自分だけ言いたい事を言って、クラウドの話は何も聞いてあげれなかった

あたしは………



ルード:「大丈夫」



その声にハッと我に返る

目の前にはルードがしゃがみ込んでこちらを見つめていた

落ち込んでいると思ったのか、口調が諭すようで優しい



ルード:「ツォンさんも社長と同じ、一度死にかけた。悪運は強い」


レノ:「だよな〜!」


ユリア:「だよな、て…」



自分達が結構失礼なことを言っている事に気付いているのだろうか…

と、いきなりレノに頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられた



ユリア:「っちょ、何すん
レノ:「そういう事だ!ユリアが落ち込んだりする必要はないぞ、と」



掻き混ぜる手が止まり、ぼさぼさになった髪を整えるように撫でられる

もしかして励ましてくれているのだろうか?

2人を見やれば優しい眼差しと笑顔が向けられる

本当は2人とも不安なのに、あたしが気遣わせちゃってるのか…



ユリア:「ホント、あたしって自分ばっかり…」


レノ:「ん?なんか言ったか?」


ユリア:「うぅん、何でもない。ありがとう、レノ、ルード」



そう言って3人で笑い合う

みんなでいる時は笑っていよう

あたしはもう、過去を引きずらない



レノ:「そういやユリア、お前携帯は?」


ユリア:「あ…、そういえばカダージュに…」



瞬間、背筋を悪寒がはしった

それはレノ達も同じだったらしく、瞬時に目を玄関に向ける

ドアからはどす黒い気配があふれ出ていた

姿なんか見なくても分かる…



ユリア:「カダージュ…!!」


カダージュ:「見つけた…」



逃げ出す間もなく、ドアが開かれる

可愛らしい笑顔で歩み寄るカダージュに足が震えた

彼らがジェノバを探しているという事はセフィロスも無関係ではないはず

見知った銀髪、冷酷な性格

そこから導きだされた考えは一つ…



ユリア:「セフィロスの…生まれ変わり?」



ポツリ、と呟いた言葉にカダージュは首を傾げる

が、すぐに笑顔を近付けてきた



カダージュ:「さすがだね、姉さん。僕達のこと理解したんだ?」


ユリア:「え…?」


カダージュ:「彼がね、僕達を呼んでくれたんだ。自分の代わりに母さんを探してくれって」



誇らしげに語るカダージュは子どもの様だが、ユリアにはそうは見えていない

“彼”とはセフィロスのことだろう

また繰り返されるの?また誰かを失うの?

セフィロスのせいで…!!



