俺は、千崎を抱きしめた。
千崎は、素直に俺の背中に手を回した。

「…武を充電中です」
「…じゃあ俺は、千崎に電力供給中」
「きもいです」
「ひでぇ」

ぽんぽんと千崎の背中をあやすように叩くと、千崎はぎゅっと腕に力を込めた。



「武は、ほんとにヒーローみたい」
「……」
「あたしの欲しい言葉、いつも知ってる」

そんなことねぇよって、言いかけた。だって今、俺にはそれがわからない。

「ねぇ武。あたしここに来れてよかったよ」
「え?」
「あたし自身の手で、貴方を助けられる可能性を見つけることができたんだから」
「…こっち来ても、たくさん、俺のせいで泣いてるのに?」
「何言ってるの。笑わせてくれたのも貴方なんだよ?」

部屋に入れてくれて、麦茶を出してくれたこと。
遊園地でデートしたこと。
毎日会って話してくれたこと。

「少なくとも、未来にいたときより、全部が前進できたと思ってるよ」

「それにね」千崎は俺の手をぎゅっと握った。「こうしてると、勇気が沸く。きっとできるって思える」

空港のアナウンスが入る。もうすぐ、千崎の乗る飛行機の搭乗時間だ。
千崎は、冷たくなった手で俺の手を包んだまま。
俺は、その小さな手を自分の手で握り返した。

「千崎なら… みちるなら、できる」
「え?」
「絶対大丈夫だって信じてる」
「……」
「みちるは、俺の大事な人だから。俺が、好きになった、女の子だから」
「…うん」


「俺が、10年間もずっと愛してる、みちるだから」


「ほらやっぱり、」みちるは、我が意を得たりといった顔で、笑った。


「あたしの欲しい言葉、ちゃーんとわかってるんだよ、武は!」


もう、みちるの手は、冷たくなかった。




約二週間後、ツナの家では、大人ランボが半強制的に呼び出されていた。

「…最近呼び出される頻度が多いのは気のせいでしょうか、ボンゴレ」
「ごめん、気のせいじゃないよ、ランボ」
「全然“ごめん”じゃないじゃないですか」
「みちるのためだと思えばいいだろ」
「わざわざお前に言われなくたってそう思ってるよ、リボーン」
「で、ランボ、近況報告頼むよ」

しょっちゅう10年バズーカを子どもランボに撃つのは、大人ランボに未来のみちるの近況報告をしてもらうためだ。
山本の知らないところで、ツナとリボーンは、クラスメートのみちるの動向を、彼と同じように心配していた。

「あぁ、あの、例のボスのファミリーは、ボンゴレの傘下に入ったんですよ」
「…えっと…つまり……」
「アザミって女の救済ってことか」

すぐに察するあたり、さすがはマフィア関係者だなぁ、とツナはため息をついた。自分のことなど棚上げだ。

「千崎さんと山本は?」
「仲直りしたようですよ。朝、揃って大広間に来ましたから」
「…はーっ。なら、よかったなぁ…」
「そのボスは目ぇ覚ましたのか?」
「それはまだです… って、なんでリボーンに敬語使わなきゃならないんだ」
「ランボ、このやり取りはもういいよ、毎回じゃないか!」

ツナと話しているときにリボーンに話しかけると、ランボはうっかりリボーンにも敬語を使ってしまう。その度にこれなのだ。

「10年後じゃあ、当面は解決したって雰囲気なんだろうな」
「本人たちは全然そう思ってはなさそうだけど」
「その通りですよ、ボンゴレ。先ほど、二人揃って病院に出かけて行きました」
「あぁ、お見舞い…」
「アザミは今何してんだ?」
「今朝はボンゴレに何か言いに来てた。多分新たな契約の申し出か何かじゃないか」
「往生際の悪い女だな」
「リボーン、その言い方はひどいだろ…」

「未来の俺のしたこと、正しかったかな」ツナの呟きに、ランボは何も言えないでいた。

「ツナのしたことだから、たかが知れてんじゃねーか?」
「…リボーン、その言い方はひどい……だろ…」
「俺は正しかったと思いますよ、ボンゴレ」

ランボのフォローも空しく、ツナはがっくりと肩を落としたままだ。

「正しいことなんて、正しい基準がない限り誰にもわからないもんだ」
「…リボーン?」
「敵ファミリー同士の抗争の中で、同一の正しさをもって基準を決めることなんて不可能だ」

相反する損得の基準の中では、正しさも相反する。
つまり平たく言えば、本当に正しいことなんてないということだ。

「所詮ダメツナの判断だからな。全員が最も救われる方法を取ったに過ぎねぇ」
「……」
「それは、全員が100パーセント救われる方法なわけじゃねぇんだ。まだ、みんな闘ってるってことだ」

ツナは、不思議と難しい言葉の意味をすらすらと理解していた。
みちると山本、それにアザミ。立場が違えば正しさも違う。敵である以上、同じ条件下で救われることはない。

「敵である以上…か」
「でも、もう敵じゃねぇんだろ」
「あ、そうか、傘下に入ったってことは…」
「けど、怪我はなかったことにはならねぇし、人の気持ちがそれだけで清算されるわけじゃない」

それもそうだ。事件はもう起こってしまった後なのだ。

「…もし、それが、なかったことになったら……」

ランボの呟きが、ツナの脳内で反響した。


「…だから千崎さんはイタリアに…」


リボーンがにやりと笑う。
この世界は、“彼女”にとっては10年前の世界なのだ。

「ツッくん、ディーノくんから電話よ」

ツナは、部屋の外からかけられた沢田奈々の言葉にがばりと跳ね起きた。



10年前の並盛から、小さな希望が、疼きだす。

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