「…………」
「どーしたんだ?ツナ」
リボーンとバジルと共に、修行のために山を登っていたツナは、黙ったまま考え込むような表情を浮かべていた。
「沢田殿?」リボーンに続いて、バジルをツナを気遣い声をかけた。
「……今朝、千崎さんのところへ向かうとき、ひっかかることがあったんだ」
「どんなことだ?」
「千崎さん、幻覚かそうでないかわかるんだもんな。それが、昨日はもう、違った…」
だから、幻覚汚染で脳の奥まで蝕まれて、みちるは気を失ったのだ。
「…千崎さんって、異世界の精神だから幻覚が効かないんだろ?」
「そうだ。ま、仮定だけどな」
「……前に、千崎さんじゃない誰かが、乗り移ったみたいなこと、あっただろ。リボーン」
確かあれは、野球部の秋の大会の日の帰り道。
ツナ・獄寺・山本の三人で歩いているとき、ひどく動揺し涙を流しながら走ってきたみちるが、ツナに無我夢中で抱きついてきた。
「千崎さんはあのとき、『こっちの世界のみちるさんが身体を取り戻そうとして出てきた』って言ってた」
バジルは、いまいち理解が追い付かない様子で、だが黙ってツナの話を聞いていた。
リボーンもまた、一言も発さず並んで歩いていた。
「…………」
ツナは、考えをどう伝えようか迷って、ぎゅっと唇を噛んだ。
――だって、何か違和感がある。
確かに精神が別人であれば、骸のような術士のように、幻覚が効かない人間だっているかもしれない。
けど、今の千崎さんは、俺たちと同じように幻覚を見るし痛みを感じるっていう。
「なんで、千崎さんは別人と入れ替わったりしてないのに、幻覚を見破れなくなってるんだろう」
「……」
「ほんとに、千崎さんは誰かと入れ替わったりしてるのかな。異世界の別人なんか、いるのかな…」
「ツナ、お前、」リボーンが口を挟んだ。「みちるのことばっかりだな」
「…茶化すなよ!もちろんヒバリさんのことだって気になるし、修行のことも……けど」
不意に、ツナが足を止めた。
唇と手が、小さく震えている。
「……マフィアとか、ファミリーとか、そんなの関係なく、…千崎さんは、大切な友達なんだ」
リボーンはツナの顔を見上げた。
いつだってツナは、ボンゴレボスの座や、マフィアの誇りなど関係なく、仲間を守るために怒り、拳を振るってきた。
そのために強くなるのだと迷わず言った。
「……ごめん、リボーン」
「なんでだ?」
「戦いに勝つことや修行をすることと、千崎さんが目覚めることは、たぶん、繋がらないよな」
ツナは、再び歩き始めた。
「迷い」は決意を鈍らせる。
自分は、ザンザスをボスにさせないために戦っているのではない。
そんなことのためには戦えない。
――じゃあ、俺はなんのために?
「そういうことなら、まぁ、ザンザスに殺されないように強くなるってとこか」
「おっ、恐ろしいこと言うなよ!」
「そんなにみちるが大切なら、みちるが何を望むか考えてみろ」
程なくして、修行の地に到着したツナは、キッと真剣な眼差しをバジルに向けた。
「今日もよろしく、バジルくん」
「生意気にも、いい表情になってきたじゃねーか」
「茶化すなよ、リボーン」
さっきと同じ台詞を、ツナはもう一度リボーンに言った。
ヴァリアーに勝つんだ。
あんなに頑張ってくれた了平とランボ、獄寺、山本、そしてクロームと骸のために。
俺たちの無事を誰よりも願ってくれる、みちるの笑顔のために。
* * *
その晩、並盛中学校のグラウンドに、雲雀恭弥が現れた。
彼を迎えたのは獄寺・山本・了平の三人。
「目障りだ」とハッキリと言い放った雲雀に、獄寺と了平が額に青筋を浮かべて威嚇した。
山本はそんな短気な二人を押し止めながら、雲雀に「俺たちのことは気にするな」と声をかけた。
ゴーラ・モスカが雲雀の後方に降り立つと、雲雀は獲物を見つけた獣のように、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
グラウンドに用意された戦闘フィールドに向かっていったモスカを追うように、雲雀はひらりと肩にかけた学ランを翻し、獄寺たちに背を向けようとした。
「…ヒバリ」
その背中に、声をかけたのは、山本だった。
「何か用かい、山本武」
雲雀は顔だけ山本のほうへ向けた。
「……一応、あんたにも、伝えておく」
山本は真剣な表情で、言葉を続けた。
「みちるが、いなくなった」
雲雀が、彼女をどんな風に思っているか、山本は知らない。
だが、大切に思っていることはわかる。
みちるをずっと見てきたからこそ、雲雀がどんな風にみちると向き合っているか、想像がつく。
だから、雲雀の思いが、自分が彼女に対して抱いているものと同類のものだと、気付いた。
山本の言葉に、雲雀は、一切表情を変えなかった。
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