「お邪魔します」
「うん、部屋行っててー、飲み物持って行くから」

学校帰り、制服のまま月丘の家に行った。
月丘は先に帰宅して(でないと来れない)、部屋を片付けて待っていたらしい。
月丘は私服だった。短いジーパンとTシャツ。それに、学校では下ろしていた髪を結い上げている。
ポニーテールってなんか幼く見える。昔の月丘を見てるようで、なんか懐かしくなった。
それなのに、あの頃より雰囲気もスタイルも女らしくなってるから手に負えない。
ふっつーに家に上げてくれて、「今日おかーさんいないんだよねー」なんて言うもんだからもっと手に負えない。
これで彼氏いないなんて詐欺だ。相変わらず月丘の恋愛事情は、春休みに話したときと変わってないらしい。




「お土産は?」
「ポッキーとチップスター、とプリン」
「わあ!」
「月丘、これ好きだったよな」
「よく覚えてるね!」

月丘の好きなプリンを手渡してやると、月丘はほくほくしながらスプーンを手に取った。
覚えてるよ。心の中で呟いてみる。お前の好きだったものは、ちゃんと、全部。
中二のときから、俺たちはテスト前にお互いの家でよく勉強会をやっていた。
家を提供したほうが飲み物、お邪魔するほうがコンビニでお菓子を買って持ってくるのが俺たちのルール。
もう、この勉強会も一年ぶりくらいなのに、月丘が何も変わらず迎えてくれたのが嬉しい。

「高瀬って」
「ん?」
「わたしの家に来るとき絶対お菓子持ってきてくれるけど、自分の分買ってこないよね」
「別に、二人で食うじゃん」
「プリンのことだよー。わたしもらいっぱなしだよ」
「いいじゃん、おごられとけって」
「む」

「高瀬ってほんと優しい」月丘はそうぽつりと呟いた。顔も声も笑ってた。

「お前…わかってんの?狙ってんの?」
「え?なにを?」
「なんでもない」

あー。ほんと手に負えない。っつか俺か。俺がもう、こいつ好きすぎて手に負えないのか。
プリンを食べながらへらりと笑う月丘と目が合った。「ありがとう」「どーいたしまして」 ああ、 プリンお前そこ代われ。



「んー、頑張った!」
「数学はこれでまずまずか」
「あとは各自?」
「んー、もっかいやる?勉強会」
「高瀬がいいならやりたい」

嬉しいけど泣きそうになった。この天然め。鈍感め。
お前の中の俺は、どこまでも友達なんだよな。
俺が月丘のベッド座っても部屋の中ぐるぐる見回しても消しゴム無言で借りても、月丘はなにも文句を言わない。
ここまで意識されないと、たとえ俺が月丘のこと好きじゃなくても悲しくなんねーかな。
なのにこいつ、普通に「高瀬はかっこいい」とか「高瀬は優しい」とか言うし。

…どうやったら、俺のこと意識してくれんのかな。


外はだんだん暗くなっていた。六時半。ああ、秋なんだな。夏休みは七時まで、グラウンドの照明点かなかったから。
窓から入ってくる風も心なしか冷たい。「っくしゅ」 月丘が、小さくくしゃみをした。

「寒い?」
「んー、ちょっとだけ」
「窓閉めっか」
「それじゃあ、高瀬が暑くない?」
「俺はいいよ。ていうか暑くないし」
「そっか、あ、ありがとう!」
「いーよ、座ってなよ」

窓を閉めに立ち上がった俺に続けて、慌てて月丘も立ち上がった。
勝手知ったる月丘の部屋。別に、俺がうろちょろしようが月丘は気にしないと思った、けど

「あ、…俺?」
「え!ああ、ちょ、高瀬!」

窓を閉めて、右手側の壁にかかっていたコルクボード。
今より少し幼い、月丘や月丘の友達の写真。俺が知ってる顔も、知らない顔もいる。
そしてその中に、俺も、いた。しかも、結構たくさん。

「へー、これ懐かしい、中学んときの夏大の集合写真」
「あ、あうう」
「これ卒業式か」
「も、もうやめよ、高瀬」

写真を指差す俺の右手を掴みながら、月丘が恥ずかしそうに言った。
なんだ、こんなの、いつもの月丘なら平気そうにしてると思ったのに。
俯いてる月丘を見たら、ちょっと、イタズラ心が疼いた。

「なんで?恥ずかしい?」
「そりゃそうでしょ!昔の写真だし!」
「昔の俺、かっこいー」
「自分で言うか」
「ほんとは月丘に言ってもらいたい」
「う、う」

(おー、おぉ、なんか新鮮だぞ?)

かっこいいって、普段から言うじゃないか。
なんでか口ごもる月丘。これはもしかして、ちょっと、意識したか?

「今の高瀬は、か、かっこいいよ。誰が見ても」
「うん」
「否定しろ!なるしすと!」
「や、嬉しくてさ」
「…けど、昔の高瀬は、今みたいに固定ファンいなかったし」
「うん」
「言う人いなかったから。わたしも照れくさくて、言えなかったけど…」

俺が視線を月丘から全然外さないのを、月丘は目に見えて照れて焦っていた。
けど、口ごもりながら、赤くなりながら、言った。


「やっぱりかっこよかったと、思って。わたしだけ、知ってると思っ、…た、から。全然、写真、外せない、…の」


きっと、それは、その頃月丘が、俺のこと好きだったから。
だから「昔の俺」のこと話すとき、こんなに照れくさそうなんだ。余裕ないんだ。

でも、今の月丘は、今の俺のこと、好きじゃないんだ。


「…昔の俺に、今、超嫉妬してる」
「え…、なんで?」
「月丘にかっこいいって言われてんだもん」
「今の高瀬だってかっこいいよ」
「ああもう、だからそうさー…もうちょっと恥じらい持って言ってくんないと。テイク2」
「え、知らない!意味わかんない!」
「はは…いや、うんとな。中三くらいんとき、月丘、俺のこと好きだった?」

「え、えええ!?」月丘の顔から湯気が出た。くらいの勢いで赤くなった。

「な、なにゆって!!」
「ん?違った?」
「なんかむかつくんだけど!」

「どっちなんだよ」

ちょっと真面目な声で聞いてみた。
月丘は俺の腕を掴んだままだった。
俺はその手を握って、月丘の顔を覗きこんでみた。
どきどき、してくれっかな。

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