ネタ帳 | ナノ
本当は来るなと言われていた。

ナマエの叔父にあたるヴィリー・タイバーがパラディ島に向けて宣戦布告の演説をする日、レベリオ収容区には危険が及ぶことが予想された。ナマエは姪でありながら、次の戦鎚の巨人を継承する候補者でもあり、黙って見過ごすわけにもいかなかった。

「ヴィリー叔父様とラーラ叔母様は……?」

「もう行ってしまわれたの」

ナマエがレベリオ収容区近くの屋敷に訪れると、泣き崩れる叔母と、ナマエの回りを取り囲むヴィリーの子どもたちの姿。
護衛についてきた彼女の側近らが制止するのも聞かず、ナマエは走り出す。

屋敷から飛び出して、見通しの良い一本道に出たところで空に閃光が走った。それがヒトが巨人化する際の光だと、ナマエは知っている。

(始まってしまった……ラーラ叔母様、どうかご無事で)

戦鎚の巨人は現存する九つの巨人の中でも、群を抜いた力を有する。タイバー家はその力をもって、決して戦争に加担することはなかった。
パラディ島のレイス家とはまた違う、仮初めの平和を保っている。ナマエはそう、信じていたのに。

(巨人の足音が多い。一体や二体じゃない)

そこかしこから銃声が聞こえ、向かう先が赤く染まる。戦場の、レベリオ収容区に着く。

「はぁっ……はっ……戦況は……」

戦火で明るかった視界にゆっくりと影が落ちる。ぬるい風を感じて薄暗い方へと視線をやると、ナマエの方に向かって巨人が倒れてきていた。

「っ……!」

話には聞いている。マーレの戦士であるジーク・イェーガーが有する獣の巨人だ。呆気なく、その巨体は傾いでいる。
このままでは潰れてしまう。ナマエは姿勢を低くし、転がり込むようして地に手をつき、ジークの巨人を避けた。

「誰が……巨人を……」

腰が抜けて座り込んだまま見上げる。ジークのうなじに降り立った男と、目が合った。

途端、ナマエの中にも雷が走る。雷鳴がとどろき、視界はまたたき、体中が痺れた。幼い頃の記憶から、昨日食べた夕飯までの記憶がすさまじいスピードで駆けてゆく。走馬燈かもしれない。死に近い感触でナマエは。

「リヴァイ……アッカーマンだわ」

彼を、思い出した。

対するリヴァイもナマエを見て目を見開く。彼も何か、思い出したのかもしれない。ナマエは期待する。しかしそんな余韻に浸る間もなく、ジークのうなじから爆発が起こる。

煙にまかれながらナマエの意識は遠のいた。こんなにもはっきりと、思い出したのに。前世の記憶を。

どうして今まで忘れていたのだろうか。

(私……私、前世でも会っていたわ。リヴァイと)


以前の二人は、パラディ島に生まれ落ちた。
フリッツ王が壁の門を閉ざし、初めて始祖の巨人をその息子に受け継いだ年だった。
ナマエはレイス家の長子として。リヴァイはアッカーマン家の長子として。当時はまだアッカーマン家はフリッツ王を守護する家柄であり、その主従関係はナマエとリヴァイも例外ではなかった。