カダージュ:「まぁ、生まれ変わりとはちょっと違うけど…強いて言うなら思念体ってとこかな?」


ユリア:「思念体…?」


カダージュ:「僕らは母さんの思念を遺伝した体なんだ。だからね…」



スッと右手をとられ、カダージュの左胸にあてられる

一瞬、星痕が疼いたように思ったが何も起きなかった

だがそれ以前に心音が全く聞こえてこない



ユリア:「なんで…?」


カダージュ:「僕らは細胞なんか持ってない。母さんが望むように動くだけだ。邪魔な人間は…消す」



握られている手から発される何かに星痕が反応してチリチリと痛む

と、今度はその手を両手で包まれた



カダージュ:「でも僕は姉さんを殺したくない。ずっと一緒にいたいんだ」


ユリア:「カダージュ…」



切なげにこちらを見つめるカダージュになぜだか胸が痛んだ

幼い少年が駄々をこねているようでなぜだか手を振り払えない

が、心の片隅にはカダージュ達は世界を滅ぼすような計画を立てている悪者だと警告する

しばらく葛藤していると右手にそっと携帯を握らされた

見上げれば悪意の無い笑顔を向けてくるカダージュ



カダージュ:「これ、姉さんから借りたままだったからね」


ユリア:「あ…、ありが
レノ:「おしゃべりは終わったか?、と」



その言葉にハッとし、後ろを振り返るとレノとルードが戦闘態勢に入っていた

カダージュは2人を見据えて目を細める

さっきの柔らかな笑みは消え、悪意に満ちた冷酷な笑みが浮かび上がる



カダージュ:「あぁ、忘れてたよ。社長に会いに来たんだ。社長、いるんだろ?」


ルード:「いるとしても会わせない」


レノ:「大人しく帰るんだな」



虚勢を張ってはいるが、2人がかりでもカダージュに勝てる見込みはないだろう

それはお互いに分かっているようで、カダージュは2人を見て小さく鼻で笑った



カダージュ:「社長!早く出てこないと大事な部下が死んじゃうかもよ?」



立ち尽くすユリアの横を通り抜け、ゆっくりとレノ達に近づく

それに応じてレノ達も小さく後退った



ユリア:「レノっ!」


レノ:「ユリア、逃げろ」


ユリア:「っでも
レノ:「早く行けっ!!」



その怒鳴り声に弾かれたように外へ飛び出した

どこへ行くかなんて決めてない

ただ、がむしゃらに走り続けていた


ユリアがいなくなり、静まり返った室内にクスクスと笑い声が響く



レノ:「…何かおかしいか?」


カダージュ:「いや。姉さんは本当に追いかけっこが好きだな、て思って」


ルード:「………」


カダージュ:「僕は追いかけるよ?そして必ず捕まえる」



握り締めた拳を見つめ、ゆっくりと開いてそれを前へ突き出す

瞬時にレノとルードが身構えた



カダージュ:「さぁ、始めようか」





























ユリア:「ど、して…こう…」



ヒーリンから全力疾走して辿り着いたのは、見覚えのある教会

自分は思い出巡りでもしたいのだろうか?

だとしたら笑えなすぎる…



ユリア:「ティファがいるかも、なんだっけ」



デンゼルが言っていたことを思い出す

ティファとマリンがクラウドを探しにこの教会に来ているかもしれないらしい



ユリア:「…もう帰ったかな?」



ゆっくりと建物に近づき、扉を開ける

瞬間、ユリアは目を見開いた


砕けた長椅子

破壊されてへこんだ壁

そして花壇の中央には、ぐったりしているティファと彼女の胸倉を掴んで武器を向けているロッズ



ユリア:「ティファ…っ」



助けに行きたいのになぜか体が拒否をする

あれだけ会おうとしていたくせに、実際ティファの前に出ていく勇気がない

と、マリンがロッズにマテリアを投げつけた

唇を噛みしめ、ロッズを睨み付けるマリン

ロッズはため息を吐いてティファを手放し、マリンに歩み寄った

マリンは数歩後退り、何かを胸に抱き締める



マリン:「クラウドっ」



…………もう、ダメだ



ティファ:「逃げて!」


((パァンっ!!))



静かな教会に銃声が響いた

同時に誰かが倒れる音も響く

ロッズはベルベット・ナイトメアを解除し、教会の入り口に目を向けた



ロッズ:「危ねぇな、姉さん。俺に当たるとこだったぜ?」


ユリア:「当たり前でしょ。アンタを狙ったんだから」



銃を構えなおし、再び照準をロッズに合わせる

ちら、とティファを見やるが、気を失っていて動かない

どうやらユリアが発砲したのとロッズがティファに止めをさしたのは同時だったらしい



ロッズ:「何だよ、姉さんには何もしねぇって」



両手を上げて降参のポーズをするロッズになぜだか銃を下ろしてしまった

…あたし、どうしたんだろう?

