雲雀は、一言も言葉を返さなかった。
山本はわずかに緊張していた。唇が震えそうになるのをきゅっと力を込めて堪えた。
山本の後方に立っていた獄寺も了平も、何も言わなかった。
実際は、10秒ほどの静寂だった。
それを破ったのは、雲雀の声だった。
「……、じゃあきみは、彼女のために、何をしたの?」
山本に向けられた、その言葉。「…え…?」
「きみは、あの娘に何を伝えた?あの娘の心の、なにを救った?」
「……」
「そんな負け犬の表情して、こんなところで、何をしてるの」
雲雀は山本の目をまっすぐ見て、無感情な声色で、そう言った。
怒りでも悲しみでもない。
何も読み取れない瞳。
「……」
山本は押し黙った。
どうしてそんなに、お前は、自分には関係ないとでも言うような表情をしているのに。
どうしてそんなに、みちるのことを全部わかったように、余裕なんだよ。
それでいてなんで、俺に、全部託してくるんだよ。
どうして俺はこんなに悔しいんだ。
ヒバリしか知らないみちるの背中が、遠くて遠くて、どうしようもなくて。
山本はその場から動けなかった。
視線が足元に落ちて、ただ呆然と、そこに立っていた。
呼吸の仕方も、泣き方も、自分が悲しんでいるのかもわからなくなっていた。
* * *
「おまえに9代目の跡は継がせない」
ツナの言葉に、ツナ側のボンゴレ10代目ファミリーの心が一つになろうとしていた。
後継者争いだとか、ボンゴレボスの座だとか、そんなことのためではない。
自分がボンゴレボスになるためだとか、ザンザスをボスにさせないために戦ってきたわけではない、ツナはそう考えていた。
だが、繋がったのだ。
ザンザスをボスにさせるわけにはいかない理由が、はっきりと一つ、芽生えた。
「明日の勝負までに、しっかり充電しねーとな」
リボーンのその号令のもと、ツナと守護者は帰路に就いた。
まずは休息。そして、全員での最終局面へ。
ツナは仲間の存在に心があたたまるのを感じていた。
その晩。
ツナは、夢を見た。
女性の声が、ツナの脳内に話しかけてきた。
「……だれ?…、クローム?」
ツナは思うように返事ができないでいた。
言葉は途切れ途切れで、その意味はいまいち伝わってこない。
(……掟なんか大嫌い。だけど、――)
独り言のように、彼女は言った。
ツナはぎくりとした。真っ暗な世界にぼんやりと浮かび上がるその、女の子の姿は。
(たぶん正しいのは、あなた)
自信なさげにツナにそう言った表情が、いとしくてたまらないと思った。
彼女の声とその顔が、千崎みちるのものと、よく似ていた。
* * *
決戦当日の朝。
山本は、みちるのもとに向かっていた。
ツナの守護者として戦う。ザンザスの野望を阻む。
その気持ちに迷いはない。覚悟は決まっている。
もう一つ、覚悟を決めなければいけないことがある。
だが、同時に迷いが顔を出す。
彼女のことで、迷わないで突き通せることなんか、あるのだろうか。
彼女のため?自分のため?彼女を大切に思う人のため?
勝手だと言われるだろうか。彼女が望むことだろうか。そんな迷いが、いつだってある。
それでも、誰にも託せない。
他の誰にも託したくなんかない。
自分勝手すぎて、笑えてくる。
「!…、獄寺…」
中山外科医院のみちるの病室に足を踏み入れると、パイプ椅子に座っていた獄寺がいた。
「……」
獄寺は何も言わなかった。
明らかに不機嫌そうな顔で山本を振り返って、すぐに視線をみちるへと戻した。
「……おい。どーやったらこいつ、起きんだよ…」
「…え?」
「起きねーと困るんだよ。千崎がいなきゃ、」
「……」
「…千崎じゃねーと、…」
「お前じゃなきゃダメなんだよ、ばかやろう」
――あぁ、まただ。
みちるじゃないとダメだと言う獄寺が、どれだけみちると共有している思い出があるのか。
俺が知りえない、獄寺だけに向ける笑顔があるのか。
そんなとき、俺はどうしようもなく感じてしまうんだ。
自分がどれだけ汚くてずるくて、身勝手な奴か。
欲しくて欲しくて仕方なくなってしまう。嫉妬心でぶっ壊れそうになる。
みちるが遠い。
けど、渡したくないなら、追っかけるしかないんだ。
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