Dearly Blue

 01.落日

 取り返しのつかないことをしてしまった。
 神様も、もう私を救ってはくださらないでしょう。



「カズ君? 彼なら先に帰ったよ」

 放課後、教室を訪ねてきたアミちゃんとバン君に私はそう答えた。私が指さした彼の机の上のパソコンは既に閉じられていて、もぬけの殻だった。
 さっき教室を出る後ろ姿も見たので、帰ったのは間違いないよ、と伝えると二人は残念そうに肩を落とした。

「そう……。悪かったわね、ユイ。わざわざ呼び出したのに」
「別にいいよ〜。私も丁度帰るところだったし、でも三人が別々に帰るなんて珍しいね。どうかした?」

 思わず困ったように眉を下げるアミちゃんとバン君に尋ねると、二人は顔を見合わせる。

「ええ。ちょっとね。ほら、ユイも聞いてない? 郷田ハンゾウの話」
「ああ、それなら聞いてるよ。二組のリュウ君が郷田さんを倒したってクラスで噂になってたけど、信憑性ないよねって話してたの」
「郷田を倒したのは、実は俺たちなんだ。ただその戦いでカズのLBXが壊されてしまって……」

 言いながら、バン君が拳を握る。そういえば、カズ君も今日は浮かない顔で授業を受けていたな、と今になって思い出す。彼の態度に納得がいった。
 アミちゃんたちよりも早く帰ったのも、きっとそれが原因だろう。カズ君はウォーリアーを大事にしていたから。

「一緒にカズ君探そうか? 今日はキタジマに行こうと思ってたし、そのあと特に用事もないから」
「本当に? いいの?」
「うん。今日はお父さんが家にいるから」

 私のお父さんは人工知能の研究者だ。普段は民間施設で研究を行っているけれども、時々家に仕事を持ち帰って来て、家の研究室で眉間に皺を寄せてパソコンを睨み付けている。そういう時は決まって、私は何かしからの理由をつけて、お父さんの邪魔にならないようになるべく遅く帰るようにしていた。
 もちろん、中学生に許される範囲の、陽が街の影に沈むか沈まないかぐらいの時間には帰るようにしているけれど。
 その事情はアミちゃんたちには話をしていたので、カズ君を探すことが私にとって負担にならないことは簡単に想像できるだろう。

「そう、それなら手伝ってもらっていい? ユイ」
「うん! もちろん」

 アミちゃんの言葉に、私は元気よく何度も頷く。子供っぽい反応に、中学生というよりも小学七年生みたい、と独特な言葉をアミちゃんから頂戴したのは記憶に新しい。

「カズ君の行きそうな場所に心当たりはあるの?」
「残念ながら全然」

 アミちゃんが首を横に振る。アミちゃんとバン君の方がカズ君との付き合いは長い。二人が心当たりがないとなれば、私が出せる案は皆無に等しいような気がした。

「キタジマに行ってみようよ。カズも先に行って新しいLBXを選んでるかもしれないし」

 そうしよう、と三人で意見が纏まる。
 見つかるかどうか分からないけれど、私たちはキタジマへの道すがら、細い路地やカズ君の行きそうなお店を覗くことにした。その途中でバン君がやっとLBXを手に入れたということを聞く。
 ずっとキタジマで借り物のLBXで遊んでいて、欲しいなと口癖のように言っていたのを知っている。良かったね、と私は何度となく頷いてしまう。
 私はアミちゃんにLBXバトルについて教えてもらっていて、師弟関係にある。LBXの扱いが不慣れな私がアミちゃんに頼み込んで、彼女にLBXを教えてもらっているのだ。
 とはいえ、優秀な先生であるアミちゃんに対して、私は出来の悪い生徒なので、未だにLBXバトルでの戦績は良くはない。その代わりというか、メンテナンスやカスタマイズの方が分かるようになってきてしまっているのだけれども、嬉しいようなそれは何か違うような、何とも言い難い気持ちになってしまう。
 でもそのおかげで、クラスの違うバン君やそれまであまり話したことがなかったカズ君と友達になれたので、それはとても嬉しい。
 いつもよりも慎重に周りを観察しながらキタジマヘの道を歩いたけれども、カズ君は見つからなかった。それどころか、キタジマにもカズ君の姿はなく、いよいよ私たち三人にはお手上げになってしまう。

「気にすることないって。そんなLBXが壊れたぐらいでいじいじしてるような奴、放っときなよ」
「でも……」
「心配するな。カズなら必ず立ち直る」

 沙希さんと店長は呑気なものだった。
 その言葉にはどこか経験の積まれた重みを感じる。大人の余裕とはこういうことを言うのだろうか。
 まだ重い空気を払いきれない私たちに、沙希さんはバトルの準備は出来てるから、とジオラマを指差す。さっきからグラディエーターを作業机でカスタマイズしている店長も、気分転換になるぞ、と私たちに言った。

「まあ、落ち込んでても仕方ないものね。バン! バトルしましょう!」
 
 アミちゃんはそう言うと、クノイチを取り出してジオラマの中に立たせた。既に準備万端らしく、クノイチは誘うように左右に機体を揺らしている。こういう時の彼女は本当に頼りになる。バン君も少し吹っ切ったような顔をすると彼のLBXであるアキレスをジオラマの中に放った。
 初めて見るその機体は、均整の取れた、お手本のように綺麗な設計をしたLBXだ。最近少し古くなったLBXを店長や沙希さんの力を借りてチューンアップしたばかりなので、その凄さがよく分かるような気がした。
 私が食い入るようにジオラマの中のアキレスを見ていると、アキレスとクノイチが同時に動き出した。



 クノイチとのバトルの後に私もアキレスとバトルをさせてもらった。勝つことが出来なかったけれども、全くもっていつも通りの結果だ。
 そしてバトルの後はアミちゃんとバトルの反省点を洗い出す。いくら戦ってもあまり強くなれない私に対して、アミちゃんは根気強く付き合ってくれる。クノイチのカメラ機能を使って撮った映像を使って細かいミスを指摘し合う私たちに、今日はバン君や沙希さんも付き合ってくれた。
 キタジマにカズ君が来るのを待ったけれども、結局彼がキタジマに顔を出すことはなかった。もしもカズ君が来た時に、と店長と沙希さんに伝言を頼んでから、私たちはキタジマを後にする。
 私の家は川を挟んで、橋を渡った向こう側にある。私が橋の向こうに渡るのを見送ってくれた二人に手を振りながら、足早に橋を渡り終えた。
 それなりに長くキタジマにいたような気がするけれど、陽の光を蹴散らして歩くには太陽はまだ高く眩しい。
 もう少しどこかで時間を潰そうかなと考えていると、視界の端に橋の向こうの河川敷で立ち止まるバン君とアミちゃん、それから相対するカズ君の姿が見えた。
 私は徐ろに足を止め、橋の向こうの光景を見遣った。


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