と、腰に軽い衝撃がきた

見下ろせば茶髪の髪にピンクのリボン

ユリアは軽く笑ってそれを優しく撫でた


ユリア:「久しぶりだね、マリン」


マリン:「ユリアなの?本当に、ユリア?」



腰に回された腕がきつくしまる

きっと『ユリアはもういない』という“真実”を聞かされていたのだろう

少し混乱したような表情のマリンにユリアは目線を合わせてもう一度頬笑んでみせた



ユリア:「マリン、あたしはここにいるよ?」


マリン:「うん。でも、ティファや父ちゃんが
ユリア:「いいの。そう思ってもらってた方が…」


マリン:「ユリア…?」



心配そうに見つめてくるマリンに苦笑いを向け、ロッズに向き直る



ユリア:「で?マリンとティファをどうするつもり?」


ロッズ:「うん、ガキは連れてこいって」


ユリア:「マリンは関係ないでしょ?それに、離すつもりもない」



そう言ってマリンを抱き寄せる

その時に彼女が強く握り締めているものが見えた

…黒ずんだ包帯……見覚えのある黒いシミ…

─────星痕



ロッズ:「じゃあ、姉さんも一緒に行こう」


ユリア:「…は!?え?」



突然の問いかけに焦って声が裏返った

が、ロッズは気にする様子もなく淡々と話を進める



ロッズ:「だって、そいつと離れたくないんだろ?でもガキは連れてかなきゃなんねーし。姉さんがいればカダージュも喜ぶと思う」


ユリア:「マリンはダメ。あたし一人で行くから」


ロッズ:「あー…」



少し悩むように頬を掻くロッズをじっと見つめる

が、口を開いたのは予想外の人物だった



マリン:「あたし、ユリアと一緒に行く!」


ユリア:「っ!?マリン!!」


マリン:「ユリア、もう一人でどこかに行かないで?」



寂しげな瞳が真っ直ぐにこちらを見る

その眼差しから逃げるようにユリアは目を逸らした



ロッズ:「じゃあ、行こうか」



2人とも連れていけることに満足気なロッズはユリアの手を引き、歩きだす

ユリアはマリンの手を握り、手のひらに触れた包帯を見つめた



マリン:「この包帯、クラウドのなの」



ポツリと呟いたマリンはユリアの手を強く握る



マリン:「デンゼルと同じ…、クラウドも病気なのかな?」


ユリア:「…どうだろうね。あたしには分からないや」



こんな時でも平然と嘘を吐ける自分に嫌気がさす

本当は分かってる

この独特のシミは星痕特有の症状

激しい痛みが伴う、最大の病

その星痕にクラウドがかかってしまった…



マリン:「ユリア、クラウドが心配なの?」


ユリア:「えっ?ど、うして…?」



今の会話からそんな状況は読み取れないはず

それにユリア自身もそんな気持ちを込めたつもりはない



マリン:「だって、さっきから悲しそうな顔してるから」



悲しそう…?あたしが…?



そんな、悲しそうな顔…するなよ…


違う、悲しそうなのはお兄ちゃんの方だよ?


ユリア。わたしに隠し事してる


エアリス、違うの。隠し事じゃないの…


どうして?どうして何も教えてくれないの?


それは……っ、





俺達は相当信用されてないみたいだな





(ドクンッ!)



ユリア:「ぁあ…っ!!」


マリン:「ユリア!?」



右肩を中心に全身に痛みが広がる

今までの痛みの比じゃない

あまりの痛さに膝をつくと、慌ててマリンが寄り添ってきた

何か声をかけているらしいが何も聞こえない

痛い…、気が遠くなる…

微かな意識を手放し、ユリアはどこか深いところへ沈んでいくのを感じた





























「お前……あいつらにいつまで隠しとくつもりだ?」



この声、レノ…?



『何を…?』



あたしもいる…

…これ、レノとゴンガガで話した時だ



「“全て”だぞ、と」



“全て”…クラウドの過去、自分達の関係、自分の気持ち…、つまりは“真実”



『それは……っ』


「いつかはバレる。そしたらお前はどうするんだ?」




そしたら…?

あたし、なんて答えたんだっけ?





『………その時はその時だよ…』





その時はその時…

その時はもう来てしまった

じゃあ、自分はどうするのか

罪の意識を持ったまま、暮らしていくのか…



…違う、

あたしが罪の意識を持ってる?……ふざけないで

一番、罪を感じてるのはあたしじゃない

クラウドだ…



目の前で助けられなかった悔しさ、伝えられなかった言葉

全て分かっているのにあたしは彼に同じ気持ちを味わわせた

傷つけたに決まってる

苦しめたに決まってる

なら、あたしの存在は彼の罪を少しでも軽くすることができるのかな?

あたしはみんなの前に出て行っていいのかな?

あたしは………許されるのかな?





