君と話がしたいんだ
佐藤くんとカレーを食べたあと、彼はジュースを奢ってくれた。
そういえば倫太郎と付き合う前にも同じような事があったなと思い出す。
台風が近付いてきているせいか、いつもよりは校舎を吹き抜ける風がきつい。
スカートを押さえながら体育館脇の階段に座った。
「角名くんと喧嘩したん?」
食堂ではクラスの話とか部活の話をしていたのにふたりきりになった途端、佐藤くんは核心をついてきた。
「あ……喧嘩したわけちゃうねんけどな」
「そうなん?」
「うん、ごめんな。心配かけたみたいで」
口角をあげて笑顔を作って。
佐藤くんはジュースを一口啜り、はぁーと息をついた。ふわりと甘ったるいバナナの香りがして、つられて私もジュースに口をつける。
「溜め込んだらあかんで、なまえちゃん。もやもやしてることがあるんやったら吐き出さんと。俺、別にここで聞いたこと誰にも言わへんし」
佐藤くんはいつも優しい。弱っている時ほど、その優しさが沁みる。ついつい話を聞いて欲しくなってしまう。
「私……進路で悩んでて」
「うん」
「まだ何やりたいかなんてわからへんねんけど……皆私が音楽の道に進んむやろ?って思ってるみたいで」
「うん」
「なんか……そうせなあかんのかなって……それがすごい……プレッシャーっていうか」
「嫌やってんやろ?」
佐藤くんはジュースを最後まで飲み切って箱をくしゃりと握りつぶした。
「……そこまで強い気持ちではないと思うねん。サツキちゃんに言われた時はさらっと流せたし」
「ほん」
「倫太郎に同じこと言われた時に……なんかすごいモヤモヤして……」
「ふんふん」
佐藤くんは腕を組んで空を眺めながら考えているようだった。
しばらくすると、
「これは俺の勝手な想像やけど」
佐藤くんはそう前置きして話し始めた。
「なまえちゃんの中で将来音楽をやりたいって気持ちと角名くんを支えたいって気持ちがあると思うねん」
音楽をやりたいかどうかはさておき、倫太郎を支えたいという気持ちが最近大きくなっているのは確かだった。
佐藤くんは話を続ける。
「それでな?角名くんを支えたいって気持ちが何がきっかけかは知らんけど義務感みたいになってもうてやな、ほんまは音楽やりたいって思ってる気持ちに無理やり蓋してるんちゃうかなって思うねん」
「そんなこと……」
「まぁ聞いてや。だから角名くんに音楽やるんやろ?って当たり前みたいに言われて、私が我慢してるのになんで伝わらへんの?って心のどっかで思ってもうたんちゃうかなーと。多分無意識で。だからもやもやする」
佐藤くんの話を最後まで聞き終わると腑に落ちた。
けど私ってなんて勝手なんやろうって自分自身が嫌になった。
「倫太郎に……謝りたい」
「ふふっ」
隣で笑う佐藤くんに視線を送ると、「向こうもそう思ってるかも」と言って校舎の方を指さした。
そこには倫太郎が立っていた。
体育館の裏まで走って行くと、なまえの声が聞こえた。
「倫太郎に……謝りたい」
叱られた子供みたいにしおしおになったなまえが可愛くて笑ってしまう。
佐藤はゆっくりとこちらに歩いてきて俺の肩に腕を置き、耳元で「なまえちゃん笑顔にできへんねやったら俺がもらう」と呟いた。
その腕を払い除け、「なまえは俺のだよ」と牽制した。
佐藤はそのまま校舎の方へ歩いて行き、なまえとふたりきりになった。
すこし居心地悪そうに視線をそらすなまえの前に立って直ぐ側で見下ろす。
「俺に謝りたいって?」
こんなに近付いても依然視線をそらし続けるなまえの顔を両手で包んでこちらを向かせる。
困ったみたいに眉を下げて俺を見つめるなまえに先手を打つことにした。
「ごめん、なまえ」
俺が謝るとなまえは目を見開いた。
またなまえの顔が悲しそうに歪む。
「なんで倫太郎が謝んの?」
「俺、浮かれててさ、なまえとちゃんと話してなくてもずっと一緒に居られるって思ってた」
「そんなん、私もやし!私の方が……わがままで勝手やのに」
「俺さ……たった2日なのになまえと話せなくて……ちょっと辛かったよ」
正直な気持ちを話すとなまえの瞳が潤んであっという間にぽろりと大粒の涙が溢れた。
「倫太郎、ごめん……これからはもっと……私ちゃんと話すから」
なまえの涙はポロポロこぼれて、拭っても拭っても溢れてくる。
「だから……私の話いっぱい聞いてほしい」
早くなまえの笑顔が見たい。たまらなくなってぎゅっと抱きしめた。
「俺も……なまえに聞いてほしい……俺の気持ちとか考えてることとか……全部」
「今日泊まりに行ってもいい?」
教室へ帰る途中、倫太郎は私の手を握りながらそう呟く。
おかんに確認を、なんて話はどうでも良くて、今は倫太郎と沢山話がしたかった。
「うん、倫太郎の練習終わるまで待ってるから一緒に帰ろう?」
「ん、そうしよ」
約束をして、お互いの教室へ戻った。ふとスマホを見ると通知がチカチカと光っている。
確認するとそれはおかんからの着信で、折り返す前に予鈴が鳴ってしまった。
まぁ、急ぎやったらまた電話かかってくるやろうし、伝えたいことあったらメッセージとか送ってくるやろ、そう思って鞄にスマホを仕舞った。