洗濯場の、乾燥機の終了を告げるアラームが鳴る。
みちるはカゴを持って洗濯場に入室すると、間もなく停止する乾燥機の丸い窓を見つめ、その場にしゃがみ込んだ。

時刻はもう夕方だ。
浴室をいつでも使用できる状態にするために、乾燥機にかけたタオルを折り畳み、定位置に運ばなくてはならない。
みちるは完全に停止した乾燥機を確認すると、扉を開け中のタオルを取りだした。あたたかくふわふわとした感触が心地良い。

「………」

カゴにタオルを押し込みながら、ふと視線を下げる。
みちるの頭に浮かぶのは、修行を見て食堂に戻ってきた京子とハルの言葉だ。

二人は、自分たちなりに状況を把握しようと試みたが、やはりツナたちに説明を求めることにした。
今夜、夕食後の修行がひと段落するタイミングを見計らい、トレーニングルームへ赴き、自分たちの思いを伝えた上で、彼らにも状況の説明を求める。
みちるの本心は、京子とハルの思いの邪魔をしたくないということだ。
その場に自分が居合わせるとして、ツナたちボンゴレ側の視線が気にならないといえば、嘘になってしまう。
だが、もう自分を守って後悔するのは嫌だ。
ツナたちのことも、京子とハルのことも、信じている気持ちは本物だ。
みちる自身の中の不安ごと、しっかり向き合い考える。言葉を伝えるべきタイミングで間違えるのが恐ろしいのならば、今の自分のことを繰り返し考え理解することだ。
自信がないからできないのではなく、挑戦して自信をつけていくしかないのだ。

「おっ、いたいた。探したぜ、みちる」

浴室の扉を閉め廊下に出てきたみちるを呼び止める声に、みちるははっと顔を上げた。
エレベーターの前からみちるのほうへ歩いてくる人影があった。人懐こい笑顔を浮かべるディーノだ。

「ディーノさん。どうかしましたか?」

ディーノは日中ほとんどツナたちの居住スペースには顔を出さないため、必然的にみちるも顔を合わせる機会が減っていた。
探される理由に思い当たらないみちるは、眼前に立ち止まったディーノに向けて僅かに首を傾げる。

「これから恭弥と草壁とロマーリオと一緒に飯に出る、みちるも来ないか?」

思いもかけない誘いに、みちるは「えっ?」と驚嘆の声を漏らし目をまるくする。

「恭弥のこと見張っててくれよ」
「え、え」

みちるの返事を待たず、やたらとハードルの高いミッションを課せられる。
みちるはおろおろと瞬きを繰り返すばかりで、ディーノはみちるの中の疑問と動揺を感じ取り、軽快に笑った。

「…なんてな。みちるがいれば、あいつも消えねーと思ってさ」

みちるははあ…と、にわかに納得のいかない反応をする。
ディーノは無邪気な笑みを深めると、「思ったより元気そうだな」と言った。何の話だろうか。

「リボーンに聞いた。ハルと京子がまさかそんな強硬手段に出るなんてなぁ」
「あっ、……そうですか…」
「大丈夫か?」

どうやらディーノは、みちるを心配していたようだ。
先回りしてあれこれと心配したり不安になったりするみちるの性分よく知る兄貴分は、自らみちるの様子を確認すべく探し回っていてくれたのだろうかと、みちるは胸があたたかくなる心地がした。

「………はい」
「お。……大丈夫そうだな」

ディーノが歯を見せて笑ったので、みちるも思わず微笑み返した。

「あの、これから食堂で、みんなで夕飯を……」

ディーノの外食の誘いは間違いなく夕食のことだろう。
しかし、みちるが家事の一端を担っていることを、ディーノが知らないはずはない。
それでもみちるの正面に立つディーノは笑顔を崩さない。
みちるはやがて肩を竦め、「……はい。行きます」と答えた。

(わたしのこと心配してくれて、誘ってくれたんだよね。……優しいな)

