リボーンに借りたサングラスの下で、みちるは目を明けることができる。
でも、怖くて、まぶたを上げられなかった。
本当は耳だって塞いでしまいたかった。
大切な人が傷つき血を流す光景など、見ていたくなかった。

ルッスーリアの鋼鉄の左膝に了平のパンチがヒットした。
しかし、ルッスーリアにダメージはなく、右手を押さえてその場に崩れ落ちたのは了平だった。

みちるの背中にぞわりと寒気が走った。

みちるにも、他の誰にも、勝敗の行方はわからない。
仮にわかったとしても、証明ができない。
仮に証明ができたとしても、彼らは闘うことになっただろう。

程なくして、京子と黒川花がこの場にやってきた。
みちるは心ここにあらずといった感じで、事の成り行きをぼんやりと見つめていた。

――どうして、わたしは“みんなの未来の情報”を、持っていたんだろう。

その人を守るために使えるなら、それは有益なものになる。
だが、みちるは今まで一度も、そうは使うことができなかった。
今まで一度も、当人に、その情報を与えることはできなかったのだ。
それどころか、みちるが危険にさらされそうになる度、別の人格がみちるを圧し留める。

それでは、(わたしがここにいる意味なんて、最初から、なかったんじゃないの)


――わたしじゃなくても、よかったんじゃないの



「………」

勝敗が決し、ヴァリアーが去った。
了平が、勝ったのだ。
だが、「弱者は消す」というヴァリアーの掟が明らかになり、その場にいた全員が声を出せずにいた。
こちらが勝者になることで、相手は戦闘不能どころか、生命まで脅かされるのだ。

「みちるちゃん」
「みちる!」

真っ青な顔で、呼ばれた声に反応して顔を上げる。
そこには、不安げな表情を浮かべた京子と花がいた。

「なんであんたまでここにいるのよ?」
「みちるちゃん…顔色が悪いよ。大丈夫?」

「…っ」

みちるは、喉の奥からこみ上げてくる熱い何かを、押し込めるのに必死だった。
獄寺や山本が、これは相撲大会だと言ってごまかしてくれた。
自分は、応援しに来たのだと言えばいい。
だが、声を出したら涙まで一緒に零れ落ちてしまいそうだ。

その場にいる全員が、みちるの次の言葉を待っていた。

「……わ、」

涙は、落ちなかった。「わたしが…」

「わたしが、了平先輩に、負けないでって言っちゃったから、応援、しなきゃって」

みちるの視線が、再び下に落ちた。

…そうだ。
たとえベルたちに浚われていなかったとしても、みちるはここに来る予定だった。
了平の応援をするために。
だって自分は、了平の勝利を信じたかったのだから。


「そっか、じゃあ、お兄ちゃんが勝てたのは、みちるちゃんのおかげだね!」


京子の言葉に、みちるはバッと顔を上げた。
その隣には、リングから下りてきていた了平の姿もあった。

「…先輩…よかった……」

了平はにっこり眩しい笑顔をみちるに向け、ぐしゃりと乱暴にみちるの頭を撫で付けた。

「京子との約束は、俺にとって勝つための理由だ。目指すべき道しるべのようなものだな。だが…」

無事でよかった。
本当によかった。
勝敗以上に、価値のあることだ。

――わたしは、自分の身勝手な後押しの言葉を、叶えてもらっただけだ。


「後ろから背中を押してくれたのはお前だ。ありがとう、千崎」


それなのに、どうしてありがとうなんて言ってもらえるんだろう…

曇りなく真っ直ぐ、みんなが、「千崎みちる」を見てくれている。
きっと、いつか雲雀や山本が言ったように、もしみちるが自分は必要かと尋ねたら、
きっとみんなが、みちるの味方をしてくれるのだろう。

自分が誰で、
この世界に不適合かどうか、なんて、知らない。


ただただ、

わたしはここにいたいんだ。

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