- ナノ -

美味しそうに食べるから

5月の連休明け。


「なまえ、もうおかん無理。
昼ごはんは食堂かコンビニで買ったやつ食べて」

「え、今日の昼から?」

「ごめん、昼代ちゃんと毎日渡すから、
よろしくな!」


私が高校生になり、朝練で他の家族より
早く家を出るようになったので、
母はお弁当をこれまでより早く起きて
作ってくれていたが、もう限界らしい。


お金をもらって家を出たが
今日に限って朝練はなく、
時間もいつもより遅かったので
通学途中のコンビニは稲高生によって
粗方買いつくされた後だった。


残るは食堂だが、ぶっちゃけ先輩だらけの食堂に
単身乗り込む勇気がない。

システムもわからない。

こうなったら…と隣のクラスに足を運ぶ。


「角名くんにお願いがありますぅ!」

「何だよ、急に」

「あ、挨拶まだやった、おはよう。
あれ?めぐちゃんは?」

「…おはよう、栗山は知らないよ、
トイレでも行ってんじゃない?」

「そっか」

「で、俺は何をお願いされるの?」


角名はいつもの澄ました顔で
話の続きを催促する。


「今日だけでいいから、お昼に食堂一緒に
行ってくださいお願いします」


一気に言って頭を下げた。


「なんなん、みょうじ、今日弁当忘れたん?」


銀島が寄ってきたので、頭を上げて答えた。


「おかんがもう弁当作るのに疲れたらしい。」

「お前のオカン、限界迎えんの早ない?
まだ5月入ったとこやん」

「おかんにはおかんの事情があるんや。
知らんけど」

事の経緯を簡単に説明した。

すると角名が口を開く。


「……なんで俺なの?栗山とか誘えばいいじゃん」

「いや、だって、角名は毎日食堂やから
慣れてるやろうし。
ほら、前に先輩ばっかりって言ってたやん?
お弁当持ち込んでる人もあんまりおらへんて
言ってたから急に弁当持ってきてる友達に
ついてきてもらうのも悪いし…
ぶっちゃけシステムがわからんから
教えてほしいねんけど………あかん?」

