07
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深い、暗い…
ここはどこだろう…?
手探りであたりに触れようとするが、何にも触れられない
上も下も、右も左も全く同じ景色の、一面が黒い空間
果てしなく続く黒に異次元の空気のようなものを感じた
ユリア:「ここが地獄…か」
自嘲気味に笑うと自分の声が少し響いて聞こえた
たくさんの人を騙し、傷つけてきた自分が天国なんかに行けるわけがない
ボクのような人間が…
「…人間?」
突然聞こえた自分ではない声に驚いてあたりを見回す
が、そこには変わらず暗闇が広がっているだけだった
ユリア:「…誰かいるのか?」
おそるおそる声をかけてみるが返事はない
代わりにひらり、と赤い糸のようなものが宙を舞った
「君は、人間?」
再び聞こえた声にユリアは黙って頷く
と、糸はユリアのまわりをくるくると回り始めた
「君が、人間?」
ユリア:「そうだよ。ボクは人間だ」
不思議な生物との会話を試みる
糸はユリアの返答にぴたりと動きを止めるとゆっくりと上昇していった
「君は、人間…?」
ユリア:「だからそうだってば!」
「君は…本当に…」
人間なのか?
ユリア:「っ!?」
ふいに感じた不穏な気配に思わず銃を取り出す
闇に包まれている空間からはもう何も感じられないが、心臓が嫌な速度で脈打つ
八番街でその姿を目の当たりにしてから頭の片隅にちらつくようになった存在
ユリア:「セフィロス…?」
おそるおそる発したその問いにも返事はない
頭の中に先程の言葉が反芻される
本当に、人間なのか?
君は人間?
君が人間?
ボクは、人間…?
頭の中に流れ込んできた考えに我に返る
それを振り払うように大声を出して否定した
ユリア:「っ当たり前だろ!ボクは人間だ!」
嘘はつかない方がいい
ユリア:「嘘じゃない!」
あぁ、お前は嘘をつくのが得意だったな
ユリア:「ちがう、ちがう…っ!」
さぁ、ユリア
楽しませてくれ
目の前の景色が徐々に光を取り戻す
その眩しさに目を細めると、光の奥に人影が見えた気がした
セフィロスではない、どこか懐かしさを感じる影
その影は慌てたようにこちらに手を伸ばしている
「ユリアっ!」
ユリア:「あ…」
光を受けて鈍く輝く髪に少しずつ記憶がよみがえってくる
そうだ、この人は……
ユリア:「お…ちゃ、」
「もしも〜し」
ユリア:「え…?」
光の強さが増し、ユリアは思わず目を瞑る
もう一度目を開けると、ぼやける視界に誰かの顔が映っていた
何度か瞬きを繰り返すうちに視界が鮮明になり、見慣れぬ景色を背景にしてこちらを覗き込む女性を捉える
ユリア:「だれ……?」
「あ、しゃべった!」
驚きながらも“よかった!”と笑顔になる女性に心の中で首を傾げながらユリアはゆっくりと体を起こそうとする
が、それは何かによって阻まれた
足も手も、指先は動かせるようだが腕や脚は何かに縛られているのかと思うほどびくともしない
…体が、拘束されている…?
その危機感に脳の回転速度が上がる
なんてことだ…無害そうな女性だからと油断してしまった…
“だいじょうぶ?”と不思議そうにこちらを見ている女性を無視してなんとか拘束を解こうと藻掻く
ユリア:「なんで、外れな…っ!」
「ふふっ、彼、力強いんだね」
ユリア:「…彼?」
まさか仲間が…!?
一瞬動きを止め、戦う覚悟を決めるがふと気になった言葉を繰り返す
そう言えば、自分はクラウドを助けようとして伍番魔晄炉から落ちたんだ
…落ちながら見えてしまった景色を思い出すだけで気を失いそうだけれど…
あの時、たしか……
記憶の中に耳慣れた声と温もりがあったことを思い出し、背中に感じる気配に気が付く
ゆっくりと後ろを振り返ると、すぐそばには日の光を受けてきらきらと輝く髪が見えた
次いで伏せられた長い睫毛、整った眉、高い鼻筋、と完璧な顔が認識される
ユリア:「クラウド…?」
間違いようのないその容姿に声をかけるも返事はない
再び体を起こそうとして自分の体は拘束されていたことを思い出し、唯一動く首だけを動かして拘束具に目を移した
ユリア:「…は?」
自分の体に絡まっているものを見て思わず間抜けな声が出る
まさか、と思いながらも下に視線をずらすと案の定だった
自分を拘束しているものは、クラウドの手足だ
両腕を回された上半身はびくともせず、両足に挟まれた下半身は身動きが取れない
「二人は仲、いいんだね」
ユリア:「いやこの状況見てそう思う?」
「思うよ、すごく。前に会った時もそうだった」
ユリア:「前?」
この女性とは会った事があっただろうか?
