無垢色の祭壇 | ナノ


▼ 1.さよならの準備

ナマエにあてがわれたのは、最新鋭の小型銃だった。ズボンのベルトや胸ポケット、スカートならば太腿の内側に隠し持っておくに最適な大きさ。ナマエの所属する諜報部から発案された武器で、隠密行動が多く、果ては潜入先での暗殺命令も遂行出来るよう改良された武器だ。

「回転式の銃だ。安全装置を外して引き金さえ引けば、6発までは撃てる。6発撃った後は装填を忘れるな」

担当の兵はそう言って、ナマエの目の前に替えの弾薬が入った箱を1つ置いてみせる。

「……補充用はいらない。1発目を外せば私が殺される相手だから」

「いや、そうは言っても」

場にそぐわない、いささか軽快なノック音が響く。ナマエは俯いたままであったが、銃の説明をしていた兵は軽く視線を上げて「ジークさん」と呟いた。

「持っていきなよ。備えあればなんとやら、だから。少し外してもらえるかい?」

ちらり、とジークは兵の方へと視線を移した。

「わかりました。あ、ここは禁煙ですからね」

「わかってるよ。さすがに俺でも、生身じゃ火薬は怖い」

「はは……じゃあ失礼します。また鍵をかけに来ますので」

「ん」

ひらひらと手を振るジークに合わせて、扉は閉まる。廊下の足音が遠くなってから、ナマエは目の前にあったその小型銃を持ち上げ、引き金に指をかけた。

「どういうつもり」

「どうもこうも……さっさと最初の調査船に乗っていればよかったのに」

「ジークが提言したのね。マガト隊長に」

「助言、って言って欲しいな。それに現場経験皆無のナマエちゃんが前線に行くよりも、コッチの方が生き残る確率は高い」

銃はナマエの手にしっくりと馴染む。小さな遊びの音を立てながら、銃口はジークへと向く。

「ジーク。本当に……貴方は何を考えているの」

「一つだけ本心を言っておくよ。俺は本気で君を大切に思ってる。だから俺の目の届く所にいて欲しい」

「ふざけないで。イェレナ達には何をしに行かせてるの?私がジークの命令でリヴァイ兵長を殺そうとしたことがパラディ側に露呈すれば、貴方の作戦とやらは無意味でしょ?!」

「そうか?今回ナマエちゃんに出たこの命令の発案はマガト隊長だ。俺は事実を伝えたまで」

ナマエは銃口を降ろし、銃はそのまま背中の、ベルトの隙間へとねじ込んだ。一歩、ジークへと近付く。

「……で?それから?マーレの命令でリヴァイ兵長を殺した後は、イェレナ達の……ジークの仲間になれっていうの?」

「そうなればいいと思ってるよ。リヴァイもね。実際俺、あいつ苦手だし」

一瞬、手を振りかぶった。ジークの顔を殴ろうと、渾身の力を込めて。しかしナマエは寸での所でそれを躊躇い、大きくため息を吐き出した。

「ナマエちゃん?」

「この……クソ髭野郎!」

それだけ言い捨てると、ナマエは長い髪をなびかせ、颯爽と武器庫になっているその部屋を出て行く。取り残されたジークは、小さく「えぇ?」と呟いて、飄々と頭を掻いたのだった。

***

調査船に乗り込む際、ナマエは船員となる兵とは別に、諜報部としてナマエを含めた3人でチームを組み、特別作戦班として乗船する予定となっていた。

既にパラディに巨人はいる。調査船が巨人に襲われた際には、そのチームで船を脱出。少数精鋭で島へと秘密裏に上陸せよ、というものだった。因みにこのチームとなる他の諜報部のメンバーはお目付け役も担っている。ジークがどういう風にリヴァイとナマエのことをマガトに説明したかはわからないが、3人でチームを組ませたのはナマエが迷わない為のいわば見張りだ。

「……しかしパラディ島に巨人が待ち受けていると、攻撃されてから脱出するのは得策ではありませんね。島が見えた時点で、我々は予備のボートで船から降りる方がいいのではないでしょうか?」

「島近郊の海流はボートでも大丈夫なのか?上陸地点の確保も重要だ。パラディ島の兵が配置されているとまずい」

「ナマエさん、何かご存知ですか?」

調査船に乗り込む前の最後のミーティング。諜報部から集められた2人のメンバーは、一様にナマエの顔色を伺っている風であった。

「私がいたのは一年も前のことでしたので……あまりあてにはしないで下さい。上陸した後の、身の振り様だけ私に従って頂ければ」

「そう……ですか」

メンバー内で一番年若い青年が、少し残念そうに視線を伏せる。

(そもそも成功するのかしら……)