自室に戻り羽織ものを引っ掴むと、みちるはディーノの背中を追いかけついていった。
食堂と作戦室に顔を出し、京子とハル、リボーン、フゥ太に事情を話すと、皆一様に笑顔で見送ってくれた。

京子たちのボイコット作戦がどういう顛末を迎えるか、見届けられないかもしれない。
それでも、きっと自分はその場で意思を伝えることはできないだろう。みちるは、それだけは確かな気がした。
“どっちつかず”が、現時点でのみちるの答えだ。
そして、ツナたちの生活の輪の中に入っていかない者もいる。雲雀や、ディーノや、入江正一がそうだ。
もうとっくに、自分はその輪の中で役割を果たしている。それでも、雲雀や正一も戦闘員として白蘭たちと戦ってくれている仲間だ。
それならば、自分がボンゴレを支えるディーノの手伝いをすることも、決して無関係なことではないはずだ。

(雲雀さんのこと見張るって、どういうことだろ……)

果たして手伝いなのか。
それとも、本当に単なるディーノの口から出まかせで、みちるを連れ出す口実でしかないのだろうか。



「おー、ボス、みちる嬢。さっさと行こうぜ」

エレベーターを降りると、地上へ続く出入口の近くに、ロマーリオと草壁が立っていた。
ロマーリオが手を上げてひらひらと左右に振っている。ディーノが悪い悪いと声をかけ、みちるは小さく会釈で応えた。
草壁の影に、ぶすくれた表情の雲雀が腕を組んで立っていた。みちるの存在に気付くと一瞬だけ視線を向けたが、すぐに逸らされる。

(……よく考えなくても、気まずいかも……)

過去に何度仕出かしたかわからないが、みちるが雲雀の前から逃走したのはつい二日前の話だ。
雲雀の姿を視界に認めた瞬間、彼のあたたかい腕の中の感触がみちるの中に舞い戻り、みちるは黙ったまま視線を地面に向けた。



* * *



「恭弥、なんだよ。ここ座れって言ったのに」
「貴方の言うことなんか聞かないよ」

ディーノに連れていかれた先は、カウンターバーのある欧風の居酒屋だった。
すっかり意気投合した様子の草壁とロマーリオは、さっさと二人でカウンターの背の高い椅子に陣取っている。

ローテーブルの四人掛けの席で、ディーノはみちるに奥に座るよう促し、自身は雲雀に隣に座れと声をかけながら、みちるの正面に腰かけた。
雲雀はディーノの言葉を華麗にスルーすると、みちるの座ったソファの端に躊躇なく腰を下ろした。
ディーノは「ま、そーだよなぁ」と特に残念がる様子も見せなかったが、みちるは驚きつつ、内心で悲鳴を上げていた。
幸いにも大きなソファ席で、雲雀との間には一人分ほど空間がある。

「好きなもの食べていいぞ」
「年寄り臭いね」
「恭弥おまえな〜。ありがとうぐらい言えねーのか」
「そっちが勝手に連れてきたくせに。この娘まで」

まさか雲雀に言及されるとは夢にも思っていなかったみちるは、素早く顔を上げて雲雀の横顔を見つめた。
口が開きっぱなしになっていたようで、ディーノに笑われた。当の雲雀は、口に出したくせにみちるのほうは全く見ていない。

「急に悪かったな、みちる。俺がみちるとメシ食いたくなってなぁ。まぁイタリアでいつも一緒に食ってたけど」
「不快。本当に年寄り臭い。やめてくれる?」

拍子抜けするくらい穏やかな空気の流れるディーノと雲雀の二人を交互に見つめ、みちるは徐々に緊張がほぐれていくのを感じていた。
とはいえ、二人の応酬は(主に雲雀のせいで)よく空気がピリつくので、みちるは気が気でない。
ろくに口を挟むこともできないまま時間だけが流れ、オーダーを取りに店員がやってきた。
みちるはまごつきながら、ディーノに続いて、自分と雲雀の分の注文を伝えた。

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