和風なつくりの内装でありながら、あちこちが近未来的で、それが見事に調和している。
あたたかみとクールさが融合し、隙のない雰囲気が、雲雀によく似合う。
そんな感じがするとみちるは考えながら、落ち着きなく周囲に視線を走らせながら、廊下を一歩ずつ進んでいった。

アジトというだけあり、並んだ部屋は居住のための空間だけではない。
雲雀が入っていった部屋はどこだろうかと、みちるは草壁から聞いた居室の特徴を頭に思い浮かべながら、じっくりと両側の壁を注視した。
そしてふと、ある扉の前で、ここかもしれないと直感した。
質感は冷たい金属のようだが、外観は襖を模している。
襖に手をかける要領で扉のノブと思しき場所に手を添えると、スムーズな音を立てて扉がスライドし、みちるを迎え入れた。

一歩踏み込んだ先は、高級旅館の和室の入口にしつらえた土間のような空間だった。
一段高い位置につるりとした木造の床がある。
その奥は本物の襖があり、玄関口と室内を隔てている。

みちるが呆然と突っ立っていると、襖の向こうから、雲雀が顔を出した。

「あ……、あ、あの、」

雲雀の視線を受け、ぎしりと、みちるの肩が緊張に強張る。
何か言わなくてはと口から零れ出た音は、なんの意味ももたないものばかりだ。

「……扉が開く音がしたから」
「へっ!?あっ…そ、そうですよね、すみません、えっと勝手に入って…っ」

早速、会いづらいと思っていた気持ちが、そのまま言動に出ている。
落ち着こうにも焦ってしまう、雲雀の目を見られない。みちるはどんどん、この場から消えたい思いが大きくなっていた。

「……別に、いいよ。そのドア、鍵のかけ方もわからない」

雲雀はそっけなくそう言うと、みちるに背を向けた。
みちるは動きを止めその背中を見つめた。すると雲雀は襖に手をかけながら、ちらりとみちるを振り返った。

「入りなよ」
「………」
「きみ、こう言わないとそこから動かないでしょ」

言い終えると、雲雀は今度こそ襖の向こう側へ姿を消した。
みちるは呆気にとられ固まっていたが、やがてハッと我に返ると、履いていたスニーカーを脱いで、端に寄せた。

想像に反し、あまり広くない部屋だった。
畳敷きの空間には座卓の一つもないがシンプルなデザインの欄間から光が差し込み、廊下の印象とは違い室内は明るい。
みちるは興味深げに周囲を見回していたが、雲雀に「きみ一人?」と声をかけられ、すぐに現実に引き戻された。

「はい」
「そう」

短いやり取りの後、沈黙が二人の間に落ちる。
雲雀は部屋の端から座布団を見つけてくるとさっさと畳の上に放り、そして「お茶が飲みたい」と一言。

「え?」
「そっちの部屋。台所になってる」

言われて、みちるは雲雀が目線で指し示した方向の襖に近づき、手をかけそっと横にずらした。
そこには簡素な水回りがあった。台所というより、給湯室といった感じだ。

雲雀は立ち入りを許可してくれたとみて間違いないだろう、そう判断したみちるは流し台の前まで歩いていくと、急須や湯呑みを探すべくきょろきょろと周囲を見回した。
ガスコンロの脇に置かれていた薬缶を手に取ると、くるりと雲雀を振り返った。

「お茶入れます。使っていいですか?」
「僕が許可を出すものなのかな」
「雲雀さんのお部屋だって聞きましたよ。さっき、草壁さんに」

雲雀はみちると視線を合わせると、言った。「僕もそう聞いたよ」
みちるはその言葉を了承ととり、にこりと笑って応えた。
すんなり会話が続くのは、なんとなく久しぶりな気がして嬉しく思った。



「あ、あの。お久しぶりです」
「どこにいたの、今まで」

みちるが茶托に載せた湯呑を雲雀の前に置き、自身も正面の座布団に座すと、間髪入れず雲雀からその言葉が飛んだ。
みちるは落ち着く間もなく、雲雀の顔を見つめたまま目をまるくした。
追い返されることも覚悟の上でここに来た。
雲雀が自身の不在について気に留めているはずがないと、思い込んでいたから。

「一昨日まで、イタリアに……。ディーノさんのお屋敷に飛ばされたので、そこでお世話になっていました」

雲雀は伏していた視線を僅かに上げた。射抜かれるように、みちるの視線と絡み合う。
どう甘めに見積もっても機嫌が良さそうではない――みちるは直感的に背筋を伸ばした。
雲雀の口から、その次の言葉が紡がれることはなかった。
話を聞いてくれるつもりなのかもしれない。そう判断したみちるは、僅かに手が震えるのを感じながら、口を開いた。