3人で島へと上陸し、可能な限り現状のパラディ島を偵察の後、リヴァイ=アッカーマンの暗殺。そして次の満月の晩、やって来る予定の調査船へと戻り、マーレへと帰還。

「俺も頑張ります。生きて帰りましょうね、ナマエさん」

屈託なく、マーレの任務を遂行しようとする青年の笑顔に、ナマエの心は痛む。

「ええ。じゃあまた、出航の日に」

立ち上がるのが辛い程、気持ちは重い。

どうにか足を進めて部屋を出れば、向かいの壁に背をもたれてナマエを待っていたのは。

「……盗み聞ぎ?ライナー」

「いや。そのつもりは無いから、こっち側で待っていた」

ナマエは今しがたミーティングをしていた室内を気にして、「部屋に来る?」と首を傾げた。聞かれたらまずい話をしに来たような、そんな雰囲気を、ライナーは纏っていた。

「そうだな。単身寮に移ったのか?」

「ええ。女の子の部屋に来るんだから、紳士的にね」

わざと茶化した調子でナマエは言ったが、ライナーはその冗談には乗って来なかった。

部屋に着くまではずっと無言で。厚みのあるブーツの音と、少し踵のあるパンプスの音だけが響く道中。

ナマエが自室の扉を開いて中へライナーを促せば、ライナーは心底疲れた様子で椅子へと腰かけた。疲れているのは、ナマエも同じだった。

「島へ行くらしいな」

「どこから聞いたの?一応機密情報なのに」

「戦士隊の奴らはみんな知ってる……今更なんの為に行くんだ。まさかまた、アニの件か?それともベルトルトの……」

ナマエは静かに首を振る。そして薄く笑って「内緒」と呟いた。

「……そういうとこが、あざとい奴だよ。お前は」

「ライナーこそ、いつから私に向かってそんな風に言うようになったの?昔はもっと素直で可愛かったのに」

「ガキの頃の話しだろ」

「そうね。お互い大人になったものね」

部屋には西日が差し込む。ちょうど終業の時刻を報せる、けたたましいサイレンが外のスピーカーから響く。ナマエは少しだけ鬱陶しそうに目を細めながら、ベッドに腰掛けて腕を組んだ。

「私、一度ちゃんとライナーに聞きたかったの」

「……島でのことか?」

「察しがいいね。そう。島での……こと」

「前にも言ったが俺は」

「わかってる」

縋るように、ナマエはライナーの腕に手を伸ばした。それ以上、否定してくれるなと、そんな意味を込めて。

「わかってるよライナー。きっと私も、貴方と同じ気持ち」

「ナマエは……たかだが数カ月だろう?あそこで過ごしたのは。俺達は」

「わかってるの。3人は私よりもずっと長くあそこにいて……私よりもずっと地獄を、見たよね。私なんてそう、全然大したことない」

「ナマエ」

「そう。でも、だから話したかった。マーレで育った私達は無知で……世界にいるヒトは結局は同じヒトで」

「ナマエ!」

ライナーはナマエの手を振り払い、激昂した様子でそのままナマエの両肩を掴む。

「島に行くんだろ?!そんな調子で行けるのか?何をしに行くか話す気は無いらしいが……お前」

「ライナーは……あの島で好きな人、出来た?」

ぽつんと言うナマエの口調は、ライナーの記憶の底にある、少女の頃のナマエと同じだった。

「お前……まさか」

「私、行かなきゃ」

ナマエの目に薄く涙が浮かぶ。震える手でナマエの肩を掴むライナーの手を、ナマエは優しく撫でた。

「ライナー達のこと、本当に好きよ。ピークも、ポルコも、ファルコもみんな。だから私は、私の決着をつけに行くの」

「……帰って来る宛てはあるのか?!」

「相手は……あの、人類最強だからね」

ライナーは大きなため息を吐く。外からは二度目のサイレンが鳴る。食事の時間を報せるものだ。

静かに暗くなってゆく室内の中、ナマエは戦士候補生になったばかりの頃を思い出した。同じサイレンの音を聞いて、皆で足並みを揃えて食堂に走った。そんな記憶を。

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