- ナノ -

嘘から始まるあれやこれ

秋を何で感じるのかは人それぞれだ。
朝夕の涼しさ、虫の声、夜の長さ
私の場合は――

さっきからHRが終わるのをそわそわと待っているせいで担任の話なんか全然頭に入ってこない。すぐに下校できるよう荷物の準備はすでに済ませている。
キーンコーンカーンコーンと間延びしたチャイムと同時に担任への礼を終えると私は通学鞄を引っ掴んで扉の外へ!

と思っていたのに。

「百均のホッチキスのさ、最後の一回って絶対失敗するよね」
「……そっスね」

トン…トン、パチンと静かな教室に微かに響く音と眼の前に座るセンター分けのデカい男。
彼は全国屈指のバレー部所属。普段の彼はチャイムと同時にこれまた同じクラスの宮治くんと即体育館へと足を運ぶのだが、今日は体育館の月例点検日だかなんだかで部活は休みらしい。

教室を出ようと扉へ向かう途中で二学期から同じ保健委員になった角名くんに捕まった。
今日から始まる秋の定番メニュー、オツキミバーガーを食べて秋を感じながら帰ろうと思っていたのに。

「ねぇ、なんでそんな機嫌悪そうなの?」
「んなことないよ」
「眉間にシワできてるよ」
「え?」

あわてて眉間を押さえたと同時に
「嘘だよ」
と言い放たれる。

ムカつく。

「俺に予定合わせるって言ったの、みょうじだからね?」
「わかってるって」

昨日行われた委員会で生徒への配布物があろうことか綴じられずに配られた。

『正しい携帯端末との付き合い方』

中高生でもスマホを持つ子が増えてきているせいか、夢中になりすぎて視力が落ちるだの斜視になるだの姿勢が悪くなるだの。

スマホとは一定の距離を保って付き合っていきましょうね的なありがたーい話がつらつらと書かれたプリントを各クラスの保健委員が綴じて来月までにHRで読み合わせるようにとのことだった。

このクラスで誰よりもスマホをいじっている角名くんがそんな話をするのだから、きっとクラスの皆は「いや、お前が言うな」とツッコまずにはいられないだろう。

それはさておき。

自分のクラスの分くらい、部活にも入ってないしどうせ暇なので一人で綴じてもいいと角名くんに申告した。
角名くんは「それはちょっと気が引ける」と渋るので「じゃあ角名くんの都合のつく時でええよ」と言った。

てっきり昼休みとか休み時間の合間とかにやるんだって思い込んでた。

「なぁ角名くん、もうちょっと早く手ぇ動かされへん?」
「何慌ててんの?」
「ちょっと、このあと予定あるから……」
「オツキミバーガー食べて帰るんだろ?」
「え、なんで知ってるん?」
「休み時間に言ってたの聞いたし」
「知ってたんやったら協力してや」
「そんな生き急いでたらシワ増えるよ」
「シワなんてないよ!」
「えー?」

そう言って角名くんは私の顔を表情も変えずに正面からじっと見てくるのでドキっとする。

「な、何なん?」
「……あ」

角名くんが私の顔を指差すので
「え、嘘!シワあんの?」
と両手で顔を押さえたら
「嘘だよ」
と言い放たれた。

ほんまムカつく。

何事もなかったようにまた次のプリントを束ねながら角名くんは雑談を続けた。

「関西人って何でも否定から入るよね」
「それすっごい偏見」
「だってさ、すぐ『嘘やん』とか言うじゃん」
「角名くんの場合、ほんまに嘘つくからやん」
「んなことねぇよ」

パチン

ようやく半分といったところだろうか。
綴じ終えた資料をトントンと揃えている隙に角名くんはスマホを触りだす。

「ちょお、サボらんといてや」
「たしかクーポンあるよ、オツキミの。あった」
「クーポンあってもこれ終わらな食べに行かれへんやん!」

私の抗議はスルーして彼はスマホに集中する。今すぐその綴じたばかりの冊子を端から端まで頭の中に叩き込んでほしい。

「ふーん、半額だって」

半額と聞いて反応しない関西人がいたら今すぐ手を挙げて教えてほしい。
魅惑の単語に早く作業を進めたいという私の決意は簡単に揺らいだ。

「えっ嘘やん、どこにあんのそのクーポン」
「ほらね、『嘘やん』って言った」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、角名くんは揚げ足を取る。
普段は何考えてるかわからないくらい表情が乏しいくせに、こんな時だけ生き生きした笑顔を浮かべるんじゃない。

「それはええやん、もう!……で、クーポンは?」
「嘘だよ」
「ほんましばくで」
「半額ってのは嘘。50円引き」
「……ふーん」
「あれ?興味ない?」
「半額ほどのインパクトはないな」
「確かに」

それからしばらくしてようやくすべての資料が綴じ終わた。資料の説明をする日程調整も兼ねて担任に預かってもらうため職員室まで行こうと席を立つと角名くんは私を見上げて
「俺これ運んでくるからみょうじは下足室で待っててよ」
と言う。

「運んでくれるのありがたいけど、なんで私が角名くん待たなあかんの?」
「え、一緒にオツキミ食べに行くからだけど?」
「は?私と角名くんが?いつそんな話になったん?」
「……クーポンいらないの?」
「いります」
「じゃ、けってーい」

急ぐ様子がこれっぽっちも感じられない角名くんはダラダラと席を立つ。
こっちはこの日をどれだけ待ち望んでいたと思ってんだ。

堪りかねて「はよ行ってきてよー!」と割と強い口調で急かすと
「そんな怒んなよ。可愛い顔が台無しだよ?」
と言って私の頭の上にポンっと手を置いた。

「なっ、な、何言うてんの!」
「嘘だよ」
「ほんまにしばく!」
「台無しってとこが嘘。怒っててもみょうじは可愛い」

もうこの男の言うことは一切信用しない

そんな決意をのせて彼に「嘘ばっかり!!」と投げつけたのだか、角名くんは少し困ったようにふ、と笑う。

「……これは嘘じゃないから」

私の頭の上に乗せた手を名残惜しそうにするりと滑らせて角名くんは教室を出ていった。

呆然とその背中を見送る。

私、このあとオツキミちゃんと味わえるかな……。

突然降ってわいた出来事に秋の楽しみが霞んでしまいそうだった。