無垢色の祭壇 | ナノ


▼ 1.執務室にて

扉の外には少し前から人の気配があった。リヴァイの隣で書類を整理していたナマエは何度かそれを気に掛けている風だったが、リヴァイは敢えて何も言わなかった。しかし先に痺れを切らしたのはナマエの方で。

「急ぎの用……というわけではないですよね。きっと」

「いい加減開けてやれ」

ぶっきら棒にリヴァイが言い放つと、ナマエは苦笑しながらドアノブに手をかける。古い木の軋んだ音と共になだれ込んできたのは、エレンを初めとした104期の面々だった。

「わ……うわ!も、申し訳ありません、リヴァイ兵長!」

大きくバランスを崩したエレンは有無言わず部屋の中へと入って来る。ナマエは一歩退き、一瞬の間に逃げ出して行ったサシャ、ジャン、コニーの後ろ姿を見送っていた。エレンの後ろには微動だもせずに佇むミカサと、逃げる波に乗り遅れたアルミンに限っては狼狽えながらその場に残っていた。

「逃げた3人はあとで仕置きだ」

机の上から視線を動かさないままリヴァイは呟く。

「何かご用ですか?」

扉を大きく開きながら、ナマエは突っ立ったままのミカサとアルミンにも中へ入るように促した。

「い、いえ。あの、用ってほどでは」

「こんな馬鹿騒ぎにお前まで便乗するとは珍しいな、アルミン」

敬礼を構え、アルミンは瞳を泳がせた。どうして彼等がここへ来たのかリヴァイにはお見通しだったのだ。

「……私達も一応リヴァイ兵士長の班員です。ので、秘書官を紹介してもらいに」

「ミカサ、お前」

慌てるエレンとアルミンを見て、ナマエはくすくすと笑う。

「私、そんなに話題の人なんですか?」

そう言ってリヴァイに振り返ると、リヴァイは「らしいな」と言ってため息を1つ。

「近々親睦会があるって聞いていたので……兵長はきっとその時に紹介して下さる予定だったと思うんですけれど。ナマエです。よろしくお願いします」

3人に向き直り、ナマエは柔らかく微笑む。エレンとアルミンは一瞬息を飲み、口々に「これは」「噂通りだ」と小さく呟いた。

「今はこっちの書類仕事が立て込んでやがる。ナマエの配置はそれが理由だ。今言った通り、正式な紹介は親睦会の時にする」

「そう……だったんですね。すみません。なんか同期達が、その、ナマエさんのことをすげぇ噂してて……」

ちら、とエレンは横目でナマエを見やった。面白くなさそうに、ミカサはエレンの上着の裾を引っ張る。ナマエ自身も、その噂はなんとなく耳には入っている。しかし便宜上、「噂って?」と3人に向かって首を傾げた。

「もういいだろう。てめぇらもさっさと仕事に戻れ」

まるで鶴の一声。リヴァイがそう言うと、3人は揃って敬礼を構え、颯爽と背中を向ける。

「……あ!えっと、アルミン?」

「はい?」

まさに部屋を出ようとしたタイミングでナマエに呼び止められたアルミン。額にかく汗を隠さぬまま、彼は振り返る。

「上着のここ、ほころびているみたい。縫う物は持っている?」

「い……いえ。後で誰かに針を借りてきます」

「そう。確かアルミン達のこの後の予定は演習場で新装備のテストだったよね?それが終わるころに私も演習場に行くね。針と糸とお茶のセットを持って」

「そんな、ご迷惑は」

「ううん。あと他のみんなにも伝えておいて。私の方がここでは後輩だから、気兼ね無く話してって」

ね?と追い打ちをかける様に微笑むと、アルミンはただ頷いて背を向けた。扉が閉まると、一寸前のリヴァイとナマエ、静かな2人の部屋が戻って来る。

「ガキ共を手懐ける気か?」

「人聞きが悪いですよ。こんな異例の配置を頂いてしまったんですから、先輩と仲良くしようとするのは当たり前です」

は、とリヴァイは声にならない笑いを零した。その異例の配置を指示したのは、他ならぬリヴァイだったからだ。

先の巨人化したロッド=レイスを迎え撃った調査兵団。その功績を敬して、オルブト区の兵団はエルヴィンやリヴァイらを招いて慰労のパーティを開いた。その際にリヴァイはナマエの存在を知り──新兵を募集するタイミングで、ナマエをオルブト区駐屯兵団から調査兵団へと引き抜いたのだ。

「……先輩といっても、ナマエ。お前の方が兵士としては長いだろう」

「いえ……私はまだ、兵士として壁外に出たことはありませんから」

「そうか……?」

開け放した窓から強い風が吹き込む。紅茶にミルクを落としたような色のナマエの髪は、スプーンでかき混ぜられたかのようになびいた。エレン達には頑なに視線を動かそうとしなかった、リヴァイのその瞳の行く先がナマエへと向かう。ナマエは照れるでもなく、困るでもなく。真っ直ぐとそれを受け止め、微笑んだ。

「書類、出来上がりました。私も演習場に顔を出してきます」

「ああ」

演習場に現れたナマエを見て、アルミンらは先程のように騒めき立つだろう。リヴァイでなくても、それは誰しもが手に取るようにわかった。

大規模な調査兵団の新兵勧誘。その中に北の駐屯兵団から来たえらく美人な兵士が就任早々秘書官に抜擢されたらしい。しかも、兵士長の。それはもう色めき立った噂が立つのは無理もなく。娯楽の少ない狭い世界での、恰好の餌食となっているのだ。

兵士というには華奢な背中を見送りながら、リヴァイはまた書類に目を落とした。これから彼女を、どうしてくれようかと思案しつつ。


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