わたしは、ずっと骸の監視下にいた。
フゥ太くんに会わなくちゃいけないのに。
あの子はマフィアで、でもまだ子どもで。
あんなにわたしのことを心配して涙を流してくれていたのに。

「骸さん…」
「はい?」
「今…フゥ太くんはどうしているの…?」
「心を閉ざして、ランキング能力を失ってしまいましたね」
「……何を…平然と…」
「貴女こそ。もっと驚くと思ったのですが」

硬いコンクリートの上で、わたしはまだ横たわっていた。
もう、ほとんど体力がなくて、ずっと地面に触れている身体はとても痛かったけれど、立っているよりマシだった。

「声が擦れていますね。喉がカラカラなんでしょう?」
「……」
「それに、何も食べていないでしょう」
「……あんたたちの用意したものなんて…食べない…」

何も、できない。
ここから抜け出す力も、もうない。
わたしは、横向きに寝転んだまま、空っぽのお腹をぎゅっと抱きしめた。

「どうして、泣いているんですか?」
「……」
「そんなにつらいなら、そこに用意したものを食べればいいじゃないですか」
「……」
「死んだほうがマシというやつですか?みちる」
「…」
「死なれては困りますよ、まだ訊いていないことがある」

骸の言葉を聞きながら…というか、勝手に耳に入ってくるその声を理解する力も、もうなさそうだ。
自然にぽたぽたと溢れてきた涙が、コンクリートを濡らす。
すぅっと、わたしは眠りの世界に落ちた。
殺されない安心感と、空っぽのお腹とボロボロの身体をもってしては、寝ることしかできなかった。



今は敵。
だから、屈するわけにはいかない。
…でも、“未来”が、わたしを迷わせる。
本当は骸は、凪という女の子をすごく大切にしてあげるんだ。
たとえ自分が生きるための道具としてでも、ふたりの間に見えたのは美しい絆。
少なくとも、わたしは、そう思うんだ。



「……――ん…」

うっすらと目を開いて、周りを見た。
どのくらい寝ていただろう。黒曜センターのある建物の中…であるはずのここには、夕日が差し込んであたりはオレンジ色に染まっていた。

痛かったはずの身体は、何故か今は痛くない。
わたしの背中のすぐ下は、柔らかい感触がした。…柔らかい?

「あ…気がついた…」

どこからか声が聞こえて、わたしはがばりと身体を起こした。
床に寝ていたはずの身体は、いつの間にかソファに横たわっていた。

「あ…っ」
「…………」

気まずい…と思うのもどうなのだろうか…
廃墟になる前、扉があったのだろう場所に、柿本千種が立っていた。

「千崎みちる」
「は、はいっ…」
「…死なれては困ると、骸さまが言っていた…」

そう言うと彼は、わたしの前にばらばらとお菓子を落とした。
チョコレートやポテトチップス、飴玉。それに、ペットボトルの水。食事のつもりなんだろうか。

「……ありがとう…でも…」
「………」
「……えっと…フゥ太くんに会わせてほしい…な…」
「…それはできない。…どうして“ありがとう”なんて言うんだ、食べる気もないくせに」
「…え?」

眼鏡の向こうの瞳が、まっすぐわたしを見ている。
心底理解できない、と言われているようだった。

「……あの…」
「…なに」
「…どうしてわたしに、死なれちゃ困るの…?」
「……それは、骸さまに聞いて」
「…そう」

わたしが何か情報を持っていることは、やっぱりばれているのだろうか。
だったら、もっと痛めつけて聞き出せばいいだろう。なのにどうして。

「…柿本くん?」
「……その呼び方…気持ち悪い…」
「…そうだね、なんか違和感が…」
「……」
「…ごめん、うん。ええと…」
「………」

「ありがとう、…もう、いいや…」


そう言うとわたしは、彼が置いたチョコレート菓子に手を伸ばした。
がさがさと音を立てて、袋を開ける。彼は相変わらず、その様子を見ていた。

「…食べるのか…結局」
「…ん、意地張ってても死んじゃうし…」
「……プライドは」
「もういい…お腹空いちゃった…」

わたしの言葉に、少しだけ、ほんのかすかに、柿本千種が笑った、…ような気がした。
ぽいと口の中にチョコレートを放り込むと、久しぶりに口の中に広がる甘さに、じんと感動した。

「…わたし」
「?」
「貴方も骸さんも、…そんなに悪い人だなんて思ってない…」
「……」
「今は無理かもしれないけど…いつかきっと、間違いに気付くよ」
「…間違い?」
「貴方たちには、そういう力があると思うの…」

だって、貴方たちがいることを、喜んでくれる女の子がいるんだよ。
貴方たちを、命の拠り所にする女の子が、生きていてくれるんだよ。

人を傷つける力は強い。
何のためらいもなく武器を振るうことのほうが、ずっとずっと痛いだろう。
守る力は、きっとそれよりずっと弱くて。

それでも、きっといつかは、戦っていくんだ。
守るべきもののために、守る力を育てていく。

それは沢田くんだけじゃない。
きっと、骸さんだって、同じだって信じてる。

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