自宅に着くまでの残りの帰途は、ぽつぽつと会話が続いた。

獄寺は遅い起床の後、家のことをしたりダイナマイトの手入れをしていたら、もう祝勝会に向かう時間になっていたとか。
そんなよくある「今日一日何していたの?」という質問が、獄寺の「お前は?」という質問返しによって今、ブーメランとなってみちるにぶっ刺さっていた。

「あー……えっと。7時くらいに起きたかな?」
「ふーん。で?」
「……お母さんとお父さんと、ご飯を食べて……」

その後は、山本と一緒に買い出しに行った。
というか、言っていないだけで、起きた時も食事の前も、山本との思い出だらけだ。今日に関して言えば。
どこから話し始めようとしても、今日はずっと山本と一緒だったことは明白で、彼の存在を隠して獄寺に語ることなど不可能だ。
山本大嫌いな獄寺に、どう話すべきか、みちるは懸命に考えていたのだが。

「で、山本はいつお前んとこ行った?」

残念ながら、獄寺はむしろ聞く気満々だった。
みちるは白旗を上げるような心地で、「それを聞いてどうするの……?」と力なく聞き返した。

「……アイツは絶対言わねえ。お前がこうやって戻ってきたのが、自分の力だなんて」
「……え……?」
「お前が倒れた時……アイツが、近くにいさせてほしいって言ったんだよ。……10代目もリボーンさんも、それを聞き入れた」

みちるは獄寺の言葉を黙って聞いていた。
みちるが山本の存在を認識したのは今朝目覚めた時だ。
だが、両親から、中山外科医院にいた時も、自宅に戻ってきた後も、山本がずっと傍についていてくれたのだと聞いた。

「正解はわかんねえけど、山本に与えられた役割なのかもしれないって、リボーンさんは言った」

山本がみちるにしていたのは、手を握って声をかけて、傍に控えること。それだけだった。
意識のないみちるは自身の中の精神世界で骸と邂逅し、スイに別れを告げ……その間、外から山本の存在を感じたことなど一度もない。
山本に精神世界の話はしたが、山本がみちるに声をかけていてくれたことなど、山本本人は一言も言わなかったのだから、みちるは知る由もないことだった。


リボーンが山本の役割だと言ったとして、リボーン自身も確信がない話ではあった。
それが正しいかどうかは、その時には誰にもわからなかった。
しかし今、結果として自分たちの前にある。みちるは生きていて、無事に目を覚まして、また彼らと共に過ごす時間を手に入れたのだ。

「…………山本くんの役割だったかどうかは、わたしにも、わからないけど……」

みちるが、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「山本くんや……獄寺くんや、沢田くんやリボーンくん、みんながいてくれたおかげだよ」

ランボくんや、京子ちゃんやハルちゃん……その他にも、祝勝会に来てくれた全員。
そして雲雀さんや、背中を押してくれた骸さんや、クロームちゃんも。
そんな大切で大好きな、みんなとの絆があったから。
全部がこの世界への「未練」であり「欲」だったから、戻ってきたのだと、みちるは言った。

「…………」
「………………」

獄寺の返事はない。
それ以上、どんな答えを用意すべきなのか、みちるにはもう見当もつかない。
獄寺の欲しい答えがあるのだろうか。そんな可能性に行き着くも、みちるには獄寺の考えがわからない。

「…………何言っても女々しくて嫌になるんだけど」
「……?」
「もし俺が近くにいたら……どうだったんだろうって、考えちまうんだよ」

獄寺の声音は、至極冷静なものだった。
だが内容は、みちるにとっては心を大きく揺さぶるもので、彼女の背中を悪寒にも似た甘い痺れが走った。
獄寺の手がみちるの手を包む力が、僅かに強くなった。
かさついていた男らしい獄寺の手が、少しだけ湿り気を帯びている。果たして、これは獄寺の汗か。それとも緊張に冷や汗を流すみちるのものか。

「………っご、獄寺くんが、」
「…………」
「……もし、獄寺くんだったとしても……わたしはきっと戻って…」

それはみちるの本心でもあったし、どこか他人事のように考える無責任な言葉でもあった。
みちるはもう勘弁してほしいと思っていたし、できるだけ誠実に答えたいとも思った。

「…ッ、そういう話じゃねえ……、くそっ、ああもう」

次の瞬間、獄寺は実に獄寺らしく、イラつきを隠そうともせず声を荒げた。

「俺が!傍にいたかったんだよ!お前の!……山本の野郎なんかじゃなくて!!」

夜の商店街ということも忘れて、獄寺は大声で、感情的にみちるに言葉をぶつけた。
いつの間にか足を止めた獄寺の手は、一層強い力でみちるの手を握っている。どこへも逃がさないと、全身で訴えていた。
目つきが悪い獄寺の勢い任せの言葉と視線は、それはそれは迫力を纏って、まっすぐみちるに届いている。

「……千崎が、目が覚めた時、いちばん最初に会いたかった」

――やめて、それ以上言わないで。
みちるは心の中で必死に抵抗をしていた。獄寺の強くて、とびきり甘い感情の嵐にのまれぬ様にと。

「山本の野郎が、お前の隣にいるなんて、考えただけではらわたが煮えくり返る……」

みちるは、言い返したい言葉のひとつも、声にのせることができないでいた。
自分は言葉を聞いているだけなのに恥ずかしくてたまらない。走ってこの場から逃げ出したい。
だがそんな不誠実な行為を実行できるほど、みちるは身勝手でも、獄寺のことがどうでもいいわけでもない。

心臓の音が、全身の血が巡る熱が、みちるの身体を体内から攻め立てているかのように。
みちるは、夕方に山本の前でそうなったように、ふわふわと不思議な感覚に支配されていた。
指先が、耳のあたりがぞわぞわと痺れて、力が抜けていくような感覚。

獄寺くんがわたしにふれているのは、左手だけなのに。なに、これ。怖い……

みちるが逃げを打つように、反射的に視線を落として、足を一歩引こうとした。
手を握ったままの獄寺がそれに気付かないわけがなく、また大人しく逃がそうとするわけもなく。

「……千崎?」
「…ひ、あ、や……っやだ」

蚊の鳴くような声量だったが、獄寺には聞こえた。
みちるの「やだ」という、拒絶と取れる短い一言が。

冷や水を浴びせられたように、獄寺は一瞬にして我に返ると、パッとみちるの手を放した。

「……あ」

その、口から自然に漏れた声は、みちるの驚きの言葉だった。
そして不覚にも、そのままみちるは獄寺の顔を、見上げてしまった。
どうして放すの――物欲しそうな口唇が、少女の潤んだ瞳が、そう訴えかけてくるようにしか、獄寺は見えなかった。
自分に都合の良い幻かもしれない……聡明な獄寺は、瞬時にそうも考えたが、それで次の行動を理性で覆い隠せるほど、大人ではなかった。

ごくりとひとつ、生唾を飲み込んで。

獄寺は、みちるの身体を抱きしめた。

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