- ナノ -

チャームポイント

「なまえ先輩」
「あ、ヒカリちゃん」

我がトランペットパートは今年4人の新入部員を迎え入れた。4人のうち2人は経験者でそのうちの1人であるヒカリちゃんはここ数年全国大会常連の中学出身だった。新入生の指導は主に2年生が担当することになっており、私の担当は彼女になった。

「うわっ、また来たの?早く帰んなよ」
「角名先輩こそ、自分のクラスで交友を深めたほうがええんとちゃいます?」
「俺は俺の彼女と愛を育んでんだよ、邪魔しないでくれる?」
「り、りんたろ!」

あまりにも明け透けで恥ずかしいことを堂々と後輩に告げるので慌てて倫太郎の口を塞ごうと立ち上がるが倫太郎によって簡単に両腕を封じられる。

「そういうキモいこと言う時は場所選んだほうがええですよ。なまえ先輩も大変迷惑してはります」
「余計なお世話。お前こそなまえが何も言わねぇからって上級生の教室に入り浸らないでくれる?」
「私はちゃんとなまえ先輩に用事があって来てるんで」
「そのなまえ先輩ってやめなよ、馴れ馴れしい」
「うちの伝統なんです。部外者はすっこんどいてください」
「ふたりとも……そのへんで……」

どうも倫太郎とヒカリちゃんは馬が合わないらしい。倫太郎には「ええ子やから仲良くしたってな」と事前に話していたのだが……。
二人が顔を合わせるといつもギスギスした空気になる。

音源の貸し借りや基礎練メニューなどヒカリちゃんから学ぶことは多く、また彼女も私にとても懐いてくれている。彼女とはうまくやっていけそうだと思っていたのに、こんな事で悩むことになるとは。

倫太郎の監視下の元、ヒカリちゃんはおすすめの教則本を私へ渡して「じゃあなまえ先輩、また部活で」と言って教室を出ていった。

「……こんなの朝練とか部活んとき渡しゃいいのに」

興味なさげに机に置かれた教則本をぺらぺらとめくりながら倫太郎はぼやいた。

「……なぁ、もうちょっと愛想よくできへん?」
「あいつが可愛げないから無理」
「倫太郎……」
「無理だから」


「「お疲れさまでした!」」

部活が終わり、めぐちゃんと体育館へ向かおうとしていたら、ヒカリちゃんと数名の一年生たちが「先輩、駅まで一緒に帰ってええですか?」と聞いてきた。

中学の時は上下関係がとても厳しかったので先輩と親しくすることも、また後輩から親しくされることもなかったのでとても嬉しい。
嬉しいのだが、
「ごめん、私ら体育館寄って帰るから一緒には帰られへんわ」
そう言ってやんわり断ると、一年生たちは
「私らも行ってええですか?」
と少しはしゃぎはじめた。

そうか、別に見学は自由やし大人しくしてたらええか、と思い直し
「ええよ、その代わりバレー部の邪魔にならんように静かにしような?」
と言うと
「やったー!ミャーツム先輩バレーしてんの初めて見れるで!」
「ミャーサム先輩との掛け合い見れるかな?」
と後輩たちは早速双子の話題で盛り上がっていた。

そんな中、ヒカリちゃんだけ不服そうな表情を浮かべている。

「ヒカリちゃんもみんなと一緒に来る?」

なるべく強要しないようさりげなく誘ってみると、彼女はぼそりと
「もしかして……私らと帰られへんのは角名先輩待つからですか?」
と聞いてくる。

「うん、約束してるから」

別に隠すことでもないので正直にそう答えると、
「なんであんな人と付き合ってるんですか?」
と彼女は身も蓋もない質問をしてきた。

「や、ああ見えてちゃんと優しいねんで?」

わずか数週間で完全に険悪ムードになってしまった二人になんとか仲良くしてもらいたいのだが言葉を選んでいるうちにヒカリちゃんは堰を切ったように話し始める。

「なんか目付き悪いしデカいし姿勢も感じも悪いし、えぇとこないじゃないですか。もっと素敵な人他におるでしょ?」
「ヒカリちゃん……」

えぇとこないわけじゃないねんけどな。

喉まで出かかった言葉をとっさに飲み込む。
私から倫太郎のえぇところを列挙すればきりがない。けれどそれはノロケに聞こえないだろうか?
せっかくヒカリちゃんとは友好な関係を築き上げてきたのに一瞬で痛い先輩になってしまわないだろうか。
先輩の威厳とは……

