千崎の奴、来ねぇ。
あの野球バカの誘いを断ったってことか。へっ、だったらいい気味だ。
あの女のことだから、どうせ最近、山本が気にしてんのに気がついてねぇだろうしな――

いつまで経っても自分たちの屋台にやって来ないみちるを、獄寺は気にかけていた。
イラつくような、少しほっとしたような、おかしな気持ちを抱えて。



件のみちるは、先程大人ランボにもらった綿菓子と自分が買ってあげたブドウ飴を嬉しそうにしゃぶる、子どものランボと一緒に歩いていた。
結局、大人ランボとの三分デートの間に、ツナたちの屋台からはだいぶ離れてしまったようだ。
まぁ、仕方がない。獄寺くんにはそのうち謝ろう…。そんな具合に、みちるの思考はいたってのん気だった。
大人ランボの優しい言葉のおかげで、みちるは至極ご機嫌だったのである。

「みちる!ランボさんはたこ焼きが食べたいじょー!」
「はいはい、たこ焼きだねっ」

だから今、こうしてランボと一緒に行動することも、わけもなく嬉しかったのである。


「…あっ、すみません」

どん、と誰かと肩がぶつかり、みちるは慌てて謝った。
ぶつかった相手の少年は、無愛想にもわずかにみちるを見上げただけだった。
少し前を歩いていたランボが、早く早くとみちるを急かした。
今行くよ、とランボに返事をしながら、みちるはもう一度少年を見た。

あのキャップ、あの格好、どこかで。

「あ…、ああああ!」

みちるの大声に、少年は小さく舌打ちをした。まずい、気付かれたと。
彼の手の中には、いくつかの茶封筒。いかにも金銭が入っています、といった感じだった。
それを見たみちるは確信したのだ。

「貴方、ひっ、ひったくり!」

元から声の小さいみちるは、大声を上げたと言ってもさほどのボリュームはなかった。人混みの中では、かき消されてしまうほどに。
それでも、自分にとって都合の悪い言葉は聞こえてくるものである。少年は、素早く人混みの中に消えていった。

どうしよう、どうすればいい?
誰かに知らせなければ。ああ、でも、もたもたしていたら見失ってしまう。
気付いたら、下駄でもたつく足で、それでもみちるは少年を追いかけていた。

人混みが多少開けたところで、みちるは辺りを見回した。…見失った。
誰か大人に知らせよう。この後沢田くんや雲雀さんが戦うことは知っているけれど、まだ被害に遭っていないお店もあるわけだし、ああ、でも…
みちるがああだこうだ悩んでいると、誰かに肩を叩かれた。
状況が状況だけに、みちるはいつもの三倍くらいはおどろいていた。
「ひっ!」と、情けない悲鳴を上げながら振り向くと、そこには、

「久しぶりだなぁ、おねえちゃん。早速だけど、ツナさんどこにいるか知らねーか?」

主犯が、現れた。



早く、早く来て、沢田くん…!

みちるは祈るような気持ちで、神社の境内に座っていた。
後ろ手を、例の“ライフセイバーのセンパイ”の仲間に拘束されたまま。

ただでさえ男が苦手なみちるは、この状況は恐怖でしかなかった。
この人たちはナイフだって持っているのだ。加えて自分がツナたちの仲間だと知られている。どうなるかわかったものじゃない。
今、先程までいたひったくり実行犯の少年の姿はない。きっと、もうすぐツナたちが来るだろう。

ナイフなんてなくても、男と女の力の差は歴然だ。もちろん、男のほうが強い。そしてみちるは女である。
ツナの所在を聞かれて、みちるは、彼の知りたがっている情報を教えてしまった。
ひどく、怖かったのだ。逆らったりしたらどうなるかわからない。押し倒されたっておかしくない。そんな状況だった。

でも、自分のした行動によって、ツナや山本や獄寺に嫌われるのは、もっと嫌だ。

…それは、今自分が、一応は無事であるから、思うことなのだろう。みちるはそう思った。
きっと彼らがここに来てくれなかったとして、自分が敵のされるがままにされていたら… それはそれで、後悔するのだろう。
ああ、わたしがもっと強かったら。みちるは、たったひとりの男によって拘束された両腕が、ほとんど動かせないことに、心底うんざりしていた。



少年を追いかけてきたツナが、何よりも先にみちるを発見したのはもう少し後のことだ。

「な…!千崎さん!?」

沢田くん、と弱々しく呟くみちるを見て、ツナはカッと頭が熱くなるのを感じた。
大切な仲間を傷つけられることは、彼にとって何よりも耐え難いことなのだ。


後からやってきた獄寺と山本も、同じ気持ちだった。

 | 

≪back
- ナノ -