コンコン、と襖を叩いたけれど、無反応。
わたしは入るよと心の中で断ってから、そっと襖を開けた。



畳敷きの和室の奥のほうに、獄寺くんが横たわっていた。
さっきビアンキさんを見て倒れてしまった彼を、山本くんがここに運んだのだ。
ゆっくり音を立てないように近づくと、獄寺くんはおでこに濡れたタオルをのっけた姿で寝ていた。
うなされてでもいたのか、こめかみの辺りに汗をかいている。
わたしはそっと濡れタオルを取り、その汗を拭った。

「……」

感触に気付いたのか、獄寺くんはゆっくりと目を明けた。
目が合った瞬間、わたしはおどろいて飛びのいた。…男前のアップなんて慣れてない。

「…何してんだよ」
「ごっ…ごごごめん…あの、汗を…」

まだしんどいのか、獄寺くんは横になったまま、顔だけわたしのほうに向けた。
わたしは握り締めたままのタオルを獄寺くんに見せると、獄寺くんは黙ったまま上半身を起こした。

「ここどこだ…」
「あ、…沢田くんの家の和室…」
「…10代目は?」
「居間で山本くん達とチョコレート食べてるよ」

山本くん、というワードが勘に障ったのか、獄寺くんは小さく舌打ちをした。(怖い…!)

「なんでお前まで居るんだよ。チョコってなんだよ」
「え、…今日バレンタインだし…わたしが山本くんと獄寺くんをここに呼んだの、忘れた?」

獄寺くんは少し考えるような仕草を見せたあと、「ああ」と漏らした。思い出したらしい。

「…アネキは?」
「今は居ないよ」
「そうか…」

獄寺くんは、ふぅーと大きく溜め息をついた。そんなに安心したのだろうか。
訪れた沈黙が息苦しくて、わたしは慌てて言った。

「あの!…も、もうしんどくない?だったらみんなのところ行こう?」

急ごしらえの笑顔を貼り付けて言うも、獄寺くんはにこりとも笑わない。
嫌われてこそいなくても、別段わたしは好かれてもいないようだ。彼の心を開いたのはやっぱり、沢田くんだけ。

獄寺くんは立ち上がろうとし、ふらついた。
わたしはほとんど無意識に彼の傍に駆け寄り、よろめきかけた身体を受け止めた。

「やっ、やっぱり無理しないほうが!」
「………」
「…………」

次の瞬間、獄寺くんはさっと身を引いて、わたしも素早く一歩下がった。

ふらついた彼を受け止めようと、わたしは彼の身体の前に進んだ。
獄寺くんは少し低い体勢になって、倒れまいと近場にあったわたしの肩に腕を回したのだ。
わたしが少し顔を上げると、獄寺くんの顔が至近距離で。
目があった瞬間、わたしたちはおどろきのあまり、反射的に離れた。

「わ、悪い」
「ごっ、ごめんなさい!」
「………」
「……」
「お、お前、何赤くなってんだよ」
「そっ!そん、そんなことない!て、っていうか獄寺くんだって!」
「はぁ!?アホか、んなわけねーだろ!何言ってんだ!」
「そっちこそ!」
「千崎こそ真っ赤だぞ!お、お前アレだろ、男に触ったことねーだろ」
「な!?何、へっ、変なこと言わないでよ!獄寺くんこそ、女の子に慣れてないでしょ!」

不毛だ…と頭の中ではわかっているのだけど、恥ずかしくて黙ることができない。
多分それは目の前で真っ赤になっている獄寺くんも同じで、止まることなく言い返してくる。

「…何してるの?ふたりとも…」

襖を開けてそう声を掛けてくれた沢田くんの、あの呆れたような微妙な表情が忘れられない。
すごく恥ずかしかったけど、この状況を打破してくれた沢田くんが、あのときだけは天使に見えた。

「お前ら真っ赤だぞ、何してんだー?」
「あっ、赤くなんかねーよバーカ!」

後ろから現れた山本くんに、獄寺くんはいつものように噛み付いていた。
ぎゃあぎゃあとみんなが部屋の入り口で騒ぎ始めたのを幸いに、わたしは畳の上にへたり込んで溜め息をついた。

熱い頬っぺたを、握っていた冷たいタオルで押さえた。
「それ、獄寺の頭にのってたやつじゃねーのか?」とリボーンくんに言われて、獄寺くんとふたりでまた赤くなることになるというのは、もう少し後の話。

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