獄寺隼人は聡明だが、慎重かといえば首を傾げる部分がある。
理論的だが熱くなりやすく、すぐに憎まれ口が飛びだすので、周囲との口論も日常茶飯事だ。
普段はそんな彼と周囲とのストッパー役として、山本が冷静に状況を見ている構図が多い。
獄寺をして“野球馬鹿”である山本が、未来に来てすぐに獄寺の右腕としての在り方に苦言を呈したのは、獄寺にとっては衝撃的な出来事だった。

自分は山本を下に見ていたのだと、認めざるを得なかった。
そして、それでは右腕としては失格なのだとも。
右腕として、好敵手として同等であると認めるわけにはいかない。誰よりもツナの近くで彼に付き従うために、誰よりも強くなければならない。
だが、仲間として関わり合っていく時、それは考え方の根本が間違っていたのだ。
正面切って突きつけられると、獄寺は何も言葉が出なかった。

獄寺は、正面に立つ山本を忌々し気に睨みつけていた。
山本は今、千崎みちるとの距離の詰め方に不安を抱え、悩んでいる。
獄寺はどうにも落ち着かない心地だった。山本はいつだって目の前の人物に臆さず、懐にスッと入っていくことができる器用な人間だ。
自分とは生きてきた経験が違う。それを上か下かに分類するつもりはない。羨ましいとも思わない。
だが、山本の悩みの中心はみちるだ。それを、どうでもいいと切り捨てる気には、獄寺はなれなかった。

背中を押すつもりなど毛頭ない。
だが、みちるへの認識を間違えているのであれば、黙っている気にはなれない。

いつだって誰にでも心を許し、受け入れられる山本が、みちるのことでひどく臆病になり足踏みしている。
失敗をしたくないのだろうと、獄寺は思い至る。それがひどく腹が立つ。

「……千崎は、そんな無責任な奴じゃねえだろ」

獄寺の声に、山本が顔を上げた。
その言葉から、なんらかの本意を読み取ろうとしている。
腹が立つ。こいつは決して馬鹿じゃない。獄寺はそんな感情が言葉に滲む感覚があった。イライラしながら言葉を続けた。

「なんなんだよ、てめぇ。アイツの気持ちばっか考えてうじうじして、それで優しいつもりかよ」

獄寺は、二人の会話の状況を全て聞いたわけではない。
だが、山本と同じ気持ちを抱いているからこそ、想像するのは難しくはなかった。

「行くって千崎が決めたんだろ、なんでその言葉を信頼してやんねえんだよ」

みちるは、山本と仲が良い。腹立たしいほどに。
おそらく山本を“怖い”とは微塵も考えていないだろう。
山本が怒ったり、何かを否定したり、そんな場面があったとして、山本はすぐに折れるだろうし、笑顔を浮かべて話し合いを提案するのだろう。
ひょっとしたら、みちるが気遣いを見せたのかもしれない。山本の動揺と「みちるが困ってしまった」という台詞から、当たらずとも遠からずといったところだろうと、獄寺は見当を付けた。

「いいか、選ぶのはてめえじゃねえ、千崎なんだよ」

それでも、彼女はいい加減な気持ちで山本と向き合ったりはしない。
獄寺の中で、それだけは確かだった。口が裂けても山本に教えてやりたくはないが、みちるへの信頼として、そこは確信があった。

「ムカつくんだよ!てめーはなんでもできるくせに、いつでも輪の中にいるくせに、ろくに考えなくても、誰にでも好かれるくせによ!」

獄寺が声を荒げた。
心の底からムカつく、そう思った。
千崎みちるの信頼や笑顔や、彼女が一番危なかった時に手を握る権利を、期待を、彼女自身からだけでなく、周りからも期待され、全てを手に入れてきたというのに。

