ネタ帳 | ナノ
窓枠に一輪の花が置かれている。窓を開いてナマエはそれを手に取った。黄色い花びらの、彼の髪を思わせる花。

(……来ていたなら声をかけてくれればよかったのに)

カーテンを引いて眠っていたからだろう。きっと気を遣って、アルミンはそのまま帰ってしまったのだ。

ナマエとアルミンが窓越しの交流を始めたのはもう半年ほど前。アルミンが調査兵団へ入団した直後のことだ。体の弱いナマエが珍しく一人で外出した帰り、道端に蹲っているのをアルミンが家まで送ってくれた。ちょうどナマエの家、そしてナマエが一日の大半を過ごすベッドから望める窓の外は、アルミン達調査兵団がよく行き交う通りらしい。

部屋の中しか世界が無いナマエにとって、アルミンの存在は世界そのものだった。

「ナマエ、昨夜の空を見た?昨日は月食だったんだよ。あんな風に月が見えなくなるのは珍しいんだ」

「星座というものがあるらしくてね」

「外の世界は広くて」

彼の言う事はまるでおとぎ話。続きが聞きたくて、ついついナマエはアルミンを長く引き留めてしまう。

けれど彼は必ず行ってしまう。彼は、調査兵団の兵士だから。

「ナマエ?起きていたのかい」

「母さん……ええ。アルミンがまた来てくれていたみたいなの」

ナマエの手にある一輪の花を見て、母は微笑む。

「あとで花瓶を持ってきてあげましょうね。そうそう、調査兵団といえば……明日からウォールマリアを奪還するとかで、大きな作戦があるそうだよ」

「そうなの?」

「リーヴスさんの所がね、それで差し入れをしようかって大騒ぎをしていたから。今日会えなくて残念だったわね」

母の言葉にナマエは俯いて言葉を噤んだ。もう次が無いような言い方はされたくなかったのだ。落ち込んだ様子のナマエを見て、母はナマエの部屋の扉を閉める。とびきりの花瓶を用意するために。

(きっとまた……会えるもの)

黄色い花を空に翳せば、それはアルミンの耳元で揺れる髪のように瞬いて見えた。きっと同じだ。同じようにアルミンは、笑ってまたナマエを訪ねて来てくれるだろう。ナマエはそう、信じて疑わなかった。
英雄になどならないで

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