「あら二人とも、おかえり!みちるちゃんが来てるわよ」

特訓を終え帰宅したツナとリボーンを、母親である奈々は台所からそう声をかけて迎えた。
ツナは特訓に身が入らず、リボーンに特訓を中断させられた後、ろくにリボーンとの会話もせず、ランボの勝負への不安を表情に露わにしていた。
だが、思いも寄らない人物の訪問に、ツナは「ええっ!?」と叫び仰け反った。


リビングに入ると、みちるは恐縮ですと言いたげなオーラを全身から出しながら、夕飯をごちそうになっていた。

「千崎さん…」
「ごめんね沢田くん、お邪魔してます」
「あっ、ううん、別にいいんだけど…」

不意にランボが笑い声を上げ、ツナの言葉を遮った。
ランボは夕飯のオムライスをボロボロとスプーンから零しながら笑っていた。
いつも元気なランボだが、いつになくハイテンションだ。

「あーっこらこら、ダメでしょ、お行儀悪いなぁ」
「みちる、ランボさんに食べさせて!」
「もう、さっきからそれはダメって言ってるじゃない」

ランボはぶすっとしながら口を噤むと、やりきれない気持ちをぶつけるように、オムライスをぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
みちるは眉を八の字に曲げて、ゆるく笑った。

「ランボくん…ごはん食べ終わったら、一緒に遊ぼうね」
「! ほんと!?」
「うん」

ランボはみちるの返事を聞くとぱっと笑って、スプーンにのせたチキンライスを落とさないように慎重に口に運び始めた。
リボーンはとっくに席に着き、仕事終わりの一杯…といった感じで、ミルクコーヒーを飲んでいた。

上機嫌なランボを見て微笑んだみちるを見て、ツナもまた笑った。
そのままツナがみちるの隣の空席に座ると、奈々が夕食を運んできた。

「みちる姉、僕も一緒に遊んでいい?」
「もちろんだよ、フゥ太くん」
「やった!それじゃね、ドミノ倒しやろうよ!」
「フゥ太のアホー!ランボさんはウノがいいもんね!!」
「うふふ、三人とも、夕飯を食べ終わったらプリンがあるわよ!」
「わーっ、本当ですか!いただきます!」
「わたしが作ったのよ、みちる」

ビアンキに微笑みかけられ、みちるは「うっ急にお腹が…」と安い芝居を始めた。
ツナが苦笑してそれを眺めていた。

「千崎さん、チビたちすごく嬉しそうだ、ありがとう」
「えっ、ううん、わたしのほうこそ長居しちゃって…」
「ビアンキも母さんも楽しそうだし、やっぱり女の子がいるのは嬉しいんだろうなぁ」

ほのぼのと呑気な雰囲気が、ツナとみちるの間を流れる。
リボーンは真顔で二人を見つめていたが、やがて独り言のように呟いた。「お前ら、そうしてると…」

「ん?なに?」
「いや、なんでもねえ」

運命に翻弄されてきたのは、何もこの場でツナだけではない。
平穏な日常を享受することに価値を見出せるのは、それが常であるわけではないことを知っているからだ。


みちるが何よりも欲しいもの。



* * *



寝ちゃったね、とみちるが言った。
ツナの部屋で、みちるとフゥ太、ランボ、そしてツナの四人でドミノ倒しで遊びながら、一時間ほど経ったときのことだった。
フゥ太とランボは、もう夢の中だった。

部屋中に散らばってしまったドミノピースを箱に戻しながら、ツナは「そうだね」と言って笑った。

「みちる、結局お前はこいつらと遊ぶためにウチに来たのか?」

ウチってなんだよ、お前の家かよ!と内心でリボーンの言葉にツッコミを入れながら、ツナはみちるの表情を伺い見た。
みちるは「そうだよ」と事も無げに返した。
リボーンは何も答えなかった。

「ランボくんにもフゥ太くんにも、何年後かに、ふっと今日のことを思い出して、あの頃は楽しかったなぁって思ってもらえたら、いいと思う」
「え?」
「何を辛気くせぇこと言ってんだ」
「べ、別にそういう意味じゃなくってね、リボーンくん」

みちるの表情に陰が差している様子はない。
例えば、自分がこの世界から消えてしまうかもしれないから、なんて言葉は出てこなかった。

「わたしがいちばん、強くそう思ってるだけ…なんだろうけどね」

自分が、この世界に必要とされた記憶。
誰かの心に残った楽しい思い出の中に、自分が存在していたら、それはとても幸せなことだ。

でも、そんな大層なことは二の次で。

「わたしはランボくんやフゥ太くんと遊ぶのが大好きだよ。だから今日はここに来たの」

結局はそういうことなのだ。




「みちる、もう未来のことはわかんねーのか?」

相変わらず核心を突く言葉をさらりと言ってのけるリボーンに、ツナはある種の敬服を評したいほどであった。
当のみちるは特に動揺することも無く「うん、ほとんど」と答えた。

「じゃあ…お前から見て、守護者やツナはどうだ?」
「どうって?」
「ツナはいつまでもマフィアなんかならねぇって、それしか言わねぇからな」

「そんなの当然だろ…」ツナはゲンナリした様子でそう呟いた。
彼らの会話の意味など全く意に介することなく、ランボは水溜りを飛び越えるのに夢中だった。
四人は揃って、雷の守護者同士の対戦のため、並中に向かっていたのだった。

「…うーん。多分未来のことを知ってたとしても、沢田くんやみんなの心が覗けるわけじゃないから…」
「実際にはわかんない、ってことか」
「うん。でもね、沢田くんは、…きっと何になっても大丈夫だと思うよ」
「…?」
「沢田くんは、優しいもん」

真っ直ぐに貫き通す意志が、相手を思う心であるならば。
絶対に、事態は良い方向に向かうはずだと思う。少なくともみちるは、そう考えている。


「お前は、こっちの世界にいたいんだろ?」

不意にリボーンがそう言った。
みちるは当然だと答える代わりに、しっかりと頷いた。

「少なくとも、俺は、俺たちは、お前が未来なんか見えないただの中学生になろうが、お前のことを必要としてる」

だから、
「お前も、もっと欲しがるんだ。こっちの世界の全てを、愛を。ここを去りたくないって気持ちを、強く持て」


ツナが、リボーンの言葉を聞いて、みちるの顔を見つめた。
暗くてよく見えない。泣きたいのかもしれない。

今夜は雨。
遠くない場所で雷が鳴っている。
もうすぐこの辺りにも、雷が落ちるかもしれない。

傘の柄を握っていて、ツナがみちるの掌に触れることは敵わない。


マフィアになんか、なりたくない。
言葉になって出てくる強い思いは、ツナにとっては、それだけではない。

仲間を護りたい。
傷つけたくない。


「俺はきみを、失いたくない」


冷たい雨に混じって、ぽたりと、熱い涙がみちるの頬を伝った。

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