- ナノ -

グラり揺らいでコロげ落ちる

今日から冬の風物詩グラ○ロが始まる。
ファストフードで季節を感じている私としては待ちに待ったと言っても過言ではない行事のひとつだ。

今年は特に期待が高まっている。なぜならグラ○ロを味わえるのが2年ぶりであること、さらに新作グラ○ロまでラインナップされていることがその要因。
外の空気はもうすっかり冬だけどグラ○ロ食べなきゃ私に冬は来ない。なので今日は一人でじっくりグラ○ロに向き合いたいと朝から友人に息巻いた。

「はいはい」と私を軽くあしらった友人と入れ替わるようにクラスメイトの角名くんが私に近付いてきた。

「みょうじ、今日って」
「グラ○ロの日やから無理」
「まだなんも言ってねぇじゃん」

角名くんは同じ保健委員だか彼と話していると調子が狂う。彼の手の上で転がされている感覚というか、あれよあれよという間に彼のペースで話が進んでしまうのだ。
いろいろあって私は角名くんに声をかけられるとすこし身構えてしまうようになっていた。

「今日部活終わりにさ、ふたりでグラ○ロ食べに行かない?」
「え、なんで角名くんとわたしが……っていうか角名くんの部活終わりってめっちゃ遅いんちゃうん?無理」
「早かったら付き合ってくれんの?」
「無理」
「えー?オツキミは一緒に食べに行ったじゃん」
「それは事故やから」
「事故ってひどくね?」

角名くんに絡まれるとこんな具合で会話が進むが、気が付くといつも彼の提案が通っている。このままだと彼の部活が終わるまで待つことに成りかねないので、いつもに比べて余計にガードを固くした。

「じゃあ来週は?水曜日とかどう?」
「来週は期末直前やん。勉強しなあかんから無理」
「あ、ちょうどいいや。じゃあ一緒に勉強しようよ。みょうじ現国得意じゃん。教えてほしいんだけど」
「私に何のメリットが」
「みょうじ数学苦手じゃん。数学だったら俺得意だから教えてあげられるよ?」
「……無」
「新作グラコロ奢るから」
「いいでしょう!!!」

無理と断る前に『新作』と『奢る』という単語に思わず食いついてしまった。


水曜日になった。
角名くんは私と目が合うとニンマリと笑う。
『約束忘れないでよね?』って彼の視線がそう語る。

HRが終わってしまい、ヘタレな私は教室の喧騒に紛れて逃げ帰ろうとした。しかし階段を降りたところで角名くんに捕まる。

「置いてかないでよ」
「や、そんなつもりは……」
「あわよくばひとりで帰ってやろうって顔してるけど?」
「嘘!そ、そんなこと……思ってもないし!」
「みょうじ動揺しすぎ」

角名くんは「じゃ行こっか」と一緒に委員会へ行くときのような気安さで下足室へと向かう。


駅前の店舗はテス勉をする学生で混んでいた。

「どうする?テイクアウトしてどっかで食べる?」
「え?外寒いやん、無理」
「でも混んでるし。あ、みょうじの家は?」
「なにしれっと上がり込もうとしてんの?怖いねんけど」
「だってみょうじの部屋ってどんなのか興味あるから」

冗談でも私に興味があるなんてどうかしてる。
というかこのままだとまた角名くんのペースに流されてしまう。なんとかしなければと店内をしっかり伺うとカウンター席が空いていた。
二人で並んで座ることにはなるが、彼を家へ招くよりはましだ。
「ここは大人しくイートインしとこう」
そそくさとその席を確保しに向かった。


角名くんが買ってきてくれるというので私は席に座って数学の教科書を開いた。あぁ、ここ全然わからへんねやった。このへん教えてもらお、と質問するところをさらっていると
「おまたせ」
と言いながら角名くんはトレイをテーブルに置いて席に座った。
彼が席に座って気がついたが、近い。
ここのカウンター席ってこんなに狭かったっけ、と思ったけど、考えてみれば角名くんて大きいんだった。
肩が触れるくらい近い。いや、もうすでに掠っている。心臓がドドドっと早鐘を打った。

