…もう、考えないことにしようと思った。



「千崎みちるさんだ、みんな仲良くするように」

わたし…というか、みちるさん?…いや、やっぱりわたし。
わたしは一応、転校生ではないらしい。中学入学の少し前にあのトラック事故に遭い、小学校の卒業式も中学校の入学式も出席できず眠り続けていたものの、手続きだけは済んでいたらしくて。
そしてあろうことか…ツナ・獄寺・山本の三人と同じクラスだったらしい。入学からずっと学籍だけはこのクラスにあったようだ。
こんな、三学期の頭にいきなり転校することだけだって、緊張するっていうのに。
よりにもよって一方的に漫画で知ってきた人物が三人もいるクラスなのだ。正確には、笹川京子ちゃんも黒川花ちゃんもいるから五人もだ。
加えて、この学校のどこかにはまだわたしの知っている人がいるはずだ。…信じられない。
とにかく、彼らのことが気になりすぎて(まだ疑っている部分もあるし)、教卓の前で自己紹介をしながら彼らを盗み見た。
ツナ…くん、はあくびをしながら、ちらちらと京子ちゃんのほうを見ている。
獄寺くん、は特にわたしに興味がないらしく、窓の外を眺めていた。
山本くんは、頬杖をついてわたしを見ていた。わたしは目が合ってしまうのが怖くて、変に目を逸らしてしまう。
…ここは、本当に「REBORN」の世界なのか。だとしたら、今はいったいコミックスの何巻なのだろう。
それとも、同姓同名の人間がいるだけの別世界で、マフィアの話なんて皆無の平和な世界なのか。
…知るためには近づかなければいけないが、あの漫画のストーリーに巻き込まれるのはごめんだ。
読むのは好きだったけれど、本当にそれだけなのだから。



昼休みに職員室の前を通りかかったとき、前方を歩くツナを見つけた。
よく見ると何かを運んでいて、足元がおぼつかない。わたしは声を掛けようか迷った。
彼らと仲良くなりたい気持ちはあるのだが、もし漫画のストーリーに変化が生じてしまっては困る。
だって、わたしは登場人物ではないし、…知っているのだ、彼らの未来を。
もし漫画どおりに話が進んでいくのだとしたら、わたしが干渉してはいけないと思った。
彼らはこれから多くの敵と戦うことになる。その結末を知っているわたしは、…わたしの持つ情報は、彼らの命を左右することになるかもしれない。
漫画の世界を侵害する権利は、わたしにも、誰にもないはずなのだから。

「わあっ!」

前方から聞こえる悲鳴にびくりと反応する。見ると、ツナがクラスメートたちのノートを廊下にぶちまけてしまっていた。
わたしはあまり人と関わるのが上手なほうではないし、慣れていない人や知らない人とは話をしたいと思わないような人間だ。
それでも、わたしは彼の…ツナの人間性を知っている。第一、ファンだ。彼は優しくて、強いひと。
気付いたときには、彼の傍にしゃがみこんで、ノートを拾っている自分がいた。

「え、あっ、て、転入生の!」
「うん、えっと…沢田くん?だよね?」

わざとらしく、あまり知らないふりをする。上手く笑えていたか、自信がない。

「そっ、そう…!あ、ありがとう!ごめん!」
「ううん、わたしも手伝うよ、教室まで運ぶんだよね?」
「えっ、いいよそんな!拾ってくれるだけで充分だし!」
「そんな…、手伝わせてよ。わたしも教室に行くところだから」

ノートを半分ほど抱えるわたしを見て、ツナは困ったように笑って「ありがとう」と言った。

「ごめん、オレまだ名前も覚えてなくて…」
「ううん、いいよ。当たり前だよ」
「そんなことない、ごめん…。あっ、名前教えてよ、ね?」

階段を上りながら、ツナは必死で言葉を探している。
わたしのことなんて気にしないで、本当はそう言いたい。彼らの未来を変えてしまうかもしれない自分が嫌で。
けど本当は、どうしたらいいのかわからない。ここは、漫画どおりに進んでいく世界なのだろうか。
不安だが、全く彼らと関わり合いをもたないのは寂しいし、かえって怪しまれる、だろうか。
…どうしたらいいんだろう。ああ、もう。この世界は、知らないことが多すぎる。

「…あの、」
「……あ、ごめんなさい!ちょっと考え事してた」
「ううん、あの…、オレに名前教えるの嫌、とか?」
「え、」

どーしてそうなるのっ、とわたしは少し大きな声で反抗してしまった。

「あ、いや…なんとなく…。オレ、ダメな奴だからさ…」
「そんなことないよ、…沢田くんは優しいよ」
「え?」
「あっ、えと…そ、そんな感じがするなぁって…」

「…ありがとう」


ふわりと笑った、彼の笑顔に見とれた。
…ダメじゃないよ。あなたはまだ、知らないかもしれないけれど。
すごく優しくて、誰かを守るために強くなる、とても大きな人なんだ。

「わたし、千崎みちるです」
「あ…お、オレ、沢田綱吉です!」
「うん、知ってるよ。よろしくね」
「え、…もう覚えたの?クラスメート」
「少しずつだよ。人の名前覚えるのって得意なの」

本当は嘘。ごめんね、ツナ。あなたの呼び方も、勇気出して名前でなんて…呼べないよ。
これ以上近づいたら、いつかあなたや、あなたの仲間を傷つけてしまう気がするから。
だから、嘘で蓋をするから。それくらい、許して。

「千崎さん、だね」
「うん」
「千崎さんはさ、オレなんかより、ずっと優しいよ」

はっとしてツナの顔を見る。彼は少し照れたように、また笑った。

「…どうして?」
「ん?だって、運ぶの手伝ってくれたでしょ?」
「そんなこと「10代目ー!どこ行ってたんすかー!?」

慌てて否定しようとしたわたしの声を、どこからかやって来た獄寺くんの声がかき消す。
10代目、か。…やっぱり、この世界は「REBORN」の世界なんだ。きっとマフィアも、存在してる…
やっぱりわたしは、身を引いておくべきだ。自分の安全のためにも、彼らのためにも。

「ん、てめぇ10代目と一緒に何してんだ?」
「へっ?」
「ご、獄寺くん!千崎さんはノート運ぶの手伝ってくれただけ!」
「あ、そーなんすか?」

教卓にノートを置きながら、獄寺くんと話すツナの背中を見ていた。
がんばってね、と心の中でエールを送りながら。
あなたはきっと、本当にボスになるんだよ。わたししか知らないことだけど。

「おい、転入生!」
「え?」
「ちょ、獄寺くん!?」

いきなり話しかけられておどろいた。ツナも、何を言うつもりかと獄寺を心配そうに見上げる。

「10代目のお力になれて光栄に思えよ」
「は、えと、…はい」
「え、いや、オレが千崎さんに感謝するところなんだよー!?」

ツナは、慌てた様子で獄寺の背中を押しながら去ろうとする。
わたしは苦笑いしながらそんなふたりを見ていた。すると、不意に振り向いたツナと目が合った。

「あ、あの、千崎さん!」
「ん?」
「ごめんね、10代目とか気にしないで!」
「あ、うん。わかった」


「それと、さっきは助かったよ、本当にありがとう!」


机にぶつかりながら、騒がしく教室から出て行くふたり。とても異様で、でもなんだかうらやましい。
ありがとう、だなんて。漫画の印刷の文字じゃない、アニメでもない。目の前にいる彼が、わたしに言ってくれた。


大好きだった人たちだから、近くに居られるだけで嬉しい。
そうだ、これ以上近づく必要なんてない。苦しいときもあるかもしれない。だってわたしは、彼らがこれから味わう苦労を知っているんだ。
それでも、応援するから。これくらいのことだったら、いくらでも力になるから。

だから、ありがとう。
秘密を隠してる自分を、たくさん吐いている嘘を許してなんて言わないから。


平和な今だけは、傍に。

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