最近、いろいろあって勉強にまで頭が回らない。
みちるは授業に身の入らない日々を過ごしていた。
「みちる、アンタ最近どうしたのよ」
「移動教室よ」みちるにそう声をかけたのは黒川花だった。
彼女の後ろから、ひょっこりと笹川京子が顔を出した。
「えぁっ、うそ、ごめん!理科室だったっけ」
「バカ。調理室よ」
「…みちるちゃん、最近本当にぼーっとしてるね。大丈夫?」
京子が心底心配そうな表情でみちるを見ていた。
花も、普段は「みちるのことだから大したことないわよ」と京子をたしなめる程度だが、今回ばかりは本当に心配しているようだった。
「…ううん、大丈夫」
「大丈夫なら、もうちょっと大丈夫そうな顔して言いなさい」
花がみちるの頭を小突いた。
そんなにつらそうな顔をしていたのだろうか。みちるは咄嗟に、顔に笑顔を貼り付けた。
「みちるちゃん、悩み事でもあるの?」
「…う、ん…どうしようもないことなんだけど…」
自分は異世界から来た人間かもしれない。
自分はボンゴレの至宝である女性の…力を持っている…かもしれない。
そんなこと、悩んだところで、人に相談したところでどうしようもないのだ。
しかも、今朝、スクアーロに会ったことや、仕入れた情報をリボーンに話そうとしたら、またひどい頭痛に襲われてしまった。
どっちに行っても行き止まり。
こんなに、自分を心配してくれる人が周りにはたくさんいるというのに。
きっと、今がいちばん“孤独”なんだと、みちるは感じていた。
「ねぇみちるちゃん、今日、放課後遊ばない?」
「え?」
「フゥ太くんとランボくんとイーピンちゃんが誘ってくれたの。ハルちゃんも一緒だよ」
「花は来ない?」「そんなガキんちょばっかりならパス」
京子はにこりと笑って「だよね」と返していた。
すてきな信頼関係だとみちるは思った。
彼女たちのいる世界が、わたしの本来いない世界が、ここなんだろう。
「フゥ太くんが、『みちる姉も誘って!絶対だよ!』って言ってたの」
「あらー、モテモテじゃないみちる」
調理室に移動しながら、三人はそんな話をしていた。
みちるの心臓の動きが加速する。
心臓が脈打つ。
わたしは生きている。
この世界で、生きている。
みちるは、骸の台詞を思い出していた。
『きみはここにいる。それだけは事実なんだ』
『それでいいじゃありませんか』
「えっ…ちょ、みちる」
みっともなく、泣き出してしまった。
みちるは袖で目蓋を抑える。涙が止まらない。
――意味がわからない。なんで泣くんだ。いろんなことがぐしゃぐしゃだ。
みちるは保健室に行くと言って、その場を離れた。
泣き顔のまま授業に出たって迷惑だろうと判断したからだ。
「みちる、大丈夫?」
「保健室まで着いていくよ」
「ううん、ありがとう、大丈夫だよ、…京子ちゃん」
「お誘いありがとう。放課後、絶対に行くから」みちるは笑った。
まだしがみついていたい。この世界に、いたい。
保健室には誰もいなかった。保険医のシャマルでさえも。
獄寺くんと一緒に修行だったな、とみちるは思い直した。
鍵はかかっていなかった。だが、保険医不在の保健室を勝手に使うのはどうだろうか。
みちるは電気をつけず、薄暗い保健室に足を踏み入れた。
みちるはそのまま、シャマルがいつも座っている椅子に座った。
冷たい感触。今日彼は登校していないのだろう。
座った途端、また涙が溢れた。
そうだ。いつかは、ここに生きているだけでいいと思ったのに。
どんどん欲望が溢れて、わたしはぼろぼろになってしまった。
必要とされたくて。
役に立ちたくて。
わたしは異世界から来た。
この世界を、漫画だと思って、読んでいた。
その頃の思い出も、もう、ほとんど覚えていないような気がする。
そして今、わたしはこの世界の“千崎みちる”という女性に、成り代わった。
わたしはこの世界の未来を知っている。
漫画に描かれていたことを、覚えている範囲で、知っている。
それはこの世界の人たちにとっては、“自分たちの未来”なのだ。
だから、わたしの存在は、予言者だとか情報屋だとか、そういうものに分類される。
これを超直感なんて大それたものだとは思っていない。
わたしはただの、この世界のファンの一人だ。
ボンゴレの至宝?
大空の意思を継ぐ者?
U世のなりそこないで、T世に保護された女性の“何か”?
わたしが、ザンザスに似ているだって?
「異端…」
結局、わたしは誰なんだろう。
違うものは、排除されるべきものではないのか。
消えるべきときに、わたしは消えてしまうのだろうか。
最初は…覚悟していたのに。
「獄寺くん… 山本くん…」
怖い。
どうして、望まないものばかり、わたしは持っているんだろう。
ただ、みんなと一緒にいたいだけなのに。
「雲雀さん…… ら、ランボくんっ…、 骸、さん」
好きだ。
わたしはここが好きなんだ。
「了平先輩、 花ちゃん…京子ちゃん…、ハルちゃぁん…」
誰か、
「…沢田くん……」
わたしと、
一緒に、 生きて 。
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