「じゃ、お待ちかねの」
角名くんはそう言ってグラ○ロを私に差し出す。
遠慮がちに受け取りつつも念の為確認する。
「なぁ、角名くん。ほんまに奢ってもうてええの?」
「もちろん、誘ったの俺だし。みょうじには委員会でもお世話になったからね」
「私特に何もしてへんよ?」
「気にしないでよ、俺がしたくてしてるだけだから。それより食べようよ」
「……じゃあ遠慮なく」
「ん」

金曜日にひとりで食べたものは普通のグラ○ロだったので、新作の包を開けてふわりと漂うトマトソースの香りに期待が高まる。
「いただきまーす」
大きく口を開けてがぶりと噛み付いた。
フワッフワのバンズとサクサクの衣の中からアッツアツのホワイトソース。まろやかなその中身にとろりとからむハーブの効いたトマトソースの酸味と旨みのベストなバランス、そんな濃厚な味わいに千切りキャベツの清涼感がアクセントになって……あぁー美味しい……しあわせ……

「フ」

すっかり意識がグラ○ロに持っていかれたところを角名くんが軽く吹き出す声で我に返る。
「す、角名くん、新作めっちゃ美味しいで!」と誤魔化すように元気よく話すと
「みょうじってさ……ほんといいよね」
と角名くんはバーガーをトレイへ置いて頬杖をついた。
「うん……え?何が?」
横に座る彼の顔を見上げると、いつもよりも表情の柔らかな角名くんはすっと私に手を伸ばす。
「付いてる」
そう言うのと同時に角名くんの親指は私の口の端にそっと触れ、唇を掠って離れていった。
私の口元を拭った彼の親指を見ると、少しだけホワイトソースが付いていた。
食べるのに熱中しすぎた!恥ずかし!!
「あ、あのっ、ほらこれで拭いて」
と、彼の指についたソースを拭き取ってもらおうと慌ててトレイから紙ナプキンを引っ掴んで彼へ差し出した。
でもそれを角名くんは受け取ることはなく、彼は親指についたソースをぺろりと舐め取った。

その様子を目の当たりにした私は無言で彼から視線を外してテーブルに突っ伏した。

なんなん?

私の口についたソース拭ったりそれ舐めたり。
そんなことするのってやっぱり……え?そうなん?いや、落ち着け。角名くんはわたしのおかんなん?いやいや、落ち着け違うやろ。
角名くんて……角名くんて…

「みょうじ」

名前を呼ばれて思わず体がはねる。顔をあげることができない。

「ねぇ、みょうじ。冷めちゃうよ?食べようよ」
「無理」
「どうして?」
「……どうしても」
「食べんの楽しみにしてたじゃん」
「角名くんは……なんでそんな平然としてんの?」
「俺なんか変なことした?」

彼にとってクラスメイトの異性の唇を拭うことは変なことに入らないのだろうか。
さらにそれを口に含むことは彼にとってはなんでもないことなのだろうか。

……いやいや、やっぱりおかしいやろ!!
って角名くんに言っても全く響かないような気がしてきた。

「私の……いや、ええわ。それより私が風邪引いてたらどうすんの?」
「みょうじ元気じゃん」
「や、まぁ元気やけれども……ちゃうやん!角名くんは春高控えてるしレギュラーやのにもしなんかあったら……」
「俺の心配してくれてるの?」
「ちゃう」
「優しいね、みょうじは」
「そんなんちゃう」
「じゃあ、顔上げてよ」
「……無理」
「みょうじ」

諭すように優しく響く彼の声に引っ張られるように恐る恐る顔を上げると、ニマニマと笑う角名くんと目が合った。

「俺が保健委員になったのも、一緒にメシ食べに行くのも、こうして話したいって思うのも、全部みょうじに意識して欲しかったからなんだよね」
「……また嘘とか言うんちゃうの?」
「嘘じゃねぇよ」

角名くんの本心なんてわからない。わからないけど「嘘じゃない」と言った彼の声は私をからかうものではない。

そう思いたい。

くやしいけど意識なんて随分前からしている。
角名くんの思惑どおりに。

素直になってもいいかもしれないけど、今日のところは勘弁してほしい。

「あの……そういったお話はテスト終わってからにしていただいてもよろしいでしょうか」

苦し紛れの言い訳みたいなセリフを吐けば、彼はまたニマニマ笑って「いいよ」と答える。

「じゃあ今日はとりあえずグラ○ロ食べよっか」
「……そうします」