そんな思考の迷宮に迷い込みかけた時、

「人の大切な人にそんなひどいこと言うたらあかんよ?」

それまで黙っていためぐちゃんが穏やかな声でヒカリちゃんを窘めた。私もヒカリちゃんもびっくりしてめぐちゃんへ視線を送ると、めぐちゃんはいつものようににこやかに微笑んでいる。けれどもいつもとなにかが違う。
あ、そうか。口元は笑ってるけど目は笑ってへんねや!
めぐちゃんのこんな表情を見るのは初めてだった。

「でもっ」
ヒカリちゃんはめぐちゃんの圧に負けじと声を上げるが
「ヒカリちゃんも好きな人の事を他の人に貶されたら嫌やろ?」
と言うめぐちゃんの一言でヒカリちゃんは完全に黙ってしまった。


体育館へ入るとギャラリーが多く、めぐちゃん達と狭いキャットウォークを移動しながらコートの中を伺う。ちょうど紅白戦が行われており、バレー部でも新入生らしき人の姿が目立っていた。

「あれ平介くんやん」
「あ、ほんまや」

うちの後輩たちも見知った顔があるらしくコートの中に興味深々だ。
ようやく見学できそうなスペースを見つけて私は倫太郎の姿を探す。

ドドォッ!

コートに大きな音が響き、ちょうどスパイクを決めた倫太郎が侑くんと「オエーイ」なんて言いながらハイタッチしている。どうやら今日の彼は調子が良さそうだった。
その後も活躍する倫太郎の様子を眺めていると
「え、なまえ先輩の彼氏さんめっちゃかっこよくないですか?」
「教室とかで見かける時と全然ちゃうな」
などど後輩たちに褒められて思わず頬が緩む。

そういえばヒカリちゃんはどうしているのだろうか、ここまで渋々ついてきた彼女の様子が気になり少し身を乗り出して後輩たちの向こうにいる彼女の様子を伺う。ヒカリちゃんは真剣な眼差しでコートの中を見つめていた。

これは……連れてきて正解やったかな?

そんなことを考えつつ、私はまた倫太郎の姿に釘付けになる。


バレー部の練習も終わり、少しだけ賑やかになった体育館内でヒカリちゃんは
「これまで失礼なこと言うてすいませんでした」
と私に頭を下げた。
彼女の中の倫太郎に対するイメージが良い方向へ向かったようで少しだけ安心した。

「やっぱりなまえ先輩はバレーやってはる姿見て角名先輩のことええなって思ったんですか」
「教えて下さいよー」
「ははは、勘弁して」

後輩たちに冷やかされながら体育館を出ると、ちょうど部室へ戻ろうとする倫太郎達とばったり会った。

「あ、なまえ」
「お疲れ様、倫太郎。今日調子良かったみたいやな」
「そうでもないよ?前半ドヤされてたし」
「そうやったん?」

フフっと笑って倫太郎は汗を拭う。調子だけでなくどうやら機嫌もよさそうだ。

「でもなまえの姿見えたから気合い入っちゃった」
「……えぇ?」

また所構わず甘ったるいことを言う。少しだけ呆れて彼を見上げたその時に倫太郎は素早く私の耳元に唇を寄せて
「すぐ着替えてくるからいつもんとこで待ってて」
と囁いた。耳を掠める彼の熱を含んだ吐息に一瞬にして体中の熱が顔に集まる。

「り、りんたろ!」

私の様子に満足したのか、倫太郎はニマリと笑みを浮かべながら部室棟へと歩いていった。
呆然とその後ろ姿を眺める私の横にヒカリちゃんが来て
「なまえ先輩、やっぱり前言撤回してもええですか?」
と妙に冷静な声音で話すので
「や、あれでも優しいねんで?嘘ちゃうで?」
とフォローにもならない一言を呟いた。