ネタ帳 | ナノ
雪のように積もった埃から、硝煙が立ち昇る。ミッションは計画通りに遂行された。

牧師一名、世話役のメイド一名、食事係のアルバイト一名を殺害。普段なら遠くのビルの屋上や窓からの狙撃が多いが、今日は22口径消音機(サプレッサー)付きのハンドガンで現場に乗り込んでいる。

教会の中は黴の匂いもひどく、薄汚れたステンドグラスから差しこむ光は、きらきらと埃の雨を降らせていた。分厚いゴムソールを一歩進めると視界の色が変わる。紫、次に赤、濃い青、まばゆい黄色。礼拝堂という場所は暗いのにカラフル。

三名の死体を避け、リヴァイは耳のインカムに触れた。

「こちらリヴァイ・アッカーマン。殺害対象はクリアだ。これから聖典の捜索を開始」

ノイズ音が耳の奥深くに震え、それから応答。

「了解。すぐに死体処理班を向かわせる」

エルヴィンの声だった。リヴァイのボスであるエルヴィンは、教会より少し離れた場所に停めてある、黒塗りのフルサイズバンの中で待機中だ。

捜索を開始すると言ったものの、教会内は狭い。礼拝堂、懺悔室、設備だけは立派なキッチンと牧師の寝室。寝る場所は牧師の寝室だけなのだ。とても四名が暮らしていた建物だとは思えない。

教会というアンティークな場所を鑑みて、リヴァイはキッチンへと向かった。何かを隠すには石窯の下、というのは定番だ。

キッチンはステンレスの作業台が並ぶ近代的な造りではあるが、隅の方にひっそりと張り付く石窯は、教会の外壁と同じ雰囲気をしていた。ハンドガンの銃口で石窯の周囲を叩くと、足下の辺りだけ音が変わる。煉瓦は簡単に剥ぐことが出来て、小さな隠し扉が現れた。

地下へと続く階段。益々埃がひどくなる気配にリヴァイはうんざりする。無意識にグローブをはめた手の甲で鼻の辺りを覆いながら、地下へと踏み入れた。

蝋燭の灯りが揺れている。粗末な鉄パイプのベッドが三つ。そのうちの一つに、少女が脚を抱えて座っていた。少女は瞳の黒い部分だけを動かしてリヴァイを見遣り、不安げに毛布を掴んだ。

「誰?」

「リヴァイだ。聖典の鍵っつうのはお前のことで間違いねぇか?」

少女は頷く。手先は震えているのに、恐怖は感じていないようだ。

「銃声が聞こえた。貴方が撃ったの?」

「ああ。上にいた牧師の連中は皆死んだとこだ」

「そう」

「一緒に来てもらう」

リヴァイは顎をしゃくったが、少女は小さく首を横に振った。折り曲げていた脚を伸ばし、右脚を上げて見せる。

「無理なの。これがあるから」

足首には太い足輪がなされ、鎖はベッドに繋がれていた。ベッドには杭が打たれ、動かせないように細工がされている。

「悪趣味な連中だな」

リヴァイは引き金を引く。消音機(サプレッサー)が装着されたハンドガンから飛び出す音はごく静かで、銃口から空気が飛び出すような音がする。鎖を貫く弾丸の方だけが金属音をたて、少女とベッドとを切り離した。

「立て」

マッチ棒みたいな両脚が頼りなさげに立ち上がる。リヴァイは少女の手首を掴み、地下室を後にする。

礼拝堂まで戻ると、すでに死体処理班が到着していた。

「リヴァイ、その子が聖典の鍵?」

そう声をかけたのは、死体処理班班長のハンジだ。揚々と死体袋を広げながらも、興味深い様子で少女を眺めた。

「多分な」

「それじゃあ、リヴァイのセカンドミッションのスタートか。お疲れ、また一週間後に」

ふん、とリヴァイは返事の代わりに鼻を鳴らした。礼拝堂の外にはエルヴィンがリヴァイの車の前で待機をしている。聖典を、一目だけ見ようと待っていたのだ。

「今後の指示はまた追って連絡する。頼んだぞ、リヴァイ」

「割に合わねぇ仕事を引き受けてきやがって」

エルヴィンの返事を待たずして、リヴァイは少女を助手席へと押し込んだ。車はリヴァイの私用車だ。左側の運転席に、リヴァイも乗り込む。まだ陽は高い。サングラスをかけてからエンジンをかけた。街並みはゆるやかに通り過ぎてゆく。

「オイ」

最初の信号に停まった時、リヴァイは口を開いた。

「オイ……聞こえてねぇのか」

「私に言ってるの?」

「お前以外に誰も乗ってねぇだろうが。お前、名前は?」

静まり返る車内。目に煩い看板や散歩する老人と犬や、パン屋の袋を抱きしめた婦人が視界の後ろへと逃げて行く。少女の返事が無いまま、車はアパートメントに着いた。

黒いアイアンの手すりがついた螺旋階段を昇り、二人に用意された三階の角部屋へと向かう。リヴァイもこの部屋に来るのは今日が初めてだ。少女は絨毯の赤い花の部分だけを踏みながら、リヴァイの後をついて来る。少女には感情の一切が無いように思っていたリヴァイは、それが意外だった。子供の様な真似をする、そんな余裕があるものだと。

「ナマエ」

303号室の前で、リヴァイが呟く。

「カギ、無いの?」

「そうじゃねぇ。先に入れ、ナマエ」

「それって、私の名前?」

不思議に思いながら、ナマエは扉を開けていたリヴァイの腕の下を通って部屋の中へと入る。部屋の中にも、廊下と同じ絨毯が続いていた。また、赤い花の部分を踏む。ベッドルームが一つ。キッチンとダイニング。ダイニングには小さなソファとテレビ。シャワールームとトイレは兼用。典型的な一人暮らし用のワンルームだ。

リヴァイはキッチンの小さな冷蔵庫を開き、舌打ちを零した。彼の愛飲する紅茶も牛乳も、用意が無かったからだ。

「ナマエ」

「私のことよね?」

「おつかい行って来い」

「おつかい……買い物のこと?私が行ってもいいの」

世間の常識をまるで知らないナマエがこの場から逃げたとしても、一瞬で捕まえる自信がリヴァイにはあったし、ナマエが多分な労力を使って逃げ出す気概を持っているようにも思えなかった。それにおつかいくらい行って貰わなければリヴァイも困る。

「紅茶を一缶と牛乳を二パック。これで足りるはずだ」

わかった、と返事をするナマエの感情は読めない。言われたから行く、そんな様子だった。ナマエは行く時も赤い花を踏んで、牛乳と紅茶の袋を抱えて帰って来た時も赤い花を踏んだ。

「これであってる?」

ダイニングの二人掛けのテーブルの上に、ナマエは買って来た牛乳と紅茶を並べる。リヴァイはグラスを二つ取り出して、牛乳を注いだ。

「一日一リットルがノルマだ」

「沢山飲むんだね」

向かいあってグラスに手をつける。いつの間にかテーブルの側の窓は開いていて、古ぼけたレースのカーテンが二人を遮るように揺れた。

「リヴァイは殺し屋なの?」

「殺し屋じゃなかったら何に見える」

ナマエは牛乳を飲みながら考えた。彼女の中にある語彙は少ない。生活に必要な分の、語彙だけが少ない。窓の外は夕暮れの色をしていて、リヴァイの肌も、ナマエの肌も、淡い橙色に見える。

「七日間」

リヴァイが口を開いたが、ナマエの興味はリヴァイの腕の時計にいっていた。グラスを持つ手首の辺りをつついて、リヴァイに睨まれる。

「今日から七日後、俺はナマエを殺す。それが俺のミッションだ」

「どうして七日後なの?」

「知るか。俺もそう命令された。七日の間は生かしておかなくちゃならねぇらしい。死ぬまでにこうしてのんびり牛乳が飲みたけりゃあ、大人しく言う事を聞くんだな」

「わかった」

ナマエはほんの少し、嬉しそうな表情を見せた。そして七日後、リヴァイは呼ぶ時に困る空といって名前を付けたことを、ひどく後悔するのだ。愛称などと、よく言ったものだ、と。
殺し屋と少女2

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