記憶を手繰り寄せ、つい最近のできごとと女性の顔が結びついた
ユリア:「あ!花売りの!」
「うれしい!覚えててくれたんだ!」
ぱぁっと顔を輝かせて手を合わせる女性にユリアはホッと息を吐いた
あの時は神羅にも変な浮遊体にも追われていて、自分たちと別れた後の彼女の安否が少し気がかりだったのだ
何事もなくてよかった…
ユリア:「花売りのおねーさん、とりあえず後ろの人起こしてくれるか?」
「了解っ」
女性はニコニコと頷くとクラウドに向かって“もしも〜し”と呼びかけた
ユリアもできる限り体を捩って脱出を試みる
と、その甲斐あってかクラウドの腕がぴくりと動いた
クラウド:「ん…」
「あ、起きたかな?」
ユリア:「クラウド?」
クラウドの眉間に軽く皺が寄り、うっすらと瞼が開かれる
焦点の定まらない瞳はぼんやりとユリアを見つめた
クラウド:「ユリア…?」
ユリア:「おはよ。起きたか?」
クラウド:「うん…………ん?!ユリア!?」
ユリア:「うわっ!?」
ぼんやりとした表情だったクラウドだが、ユリアの姿を捉えると目を見開く
ガバッとユリアごと体を起こすと、両肩を掴んで軽く揺さぶった
クラウド:「ユリア、無事か!怪我はないか?!」
ユリア:「あ、うん、おかげさまで…」
クラウド:「そうか…」
心から安堵の息をつくクラウドにぽかんとするユリア
クラウドってこんなに心配性だったっけ?
強めに掴まれている肩をそろそろ放してもらおうと口を開くと、頭上から女性の声が降ってきた
「よかった。目、覚めた?」
どこか嬉しそうに微笑んでいる女性にユリアは苦笑いを返し、クラウドは驚いて目を瞬いた
クラウド:「…誰だ?」
ユリア:「前に七番街で会った花売りのおねーさん」
クラウド:「……あぁ、あの時の」
クラウドも覚えていたようで思い出したように大きく頷く
その様子に花売りは嬉しそうな笑みを浮かべた
「エアリス。名前、エアリス」
クラウド:「クラウドだ」
ユリア:「………」
クラウド:「ユリア?」
急に黙り込んだユリアに首を傾げていると、ハッとした顔がクラウドに向けられた
ユリア:「ごめん、何?」
クラウド:「いや…別に…」
我に返った様子のユリアはいつもと変わらない
と、その様子を見ながらエアリスがくすくすと笑いだす
エアリス:「ふふっ、やっぱりユリア、面白いね」
ユリア:「やっぱり…?」
エアリス:「あっ、名前、勝手に呼んでごめんね?クラウドがそう呼んでたから…」
ユリア:「あぁ、それはいいんだけど…」
やっぱりってどういうこと?
そう聞こうとするとエアリスはにっこりと微笑んだ
エアリス:「あの人たちもユリアのこと、よく話してたの」
ユリア:「あの人たち?」
どんどん深まる謎に頭を悩ませていると、クラウドが立ちあがってまわりを見回した
見慣れない光景に首を傾げている
クラウド:「ところで、ここは?」
エアリス:「スラムの教会、伍番街。いきなり落ちてくるんだもん、驚いちゃった」
そう言って上を指差すエアリス
二人揃って上を見上げると、屋根にはぽっかりと大きな穴が開いており、そのさらに上には煙を出しているプレートの裏側が見えた
…たしか、プレートから地上まで300mあるって聞いた気がする…
ユリア:「よく生きてたな…」
エアリス:「お花畑、クッションになったかなぁ。運いいね」
ユリア:「お花畑?……あ!」
自分の足元を見て慌てて立ち上がり、その場を離れる
今まで座り込んでいたのは、エアリスが大切に育ててきたのであろう花畑の中央だった
クラウドも気づいたようで急いで花畑から飛び退いた
クラウド:「あんたの花か!悪かったな」
エアリス:「気にしないで。お花、結構強いし。ここ、特別な場所だから」
笑いながらそう言うと、エアリスはポケットからマテリアを取り出して“これ、落としたよ”とクラウドに差し出した
それを横目にユリアは花畑の近くにしゃがみ込み、自分が踏んでしまった花をじっと見つめる
植物は話しかけるとよく育つと何かの本で読んだことがある
少しくたびれてしまっている花にそっと手を伸ばして軽く撫であげた
ユリア:「…踏んじゃってごめんな」
そっと囁くように言葉をかけると、ほんの少しだけ花が起き上がった…ように見えた
エアリス:「ね、せっかくの再会だから、少しお話する?」
ウキウキした声にユリアが顔を上げると、エアリスがクラウドとこちらを交互に見ていた
クラウドは応じる気がないのか返事もしない
その反応にエアリスは盛大に溜め息を吐くとユリアの隣にしゃがみ込み、同意を求めるようにもたれかかった
エアリス:「あ〜あ、ユリアはお花のお手入れ、手伝ってくれてるのになぁ。二人だけじゃ終わらないなぁ」
ユリア:「え、お手入れって…これで合ってるのか?」
エアリス:「合ってる合ってる!ユリア、とっても上手」
ふわりと微笑まれて自然と頬が緩む
誰かに褒めてもらえるなんていつぶりだろう…
込み上げてきた嬉しさと恥ずかしさを隠すように少し大きめの声でクラウドに呼びかける
ユリア:「クラウド、ボク達助けてもらったんだから少しはお手伝いしないと…」
クラウド:「………分かった」
はぁ、と盛大に溜め息を吐いたクラウドは渋々といったようにエアリスに向き直る
クラウド:「少しなら、いい」
エアリス:「やったあ!それじゃあ…、」
エアリスが両手を上げて跳びあがっていると、ガチャン、と教会の扉が開く音がした
クラウドがそちらを見やると、数人の警備兵とそれを引き連れるようにして赤毛の男がこちらに歩み寄ってきていた
全員神羅の人間で間違いないだろう
「邪魔するぞ、と」
その男の服装が見えた瞬間、クラウドは素早く身構える
神羅の人間で黒スーツ…
こいつは、
ユリア:「レノ…?!」
クラウドの隣で驚いた声をあげたのはユリアだった
レノと呼ばれた赤毛の男は訝し気な表情でユリアに視線を移すと、はっと目を見開いた
レノ:「ユリア…なのか?」
ユリア:「どうしてレノがこんな所に…」
レノ:「それはこっちのセリフだぞ、と」
額を抑えて溜め息をつくと、レノはスッとユリアに向かって手を差し出した
その手を見つめながらユリアは首を傾げる
ユリア:「…なに?」
レノ:「帰るぞ」
ユリア:「どこに」
レノ:「タークス」
ユリア:「はぁ!?」
突拍子もないレノの発言にユリアの声が裏返った
自分と同じ黒スーツを着ているレノをまじまじと見つめる
レノはかつて所属していたタークスの一員だ
良き先輩で、頼りになって、たくさんお世話になった…
でも、こっちにだって譲れないものがある
ユリア:「悪いけど、ボクは神羅に二度と戻らない。もちろんタークスにもだ」
レノ:「そう言われてもなぁ…」
ユリア:「レノもさ、もうボクのこと放っておいてよ」
軽く笑ったつもりだったが、うまく笑えていないユリアの表情にレノの眉がぴくりと動く
レノは大きく溜め息をつくと、ユリアをまっすぐ見つめた
レノ:「お前、それでいいのか?」
ユリア:「な、に言って…?」
レノ:「俺は…お前の、」
その時、レノとユリアの間に誰かが立ちはだかった
レノは軽く目を見開くもジト、と目の前の人物…クラウドを睨みつけた
レノ:「おまえ、何?」
クラウド:「ユリアに関わるな」
レノ:「はぁ?ホント、おまえ何様?」
その問いには答えずクラウドもレノを睨み返す
少しの間二人が静かに睨みあっているとクラウドの後ろからエアリスが顔を出した
エアリス:「この人、わたしのボディガードのソルジャーなの」
ユリア:「え…?」
レノ:「ソルジャー?」
クラウド:「“元”ソルジャーだ」
堂々としているクラウドの態度を訝しみながらもレノはその瞳を覗き込む
青く輝くそれにレノは“あらま、魔晄の目”と軽い調子で呟いた
その軽薄な調子にクラウドの眉間に皺が寄る
…本当にこんなやつがタークスなのか?
エアリス:「そうだ、ボディガードも仕事のうちでしょ?ね、なんでも屋さん達?」
クラウド:「え?」
ユリア:「なんで…」
どうしてエアリスが“なんでも屋”のことを知っているのだろう?
理由を聞こうとすると“わたしのカン、当たるの!”と食い気味に答えが返ってきた
…まぁ、そういう事にしておこう
エアリス:「ボディガード、おねがい」
二人を交互に見ながら言うエアリスにユリアは小さく溜め息を吐いた
ユリア:「まぁ、ここまで巻き込まれてるのに見捨てるわけにもいかないし…助けてもらったお礼もしなくちゃな」
クラウド:「あぁ。でも安くはない」
エアリス:「じゃあねえ…デート1回!」
クラウド:「え?」
唖然とするクラウドとユリアを交互に見てエアリスはニコニコと微笑んでいる
言葉の真意を測りかねていると目の前にいたレノがクラウドを見てにんまりと口角を上げた
レノ:「へえ、やっぱり本物かよ。クラスは?」
クラウド:「ファーストだ」
レノ:「…は?おいおい、いくらなんでもファーストってお前、」
ユリア:「レノ!」
横からユリアが咎めるような口調で割って入る
レノが何か言いたげに口を開いた瞬間、クラウドが勢いよくレノに斬りかかっていった
が、レノはそれを軽々と躱し、蹴りを繰り出す
その攻撃を剣で受け止めながらクラウドは後退した
これは簡単には倒せそうにないな…
心の中で小さく舌打ちしながらユリアに離れるよう目で促すと、ユリアは小さく頷いてエアリスを連れて教会の隅へ移動していった
レノはユリアを少し目で追うようにして見つめると、その背中に呼びかけた
レノ:「ユリア!」
突然背後から呼びかけられ、ユリアは声の主を振り返る
真剣な色ともうひとつ、何か別の感情を帯びた緑の瞳はまっすぐにこちらを見つめていた
レノ:「もう一度聞くが、お前は本当に今のままでいいのか?」
ユリア:「…どういう意味?」
レノ:「それは自分が一番よく分かってるはずだぞ、と」
目を逸らさないまま真面目に語るレノにしばらく瞬きを繰り返すとユリアは軽く鼻で笑った
ユリア:「じゃあ間違いなく今のままでいい。ボクはタークスとも神羅ともお別れできて清々してるんだ」
レノ:「っ、お前…」
ユリア:「だからもう一度言うけど、ボクに関わらないでくれる?」
被せるようにして発されたユリアの言葉にレノは確信したような表情で頷いた
レノ:「わかった、お前のことは連れて帰る。どんな手を使ってもな、と」
ユリア:「はぁ!?ボクの話聞いてた?今の“放っておいてくれ”って意味だよ?通訳いる?」
レノ:「おいおい、照れんなよ」
ユリア:「こんなに話通じない人初めて…」
額を抑えて大きな溜息を吐くユリアにレノは肩を揺らして笑うとふ、と目を細めた
レノ:「やっぱ、ユリアといると楽しいな、と」
ユリア:「は…?」
クラウド:「話は済んだか?」
言いながら斬りかかるクラウドを軽々と避け、後ろに控えていた警備兵たちに向かって片手をあげる
それに従って警備兵はレノの前に並び出ると銃を構えた
照準は、目の前にいるクラウド
エアリス:「お花、踏まないで!」
レノ:「だってよ」
他人事のようなその言葉を合図に、警備兵たちが一斉に銃を連射し、クラウドも剣を振るった
吹き飛ばされた警備兵が教会のベンチを壊しながら倒されていく
ユリア:「…教会壊すなよ?」
クラウド:「すぐに終わる」
エアリス:「もう!」
怒ったように腰に手を当てるエアリスを宥めながら戦闘の様子を見守る
数では負けるが警備兵相手ならなんの心配もない
“警備兵が相手なら”だけど…
ユリアの予想通りクラウドは難なく警備兵との戦闘を終えた
最後の一人を軽く薙ぎ払うと、高みの見物をしていたレノが盛大な溜め息を吐く
レノ:「あーあ、情けない」
言いながら軽い身のこなしでクラウドの前に降り立つと、レノは腰からロッドを抜いた
先程の蹴りの威力を思い出し、クラウドは剣を構えなおす
レノ:「かったるいけど、出番だぞ、と!」
ユリア:「うそ…」
目の前の光景に息を飲む
いくらソルジャー・1STとはいえ、タークスのエースには適うはずがない
…そう思っていた
レノ:「っはぁ、は…っ」
クラウド:「………」
床に膝をつき、荒い息を吐くレノを黙って見下ろすクラウド
まさかレノがやられるなんて……
レノの様子からも相当の深手を負っているのがわかる
もう、勝負はついた
肩の力が抜けるのを感じ、労いの言葉を掛けようとクラウドの方へ歩み寄ろうとした時、顔を上げたレノの顔が軽く引きつった
レノ:「誤解だぞ、と」
ユリア:「レノ?」
レノ:「オレはただ…」
レノの目線は自分には向けられていない
視線を受けているのは目の前に立っているクラウドで、その腕は頭上に大きく持ち上げられている
大剣のバスターソードを構えたまま
ユリア:「っクラウド!?」
慌てて飛び出し、手を伸ばす
相手はタークス、手負いであっても油断はできないかもしれない
でも、いくらなんでもやりすぎだ
後ろからも“クラウド!ちがう!!”と叫ぶエアリスの静止の声が聞こえる
が、クラウドに止まる様子はない
振りかぶられた剣は日の光を受けて残酷に輝いて見えた
ユリア:「クラウド、やめてっ!!」
精一杯伸ばした手がクラウドの腕に触れた瞬間、床から黒い霧が吹き上げてきた
クラウド:「ぅわっ!?」
ユリア:「えっ?!」
ふいに視界を覆った霧に驚いていると体がふわりと持ち上げられる
瞬間、強い風に押し流されるようにして体ごと後ろに吹き飛ばされた
何が起きているのかまったく分からない
飛ばされながらも正面にいたレノを見やると、ぱちりと目が合った
───「お前とは戦いたくないんだぞ、と」
え…?
哀しそうな顔でこちらを見ているレノの姿が脳内にちらつく
突然頭に流れ込んできた声と映像に驚いていると自分の口が自然と開く
ユリア:「花!踏むなよ!!」
そう叫んだ瞬間、目の前で扉が閉まった
同時に体のまわりにいた黒い霧のようなものも離れていく
投げ出されるようにして下ろされた体は思い切り床にぶつけたが、その痛みを気にするよりも混乱の方が大きかった
ユリア:「…どういう事だよ…」
自分たちをこの部屋まで運んできた正体、あの黒い浮遊体たちを呆然と見つめる
部屋一体を取り囲んでいる浮遊体の数はおびただしく、圧迫感のようなものを感じた
これだけの数に襲われたらさすがに勝てるかどうか分からない
分からないのだけれど……
クラウド:「こいつら……」
エアリス:「襲って、こないね…」
エアリスの言葉通り、黒い浮遊体たちは一向に襲ってくる気配がなかった
ユリアにとっては七番街スラムで道を作られた時のような、あの時同様の不思議な雰囲気を感じていた
あの何とも言えない気持ちを思い出しながら上空をうろついている浮遊体たちを眺めていると、目の前の扉がドン!と揺れた
警備兵:「おい!開けろ!」
ユリア:「うわ、来た…!」
緊迫した声に思わず身構えるも、扉はノブが動いているだけで開きそうにない
よく見ると、扉の前にはびっしりと浮遊体たちが貼り付いていた
ユリア:「…お前たちが押さえてくれてるのか?」
問いかけてみるも当たり前のように返答はない
扉の向こうからは警備兵たちの怒鳴り声が響いてくる
とりあえず、この浮遊体たちの気が変わらないうちにここから逃げよう!
クラウド:「ユリア、行くぞ」
ユリア:「うんっ」
クラウドに促され、扉に背を向ける
きっと扉の向こうにいるのであろう、かつての先輩の姿を頭の隅に追いやり、ユリアは2階に駆け上がった
警備兵:「レノさん!大丈夫ですか!?」
その声にハッと我に返る
確実に殺されると覚悟していた矢先に、相手は風に押し流されるようにして消えていった
何が起きたのか理解しようと思ったがそれはなかなか難しいことだった
こちらに声をかけてきた警備兵は隣にしゃがみ込むと、素早くケガの処置を始める
その手際の良さに感心しながらも、つい口は皮肉を吐き出す
レノ:「これが大丈夫に見えるかよ?」
警備兵:「あっ…す、すみません…」
レノ:「…悪い、冗談だぞ、と」
うなだれてしまった警備兵を励ますように笑いかけ、視線を教会の奥へとつながる扉に移した
残りの兵たちが扉を叩いたり押したりしているようだが開く様子はない
警備兵:「おい!開けろ!」
警備兵:「くっ…びくともしない…っ!」
明らかに苦戦している兵たちにレノは眉間に皺を寄せる
何をそこまで手こずっているのだろうか
あのソルジャー風情はともかく、あとの2人にそこまでの力があるはずは……
そこまで考えてレノは何かを思い出したように軽く目を見開き、すぐに細めて笑みを浮かべた
そうだな、お前はもう子どもじゃない
お前は……立派だぞ、と
立派すぎるくらいにな…
警備兵:「ぶち破るぞ!」
言いながら二人がかりで扉に体当たりをしている兵たちの声に、笑みを消す
すぐに扉は開かれ、教会の奥にある部屋の中が見えた
レノ:「さて、と…」
立ち上がろうとすると、隣にいた警備兵が慌てて肩を支えにきた
その助けを借りながら扉の向こうを覗く
が、そこには誰の姿も見えない
警備兵:「どこだ!!」
警備兵:「あそこだ!」
言うが早いか肩にかけていた銃で2階の廊下にいた目標を狙撃する兵に、レノは声を荒げた
レノ:「おい、撃つな!」
その声に狙撃は止まったが、エアリスの足元が崩れて彼女は階下に落下していった
2階には、驚いて下を覗き込むクラウドと、それを呆然と見ているユリア
それを横目に舌打ちをするとレノは一人の警備兵を睨みつける
レノ:「ケガなんかさせてみろ。お前…終わるぞ」
警備兵:「はっ!」