「この間は、すみませんでした」

応えるように、雲雀が再び顔を上げた。鋭い眼光が突き刺さる感覚があった。
「それ、何に対する謝罪なの?」と雲雀が問いかけた。

「別にケンカしたわけじゃない。なんで謝るの?僕が怖いから?」

雲雀は、はぐらかすことも、いつの話かと追求することもなく、穏やかに言った。
だが、その声音と表情には苛立ちが滲んでいるように、みちるは感じた。

「……違います」

急いて誤解されるような会話をしたくない。
雲雀が気が長いほうではないことは重々承知の上で、みちるは慎重に、伝えたい言葉を考えた。
雲雀は、そんなみちるを急かすことはなく、ただ待っていてくれた。

「雲雀さんは……わたしのこと、泣いてばかりだって言いました」

大切な仲間の不在に耐えられず、不安で仕方がなくて、落ちる涙を止める術を知らなかった。
あの日、自身が雲雀の元を訪ねたのは、勝手に自分自身の無力さに落ち込んで、強い雲雀に、甘えを察してほしかったからだ。
助けてって言えば良かったのか。その答えは、今ではもうわからないけれど。

一人の時間に、何度決意したかわからない、
そして、決意だけしたってあまり意味がないことも、なんとなく気付いている。
それでもあの時間は絶対に無駄ではなかった。
無駄ではなかったという結果にするには、これからの自分次第。

みちるは雲雀に伝えた。
何もできないけれど、イタリアで出会ったたくさんの人が、わたしにありがとうと伝えてくれたこと。
誰も、何もできないなんて言わなかった。何もできないことを、責める人など今までいなかった。
……わたしは本当に、何もしていないというのに。

「甘えてばかりで、ごめんなさい。また泣くかもしれないけど、ちゃんと、できることを探していきます」

これも決意で、自分との約束だった。
雲雀が自分のことなどさほど意に介していないことは理解している。
それでも雲雀が、ツナたちをはじめとして、よく相手を理解していることや、みちるとの会話をよく覚えていることに、みちるは何度も驚かされた。
だから、きちんと伝えておきたいと思ったのだ。

「きみが泣き虫なのは、ずっと前から知ってる」

ともすれば深刻な表情のみちるに対して、雲雀はさらりと、そう言ってのけた。
事態はみちるが考えているよりも大事ではないと、言外に気遣っているかのように。
みちるは「へっ?」と間抜けな反応を示した。

「どうだっていいことだよ。きみが目の前で泣いていようと、どうするかは僕が決める」
「そ……そう、でしたか……」
「だからきみも、好きにしなよ」

どきんと、みちるは心臓が高鳴るのを感じた。
雲雀は並中、いや並盛町最強の不良だ。名前を聞いただけで震えあがる人間を、みちるは何人も見てきた。
逆らわぬよう、機嫌を損ねないよう、気を付けて然るべき。それが雲雀恭弥に近づく者のセオリー。
――だったはず、なのだが。

「僕がきみを応接室に入れたんだ。きみがそこで泣こうが喚こうがどうでもいい。気に入らなかったらとっくに咬み殺してる」

みちるの心拍がスピードを増した。別の意味で。
自分だって、咬み殺される可能性はゼロではなかった。だが、今のところ被害はない。
出会った頃と比べると、随分気を許してくれるようになったと思う。

ことん、と軽い音を立てて、雲雀が湯呑を茶托に置いた。
空になってしまったそれを目にすると、みちるはゆるりと微笑んで、茶托に手を伸ばして自身のほうへ引き寄せた。
「片づけますね」、そう言って立ち上がると、雲雀に笑いかけ、呟いた。

「ありがとうございます。聞いてもらえて、嬉しかったです」
「そう」

雲雀はもう、みちるのほうを見ていなかった。
そのくらいでいいと、みちるは思う。誰にも何にも捉われず、自由気ままが雲雀らしい。
固執と結びつかないからこそ、みちる自身も楽な気持ちで、彼のもとを訪れることができる。

二人分の湯呑を手に、シンクの前に歩を進めるみちるの背中を、雲雀はその場から見送っていた。
少なくともみちるは、そう思いこんでいた。

「だけどきみも、僕の部屋に入るんだったら、少しは覚悟したほうがいい」

雲雀の言動は予想がつかない。
何度も身に染みているはずなのにと、みちるは再度、思い知ることとなる。

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