秋晴れが気持ち良い午後──
ランチタイム後の授業は総じて教室内の空気が怠惰になる。加えて授業はエルヴィン先生の世界史だ。エルヴィン先生は厳しいけれど、融通の利く先生。授業の最後にきちんとノートをとっていれば、軽い居眠りはそうそう怒られない。
そんなものだから、クラスの大半はみんな机につっぷしてる状況だ。私もそうしていたんだけれど。
「おい、起きろてめぇ」
つんつん、と思ったより強い力で前髪は引っ張られる。
「……何?」
視線を起こせば、大きな布製の筆箱から体だけを半分出したリヴァイさんが私の前髪を引っ張っていた。
「エルヴィンの奴が怒らねぇから調子に乗りやがって」
「ちょ、顔出さないで下さい!」
慌てて教科書を立て、私は周囲のクラスメイトにリヴァイさんが見えないよう目隠しを細工する。
「……というか、俺の身柄をエルヴィンあたりに引き渡してもらいたい所だが」
「え!嫌ですよぅ。せっかくこの小さなリヴァイさんとの生活にも慣れてきたのに……」
「てめぇが1人で楽しんでるだけだろうが」
「てへへ……」
「照れるとこじゃねぇ」
そう、この小さなリヴァイさんとの生活はもう一週間目。
最初は瓶から出せば元に戻るだろうと思っていたけれど、そうではなかった。リヴァイさんは小さいままなので、学校ではこんな風に私のお供をしてもらって、私の自宅では私の小さな頃のおもちゃであったドールハウスで生活してもらってる。
「どうしたら元に戻るんだ……」
項垂れる様にリヴァイさんはため息を吐く。そうですね、とは同意してみるものの、私はまだこの生活を楽しみたいところだ。憧れのリヴァイさんがてのひらサイズになって私の側にいるなんて、幸せが過ぎる。
ちなみに今リヴァイさんが着ている服は清掃員のツナギじゃない。ドールハウスとセットであった、お人形のお洋服だ。濃紺のセーターとデニム風のパンツ。おしゃれで可愛い。
「ね、ナマエ?」
つんつん、と二の腕をペンで突かれる。隣の席のヒストリアだ。
「さっきから何ぼそぼそ一人で言ってるの?怖いんだけど」
「あ……ごめん。なんかちょっと、眠くって」
「そう。ならいいんだけど。それより定規持ってる?忘れちゃって」
「持ってるよ。ちょっと待ってね」
筆箱はリヴァイさんの定位置になっている。ちょっとすみません、と表情で語りながらリヴァイさんに立ち退いてもらい、私は定規を取り出した。左手にはリヴァイさんが触れ、右手に定規を持ち替え、そのままヒストリアに定規を差し出した。
「はい」
「ありがと……」
ヒストリアが定規を受け取った瞬間だった。
びりびりと雷の様な光が目の前を走り、エルヴィン先生は黒板のチョークを置き、教室中の視線が私の机に集まった。白い煙も立ち上り、何事かといった喧噪が巻き起こる。
「え……?!」
状況がつかめないのは私も同じ。しかし白煙が収束していくと同時に、机の上にはぽかんとした顔のいつものサイズのリヴァイさんが姿を現した。
「リ……リヴァイ!どこに行っていたんだ一1週間も音信不通で、皆心配していたんだぞ!」
教壇から血相を変えたエルヴィン先生がそう声を上げる。リヴァイさんは元のサイズに戻ったのに、何故か着ている服はいつもの清掃員スタイルに戻っていた。
「あー……授業中に悪い。コイツに誘拐されていた」
「ゆ、誘拐なんて!」
「小さくなって瓶に入れられてた」
教室中がざわざわと騒ぎはじめる。それもそうだ。一週間行方不明の清掃員が、唐突に現れて物騒な物言いをするのだから。
しかし私はわかった。この逆巨人化の原理を。
収集のつかない教室の空気を無視して、私は隣で呆気にとられているヒストリアに振り返る。
「ね、ヒストリア。とりあえずまたあの瓶もらえる?」
やんごとなき血筋のパワー