レノ:「目的は、保護」
傷つけず、安全に守ることがタークスに与えられている使命だ
決して“捕獲”ではない
と、2階の廊下で何かがきらりと光った
警備兵:「っ危ない!」
レノ:「ぉわ?!」
体を支えていた兵が突然動き出し、思わずバランスを崩すと足元に弾丸が撃ち込まれた
驚いて飛んできた方角を見ると、こちらに真っすぐ銃を向けているユリアと目が合う
その照準が自分に向いていると分かったレノの口角は自然と上がっていった
警備兵:「動くな!」
レノ:「だから撃つなって!」
警備兵:「しかし!」
先程注意したばかりの兵がユリアに向けて銃を構えたため、再び静止する
納得いかない様子の兵には目もくれず、レノはユリアをじっと見つめていた
レノ:「仲間のことはこっちで落とし前つけるぞ、と」
警備兵:「はぁ…」
理解できないと言いたげな声が返ってきたがレノはそれも気にせずに、黙ってユリアと睨みあっていた
突然タークスを抜けたユリアと再び会えた喜びと、頑なに何かを隠そうとしているユリアへの苛立ちが混ざり合って混乱しているのはレノ自身も感じていた
が、“ユリアは仲間だ”という思いが良くも悪くもブレーキとなり、こうして冷静でいられるし武器も向けられずにいる
でも、ユリアは違った
こちらに武器を向け、威嚇とはいえ攻撃を仕掛けてきた
───ユリア:「…強くなりたいんだ」
かつて光のない目でそう言っていた少女は、今、自分の目の前にいる
お前は、大切なものを守れる強さを…覚悟を持てたのか?
レノ:「見せてみろよ…」
“アイツ”を守りたいっていうお前の“覚悟”を
警備兵:「レノさんっ!」
レノ:「あ?なん、」
瞬間、派手な音を立てて目の前にシャンデリアが落とされた
無意識に視線をシャンデリアに移すと、頭上から“今だ!”という声がした
レノ:「しまった…!」
一瞬でもユリアから視線を外したことを後悔し、慌てて同じところを見上げるもすでにユリアはこちらに背を向けて駆け出していた
レノ:「あ、待っ…!痛って…っ」
遠ざかっていく背を思わず追おうとしたが、全身に痛みが駆け抜ける
そうだ…俺、満身創痍だったわ…
警備兵:「屋根裏へ逃げました。追いますか?」
クラウド達の動向を目で追っていた兵が駆け寄ってくるが、ゆるゆると首を横に振って答える
レノ:「いや、撤収だ」
警備兵:「いいんですか?」
レノ:「あとは相棒に任せるぞ、と」
相棒の方が、俺なんかよりよっぽど冷静に対応できる
それにまずは…
レノ:「報告、しないとな…」
さぁて、忙しくなるぞ、と!
漏れ出る笑みと傷の痛みに耐えながら、レノは教会を後にした
ユリア:「諦めたみたいだな」
屋根裏の床板の隙間から礼拝堂の様子を伺っていると、警備兵を先頭にレノ達が教会から立ち去っていくのが見えた
ふと、レノの後ろ姿を見送りながら先程のことを思い出す
クラウドから、シャンデリアを落とすまでの間少し時間稼ぎをしてほしいと言われたので警備兵に向かって威嚇射撃をした
しかし狙った兵が予想外に動いたので危うくレノに当たりかけた
…いや、危うくっていうのもおかしな話だけど…
それをどう捉えたのか、こちらを見上げたレノの瞳はぎらぎらとしていた
こちらを試すような、期待しているようで挑発しているような…嫌な感じだった
向こうの圧に飲み込まれかけた時にちょうどシャンデリアが落ちてくれたので本当に助かった…
あれ以上、不用意に引き金を引くことは嫌だった
でも、今後のことを考えるならレノに致命傷を負わせるぐらいはしておいた方がよかったのだと思う
…ボクは、どうしたかったのだろう…
───「お前、それでいいのか?」
レノに言われた言葉が頭の中でこだまする
うるさい…いいって言ってるだろ…
ボクは今のこの状況を気に入ってるんだ
───「もう一度聞くが、お前は本当に今のままでいいのか?」
…本当にいつまでもしつこい奴…!
