なんだか、目が変な感じだ。
ここ数日で、泣きすぎた。
きっと、ひどい顔してるんだろうなぁ…
そんなことを思って、地面に散らばるガラスを拾って、自分の顔を映して見た。
目が腫れていてみっともない。
頬も痩せたような気がする。

…笑ってほしいな。
みんなの笑顔を見たい。
バカだなって言って、何してんだよって言って、前みたいに笑ってほしい。
獄寺くんと気まずい別れ方しちゃったけど、前みたいに戻れるかな。
雲雀さんには相変わらず冷たくされちゃうけど、仲良くなれるかな。
…山本くんの笑顔、懐かしいな。早くまた、あの笑顔に会いたい。
……沢田くんの苦笑いも、好きだな。平凡な感性がわたしと似てるもん。

けど、全部、死んじゃったら、終わりだよね――



「千崎…?」

獄寺、そして彼の横には雲雀が居た。

獄寺が柿本千種と城島犬に追い詰められたとき、獄寺は壁の向こうの雲雀の存在に気付き、ダイナマイトで壁を破壊した。
雲雀が圧倒的な強さで千種と犬を倒したのがついさっきの話。
戦いが終わり、一瞬静まり返った空間で、獄寺はみちるの声を聞いた、ような気がしたのだった。

雲雀が獄寺を振り返ると、獄寺は「…おい、今、千崎の声聞こえなかったか」と尋ねた。

「…千崎ってのはな、前に応接室の前で……」
「知ってるよ。あのお節介な子でしょ」
「……んだよ、その認識」

ま、間違ってねーけど…と呟くと、獄寺はボロボロの身体を立ち上がらせた。
勝手に歩き出そうとした雲雀もよろけ、壁に体重を預けた。

「…声、聞こえたの?」
「あ?…わかんねーけど……なんか、死にかけみてーな声…が…」

獄寺は壁に手をつきながら、ゆっくりと進み始めた。
そして、自分の発言に自分ではっとした。「ちょっと待て、死にかけとか冗談じゃねーぞ…!」

雲雀は、壁に体重を預けたまま獄寺の動向を目で追っていた。
獄寺が不意にドン、と壁に手をつき、そのままそこに崩れ落ちた。

「…きみはもう、そこで寝てなよ」
「ふっざけんじゃねぇ…10代目のお役に立つのが右腕の…」

「…ご、くでらくん…?」

獄寺の台詞を遮ったのは、小さな小さな、蚊の鳴くような声だった。
そしてその声の主は、まさに彼が探していた、「…千崎、か……!?」

「ぅん…」
「…おま、どんだけ声出ねーんだ、…つかどこだ、この壁の向こうか?」

獄寺が目の前の壁をコツコツと叩くと、みちるも同じように壁を叩いた。

「おい、壁壊すぞ、離れてろ」
「……むり…」
「…おい千崎、お前、大丈夫かよ…?」
「……死ぬかも…」
「…………おい、ほんとに壊すからほんとにどいてろよ、いいな」
「ぇ、ちょっと待っ…」

言うが早いか、獄寺はミニボムを壁の前に放った。
みちるの擦れ声ですら通すほどの壁は、ミニボムで充分穴が開くほど薄かった。

「う、けほっ…」
「わ、悪い、平気か!?……千崎…、っ」
「…うん。ありがと…う…」

みちるは、膝を抱え込んで座っていた。
その顔や身体は土埃で汚れ、顔はやつれていた。
文字通り“死にかけ”の人間といった感じである。少なくとも獄寺はそう思った。

「お前、どのくらいここに…」
「…えと……多分、三日とか…」
「よく…生きてたな…」
「わたしは、大丈夫だよ…フゥ太くんのほうが…」
「どこが大丈夫なんだよ」

みちるの痩せた頬をなぞり、獄寺は言った。

「あ…わり、血、ついた…」
「え?あ、…いいよ、獄寺くんの血でしょ…?」
「…アホか、気持ち悪ぃだろが」
「そんなことない、し…獄寺くんのほうが、大丈夫じゃないじゃん…」

みちるが獄寺の傷口を見ながら言うと、獄寺は「バカ、触んなよ」と言った。

「触んないよ…って、あ」
「あ…?」
「雲雀さん…」

壊された壁の向こうに、みちるは雲雀の姿を見つけた。
雲雀はみちるの姿を一瞬見た後、すぐにまた歩き出した。

「あ、き、気をつけて…」
「言われなくてもわかってる」
「だっ…て、フラフラじゃないですか…」
「きみに言われたくないよ」

壁に手をつきながら歩いていく雲雀を見て、獄寺は「仕方ねーな…」と言って立ち上がった。

「お前はここでおとなしくしてろ」
「あ…うん…」
「………」
「…獄寺くん?」

獄寺は、みちるの頭を右腕で抱え込み、自分の右肩のあたりに押し付けた。
お互いの身体に負担がかからぬよう、ほんの少しだけ、抱きしめた。
傷口に触れぬよう、かつ最小限の動作で済むように。

「…わりぃ、つい…」
「え…?」

「…顔見たら…すげぇ安心した……」

10秒も経たないうちに、獄寺はみちるを解放した。
そして、獄寺は素早く立ち上がると、雲雀の後を追った。


「…不純異性交遊。咬み殺されたいの」
「ち…ちっげーよバカ!」

みちるは、去っていくふたりの背中を見ながら、大きくため息をついた。
想像より元気そうだ。よかった。
そしてこの後、ひどい怪我は免れないものの、こちらが骸たちに勝つのだ。

大丈夫。
会えたからには、もう死にたいなんて思わないよ。


まだわたしは、獄寺くんに謝っていないもの。

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