ユリア:「ごめんね…」



口に出していたらしく、自分の声で目が覚めた

あたりを見回すとそこは見知った場所…忘らるる都だった


ユリア:「ここは…」



上半身だけ起こして辺りを見回す

ここは忘らるる都で間違いがない

真っ正面には湖…エアリスを水葬した場所が見えた



カダージュ:「起きたんだね、姉さん!!」

ユリア:「うっわ!?」



至近距離で顔を覗き込まれ、思わず後ろに倒れる

カダージュはその上に跨り、ユリアを笑顔で見下ろした



カダージュ:「よかった〜、いつまで経っても起きないから心配してたんだよ?」


ユリア:「カダージュ、アンタ今どんな体勢で話してるか分かってる?」


カダージュ:「姉さん…、僕がどれだけ心配したか分かる?」


ユリア:「ちょっと。質問してんのはあたし
カダージュ:「本当に心配したんだから」



じっと見つめられ、なぜか文句が引っ込んでいく

なんだろう…この気持ち

可愛いなぁ、などと呑気なことを考えている自分がいる



ユリア:「ごめんね?」



さらっと出た言葉に自分でも驚いたが、カダージュは嬉しそうに頬笑んで上から退いた



カダージュ:「いいんだ。姉さんが無事ならそれで」


ユリア:「うん…」



複雑だ…

敵とこんなに馴れ合っていていいのだろうか?

そもそも、カダージュ達が敵なのかも分からなくなってきた



マリン:「ユリア!」


ユリア:「わっ…マリン!!」



そうだ、ここにはマリンも一緒に来たんだった

勢いよく抱きついてきたマリンを受け止め、抱きしめ返す

と、隣にいるカダージュから痛いほどの視線を感じた

……ダメだ、なんだか怖くてそっちを見れない…!!



ユリア:「な…何?」


カダージュ:「……いいなぁ…」



何が“いい”の?

自分の服装でもないだろうし、マリンのことでも……!!

まさか…っ!


勢いよくカダージュの方を見ると、羨ましそうにマリンを見つめる瞳



カダージュ:「僕がやったら嫌がったのに、どうしてその子はいいの?」


ユリア:「どうしてって…」



常識的に考えろ、て言っても通じないだろうな〜



カダージュ:「じゃあ僕にも
ユリア:「嫌だ」



きっぱりと言い放つとほぼ同時にヤズーがやってきた

その後ろには大勢の子ども達がいる



ユリア:「何…?あの子達…」


カダージュ:「母さんの遺伝子を受け継いだ兄弟だよ」



にこやかに子ども達を眺めるカダージュに目を向ける

ジェノバの遺伝子を受け継いだ者……星痕か…

こんなに多くの子ども達がかかっていたなんて知らなかった…

と、その中に見覚えのある子どもを見つけた

一人は今朝ペットボトルとハンカチをあげた女の子

もう一人は、



ユリア:「デンゼル…」


マリン:「デンゼル!?」



こちらに気付いていないのか、デンゼルはまわりの子ども達と一緒に不安そうにソワソワしている

まさか子ども達まで巻き込まれてるなんて…

どうやって全員を無事に助けだすか悩んでいると、ふいに携帯が震えた

…そうだ!レノと連絡をとればいいんだ!!

ちら、とカダージュ達を見やるが子ども達のことに夢中でこちらには気が付いていない

ユリアは素早くその場を離れ、森の中に隠れてから携帯を開いた

画面にはレノからの着信を知らせる文字が表示されている



(ピッ、)


