顔が見られなかったからかもしれない。
衝動的に、あいつに会いたくなってしまったのは。
…ちょっと待て。なんだよこれ。
まるで…あいつなしじゃ生きられねーみたいな…。…そんなの変だろ。
「あー、くそ…」
ぱたり、と真っ白な引き戸を閉めながら、獄寺はため息をついた。
そうしてちゃっかり今、彼は、みちるの病室に戻ってきてしまっているのだが。
「千崎の…バカやろー…」
ドアに体重を預けながら、悪態をついてみる。
それで心がすっきりすればどんなにいいことか。
獄寺は、もうひとつため息をつく結果になった。
「聞いてんのか、おい」
みちるの寝顔を見ながら、小さく声をかける。
数日前から何も変わらない。変化は、点滴が定期的に取り替えられるだけで。
みちるはずっと、白い顔で寝たままだ。
規則的に上下するみちるの胸が、彼女が呼吸をしている証。生きている証。
カタン、とパイプ椅子を掴むと、獄寺はみちるのベッドの横に置き、座った。
自分がじっくりみちるの顔を見ていることが気恥ずかしくて、けれど離れようとも思わない。
「……どうしちまってんだ、オレ」
目を逸らし続けるのも大変だけど。
認めるのにも、覚悟が必要だと思う。
特に、自分のような人間には――。…獄寺は、頭をがしがしと掻いた。
――素直じゃねぇのくらいわかってんだよ。
オレはあの野球バカみてーに、能天気に生きてねぇんだよ。
…けどもう、こいつに対してだけは、嘘つけねぇ気がするんだ。
こいつが、目を閉じてるのがすっげぇ寂しくて。
無性に、声が聞きたくて。
寝顔見て、なんか心臓がバクバクしてて。
(くっそ、可愛い…な)
…こんなこと思うなんて。
……あーオレ、本当にバカなんじゃねぇのか。
なぁ千崎、
骸に捕まったとき、どうしてた?
ひとりでずっと、震えてた?
「……なぁ、怖かっただろ?」
こいつ、まだまだ何かに怯えてる。
確信はねーけど、なんとなくそう思う。
ひとりでいたくないくせに、いっつも「わたしなんか」って言って離れていく。
拒絶されるくらいなら、最初っから強がって逃げたほうがいいって思ってんだ。
「ひとりでいたくねぇんだろ。なら、最初からそう言いやがれ」
オレを認めてくれたのは、お前なんだ。
日本に来て、10代目の“仲間”になってから、オレは10代目に忠誠を誓うって決めた。
けど、10代目がオレにしてくれたように、今度はオレがお前の手を引いてやりたい。
オレの心を満たしてくれたのは、何も10代目だけじゃない。
お前と一緒に過ごすようになってから、楽しくて仕方ねーんだよ。
怯えずに、何の疑いも持たずに、いつも信じてくれる千崎だから。
「オレ…は…」
お前が孤独に怯えてるの、もう二度と見たくないって思ったんだ。
自分なんかどうでもいいとでも言うように、誰かに尽くそうとするお前だから。
オレだって、孤独でいいって思ったときがあったから。
本当は、必要とされたかったのに、目を背けるしかなかったから。
そんなオレなのに、千崎は、いっつもオレに会ったとき、嬉しそうに笑うから。
「ひとりは、嫌だろ?」
だから、
オレでよければ、
「…いつでも隣に、いるからよ…」
本当、みっともねぇ。
必要とされたいのは、オレのほうじゃねぇか。
獄寺は、立ち上がった。
ギシ、とみちるのベッドのスプリングが軋んだ。
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