「なんでアイツのことでそんなグズグズしてんだよ、てめえなんか、さっさと空回って嫌われろよ」

そのグズグズは、山本が前に進むためにおそらく必要なものなのだ。遠回りなどでは決してない。
千崎みちるを大切に思う心が、山本を迷わせている。獄寺は痛いほどにわかってしまう。自分も同じだからだ。

「……ありがとな、獄寺はやっぱり、すげーよ」

少しの沈黙が二人の間に落ちた後、山本は小さな声でそう言った。
獄寺は返事の代わりに舌打ちをした。これで山本はまた前を向くのだろう。気に入らない。

「意味わかんねーんだよ。言っとっけど、千崎がマジで困ってんなら行かせねーからな」
「………それは勘弁してくれ」

獄寺は肩を竦めて食い下がる山本をじろりとひと睨みした後、その場を去った。
背中を押したつもりはない。山本とみちるが決めたことだ。
ただ、みちるの本心を深く考えて思い悩む山本を、少し意外に思い、毒気を抜かれた自分が気まぐれを起こしたに過ぎない。
そして自分は、いつでもみちるなりに懸命に考え答えを出し前を向く、そんな彼女の姿を思い浮かべ、庇っただけだ。
あくまでも、みちるを。



一方その頃、まさか自分がそんな話の中心にいるとは夢にも思わない千崎みちるは、複数の袋を肩に下げ、各フロアを歩き回っていた。
袋の中には、洗濯・乾燥が終わった衣類やタオルが、畳まれた状態で収まっていた。
地下六階と七階にまたがる居住スペースへ出向き、衣類はそれぞれの持ち主の元へ、タオルは浴場脱衣所のタオル置き場へ戻すのだ。

「……ほんとに開いてる」

沢田綱吉、と書かれた部屋のドアをスライドさせると、あっけなく扉は開いた。
未来へ来て間もない頃は、食堂や脱衣所で衣類を入れた袋を手渡すシステムだったが、やがて誰かが面倒になり「部屋のドアは開いているから放り込んでおいてくれ」と口にしたことをきっかけに、ツナたち男性陣の衣類は、それぞれの部屋のベッドに置かれることとなった。
家事手伝いのおばちゃん(そんな人材はここにはいないのだが)ならともかく、同世代のクラスメイトの女子を相手にそれで良いのだろうか。
それだけ目の前の戦いに必死なのだろうと、みちるは考えを改める努力はしてみるのだが。
そんな調子で、みちるは無駄にドキドキしながら、見知った男子の衣類入りの袋を届けに回ったのだった。

「千崎」

最後に獄寺の部屋を出た瞬間に声をかけられ、みちるは反射的に「はいっ!?」と背筋を伸ばして答えた。
声のした方向へ視線を向けると、獄寺が歩いて近寄ってくるところだった。

「なんだよ、別に怒ってねーよ。服だろ?」
「あ、そ、そう……なら安心した」

部屋から出てきたことを咎められるかと、みちるは一瞬身構えたが、獄寺がそう言葉を続けたので、みちるはへらりと苦笑いを浮かべた。
獄寺はみちるの呑気な表情を見て、ほんの少し口許を緩めた。

「ごめんね、部屋に用だった?」
「そういうわけじゃねえよ。ただ、見かけたから声かけた」
「そうなんだ…、」

みちるは返事に困り、どぎまぎしながら言葉を探した。

「修行は?順調?」
「まーな」
「よかった」

みちるのその言葉に、獄寺はおうと答えた。
みちるは手持無沙汰に、自身の両手を身体の前で握り合わせながら、獄寺の次の言葉を待っていた。
獄寺はみちるの挙動を眺め、手の中に荷物がないことに気付くと、「ちょっとツラ貸せよ」と声をかけた。

「……いいけど、言い方が物騒」
「うるせーな。別になんでもいいだろ」
「そうだね」

みちるの笑顔を見届けると、獄寺はくるりと踵を返した。
みちるは歩き出した獄寺の背中を追って、一歩後ろを歩き始めた。

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