クラウド:「ユリア、」
ユリア:「うるっさいなぁ!分かってるよ!!」
耳に入ってきた声に募った苛立ちを思い切りぶつけてからはた、と我に返る
あ、れ…?今の声…?
クラウド:「あ…その……」
声のした方を振り返ると、珍しく視線を泳がせているクラウドがいた
自分のしたことの申し訳なさと恥ずかしさで思わず固まっていると、クラウドは少し気まずそうに顔を逸らした
クラウド:「エアリスが、屋根の上から行こうって……それだけだ」
ユリア:「あ…、」
やっと声が出た時にはクラウドはこちらに背を向けて歩き出していた
…やってしまった……
はぁ、と溜め息を吐いて額を抑える
心なしか頭の中がずきずきと痛む気がする
自分で思っているよりも、レノに再会してしまったことの動揺は大きいらしい
二度と会うことはないと思っていたし、会うつもりもなかった
…会いたくなかった
ユリア:「こうなるのは分かってたのに…」
自分がタークスを、神羅を辞めた時点でレノと敵対することになるのは分かっていたし覚悟もしていた…つもりだった
いざその状況になると、ボクは………
エアリス:「ユリア?どうかした?」
いつまでも来ないのを心配してくれたのかエアリスが首を傾げながら戻ってきた
心配させないようにニコッと微笑んで首を横に振る
ユリア:「なんでもない、すぐ行く」
エアリス:「そう……」
何か言いたげなエアリスの視線に気付かないフリをして、屋根裏の窓から外に出た
遠くには支柱と思われるものが見えており、そこを目指して進んでいくと歩きながらエアリスから説明を受ける
クラウドは無言で先頭を歩いていく
微妙に気まずい空気が流れているような気がするが、エアリスはお構いなしにクラウドに話を振った
エアリス:「ねぇ、クラウド達はこれからどうするの?」
クラウド:「しばらくはボディガードだ」
エアリス:「ふふっ、そうでしたっ」
クラウド:「その後は、七番街のスラムに帰る」
伍番魔晄炉を爆破後、離れ離れになってしまったバレットとティファ
帰りを待ってくれているであろうアバランチのメンバー
アパートの大家のマーレさん
…あの街に残してきたものが多すぎる
ちゃんと、“ただいま”と言いたい人がたくさんいる
エアリス:「帰り道、わかる?」
クラウド:「あぁ」
どこか嘘くさいクラウドの返事にエアリスは訝しむように眉を寄せる
エアリス:「あやしい……ユリアは?」
ユリア:「あー、ボクはあんまり…」
この辺りの土地勘もないし、タークスの移動手段は基本ヘリかトラックだった
徒歩での移動は自信がない
適当に濁そうとすると、クラウドが“そういえば、”と口を開いた
クラウド:「さっきの男…あれは神羅カンパニーのタークスだ。タークスがあんたに何の用だ?」
そう言ってクラウドはエアリスに視線を向けるが、当のエアリスは“さぁ?”とわざとらしく首を傾げた
…たしかに、タークスとエアリスは何かしら関係を持っているように思える
でも、自分がタークスに在籍している間に彼女の話を聞いたことはなかった
エアリスっていったい…
エアリス:「ね、ユリア。タークスってソルジャー候補をスカウトするんでしょ?」
ユリア:「え?あ、あぁ…そうだけど…そういうのは大抵ボクより年上の人たちがやってたかな」
エアリス:「そうなんだ?じゃあユリアの仕事は?」
ユリア:「ボクは市内外の見回りとか討伐とか…っていうか、」
クラウド:「最初の質問に戻ろう」
どうしてボクがタークスだって分かったんだ?
