高瀬に「一緒に帰ろう」と言われてから約15分後。
制服に着替えた高瀬が、わたしの前に現れた。
高瀬がいちばん最初に出てきた。相当急いで着替えてくれたみたい。

「待たしてゴメン!」
「ううん」

わたしの控えめな笑顔に呼応するように、高瀬は弱々しい笑顔で応えた。




素っ気無くしたこと謝らなきゃ。
いつも通り話さなきゃ。
決意したのに、高瀬の顔を見ると出てこなくなってしまう。

「…っ」

高瀬に見えないように唇をかみ締める。
もうやだ。謝らなくちゃいけないことがどんどん増えてしまう。

「月丘」
「えっ、あ、なに?」
「今日、和さんが久々に練習見に来てさー、利央とかすっげぇテンション上がってて――」

高瀬は気を遣ってくれてるのか、たくさん話を振ってくれた。
和さんも利央くんも、高瀬が中学部から仲良くしてたから、わたしにもよくしてくれてる人たちだ。

高瀬のペースに乗せられ、わたしもだんだんいつものペースに戻っていった。



「じゃーな」

わたしの家の前まで、高瀬はわたしを送ってくれた。
そしてそこまで引いて来ていた自転車に跨って、高瀬は笑顔でわたしに手を振った。

わたしは振ろうとした手を顔の横まで上げてから――振れなかった。

「…どーかした?」
「……あの、高瀬」


「…、ごめんね」俯くように、高瀬に頭を下げて謝る。
高瀬は少し焦ったように、自転車を降りてわたしに一歩近寄った。

「はっ?なに?なんで?」
「き、昨日の朝とか、図書室とか、…わたし、態度変で、」

「…あー…」思い出したように高瀬はそう漏らした。

「…いいよ」
「…ほんとに?」

全然「いいよ」って表情じゃない。
わたしが高瀬の顔を思わずじっと見つめると、高瀬は少し赤くなって顔を逸らした。

…ひ、ひるむな、わたし。

「……わたしが…その…今まで通りの関係がいいって…言ったのに、できなくて、」

あーもう。なんて恥ずかしいこと言ってるんだ。
今度は、高瀬がわたしの顔を見つめていた。

「高瀬が、わ、わたしの コト、すきだって、好きなんだって思ったら、思うように、話せなくなって」
「……」
「…ごめ… 自意識カジョーかもって、わかってるのに、ごめん ね」

恥ずかしくて、顔を上げられない。
子どもじゃあるまいし。いつまでも純情カップルなんて、今どき小学生でもないんじゃないか。
まぁ、高瀬は違うっぽいし、わたしだけガキんちょなのがいけないんだけど。

恐る恐る高瀬の顔色を伺おうと顔を上げた。
高瀬は、いなかった。

「…エ?」

わたしが間抜けな声を漏らすと、足元から高瀬のため息が聞こえた。
驚いて下を見ると、高瀬がしゃがみ込んでいた。

「ひゃ!?」
「〜〜〜… 月丘さ…」

でっかいくせに、ヤンキー座りのくせに、男のくせに。
頭をがしがしと掻きながら上目遣いでわたしを見上げる高瀬は、なんともいえない可愛さだった。

「ジュンジョー過ぎんだろ」
「う、 ごめんなさい…」
「いいよ、可愛いもん」

不意をつかれた。自分の顔が赤くなる音が聞こえた、ような気がした。

「素っ気無くしたって言ったけど、俺のこと、嫌いになった…とかじゃないんだよな?」
「そんなことっ…!」
「そんなこと?」
「あ、あるわけないじゃんか」

ああもう、勢いで言ってしまえ!
威嚇するような目つきで高瀬を見据えながら、でもやっぱり恥ずかしくなって、目を逸らして言った。


「よかった」


高瀬の安心しきった笑顔に、心臓が、大きく跳ね上がった。
今までこんなことなかった。こんなのおかしい。

早く治まって、お願い、…おねがい、だから。

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