「これ美味しい…どこで売ってたの?」
「……知らない…」

なんで敵とこんな会話しちゃってるんだ、わたしってば。
千種くんも、なんでか声は小さいもののちゃんと返事してくれるし。
骸に死なすなって言われてる以上、わたしのこと、無下にできないのかなぁ。

「おや…何やら楽しそうですね、千種」

千種くんの立っていた場所に、六道骸が現れた。
わたしは一瞬ドキリとして、ぎゅっとお菓子の袋を握った。他に握るものがなかった。
彼と入れ替わりに、千種くんは去って行った。

「よく眠れましたか?」
「…まぁまぁです」
「僕が命令して、犬が貴女をソファに運んだのですよ」
「けっ…!?」

意外すぎる人選だ。
「…それは、ありがとうございます、って…犬…くんにもお伝えください」わたしが小さく頭を下げると、骸さんはクフフと言って笑った。

「おもしろい人ですね。拉致されておきながら礼を言うなんて。さっきの千種にもそうですが」
「…あ、あれ聞いてた…んですね…」
「つくづくわからないですよ、貴女という人が」
「…そうですか、結構ですよ」

わたしがそっけなくそう言うと、骸は近くの壁に体重を預けるようにして立った。
…去る気ないな、この男。

「……わたしがさっき、千種、くんにお礼を言ったのは、お菓子を持って来てくれたからで」
「はい」
「今貴方にお礼を言ったのは、ソファに運んでくれたからです」
「そうですか」
「…普通でしょ?されて嬉しいことにお礼言うのは」
「嬉しかったんですか?」
「そりゃ…わたしのことを気遣ってくれなきゃ…そんなことしないでしょう?」

わたしがそう言うと、骸はくすくす笑った後「とんだ傲慢ですね」と言った。

「…そうですか…」
「…おや、反抗しないのですか?」
「……だって、貴方はそう思うんでしょ。わたしには貴方の考え方を否定する権利はないもの」

雲雀さんと、そんな会話したような気がするなぁ、なんて思った。
人を思いやるっていうのは、その人の考え方を理解することだと思う。もちろんそれだけじゃないけれど。
だって、わたしは確かに、千種くんに「間違い」だと言ったのだ。
彼がどう受け取ったかはわからないけれど、わたしは、人を傷つける彼らの行動は間違いだと思っているから。
…わたしは沢田くん側の人間だから、そう思っているだけかもしれないけれど。

「…僕が貴女を生かしている理由、ですが」
「…え?」
「貴女には憑依できない、操れない、そして幻術が効かない…そんな人間初めて出会いました、ありえない」
「……」
「もしかしたら、きみは僕の知らない可能性をいくつも持っている人間なのかもしれない。だから、もっと調べてみたくなった」
「……」
「解剖とかするかもしれませんよ、いいんですか?」
「……もちろん嫌ですよ、そんなの」
「じゃあ、どうして逃げないんですか?」
「…よく言う…逃がさないくせに…」
「よく言うのはそちらです。逃げる素振りすら見せないじゃないですか」

だって、もうすぐ沢田くんたちが来てくれるもの。
そんなこと、口が裂けても言えないけど。

「…きみは、僕たちが悪い人間ではない、と?」
「……ん、どうかな…疑うのは簡単、だけど」
「……」
「信じたいって、思う。どうしてこんなことするのか、知りたい。きっと事情があるんだろうって…」
「怖くないんですか」
「怖いよ。けど…信じられなくなるほうが、もっと怖いと思う」
「……」
「わたしは貴方たちに、感謝しなくちゃいけないことがいくつかあるから。わたしにとって、ただ憎むだけの対象じゃない…」

自分の言葉に、笑い出しそうになる。
キレイな言葉に見えて、全然そんなことない。わたしは彼らの未来を少しばかり知っているから、っていうそれだけなのだから。
彼らが“守る力”を持つことを、知っているから。だから、信じたいと思っているだけだ。

「きみは、傲慢だ」
「……」
「いくらそんなキレイ事を並べたところで、嘘くさい高尚でしかない」
「…知ってる、よ」

「…けれど、純粋ですね」

…とても。と、小さく小さく、付け加えた。
彼のオッドアイはわたしを見てはいなかった。
暗くなった空の、少し欠けた月を、見ていた。

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