そう聞こうとした言葉はクラウドに遮られた
クラウド:「あんたとあのタークスの関係は顔見知りに見えた」
エアリス:「ソルジャーの素質、わたし、すっごくあるのかも!」
クラウド:「…もういい」
エアリス:「あれ?怒った?」
あきれたようなクラウドと対照的にエアリスはにこにこと笑みを浮かべている
気が抜けてしまいそうな会話から早々にリタイアしたクラウドはそれ以上何も追及しなかった
もしくは、エアリスが何かを隠したがっているのを察したのだろう
無言で先を進んでいくクラウドとそれを早足で追いかけるエアリスの背中をじっと見つめているうちに、自然とユリアの歩みは遅くなっていった
ユリア:「エアリス…」
タークスとも繋がりがあるとは思わなかった
彼女からは…いろいろと聞きださなければいけない
エアリス自身のこと、タークスや神羅との関係、それから…
エアリス:「ユリア、大丈夫?」
ユリア:「ぅわっ!?」
至近距離に現れた顔に思わず後退ると、エアリスは腰に手を当て“ひどーい!”と頬を膨らませた
飛び跳ね続けている心臓をひとまず落ち着かせ、そっとエアリスに用件を尋ねる
ユリア:「どうかした…?」
エアリス:「それはこっちのセリフ!ユリア、ぼーっとしてて全然来ないから心配したんだよ?」
ユリア:「そ、そっか…、ごめん」
エアリス:「…ねぇ、どうかした?」
落ち着いた声色とこちらを気遣う表情に思わず言葉に詰まる
何も言えずに視線だけを泳がせていると、ふわりとエアリスの手が自分の両手を包んだ
エアリス:「思ってること、聞かせて?」
“ね?”と優しく微笑まれると不思議と気持ちが落ち着いていき、自然と口を開いていた
ユリア:「なんか、分からないことが多すぎて…。自分の気持ちも、まわりのことも…」
エアリス:「わたしのことも、だよね」
柔らかく問われ、ゆっくりと頷く
エアリスは小さく笑うと握っている手に軽く力をこめた
ユリア:「エアリ、」
エアリス:「ごめんね」
ユリア:「え…?」
エアリス:「わたしが、たくさん困らせちゃってるね」
ユリア:「そんなことないっ、ボクが」
エアリス:「ね、ユリア」
こちらの言葉に被せるようにして発された声はとても明るく、表情も同様に明るかった
エアリス:「あとで二人っきりでお話、しない?」
ユリア:「二人、きり…?」
エアリス:「そう。女の子、二人だけ。クラウドはなし!…どう?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを見るエアリスに思わず吹き出す
思ってもみなかった提案にひとしきり笑い、承諾するとエアリスはぴょんと跳ね上がった
エアリス:「ふふっ、やったぁ!楽しみだね」
ユリア:「うん、そうだね」
エアリス:「さて、クラウド、あんまり待たせると怒りそうだから行こっか」
ユリア:「あははっ、たしかに!」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭うと、エアリスはにっこりと微笑んだ
エアリス:「うん、ユリアはちゃんと笑ってた方がかわいい」
ユリア:「は…!?」
エアリス:「屋根裏部屋で声かけた時、すごく無理して笑ってたから。ちょっと気になってたんだ」
ユリア:「うん……」
エアリス:「でも!ユリア、ちゃんと笑えてるから大丈夫!かわいいかわいいっ」
ユリア:「ちょっ、と…!?」
頭をぐりぐりと撫でられ、恥ずかしさから逃れようとするもエアリスは楽しそうに笑っている
…こういうのも、悪くないのかもしれない
自分を押し殺していた力が少し緩んだ気がするけれど、おかげで息がしやすくなった…気がする
エアリスに手を引かれながらそんな調子で歩いていると、あっという間にクラウドのもとまで辿り着いた
ユリア:「えーっと、お待たせ…?」
クラウド:「あぁ…」
それだけ言って歩き出そうとするクラウドに思わず手が伸びた
伸びた手はクラウドの腕をしっかりと掴む
わぁ、クラウドって意外と筋肉あるんだな
クラウド:「どうし」
ユリア:「ごめんなさいっ」
クラウド:「え…?」
突然腕を掴まれたと思ったら今度はいきなり謝罪をされたせいか、クラウドは目をぱちぱちと瞬いている
でも、これはきちんと伝えたい
ユリア:「レノと…昔の同僚と会って、いろいろ言われて混乱して、イライラして…訳わかんなくて八つ当たりしました!」
クラウド:「………」
ユリア:「でも、ボクにとって大切なのは今だし、こうしてクラウドと一緒になんでも屋をすることだから」
クラウド:「そうか…」
ユリア:「うん。だから、これからもボクと一緒にいてくださいっ」
“よろしく!”と微笑むと、クラウドは軽く目を見開いて一瞬体を強張らせた
後ろではエアリスが“おぉ、大胆…”とよく分からないことを呟いている
クラウド:「そう、だな……こちらこそ、よろしく…」
ユリア:「うんうんっ!クラウドとはいいビジネスパートナーになれそうだ!」
クラウド:「ビジネス…」
ユリア:「ん?何か言った?」
不思議そうに首を傾げるユリアにクラウドはなんでもないという風に首を振った
ユリアはエアリスに駆け寄り、ニコニコと何かを話している
明るく笑っているユリアを見つめているうちにちっぽけな不満は消え去っていた
…なんでもいい、ユリアが一緒にいてくれるのなら
先程掴まれた腕が不思議と熱を帯びたように感じ、さり気なくその部分に触れる
この感情は、なんだろうな…
クラウドは小さく笑うと再び前を向いて歩き出した
07 終
2021.01.11
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