腫れぼったい目を冷やし、みちるは京子たちとの待ち合わせ場所にやって来た。

京子はハルと一緒に、みちるに手を振っている。
フゥ太はぱっと表情を輝かせて、駆け寄ってくるみちるを見ていた。
ランボの「みちる!」という明るい声が、遠くからでもみちるの耳に届いた。
イーピンも、みちるに笑顔を向けていた。

みちるも、自然と笑っていた。



やってきたのは、並盛デパートだった。
スーパーマーケットとカジュアルな専門店街から構成され、並盛の若者のメインストリートだ。
京子とハルはウィンドウショッピングを楽しんでいたが、フードコートが近づくと子どもたちが騒ぎ出し、それどころではなくなった。

「こらランボ!京子姉たちを困らせちゃダメだよ!」

フゥ太は、こういうときはすっかりお兄さんだ。
京子とハルはニコニコしながら二人のやりとりを見ていた。
「ランボちゃん、クレープ食べましょうか」ハルの提案に、ランボはぱっと笑顔になった。

「ランボさんねぇー、あのブドウの!!」
「ブドウ?あ、ブルーベリーのことだね」
「もうランボ!ちょっと大人しくしてて!」

フゥ太の肩辺りにしがみ付きながらランボははしゃいでいた。
みちるはそんなランボをひょいと抱き上げた。

「あ、みちる姉、」フゥ太は軽くなった肩口から、みちるの顔を見上げた。

「ランボくん、フゥ太くん困らせちゃダメでしょ?」

ランボは「えー」「だって」などと繰り返していたが、屁理屈はみちるが遮断してしまう。
「はい、ランボ」そうこうしているうちに、フゥ太がランボにクレープを手渡してやろうとした。
みちるがランボを床に下ろすと、ランボはフゥ太からクレープを受け取った。

無言のランボをみちるが促す。「ほら、ランボくん」

「ありがと、フゥ太」

フゥ太はびっくりしたような表情でランボを見た。
みちるが「うんうん、えらいねランボくん」と言うと、ランボは「みちる、抱っこ!」とせがんできた。
みちるはくすりと笑うとランボを抱き上げた。

「買ってくれたのはハルちゃんだから、ハルちゃんにもお礼言おうね」
「ハル!ありがと!」

ハルは「いえいえ!」と言いながら笑顔で振り返った。
イーピンはどうやら京子に買ってもらったようだ。

「あ、京子ちゃんっ!フゥ太くんの分のお会計はわたしが出すよー」

みちるはレジ前で財布を出していた京子の横に慌てて並んだ。
京子は既に自分のクレープを持っていた。

「ごめんね、ランボくんと席に行ってて」

ランボはみちるの腕の中でご満悦な様子だったが、京子が「ランボくん、行こっか」と声を掛けると、素直に腕の中から飛び降りた。
みちるはまだクレープを決めていないフゥ太の隣りに並んだ。

「フゥ太くん、決まった?」
「みちる姉はすごいね」
「ん?」
「あんなに暴れん坊なランボも、言葉のわからないイーピンも、こんなに懐いてるんだよ」

純粋な憧れだけではない。
小さな嫉妬の色を宿した瞳。
みちるは少し考えてから、「んー…イーピンちゃん、素直ないい子だから。ランボくんもそうだし」と言った。

「僕は?」
「え?」
「僕は、素直ないい子じゃない?」
「…フゥ太くんが、いちばん素直ないい子だと思うよ?」

「けどみちる姉」フゥ太は続けた。「いつも、ランボのことばっかり」

みちるは目を見開いた。
別段、三人のうち誰かを贔屓にしているつもりなんてない。
みちるは三人とも大好きだった。
けど、当人たちはそう感じていないらしい。少なくとも、お年頃のフゥ太は。

フゥ太のやきもちは、誰にでも好かれるみちるに対してではなく。
みちるにべったりな、ランボに対してのものだった。

「フゥ太くん、クレープ決まった?」
「え?あ、チョコバナナか、イチゴとブルーベリーの、…迷ってる」
「じゃあわたしがイチゴの買うから、半分こしよう」
「いいの?」
「うん」

クレープを二つ受け取ったみちるは、片方をフゥ太に手渡しながら、声を掛けた。

「ランボくんはわがままだから、フゥ太くん、いつも大変でしょ?」
「うん…」
「わたしはその、フゥ太くんのお手伝いをしてるだけだよ」

実際のところ、みちるはランボをしつけている場面が多かった。


「フゥ太くんのこと、大好きだよ。でなきゃ、わたしの大好きなイチゴのクレープ、半分こしたりしないんだから」


フゥ太の表情が、ぱっと輝いた。
みちるの手をぎゅっと握る。あたたかい小さな手。

わたしたちは生きている。
わたしは、必要とされている。

「僕も、みちる姉が大好き!」

この子たちに、愛されている。


…なのにまた泣きたくなるのは、終わりを感じているからかな?

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