「じゃあ俺帰るわ。みちるちゃん、ここに救急箱置いておくな〜」

シャマルの声にみちるは「うぁはいっ、ありがとうございますっ」などと答えた。
獄寺の腕を掴みっぱなしだったのをばっちり見られていたはずである。みちるは俯いて赤面した。

「ちゃおっス、みちる」
「リボーンくん!ちゃ、ちゃおっす!」
「お前、今日授業サボってヒバリの修行見てたらしいじゃねぇか」
「あ、ああまぁ…ディーノさんと一緒だったから成り行きで」

ツナと一緒に救急箱を漁りながら、みちるは答えた。
獄寺は、次々と飛び出す聞き慣れた男の名前に、面白くなさそうに表情を歪めた。

「そんで、ディーノが言ってたんだが」
「ん?」
「ヒバリに何かされて、午後の修行の前に全力疾走で逃げてったってな」

みちるの顔が、蒸発するかのような勢いで真っ赤に染まった。
ツナは驚いて一歩退き、獄寺は頬が引きつってくるのを感じていた。

「なんだ、どうした?みちる」
「じゅ、授業サボってごめんなさい!」
「話を逸らすな」

「そ、それよりリボーン!」ツナが横槍を入れた。「どうしてディーノさんがそれをわざわざ連絡してきたのさ」

「あいつ、今はみちるの護衛だからな。『みちるに逃げられた、すまない』って言ってたぞ」
「あ、そっ、(そうだった…!)」
「今回は無事で何よりだが、みちる、もう少し自覚を持て」

自覚と言われても。リアリティがない。
みちるは弱々しく「はい…」と答えた。

「ま、ヒバリも丸くなったってことだろうな」
「…確かにね。千崎さん(の反応)を見る限り、もらったのは危害じゃないみたいだし」

リボーンがそう言うと、ツナがそう答えながらゆるゆると頷いた。
あれ、うそ、なんかばれてる!?みちるはがちゃがちゃと救急箱を漁っていた。どぎまぎして消毒液の蓋が開けられない。

獄寺の視線が刺さるように痛い。みちるはしばらく顔を上げられなかった。



ツナと、後から来たハルと共に獄寺の手当てを終えると、日が傾きかけていた。
森の中に戻ると、明かりはなく、気温も低く、みちるは小さく肩を震わせた。
みちるの前を歩くツナには「怖いですツナさーん!」と言いながらハルが寄り添っている。

「千崎」

前方の二人に何か感じるところでもあったのだろうか。それともただの、彼の紳士的な規範からだろうか。
いや、実際は公私混同であろう。獄寺がみちるの隣に並んで歩き始めた。

「今、震えてたろ。寒いのか?」
「え、あ、ううん…まだ平気」
「まだってなんだよ… あ、道、そこへこんでんぞ」

「ひあ!」暗い山道だから致し方ないが、みちるは獄寺の忠告もむなしく、派手によろけた。

「え、千崎さん大丈夫!?」
「はひ!?みちるちゃん、どうしたんですか!?」

獄寺が横に控えてやると、みちるは恐る恐る彼の腕に捕まった。足はまだもたついている。
「だ、大丈夫、ちょっとよろけただけ〜…」 えへへと気の抜けた笑顔を前方の二人に向けると、やがてまた歩を進め始めた。

「おっまえなぁ…言った傍から…」
「あ、あは、ごめんなさい…」
「それより、ほら」

獄寺が、羽織っていたジャケットを乱暴にみちるの肩に被せた。
みちるは一瞬きょとんとしていたが、獄寺が「さみーんだろ、着とけよ」と言うと、みちるはお礼を言った後、いそいそと袖を通し始めた。

「…火薬臭い」
「てめ、はたくぞ」
「獄寺くんの匂いだ」

ぽそりと小声で呟いた。みちるは獄寺に聞こえないつもりで言ったのだが、獄寺の聴覚は人並み異常だ。
獄寺はみちるに見えないようにそっぽを向いた。恥ずかしい奴。聞こえてんだよ。

「ん」

そのまま獄寺は、みちるのほうに手を伸ばす。「掴まっとけよ。また転ぶだろ」

みちるは無反応だった。獄寺がちらりとみちるのほうを盗み見ると、みちるもまたそっぽを向いていた。

「このやろう。千崎」
「う、だって、…だって」

…駄目だこいつ超可愛い。
獄寺のぶかぶかのジャケットを大人しく身につけている時点で可愛い。
そっぽを向いて照れている仕草も。赤いであろう表情を想像すると、超可愛い。

獄寺がみちるの手を掴んで歩き出すと、みちるは「あわわ」と言いながら、半歩進んだ獄寺の歩調に合わせた。

「なぁ」
「え?」
「ヒバリに何された?」

みちるは素早く、獄寺と反対方向に顔を背けた。
獄寺の頬がまた引きつった。「おいこら、」繋がれた手が熱い。みちるは本気で恥ずかしがっている。

「あ・の・なっ!」
「は、はいいっ」
「口で説明しろ!んでこっち向け!」
「…お、お」
「お?」

「思い出させないで…ほしいんです…が…」

繋がれていないほうの手で、みちるは顔を覆った。
獄寺はむっとした表情になった。あの野郎千崎に何しやがった。ぜってぇ果たす。

「つーか殺す」
「え…!?何を物騒な!」
「だから、あいつ何したんだよ。スカート捲りか?」
「そんな幼稚なことしないよ!」
「じゃあなんだ」
「い、言わない」
「お前がすっげぇ嫌がることか?」
「……」
「…なぁ」
「……嫌、じゃ」
「あ?」

「そんなに…いや…じゃ…なかっ、た…」

血管が、切れるかと思った。
獄寺の予想では、雲雀がみちるに嫌がらせでもしたのだろうと思っていた。
雲雀はみちるのことを嫌っていない。不本意だが、それはわかる。獄寺には核心があった。
おそらく、獄寺と雲雀がみちるに対して抱いている想いは同類のものだ。だから、わかる。

“嫌がらせ”といっても、みちるを困らせたり照れさせたりする程度のものだ。
みちるの過剰反応は日常茶飯事だが、さすがに、この照れ方はどうだろうか。いくら相手が、冷徹で凶暴な雲雀といってもだ。

もっとも、獄寺が動揺したのは、みちるが嫌じゃなかったと言った点だ。

「…じゃあ、嬉しかった、か?」
「……そ、それは、……」

みちるは弱々しく、けれども、頷いた。
いよいよもってどういうことだ。獄寺は、いつの間にか足を止めていた。

――お前、まさか、あいつのこと、

獄寺に手を握られているみちるも、獄寺が足を止めては、前に進むことはかなわない。

「…獄寺くん?」

みちるが獄寺の表情を伺っている。
獄寺はじっと、みちるの相貌を見つめ返した。

どうしたの――みちるがそう尋ねるが早いか、獄寺はみちるの腕を引っ張った。

 | 

≪back
- ナノ -