「ナマエ様、ナマエ様と同い年になる私の息子のリヴァイです。今日からナマエ様の専属の護衛の任を賜りました。どうぞよろしくお願いしますね」

ほらリヴァイ、ご挨拶。そう言われると、リヴァイは母のスカートの裾から顔を出し、ナマエの前にひざまずいた。

「なんだ。王様になるくせに、こいつチビじゃねぇか」

「まぁ、これ!リヴァイ!ほほ……すみません、なにぶん少し、口が悪くって」

ナマエの母はおおらかな人であったので「いいのですよ」と微笑むが、ナマエにとっては初めて触れ合う家族以外の人間。その第一声はかなりショッキングなもので。

「おかあさま、私、この護衛いやだ」

そう呟くと、わぁわぁと泣き出してしまった。

「ほら、リヴァイ。あやまりなさい」

素直にあやまってなんてくれない。ナマエは泣きながらそう思ったが、意外なことに彼は。

「……悪かった。俺よりチビなやつ、初めて見たから」

そう言ってナマエの目の前に座り直し、ナマエの小さな手を取った。

「俺がお前を、守ってやる」

幼いながらにもその言葉に偽りはなく、リヴァイはそれからずっとナマエの一番傍らでナマエを守り続けた。

当時フリッツ王が自ら行っていた王政権が、偽王を立て、王家は政権から手を引こうとしているいわば改革期で、ナマエも兵団や反偽王派に命を狙われることが少なくはない毎日。
しかしリヴァイがいれば何も問題はなかった。

馬車が襲われた時も、街にお忍びで遊びに行った時も、リヴァイ一人がいれば難なくナマエを守ることができた。

あの日もそう、王家の城に火が放たれた時も。

「……なんだか煙たい?」

ナマエが目を覚ますと、視界が霞がかったようになっていた。真夜中だというのに外は騒がしい。また城に賊が入り込んだのだろうかと、眠たい頭で思う。

「リヴァイはもう起きてるかしら」

リヴァイの部屋はナマエの部屋の真隣にある。廊下に出ようとしたら、当の彼は窓から転がり込んできた。

「どうしたの?今私、あなたを呼びに……」

しかし一瞬で目が覚めた。リヴァイが見たこともないほど、大怪我を負っていたのだ。左脚は血だらけで、顔も半分血まみれになっている。

「……リヴァイ!」

「お前だけは迎えにきた」

「どうしたのリヴァイ、すぐに手当てを」

「してる暇はねぇ。さっさと行くぞ」

腰に携えていた剣を使って立ち上がり、己の体も真っ直ぐに歩けるか定かではないのに、リヴァイはナマエを横抱きにする。

「リヴァイ!おろして頂戴!馬鹿なこと言ってないで、はやく手当てをするの。廊下から出て医務官の所へ……」

「もう俺らが帰る場所はない」

そう言うとリヴァイはナマエを抱いたまま、窓から飛び降りる。ナマエの部屋は三階であったが、リヴァイは着地するとすぐに走り始めた。
中庭や、湖の側にまで火が広がっている。

「何があったというの」

「王家がアッカーマン家を迫害するという通達を出した。このままいたら、俺は殺される」

「なんですって?」

「俺は……お前を守ると誓った」

でも、リヴァイ。私は巨人を継承しなくてはならないの。お父様から、始祖の巨人を受け継ぐと約束したの。


(私……あの時リヴァイに、なんて返事をしたかしら)

ナマエが目を覚ました時「調査兵団のリヴァイ・アッカーマン」はもとより、パラディ島の悪魔たちは消え失せていた。レベリオ収容地区に多大な爪痕を残して。

「あなたは……タイバー家のナマエさんでは?」

ようやくナマエの意識がはっきりしたのは、レベリオ地区内の救護活動が始まった頃で、マガトに声をかけられた時だった。

「マガト隊長……お久しぶりです」

「どうしてあなたがこんなところに。ヴィリー・タイバー郷はもう……そして戦鎚の巨人は」

「気を失っていましたが、状況は察しています。戦鎚は奪われてしまったんですね」

彼は奥歯を噛みしめ、俯く。

「パラディ島からきた兵を見ました。ジークを倒した兵士を……ご存知ですか?」

「は……?ジークを……おそらく、アッカーマン一族の者だろうという話しですが」

「そうですか」

ナマエはマガトの手を振りほどき、立ち上がった。彼らが去って行ったであろう方角の、空を眺める。

(せっかく、思い出したというのに。リヴァイ……)

私はあの時、彼になんと言っただろう。
リヴァイと、どんな会話を交わして逃げたのだろう。

荒れ果てた街の中で、必死に前世の記憶を手繰り寄せた。
未知なる道々

prev | next
back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -