Dearly Blue

 03.昼と夜の夢

「諸君、アングラビシダスにようこそ。俺はレックス。この大会を俺の名の下に開くことを光栄に思え。アングラビシダスは破壊の祭典! ルールがないのがルール! バトルはアンリミテッドレギュレーションのみで行われる!」

 檜山さんが会場の中央で宣言すると、嵐のような雄叫びが会場に響き渡り空気を震わせた。
 彼が伝説的な強さを持つLBXプレイヤーであるということは知っていけれどもようやくそのことを実感する。落ち着き払った態度を崩さない人ではあるけれども、普段は品のある服装をしているだけに、レックスとしての姿に未だに少しだけ違和感を持ってしまう。
 正体を明かされた時、本人にレックスと呼んで良いと言われても、檜山さんとまだ呼んでしまうのはそこが原因かもしれない。

「尚且つ、今回は特別にここで優勝した者にLBX世界大会アルテミスへの出場権を与えてやる! 最強のLBXプレイヤーを目指し、存分に腕を奮い、ぶっ壊してやれ!」

 一際大きな歓声が上がり、会場全体を包んでいく熱気と歓声に呑まれそうになりながら、隣にいるアミちゃんたちの方をちらりと盗み見る。彼女たちも檜山さんの正体がレックスであることに驚いているようで、目を丸くしながら檜山さんを見ていた。
 その気持ちはよく分かるので、場の雰囲気に合わず、私はそうだよね、そうなるよねとやっと仲間に出会ったぞというような気持ちになる。
 それにしても、優秀賞品がアルテミスへの出場権というのは、さすがに驚いてしまった。アルテミスは二年前から開かれているLBXの世界大会のことで、LBXプレイヤーにとっては誰もが憧れる夢の舞台。
 勿論、気軽に出られる大会などではなく、世界中で開かれる大規模なLBX大会で優勝し、参加資格を得なければいけない。アングラビシダスはアンリミテッドレギュレーションであるという点を除けば、選手の層が厚く実力者揃いの大会ではあるけれども、アルテミスの運営委員会から出場権を賞品にしてもらえるほど、認知度の高い大会ではないはず。
 檜山さんは一体どこからそんな大きな賞品を持ってきたのだろう。
 私が疑問に思って首を捻っていると、大会の対戦カードが発表される。私が目を凝らしてバン君たちの相手の選手を確認していると、背後から威圧感のある声が降ってきた。

「お前か、山野バンってのは」
「ええっ!」

 バン君が振り返り、驚いた声を上げるとほぼ同時に私たちも後ろを見ると、私の二倍ぐらいはありそうな身の丈の男の人が立っていた。彼には見覚えがある。遠目からしか見たことないけれど、アングラビシダスでも過激で派手なパフォーマンスが有名なプレイヤーだ。バトルでは必ず相手のLBXの首を切り落とすという、童話に出てくる女王様もびっくりなパフォーマンスから首刈りガトーと呼ばれていた気がする。彼はお前の首を頂くぜ、と宣戦布告していくと私たちの前から立ち去っていった。
 一回戦が始まるまであまり時間がない。
 私たちも一回戦に備えて、バン君を囲んで作戦会議を始める。私も恐れ多くも作戦会議にアミちゃんに引っ張られるようにして参加してしまう。元々今日のアングラビシダスでは檜山さんのお手伝いの予定は入っていないということはみんなに伝えていたけれども、まさか作戦会議にまで参加させれれるとは思わず、アキレスと各種武装を並べたテーブルを囲むようにしてカズ君の隣に座らせられた時は緊張で吐くかと思った。郷田さんから渡されたというアングラビシダス出場者のリストを覗き込みながら、私は三人の話に耳を傾ける。

「郷田から貰ったリストによると首刈りガトーのLBXはブルド改。使用武器はランチャーだな」
「リュウと同じね。ってことはあいつも距離を保って隙を見て攻撃してくるって感じかな」
「それがブルドの一般的な戦い方だけどあいつはちょっと違うみたいだ。始めから積極的に攻めてくるらしい」
「ブルドの戦い方としては珍しいよね」

 ブルドは地形走破能力に優れた機体だけれども、他の機体に比べてスピードが劣るので射程のある武器で距離を取りつつ、隙が見えれば一気に攻めるのが定石だ。
 フレームの特性上、とても機体が安定しているのでランチャー系の威力の高い武器も難なく使いこなせるし、致命傷を与えることもそれほど難しくない。手堅く勝つことが出来る機体だけれども、それに囚われないのがアングラビシダスに参加するプレイヤーらしいといえばらしい。
 あの機体で積極的に掛かって来られれば、装甲車にそのまま突っ込まれるようなもので、大ダメージは避けられるないのではないかと思う。欠点であるスピード面を補う為に何かしらの対策をしていることも考慮に入れるべきかもしれない。

「定型的な猪突猛進型か……。どうカスタマイズする?」
「こっちもランチャー系の武器で対抗すれば? 今のアキレスの性能なら相手の攻撃は十分躱せるわ。威力のあるランチャー系がいいんじゃない?」
「でもランチャー系の武器だと両手が使えなくなって、防御が甘くなる。それに俺の一回戦のフィールドは地中海遺跡ジオラマだ」
「あ、そっか。地中海遺跡ジオラマだと遮蔽物が少ないから、ランチャーでの攻撃を地形に頼って防御することは難しいよね。同じランチャー系の武器だとアキレスの方がバランス性で劣るから、回避能力が落ちちゃう」
「うん。地中海遺跡ジオラマは現代都市や熱帯雨林系のジオラマと違って、隠れる所がそれほど多くない。武器は片手で使える物にして、ちゃんと守りは堅めないと」
「やけに慎重じゃない」
「昨日の仙道とのバトルを気にしてるのか? けど、積極的に攻撃することも忘れるな。それがバン、お前のスタイルだ。スタイルを中途半端に変えて勝てるほど、アングラビシダスは甘くないぞ」

 アミちゃんの言うように、確かにバン君にしてはかなり慎重なバトルの組み立て方を想定している。彼は攻守共にバランスが良いし、機転が利くので、不測の事態でも十分に対処出来る実力がある。それはアキレスの性能もかなり影響したものだと思うのだけれども、性能を引き出せるかどうかはプレイヤーの腕次第だ。
 それが十分バン君にはあると思う。カズ君も当然それを私よりもずっと分かっている。
 カズ君の言いたいことがバン君にはしっかり伝わったようで、バン君は吹っ切れたように大きく頷いた。

「……ああ!」

 アキレスの装備に、バン君は盾は銃弾に強いスクウェアガード、武器は扱いやすいライトソードを選択した。私の見てきた限りでアキレスの攻め易い、バン君のバトルスタイルにあった装備だ。
 アミちゃんとカズ君は出場選手ということもあって下で応援するらしいので、私はミカちゃんやリュウ君と一緒に応援する為に二階に上がることにした。二階にはミカちゃんやリュウ君の他に、今日は大会に参加しない郷田さんや四天王の人たちも揃っていて、学校ではかなり有名な人たちが並んでいるので少し怖気づいてしまう。
 よお、と気前よく挨拶してくれる郷田さんとリコさんたちに頭を下げながら、私はミカちゃんの横を通り過ぎてリュウ君の横に並んだ。彼はアミちゃんの応援を目的としてここに来ているので、明らかに目線の先が違うミカちゃんの隣に並ぶのは少々ハードルが高いことを考えると、かなり気が楽だ。
 下でバトルが始まろうとしているバン君たちの様子を見ながら、視線を右に左にと移動させていると、私たちとは別の位置で観戦している目的の人物を見つけた。
 海道ジン君である。
 その後ろにはアミちゃんたちから聞いていた執事さんらしき人もいて、この中では異質な空気を纏っていた。彼もアングラビシダスに参加するし、その前にここに出入りした段階でかなりの注目株として噂が広がっているからか、海道ジン君と周りの間には少しだけ空間が出来ている。
 でも彼は遠巻きに見られていることを特に気にしたふうもなく、眼下のジオラマに目をやっていた。私もそれに倣うようにして、バン君が立っているジオラマに視線をやる。バトルスタートの合図が掛かるまでもう少しというところだった。
 バトルが始まる前の色々な感情が際限なく貯められて、爆発するための火種を待っているこの瞬間が、いつもほんの少し苦手だ。その際限なく感情が爆発する場所に私が足を浸していて良いのだろうか。バン君たちとするバトルではなかなか経験することのない熱量は、観客の有無も含めて次がない大会における特徴だと思う。
 これを心地良いと取ることが私にはまだ出来ないのは、偏に大会への出場経験の少なさから来るものだと信じたかった。



 一回戦、バン君は無事に勝ち上がることが出来た。アキレスが相手のブルド改をブレイクオーバーさせた瞬間、やった! という掛け声と共に心の底からほっとした。ブルド改がアキレスの腕を切り落とした瞬間は肝を冷やしたけれども、最後はバン君らしい積極的なバトルスタイルでブルド改を押し切った形になった。
 でも、あの損傷は今後のバトルに響く。その場凌ぎの修復作業でどうにかなる類いのものじゃない。片腕だけでもバトルに出ることは出来るけれども、何かしら対策を打たないと次の試合で負ける結果になる可能性は高い。二回戦の相手が同時破壊で次に上がってこなかった為、バン君の次のバトルは三回戦になる。時間が稼げている間にどうにか出来れば良いけど。

「リーダーどこに行くの? リーダー?」

 果たして、私が行ったところで、どうにかすることが出来るのだろうか。
 下に行こうか迷っていると、先に郷田さんの方が動いて、リコさんやミカちゃんが後を追っていくのも見えたけど、私は思わずこの場に踏み止まってしまう。視界の端で海道ジン君が自分のバトルに向かうのが見えた。あ、という言葉というには到底程遠い音が私の口から零れる。
 視界から海道ジン君がいなくなってから少しすると、郷田さんたちが戻ってくる。何をしていたのか聞こうとして、その必要もないぐらいに、リュウ君が郷田さんがハカイオーの腕をアキレスに使うようにバン君に渡したと、得意気に話してくれた。リュウ君の更に後ろにミカちゃんがいて、何故そこまで得意気に言うのか、と言いたげな視線を彼に向けていたけれども、私は黙って笑顔をつくっておいた。郷田さんが男前な行動をしたのは誰が聞いても揺るがない事実なので、郷田さんはかっこいいね、と素直に呟くとミカちゃんが満足そうな顔をするのがなんだか面白い。
 アミちゃんとカズ君のバトルが始まろうとしていた。アミちゃんに、頑張れー、と声を掛けると彼女は笑顔で手を振り返してくれた。相手のLBXもクノイチだけれども、私の師匠は強いので絶対に勝つだろうという自信がある。そう、アミちゃんは強いのだ。
 そしてそれはその通りだった。
 今日のアミちゃんは相手に対して容赦がない。彼女が手心を加えるということは私相手でも絶対にしないので、バトルの時に容赦がないのはいつものことなのだけれども、なんとなく怒りのようなものを感じて恐ろしくなる。アミちゃんは怒ると怖いということは重々承知しているので、相手のプレイヤーが気の毒でならなかった。カズ君も順調に勝利したようで満足そうにジオラマを後にしている。二人共無事に二回戦進出だ。
 海道ジン君はバトルが始まって早々に蹴りを付けて、二回戦への進出を決めていた。バトル時間は一分となかったと思う。アミちゃんたちを見ていたとはいえ、彼もそれとなく追っていたのだけれども、あまりの早業に一瞬何が起こったのか分からなかった。
 次に彼とバトルするのはアミちゃんだ。勝てるかな、と不安に襲われ、出場するのは私ではないのに目眩がするようだった。

《続きまして、アングラビシダス準々決勝第一試合、山野バンが不戦勝のためAブロックは第二試合、Bブロックは第一試合を始めます》

 アナウンスが流れると、カズ君がジオラマの前に進んでいくのが見える。周りの歓声も試合を重ねる毎に熱を帯びていくから、それに掻き消されないように大きく手を振ってカズ君を応援する。彼はそれに片手を上げて応えてくれた。準々決勝もカズ君はハンターによる遠距離射撃で、相手のムシャをブレイクオーバーさせて準決勝に駒を進めた。勝った瞬間、アミちゃんが大きく跳ね上がるのが見えて私も嬉しくなる。

