「貴女は…何者ですか?」


わたしを、区別しないで。
わたしは貴方だって、区別しない。
みんなみんな、同じカテゴリの中。

人間、なんだよ。



…耳を、塞ぎたくなる言葉だった。
リボーンくんに最初に問い詰められた内容だ。
どうしてそんなことを訊くの。わたしが、貴方たちと何が違うっていうの。

その、わたしの考えていることがわかったかのように、骸は言った。

「どうして、マインドコントロールができないのでしょう」

言うが早いか、骸はわたしの腕に、槍の先端を突き立てようとした。
わたしは反射的に、思うように動かない身体を転がして攻撃から逃れた。

でも、次にわたしが骸の顔を見るより先に、彼はわたしの腕に槍で傷をつけた。
ちょうど、雲雀さんがトンファーを振るうような動作で。

どろどろと、真っ直ぐ入った細い傷口から血が流れてくるのを見ていたら、気が遠くなりそうだった。

「…ほぅ……」

骸は、槍についたわたしの血を見ていた。

「骸さん?どうしたびょん?」
「…憑依もできませんね…、この娘…」

傷口がずきずきと痛む。ぐっと傷口を押さえていると、すごく痛かった。生温さと鉄臭さが気持ちが悪い。
わたしは地面へと向かう重力に逆らえず、自身の身体を横たえた。
どうしよう、このまま、さっき城島犬が言ってたみたいに…死んじゃうの…かなぁ…

意識が遠くなる。
目を閉じたら、そのままわたしは闇の中に落ちた。



トラックに轢かれたときも、そうだったような気がする。
次に目を覚ましたとき、わたしはどうなっているだろうか、なんて思った。
もしかしたらまた病院のベッドに寝ていて、沢田くんたちが目の前にいてくれたら…いいのに。
でも、もしかしたら。
元の世界に戻っているかもしれないな。
同じような状況だから、異世界に繋がっているかもしれない。

…それは、ちょっと、嫌だなぁ。

ふっと目を明けると、同時に痛みがわたしの腕を襲った。
苦痛に表情を歪めていると、どこからか、あの笑い声が聞こえてきた。

「クフフ…お目覚めですか?」

骸…だ…
わたしは、ゆっくりと身体を起こした。
骸の声が聞こえたほうを振り返ると、ソファに座って微笑んでいる姿が目に入った。
こんなボロボロの状態でも、目も鼻も、正常に機能しているらしい。
ふわりと鼻についた香りは、彼の周りを取り囲む蓮の花。

「……蓮…」
「ええ、綺麗でしょう」
「…でも、これ…」

まぼろし、でしょう?
わたしが虚ろな目のままそう言うと、骸の表情から一瞬笑みが消えた。

「どうしてわかったんですか?」
「……なんで…だろう…」
「……」

骸が黙ってしまったことが怖くて、わたしは重い身体で、ゆっくりゆっくりと、後ずさりをした。

「おやおや、逃げないでください」

そんなこと言われても。
わたしは座ったままの体勢で後ずさりを続けた。

「きみには訊きたいことがいくつかあります」
「……っ…」
「どうして、幻覚だってわかったのですか?答えてください」
「……そんなの…わかんない…」
「…いいんですか?フゥ太くんがどうなっても」

わたしの表情が一瞬強張ったのを、骸は見逃さなかった。

「そんなに怯えなくても、これ以上危害を加えるつもりはありませんよ」

――貴女には。
骸のその言葉に少し安心しつつも、恐怖で背中が震えた。
“貴女には”なんて…これから目の前の彼が、どれだけ沢田くんたちを傷つけることか。

骸は、突然ソファから立ち上がった。
カツカツと、薄暗い空間に靴音だけが響く。その足音は、わたしに向かってきている。
彼はわたしの目の前に、さっきまでしていたようにしゃがみこんだ。

「貴女は見たところただの人間ですが…、術士なのですか?」
「…違う…よ」
「…でしょうね。では、どうして幻覚を見破れるのですか」
「………っつ、」

わたしは何も答えなかった、いや、答えられなかった。
腕が痛んで、それどころではなかったのだ。
骸はどこからか包帯を取り出すと、わたしの手の中に置いた。

「…?」
「その程度の怪我で、話もまともにできないのですか」
「…貴方が…ぐっさりやったんでしょうが…」
「おや、そうでしたねぇ…」

少し待っていてください、救急箱を取ってきますよ――
骸のその言葉に、わたしは呆然として、動けなかった。
この隙に、逃げることだってできたかもしれないのに…




「…なんでだかは、よくわからない、けど…これは幻覚、これは現実って、はっきりわかる…」
「ほぅ」
「別に、これはぼやけてるとか、これははっきり見えるとかそういう視覚的なことじゃなくて、…でも、わかる。感覚、かなぁ…」
「……では、きみにマインドコントロールが効かないのはどうしてですか?」
「………それは…」

なんでわたし、こんなこと話しちゃってるんだろう。
一応、この人は…六道骸は、敵なのだ。…“今”は。
未来を知っているからこそ、甘くなってしまうのだろうか…
だって彼は、いずれボンゴレファミリーの霧の守護者になる人物なのだから。

「それは?」
「……貴方なら…わかってくれる…の、かなぁ…」
「……何がです?」

「この…わたしの身体は…この世界のものじゃ、ないかもしれないの…」

前世だとか、幻術使いだとか。
特異な身体を持っているのは、貴方だって同じでしょう。
だからわたしは、彼に話してしまったのかもしれない。

「なるほど。それは興味深い」
「……全然、嬉しくない」
「それは失礼。でも、きみは充分頭がおかしいですよ」
「…?」
「僕が敵だと知っていて、どうしてそこまで話すのですか?」
「……だって、手当て、してくれてる…」
「また倒れられても面倒ですからね」

この後、どうなるのかは全然わからない。
けれど、手当てをしてくれてる彼の手があたたかくて。
少なくとも、“これ以上危害を加えるつもりはない”という言葉は、嘘じゃないと思ってしまったから。

「えっと…骸、さん…」
「…きみに名前を教えたつもりはないのですが」
「…あ」
「訊かなければいけないことが、また増えましたねぇ…」
「あの…さっき、…あの変なしゃべり方の男の子がそう呼んでたから…」
「犬のことですか。いいですよ、そんな言い訳は。…みちる」
「…へ?」
「さっき、フゥ太くんがそう呼んでいたもので」

そこまで話すと、骸…さん、は、立ち上がった。
腕を見ると、包帯が綺麗に巻かれていた。
ああ、手首だけじゃなくて、腕まで包帯巻きになってしまった。わたしの右手はミイラ同然だ。

「よろしくお願いします、みちる」
「……」

とても紳士的に、恭しく頭を下げられてしまったから、わたしも慌ててぺこりと頭を下げた。

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