ツナ、獄寺、山本の席は、ここ最近ずっと空席だ。
おそらく三年の了平の席も空席だろう。そしてどこのクラス在籍なのか知らないが、雲雀も。
みちるはぼーっと先生の話を聞きながら、呆然と授業を受けていた。退屈極まりない。

彼らがいない世界とは、どんな世界だっただろうか。
いつもこんな、空っぽの自分がいたのだろうか。

今となっては、思い出せない。



「いいえ、平気ですよ。それじゃあ」

ロマーリオににこりと笑顔を向けて、みちるは昇降口に向かった。

まだまだディーノによる護衛は継続中だ。朝、必ず彼はみちるを迎えに来て、学校まで同行してくれる。
もっとも、彼女を靴箱まで送り届けた後は、彼の生徒である雲雀恭弥のところへ向かうのだが。

しかしどうやら今日は、ディーノが雲雀との修行で遠出しているらしい。
みちるは伝達に来てくれたロマーリオに、「早く戻ってあげてください」と付け加えた。
部下のいないディーノはへなちょこだ。今頃雲雀にどんな目に遭わされているか。



一人の帰り道は久々な気がする。みちるは思った。
今まではディーノがいたり、山本や獄寺がいたり。雲雀がいることもあった。

一人は慣れっこだと思っていたのに。
寂しいと思った。
不安だとも思った。
自分ひとりではもう、世界は欠如していると思った。

「おい」

背中に声をかけられた。
みちるは振り向いて見上げる。
銀色の長髪。鋭い眼光。
ドクン、と心臓が大きく弾けた。これが恐怖なのか驚きなのかもわからなかった。

ぐいと腕を引かれる。みちるは声にならない悲鳴を上げた。声が出なかった。

連れて行かれたのは建物と建物の隙間。
彼――スクアーロは掴んでいた手を放した。みちるは咄嗟に逃げ出そうとしたが、今度は後ろから肩を掴まれた。

「てめっ逃げんじゃねぇぇ!」
「ひいいいい」

スクアーロは、そのままぐるりとみちるの身体を反転させた。
そして、恐怖にわななくみちるの表情をじっと見つめた。

「……奴らと一緒にいた女…」
「え、あ…っ」

「てめぇが千崎か」核心を突いたような声色。
が、実際にそうである。みちるは唇をわなわなと震わせた。

ざり、とみちるの靴のずれる音が反響する。
「逃げんなぁ。別に取って食うつもりはねぇ」スクアーロはみちるの肩から手を放しながら言った。

お前をヴァリアーが狙ってくるかもしれねぇ――あのときのリボーンの台詞を、思い出していた。

「てめぇは、超直感を持っているだろう」

どうやら殺されるわけではないようだ。
みちるは呆然とスクアーロの相貌を見上げていた。
言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

「あるいは、俺たちのボスや、てめぇらのボスをしのぐほどの」
「…え!?」やっと理解できた。「な、なに、なんのこと…です、か」

――わたしが、超直感を持っている?
しかも、“俺たちのボスをしのぐほどの”?

「千崎みちる。お前が現代の、“大空の意思を継ぐ者”…」
「へ…?い、言ってる意味がよく…」
「…ふん、知らねぇか」

知らないっていうか。
理解が追いつかない。

「てめぇは、ボンゴレU世の時代に生きていた千崎って女の…“何か”なんだよ」
「……それって…」

「今言ってた、大空のなんとかってやつですか」みちるがスクアーロに詰め寄る。
スクアーロは目を見開いた。さっきまであんなに自分を怖がっていた少女が、好奇心に目を輝かせている。

「さぁな。俺はそうだと思ってるが」
「それってなんですか。く、詳しく教えてください」

スクアーロは語りだした。
その、彼の言うところの千崎という女性の話は、みちるがディーノに聞いていた部分と重複する部分もあった。
彼女が聞いた新しい情報は、「その女は、T世に保護された後、奴の目の届かねぇ隙に殺されたんだ」

「こいつは、力を持っていたのにU世になれなかった」
「………」
「お前のボスは…」
「…力を持っていないのに、ボス候補に上がってるって言いたいんですか」

みちるは続けた。「力を持っているのに…貴方のボスは、ボンゴレの血筋を持たない」

スクアーロは、何かを言いかけて口を開いたまま、固まった。

「その、千崎さんと一緒なんですね。ザンザスは」
「……てめぇ…どこでそんな情報を…」

どうして、頭が痛くならなかったんだろう。
全て一息に言い終えてから、みちるはそう考えていた。

「…てめぇ、やっぱり只者じゃねぇな」
「……わたしがこんなことを知っているのは…わたしがこの世界と関係がないから、です」
「あぁ?それはどういうことだぁ」

みちるは俯いて、呟いた。「……わたしは、異世界から来たかも…しれないから…」

スクアーロは、それ以上言及しなかった。

「第一、そんなわたしが…“千崎”さんと関係あるわけないじゃないですか」
「…異端か。ますます、ザンザスや、U世の時代のお前に似てやがるなぁ」
「そんな大層な存在でもないです…」
「それはどうだかなぁ。人を惹きつける奴ってのは何かを持ってるもんだ」

スクアーロは、口許だけ笑っていた。
暗い、路地裏。日が傾き始めたようだ。
みちるは不思議と、恐怖は感じなかった。


「オレたちのボスのようになぁ」


とんでもない話をたくさん聞かされたのに。
これから起こることが、恐怖が少なからずあること、予想していたのに。

ただ、ザンザスを案ずるようなスクアーロの気持ちが、


あったかいと、感じてしまったからかもしれない。

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