「次はアミちゃんと海道ジン君のバトルか……」

 今日のアミちゃんはかなり調子が良いと、傍目から見ていてもそう思う。クノイチをしっかり調整出来たというのもあるだろうけれども、アミちゃん自身が最初のバトルで上手く調子を上げられたのも大きい。勝てないと口にすると勝てなくなると私に言ったのは、確かアミちゃんだった。だから、彼女は絶対に勝ちにいく。
 ジオラマの前でアミちゃんと海道ジン君が相対する。いつもよりもアミちゃんが緊張しているように見えて、私がやったところで意味はないのに拳を強く握ってしまう。
 クノイチとジ・エンペラーがジオラマに降り立つと、バトルスタートの合図が会場に響き渡る。勝負の行方を固唾を呑んで見守っていたけれども、先に動き出したのはクノイチの方だ。クナイを手に相手に目掛けて飛び込んでいくクノイチをジ・エンペラーは軽々と避け、背後に回ったかと思うと、手に持っていた武器でクノイチの背中を一突きした。ブレイクオーバーの音が、重く虚しく耳の中で木霊する。
 海道ジン君がジ・エンペラーをジオラマから戻して、その場を立ち去るのを視界の端で捉えると、私は一階に続く階段に向かって駆け出した。背中から私を呼び止めたリュウ君の声が聞こえたけれど、聞こえなかった振りをした。

「あ……」

 私が階段に足を掛けたのと、バトルを終えた海道ジン君が上がってきたのは、ほぼ同時だった。彼が視線を上げたことで私と目が合う。
 夕焼けを閉じ込めたような、その奥に何か神秘的なものを秘めた赤色に見つめられると、じんわりと掌に汗が滲んでくる。
 僅かに地団駄を踏むようにしてから、私の足が止まった。
 階段に次の足を掛けることが出来ずに立ち止まる私を彼は少しばかり訝しげに見上げる。
 私の足が止まったのは彼がアミちゃんに勝ったからだろうか。それにしては私の心中は淡白だ。怒りや恐怖で足が止まったわけではなさそうだった。
 それにLBXバトルに負かされたぐらいで恨むなんて、そんなのは不毛だし間違っている。勝つか負けるかは、結局、自分にしか責任を問うことが出来ないのだから。
 冷や汗が背中を伝う。

「…………」

 彼は私から視線を外すと、特に何の感慨もないようで、無表情に階段を上がってくる。彼の方から視線を外してくれたことに安堵した。
 私もなるべく平静を装って、深く息を吸いながら、彼の横を通り過ぎる。一瞬、すれ違い様に彼が私を一瞥したような気がした。足早に階段を下る。
 一階に降りると、二階にいた時よりも密度の濃い熱気が肌を刺す。アミちゃんたちの姿を見つけて、私はすぐに彼女たちに駆け寄った。フェンスに足を掛けて覗き込むようにすると、アミちゃんの掌に、ジ・エンペラーの攻撃で背面部を壊されたクノイチが横たわっているのが見える。

「アミちゃん!」
「ユイ………」
「クノイチは大丈夫?」
「ええ、クノイチは問題ないわ。背面部をやられちゃったけど、直せない程のダメージじゃない」

 アミちゃんの言うように、クロス状に入った痕はフレームを抉った程度で済んだようだった。とはいえ、もう少し踏み込まれればコアボックスに到達しかねない位置が破壊されていて、細かいメンテナンスは必須に見える。恐ろしいまでの正確な攻撃。必要最低限の力加減と精密さに戦闘技術の高さが滲み出ている。
 アミちゃんの敗退を受けて、すぐに準決勝の開始のアナウンスが流れる。
 上に戻ろうかとも思ったけれども、移動時間が惜しくて私もここに留まることにした。アミちゃんは心なし私の方に半歩下がるのに、私は何も出来なくて心苦しい。

「海道ジン、俺の次の相手はあいつだ。アミ、仇をとってやるからな!」

 丁度私たちを正面から見下ろせる位置に陣取る海道ジン君を見上げながら、カズ君は拳を握った。アミちゃんはそれに僅かに頷きを返す。

「バン? バン!」
「え?」
「準決勝が始まるぞ。お前の出番だ」

 バン君は鞄の中から郷田さんから託されたハカイオーの腕を取り出して、右腕に

「仙道ダイキに勝って、必ず決勝にいくんだ!」


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