あたしは山本くんと一緒に病院にやってきた。
アザミさんの旦那さま、アウレリオさんのお見舞いに行くためだ。
お見舞いといっても、彼は今瀕死の重体であり、目を覚ます可能性は10パーセント以下だという。

24歳の山本くんが、約一ヶ月前の任務で、彼を瀕死に追いやった。

山本くんは、その任務の後ずっと、彼の元に通い続けている。
アザミさんが病室にやって来る時間は毎日一定だから、それに被らない時間帯を見計らって、らしい。
「我ながら卑怯だよな」山本くんはそう言いながら苦しそうに笑った。



ひとつ、変わったことがある。
昨日の出来事――アウレリオさんの率いるリヴァルタファミリーが、ボンゴレファミリーの傘下に入ったこと。
敵対関係は協力関係に変わった。アザミさんは、ドン・ボンゴレである沢田綱吉くんに逆らうことはできない。

だけど、人の気持ちがそれだけで清算されるわけじゃない。
事実がなくなるわけじゃない。
山本くんの表情は相変わらず沈んだまま。
アウレリオさんはまだ意識を取り戻さないまま。
…あたしはまだ、帰れない。


無機質な白い扉の前、あたしは深呼吸をした。
山本くんは小さく吹き出して、あたしの頭をポンと撫でた。

「大丈夫か?」
「…緊張しちゃって」

山本くんは何も言わなかった。
あたしの頭から手を下ろすと、黙って正面の白を見つめた。
…山本くんのほうが、ずっと大丈夫じゃない。
固い表情の横顔を見てすぐ、そう思った。


彼が扉に手をかけようとしたとき、先に扉が開かれた。向こう側から開けられたようだ。

目が合った。
アザミさんだった。

あたしも山本くんも、咄嗟のことで何も反応できなかった。
彼女は、スッとあたしたち二人の脇を通り抜けていった。
この病室の扉と同じような、無機質な瞳をたたえたまま。


「あっ、みちる…」

あたしは反射的に、アザミさんを追いかけていた。
山本くんは追ってこなかった。
……きっと、怖かったんだと思う。

アザミさんは、追ってくるあたしに対しても、何も言わなかった。

病院の中庭までやって来ると、アザミさんはようやく歩く速度を緩めた。
彼女の視線の先には、中庭の芝生の上でボール遊びをするルリちゃんがいた。

「みちるさん」

不意に声をかけられて、あたしはどもりながら返事を返した。

「はっ、はい」
「…どういうつもりかしら」

その質問が、何を差していたのかはわからない。
どういうつもりで追いかけてきたのか。
どういうつもりで病院に来ているのか。
それとも…

「…あの…」

アザミさんはあたしを見た。
無感情な瞳だった。だけど、恨んでいたり、怒っていたりする色はなかった。
……と、思う。

「怒らないんですか?旦那さまの仇が、旦那さまに近づいているのに」

ずっと気になっていたことだ。
まさか、毎日のように山本くんが来ていたことに、気付いていなかったわけはないと思う。

「お見舞いですもの。怒るのはおかしな話だわ」

――大人の答えだと思った。
あんなに感情的になってあたしに銃口を向けたのは、山本くんが憎いからだ。
なのにどうして、耐えられるんだろう。

「…納得いかない?」
「え…?」
「貴女、わたしが可哀想だと思ってる?」

アザミさんが尋ねる。
あたしは、無意識のうちに、顔の筋肉が動くのを感じていた。
無性に泣きたくなっていた。怖かった。そして悲しかった。

「ボンゴレファミリーは、…沢田綱吉くんは、今やわたしが従わなければいけない主なのよ」

そうだ。
それはきっと、大人の世界を知ってしまったから。


「その守護者である山本武くんに、わたしがとやかく言う権利はないの」



この感情を平たく表現するならば、やっぱり彼女が言うとおりなのだと思う。
あたしは、アザミさんを可哀想だと思っている。
大人は、感情も「善」か「悪」に区別しなきゃいけないんだ。
本当はもっともっと、色んな感情が渦巻いているのに。
シンプルにしなきゃ…生きていけないんだ。


「…そうやって貴女が泣くから、わたしは泣けないわ」


アザミさんが、あたしの頭を優しく撫でた。
ああ、どうしてどうして。
こんなに優しい人が、こんなにつらい目に遭わなきゃいけないんだろう。泣くことさえ許してくれないんだろう。

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