ユリア:「もしもし?」


レノ『ユリア!お前、今どこに
ユリア:「レノ、聞いて?あたしは大丈夫だから」



焦っているようなレノとは正反対に落ち着いた声で話す

と、レノは黙って話を聞く態勢になった



ユリア:「あたしは忘らるる都にいる。3人が集まってることから考えて、ここがアジトなんじゃないかな?」


レノ『忘らるる都?なんだってそんなとこに…』


ユリア:「分からない。でも、子ども達もたくさん連れて来られたみたいなの。だからあたしが
「誰と話してるの?姉さん」



スッと携帯を抜き取られ、耳元で冷たく囁かれる

ゆっくりと声がした方を見ると、長い銀髪が目についた



ユリア:「ヤズー…」


ヤズー:「ダメだろ?姉さん。助けなんか呼んじゃあ」



そう言って地面に携帯を落とし、躊躇いもなく踏みつけた

バキッ、という音とともに画面も粉々になる

呆気なく破壊された連絡手段を呆然と眺めていると、ふいに右肩を掴まれた



ヤズー:「悪い子だね、姉さん」


ユリア:「なっ…!!う…、痛…っ!」



肩を掴んでいる手に力がこもり、星痕が悲鳴をあげる

逃れようと腕を掴んでも力は入らず、ヤズーは笑みを深めるばかりだ



ヤズー:「俺、カダージュみたいに優しくないんだよ。体に覚えさせた方が分かりやすいだろ?」



そう言って肩から手を離す

ユリアは肩を押さえ、ズルズルとその場に座りこんだ

荒く息を吐くユリアを見つめ、目線を合わせてしゃがむ



ヤズー:「姉さんは俺達にとって大事な人だからな。大切にしてあげるよ」



小さく笑い、それだけ言って去っていった

残されたユリアは地面に散らばった携帯の破片を見つめる

……分からない

カダージュもロッズもヤズーも…

あたしを“姉さん”と慕って、一緒にいてほしいと言う

でも、それはジェノバ復活のための道具として、だ

これ以上馴れ合ってはいけない、心を許してはいけない………はずなのに…



ユリア:「なんで、嫌いになれないの…」



ユリアは膝に顔を埋め、静かに呟いた




















クラウド:「…………」



暗くなってきた外を窓越しに眺める

教会に戻ったらティファが倒れていて、まわりも荒らされていた

たぶん…カダージュ達だろう

さっきのレノ達の話だとマリンとデンゼルも連れていかれたらしい

何が目的なんだ…

ふと、自分の左腕に視線を落とす

星痕…、これのせいで自分も気を失っていた

情けない……



ティファ:「ん…っ」



ベッドがギシリと軋み、ティファが起き上がる

振り返れば不安げな瞳と目が合った



クラウド:「レノ達が探している」



それだけ言って隣のベッドに腰掛ける

ティファはしばらく俯いていたが、ちら、と控えめにクラウドの腕を見てから顔を見た

久々に見た彼の表情は以前より暗い



ティファ:「星痕症候群……だよね?」



クラウドの肩がピクリと揺れる

誰かに話したことはない

どうしてティファがこれを…



ティファ:「このまま死んでもいい…なんて思ってる?」


クラウド:「………」


ティファ:「やっぱり…」



無言は肯定を表す

俯いたままのクラウドにティファはあきれたように呟き、膝を抱えた



クラウド:「…治療法がない」


ティファ:「でも、デンゼルは頑張ってるよね?逃げないで一緒に闘わない?みんなで助け合って頑張ろうよ!」



身を乗り出して説得するが、クラウドは反応しない

それを見てティファは膝を抱え直し、視線を正面に戻した



ティファ:「…本当の家族じゃないから、ダメか…」



違う、そうじゃない…

悲しそうな表情のティファに胸が痛む

そんな悲しげな顔をしてほしいわけじゃない

ただ、俺は……



クラウド:「俺には……誰も助けられないと思うんだ。家族だろうが、仲間だろうが…誰も」



大切な人も誰一人として守れない

ザックスだって、エアリスだって、……ユリアだって…

自然と拳を握り締めているクラウドを見つめる

この2年間、クラウドは忘れたことなどなかったはずだ

大勢の命を目の前で失ってきた苦しみを…

だけど、ザックスもエアリスもユリアもクラウドを苦しめるためにいなくなったのではない



ティファ:「ズルズルズルズル…」


クラウド:「…?」


ティファ:「ズルズルズルズル!」


クラウド:「…………」

レノ:「いつまで引きずってるんだ、と」



いつの間に入ってきたのか、部屋の入り口にレノとルードが立っていた

手ぶらな様子からティファの心に不安が募る



ティファ:「見つからないの?」


レノ:「やつらが連れて行った。目撃者がいたぞ、と」


クラウド:「行き先は?」



目撃者という有力な情報にクラウドの表情が少しだけ晴れる

レノが口を開こうとした瞬間、ルードが話した



ルード:「忘らるる都…アジトだ」



“忘らるる都”…

その言葉を聞き、クラウドもティファもルードから目を逸らした

少しの間、部屋を静寂が満たす

どうしてまたそんな場所に…

静まり返った空気を破ったのは意外にもクラウドだった



クラウド:「……頼む」



スッと立ち上がり、ドアへと向かうクラウド

その口調から嫌な雰囲気を察し、ティファが顔を上げる

クラウドの表情は再び暗いものに戻っていた



クラウド:「俺はルーファウスと話してくる」

ティファ:「逃げないで!」



ティファの声が静かな室内に響いた

レノとルードは驚いたようにティファを見つめ、クラウドは出て行こうとした体を止める



ティファ:「…分かるよ?子ども達を見つけても何もできないかもしれない。もしかしたら、また取り返しのつかないことになるかも。それが怖いんでしょ?でも、もっと今を…いろんなことを受け止めてよ!」



言われた事が図星だったらしく、クラウドは眉間に皺を寄せて目を伏せた

が、ティファは容赦なく続ける



ティファ:「重い?だって仕方ないよ、重いんだから。一人で生きていける人以外は我慢しなくちゃ。一人ぼっちはやなんでしょ?出ないくせに、電話は手放さないもんね!」


クラウド:「…………」



ティファの苛立ちはだいぶ前から募っていた

ザックスのことも、エアリスのことも、ユリアのことも…全部一人で背負いこんで、一人で苦しんで…

そして今回の件もそうだ

星痕と戦う気もなく、罪を犯した罰として死を受け入れる

守れる自信がないから自分から手放す

こんなの、許されるわけがない!!


未だに黙りこんでいるクラウドの後ろ姿を見つめ、ティファはシーツを握り締めた

その表情にはもう怒りは見られない



ティファ:「ユリアのこと、忘れられないんでしょ?」



その言葉にクラウドは軽く目を見開いた

どうしてユリアの話になる?

どうして思い出させるんだ…

拳を握り締め、俯くクラウドを部屋にいる全員が見つめる



ティファ:「あたし…ユリアは生きてるんじゃないかと思うの」



ティファの発言にレノの眉がぴくりと動く

同時にクラウドの表情も驚きから悲しみに変わった



クラウド:「ユリアはもういない」


ティファ:「でも、本当はそう思ってないよね?心の中では“生きててほしい”とか“いつか会えるかも”って考えてるんでしょ?」



再び黙るクラウド

ルードはどうするのかとレノを見やるが、レノは真剣にクラウドを見つめていた



ティファ:「…教会で気を失う寸前に銃声が聞こえたの。髪も服も真っ黒だったからヴィンセントかと思ったんだけど…あれはヴィンセントの銃じゃなかった」



乾いた銃声、片手で構える姿、靡く黒髪

仮にタークスだったとしても髪が黒いのはツォンぐらいだ

が、ツォンはあんなに背は低くないし、そこまで髪も長くない

そしたら…残りは一人



ティファ:「あれが幻だったなんて思えない。…クラウド、もしも…もしも、よ?ユリアが生きているとしたら…」


クラウド:「ユリアが…生きている?」



自然と目はタークスの二人に向けられる

レノは驚いた様子もうろたえた様子もなく、こちらに背を向けた



レノ:「…アジト、お前が行けよ、と」



それだけ言って部屋を出ていく

それに続いてルードも出て行った



ルード:「いいのか?クラウドに行かせて」


レノ:「あ?何が?」


ルード:「……いや、何でもない」



もしも二人が出会って、ユリアがクラウドを好きになってしまったら…

そんな事を考えるのはレノに失礼だが、レノも分かっているはずだ

そして、そういうことになったらこいつはきっと…

そこまで思ってルードは首を振った

この先は俺の問題じゃない、レノの問題だ

さっさと歩いていく相棒の後ろ姿を見ながらルードは小さくため息を吐いた





02 終

10.01.31