並盛山までは、駅前からバスで一時間。
みちるは、駅前まで心を落ち着かせるためにまたしても全力疾走して、そのせいかバスの中で眠気に襲われ、眠ってしまった。

次に彼女が目覚めたときは、バスのアナウンスに従いぞろぞろと乗客が降りていくところだった。



「終点が並盛山だったんだ。ついてるなぁ」

駅前に到着したときはすっかり疲労困憊だったみちるだが、一時間眠りこけていたおかげかすっかり体力は回復していた。おまけに雲雀のことも頭から抜けていた。

そのままみちるは、登山コースの案内に従って歩を進めていった。
みちるは手ぶらだ。ポケットに財布を入れていたおかげでバスには乗れたが、鞄は応接室に置いてきてしまった。
だが、並盛山はそれほど難易度の高い山ではない…らしい。中腹までなら近所の老人が散歩コースにしているとかなんとか。
みちるは、登山の知識も道具も服装も、体力も、何も持っていない。
だが、行かなければ。実際みちるが今行かなければいけないのは2年A組の英語の授業なのだが、そんなことは棚上げだ。

今は無性に、守護者のみんなや、ボスや、赤ん坊のヒットマンに、会いたかった。


みちるは、切り立った崖の下に、ツナとリボーン・ハルを発見した。
しかし、崖の上の木の幹にくくりつけられたロープを見る限り、これを使って下に下りるしかないようだ。おそらくこのロープはハルが結んだのだろう。

(ハルちゃん…すごっ…)

もちろん、このほぼ直角の崖を上ろうとするツナはもっとすごいのだが、それより普通の女子中学生であるはずのハルの度胸には恐れ入る。
みちるは下を覗き込むのも憚られて、声をかけることはできなかった。
ここはひとまず諦めよう。そう考えたみちるが改めて向かった先は、山間部にかかるつり橋だ。

「ひっ…」

みちるの足がすくんだ。思わず目を閉じそうになる。
けど、真っ暗な視界は余計に恐ろしい。下から吹いてくる風がみちるのスカートと、つり橋を揺らした。
もたついている暇はない。みちるは覚悟を決めて歩を進めていった。

つり橋を渡りきったところで、みちるはため息をついた。
少し休もう… そう思った瞬間、前方で爆発が起こった。黒い煙が木々の間から立ち上る。

「ごっ…獄寺くん…?」

なるほど、ツナたちのいる地点からは少々見つけるのは難儀かもしれない。
みちるが立っている地点からも、さほど大きな爆音は聞こえない。

みちるが森の中に足を踏み入れていくと、どんどん爆音がダイレクトな音量になっていく。
心臓の鼓動が、呼応するようにドクドクと大きくなってくる。彼は無事だろうか。怪我はどの程度だろうか。
爆発が見える位置まで来ると、みちるは不意に何者かの腕に拘束された。「ひゃああぁっ!?」

「おーおー、悲鳴まで可愛いねぇ、みちるちゃん」
「しっ、シャ、シャマル先生っ!?」

拘束ではなくて、抱きしめられたのだった。
みちるが驚きのあまり暴れると、Dr.シャマルはぱっと手を放しみちるを解放した。

「…ご、獄寺くんの、修行は…」
「あー、ほっとけ。今のあいつに説得の類は駄目だぞ」

言われなくとも、みちるの声などあの爆発の前ではかき消されてしまう。
そうでなくとも、近寄ったら木っ端微塵だ。獄寺は避けられるかもしれないが、みちるにはそんなスキルはなかった。

「………」

みちるは押し黙った。前方の人影をじっと見つめる。
ほとんど自然に、みちるの両手は神頼みをするように結ばれていた。何よりも、無事でいてほしかった。


程なくして、ツナが現れた。
獄寺が爆弾を持って躓いたとき、ツナは前に飛び出そうとし、シャマルがそれを制止した。
みちるは動けなかった。わたしは、自分の身しか守れない。獄寺くんや沢田くんとは、覚悟の格が違う。そう直感したからだ。

みちるの悲痛な表情に気がついたのは、この場ではシャマルだけだった。


「獄寺くん大丈夫!?」

いつの間にか獄寺と共に、沢田家光とリボーンが穴の中にいた。
何やら家光が獄寺を諭していったらしい。
ツナが真っ先に獄寺に駆け寄り、シャマルが家庭教師になることを約束した。

みちるは二人より一歩遅れて獄寺に駆け寄った。

「獄寺…くん…」
「なっ!千崎まで…」

「きみが、千崎みちるさんか」

みちるの動きがぴたりと止まる。声をかけたのは、既にみちるとすれ違い去ろうとしていた家光だった。


「俺の息子とファミリーをよろしく頼むよ、プリンチペッサ」


家光はにかっと笑った後、手をひらひらさせながら森の中へ消えていった。
みちるは呆然とそれを見ながら、不意にはっと現実に引き戻され、慌てて獄寺に近寄っていった。

「ご…獄寺くん…」
「お、おいなんだよ、なんて顔してんだ…」

獄寺は無意識のうちにみちるの頬に手を伸ばしていた。
だが、触れる前に慌てて手を引っ込める。こんなに泥だらけの手でみちるに触れるわけにはいかない。

みちるは涙こそ流していなかったが、ほとんど泣き顔のようなものだった。

「い…っ」
「は?」

「い、生きてなきゃ、駄目なんだからぁ…!!」

涙が鼻水に変わってしまったようだ。みちるはずびずび言いながら、獄寺の前でへたり込んだ。

「うわああ馬鹿、な、泣くな!」
「泣いてない!どっちかと言うと怒ってる!」
「…は」

「みんながいないと…わたし、わたし…っ!!」

どっちかと言うと、やはりみちるは泣いていた。


――わたしの知っているこの世界は、沢田くんと、ボンゴレファミリーを中心に回っている。
だからわたしは、みんながいないと、きっと生きてなんていけないんだ。

“わたし自身”がこの世界にしがみ付いているには、みんなに手を引いてもらうしか、ないんだよ。


獄寺は困ったような表情で、右手をゴシゴシと服の裾で拭った。
そして、泥の拭われたその手で、みちるの頭を弱々しく撫でた。「泣くなよ、なぁ」


みちるは獄寺の左腕をぎゅっと掴んだ。置いていかないで。この世界から、追い出したりしないで。 独りに、しないで。

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