と私は訴えかけるように角名を見上げる。

うっ、と言いながら角名は引きつった
顔をしているので、連れていってくれるか
不安になった。


「俺はいい…けど最近治と食べてるから
3人で一緒に食べることになるけど」

「大丈夫ですありがとうございます
角名様さまさま」

「治には説明しとくから。昼休みに迎えに行く」

「ありがとう!よろしく!」




昼休み、教室で財布を握って待っていると
教室の前の扉から角名が顔を出した。

私を見つけると手招きするので
いそいそと席を立つ。


「なぁ、角名、治くんは?」

「あいつとはいつも食堂で合流」

「そうなんや」

「じゃ、行こっか」



ところで、角名は身長がとても高い。

4月にあった身体測定で
180cmを超えていたらしい。

私はもうちょっとで160cmというところなので
20cm以上は差があるわけで
当然のごとく歩幅も違う。

角名について行くのに必死で歩いていると、
それに気づいたのか角名は何も言わずに
歩くスピードを緩めてくれた。


いつも澄ました顔をして
何を考えているかがわかりにくいが、
まわりをよく見ていて、
さり気なく気を配ってくれている。


たまにからかわれるけど
角名ってやっぱりえぇヤツやなー。


角名が私にあわせて
ゆっくり歩いてくれるのでまた話しかけた。


「角名はお昼何食べるん?」

「今日も日替わりかな。
まぁメインが何かによるけど。
みょうじは目星つけてんの?」

「私はカレーや」

「え、いきなり?」

「なんなん、デビュー戦でカレー食べたら
あかんのかい」

「食堂行ったことないんだろ?
分量とか辛さとかわかんねぇのにさぁ、
チャレンジャーだね」

「角名くんは食堂でカレー食べたこと
あるんですかぁ?」

「いや、無い」

「無いのにケチつけられたー」


などと話していたら食堂に着いた。


食券売り場の近くに治くんがいて、
こちらに気づくと手を軽く上げて挨拶する。


「なまえちゃん、
今日食堂デビューなんやって?」

「せやねん、角名センセに
レクチャー受けよ思て」

「ほらみょうじ、券売機並ぶよ」


角名が私の腕を引く。


「あ、ごめん」

「俺先行って席とっとくわー。
茶ぁよろしくー」


そう言って、治くんは定食の列に
並びに行ったので、私達は券売機に並んだ。


お目当ての食券を買って
角名にカレーの列を教えてもらい
一人で並ぶ。


「お、お願いします」

食券をおばちゃんに差し出すと、
あっという間に目の前にカレーが
突き出された。


あわてて持っていたトレイにのせ、
角名を探すと給茶機の行列に並んでいた。


「治があっちで席とってるから先行ってて」

言われた方向に目を向けると、
治くんはすでに何かを食べ終えていた。


人にぶつからないようにそろそろと
席にたどりつくと、
治くんはわたしのトレイを一瞥して


「なまえちゃん、カレーか。
いきなり攻めるな」


とつぶやいた。


お邪魔しますと言いながら、
治くんのななめ前に座って角名を伺うと
ちょうどお茶を汲んでいる最中だった。


治くんはすでに食べ終えた定食とは別に、
さらに親子丼を食べはじめている。


「なぁなぁ、食堂一発目にカレーって
邪道なん?」

「邪道かどうかは知らんけど、
カレーは当たり外れ大きいんとちゃう?
シャバシャバやったり甘かったり
いかにもレトルトって味やったら
テンション下がるわ」

「そういうもんなんかー」

「角名になんか言われたんか?」

「チャレンジャー言われた」

「はは、感じ悪いな」

「二人して俺の悪口とかやめてよね」


振り返ると角名が無表情でこちらを見下ろす。


「悪口ちゃうわ、事実や」

「お茶いらないんだ」

「いるいる」


二人の流れるようなやりとりを見ていたら
角名は私の隣に座って、


「先に食べてていいのに」


と言いながらお茶を私のトレイに一つ置く。


「ありがとう」


ん、と角名は相槌をうち、
自分のお茶を一口すする。


「いただきます」


スプーンでひとさじ、
カレーのかかったご飯をすくって口に運ぶ。


スパイスが効いているが甘すぎず辛すぎず、
少し塩味を感じるがフルーティ。


「う、うまっ」


家のものとも某チェーンやレトルトとも違う
味わいに思わず手が止まる。

治くんがせやろと言って笑った。

角名はスマホを見ながら定食のおかずを
口に放り込んでいる。


「角名は定食美味しい?」

「可もなく不可もなく」

「そっか」


治くんは?と親子丼の味を聞こうとしたが、
もう丼の中身は空だった。


「ほなもう俺行くわ」


治くんが食べ終わった食器を重ねて席を立つ。


「治くん、席とっててくれてありがとう」

「おう、ほなまたななまえちゃん。
角名も部活でな」


角名は「ん」とだけ言って答える。


治くんが帰ってしまったので、
二人で並んでもくもくと食べていた。



しばらくすると角名が


「……カレー、そんなにおいしい?」


と聞いてきた。


「メチャうまやで!角名も一回くらい
食べてみたらええのにー」


と言いながら、カレーをすくって口に運ぶ。



……何やら角名からの視線を感じる。



咀嚼しながら横を伺うと目があった。

いつもの無表情とは違う、
なにか企むような顔をしている。


「じゃあ、一口ちょうだい」

「ん、ええけどスプーンないから
取ってこなあか」

ん、と言い終わる前に、角名は今から口に
運ぼうとしていたスプーンを
私の手ごとつかみ、
パクリと食べてしまった。


「すすすす角名ぁっ!!!」

「うん、ちょっと甘いけど美味い」


角名が、ニヤリと笑う。


「ほら、早く食べないと
昼休み終わっちゃうよ?」

「さっきあんたが口つけたスプーンで!?
むりむりむりー!」

「俺と間接キスそんなに気持ち悪い?」


角名がわざとらしくしょぼんとする。


くっそ、キスとか言うな!

と心の中で悪態を付くが、
あまり強く拒否もできない。


角名は大事な友達だ。


「もうしらん!」


角名が頬杖をつきながら
私がカレーを食べる様子を
じぃーっと見ている。


満足げな顔をしながら。


やけくそでカレーをかっこんで、
お茶を一気に飲み干した。


「みょうじ、顔真っ赤だよ」

「誰のせいや思とんねん!
あーもう、ごちそうさまでした!」


勢いよく席を立つと、角名が


「あ、食器はあっちだから」


と涼しい顔をして指差す。


「ありがとう!」
「どういたしまして」