「千崎さん……?」
ボンゴレリング争奪戦、霧の守護者の勝負。
決戦の場は、並盛中学体育館。
修行中にリボーンに「山を下りてジュースを買ってこい」と命ぜられ、駄菓子屋の前で城島犬、柿本千種と出会ったツナは、驚きのあまりその場に泡を吹いて倒れた。
気を失ったツナを、この場所までバジルがおんぶして連れてきたというのがことの顛末だった。
目を覚ましたツナは、にわかに青い顔で自分を見つめる、みちるの名を呼んだ。
「ん?」
「…あ、いや…」
「大丈夫?沢田くん」
ツナは「うん」と答えて微笑んだ。みちるも、それに応えて笑った。
「……」
気のせいか。ツナは、そう結論付けた。
みちるの瞳が、何かに怯えて揺れているような気がしたのだ。…一瞬だけ。
次にツナは山本に声をかけた。
いつも通り、無邪気に笑っている。身体中に手当ての痕跡があるが、痛みに苦しむような様子はない。
昨晩の勝負で、コンクリート片に傷つけられた山本の目も、どうやら大丈夫なようだ。
(よかった…みんなが無事で……)
ほっと溜息をついたのも束の間、ツナはぞくりとした感覚に襲われた。
前方で強烈な威圧感を放つ、ヴァリアーの面々から発せられたものではない。
ツナが素早く体育館の扉を振り返ると、リボーンが言った。「こっちの霧の守護者のおでましだぞ」
全員の視線が、そちらに向いた。
だから、誰も気が付かなかった。
みちるが、ツナと同じような寒気に襲われていたなどと。
「バ…バカな!なぜこんな時に!!」
獄寺が咄嗟にダイナマイトを構えて臨戦態勢をとった。
そこに現れたのは、城島犬と柿本千種だったからだ。
「落ち着け」リボーンが慌てる様子もなく獄寺をはじめとする面々を押しとどめた。
「こいつらは霧の守護者を連れてきたんだ」
「! ま…まさか…」
「六道骸!!」
確信を得たようなその声に、その名前に、みちるはごくりと生唾を飲み込み扉を見つめた。
どうして自分はさっき、寒気を。ツナの超直感だけが感知できる六道骸の感覚に、どうして、わたしが?
誰もが、あの恐ろしい幻術使いの彼の姿を待った。
しかし、その場に現れたのは、
「Il mio nome e' Chrome… クローム髑髏」
姿こそ六道骸を模しているが、
彼よりも小さな、女の子の姿だった。
みちるは、彼女の姿をじっと見つめた。
彼女は…六道骸ではない。
ましてや、クローム髑髏、という名前では…ない。
あの子は、先日、猫を助けようとしていた……
ツナがクロームを霧の守護者として迎え入れた、その次の瞬間。
ふっと顔を上げた彼女が、みちるを視界に認めた。
「…あっ……」
その瞬間、クロームは驚いたように目を見開いた。
じっと大きな目で、みちるの視線をしっかりと捕えて、逃がさない。
「……?」
みちるは動揺したように、クロームを見つめ返した。
口を開きかけ、言葉を発しようとしたそのとき。
「……この勝負が、終わったら…」
クロームが、みちるのすぐ隣を通り過ぎて、霧の守護者としてマーモンのほうへ向かっていった。
すれ違いざま、みちるにだけ聞こえる声量で、一言付け加えて。
「……!」
みちるはばっと、クロームを振り返った。
背中を向け、マーモンに相対する彼女の表情はもう見えない。
「……、うん」
涙声でみちるが答えたその声は、チェルベッロの「勝負開始!」の掛け声に、かき消されてしまった。
『この勝負が終わったら、
――わたしと、お友達になって。みちる。』
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