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▽ 恋かもしれない


ぎりり、と音がするまでその華奢な両手に縄をかけた。縛られた彼女は小さく舌打ちをしてみせる。キルアはすかさず「抵抗したら容赦はしない」と言い放った。隣ではゴンが「痛そうだよ」と言っていたが、キルアはお決まりのようにゴンに言い返した。

終わりが見えそうにないその言い合いに、捕えられた彼女は口を開いた。

「ねぇ……どうして捕まったか心当たりは多すぎるんだけれど。殺すならさっさと殺して」

「別に俺らは殺すために……って、お前……ナマエか」

面くらったようにキルアは呟いた。

「何?2人は知り合いのなの?」

「知り合いじゃねーよ。知ってるだけ」

「ボウヤはゾルディック家の三男君ね?」

「ボウヤっていうほど、年も離れてないはずだけどね」

ナマエはため息交じりに鼻で笑う。もう笑うしかないような状況だ。彼女も、まさかこんな少年2人組に捕まるなど思ってもなかったのだ。

事の発端は半日前。ゴンの携帯にかかってきたクラピカからの電話だった。

『集めていた緋の眼を一対盗まれた。隠していたGPSで追跡したところ、どうやらゴン達の近くに犯人がいる。特徴を言うから、そいつを捕えておいてくれ』

そしてゴンの野生児並みの感が発揮された所で、ナマエは文字通りお縄になったわけだ。

「とりあえずクラピカに連絡入れとくか」

きっちりとナマエを縛り上げたキルアは携帯を取り出した。クラピカとの会話を傍で聞いていたナマエは「あの緋の眼の方か」と呟く。

「方かって、何?」

不思議そうにゴンが尋ねると、それに答えたのはナマエではなくキルアだった。

「何かヤバイことに脚突っ込んでんだろ。アンタの噂は色々聞いてる」

女性の武器を使った暗殺、迂闊に人が持ち運べるものでないモノの荷運びなど。特段腕がいいというわけでないが、今この瞬間に生きているというのはそれなりの修羅場をくぐり抜けてきた証拠だ。

「そう。ゾルディックのお坊ちゃまの耳に入るほど、私も有名になれたわけだ」

「まぁ、それもここで終わりだろうけどね」

皮肉めいたキルアの口調に、ゴンはオロオロと2人を見比べた。

「事情くらい聞いてやってもいいけど?緋の眼を盗んだ理由。元同業者としてさ」

「……もう殺しはしてないの」

はぁ、とナマエの深いため息が落ちる。絶妙な3人の真ん中に。

「どうして緋の眼を盗んだの?」

「単独で暗殺やってた人間が就ける仕事なんて、そうないのよ。それにこの仕事が失敗に終わればどうせ殺される。だから今殺してもらってもどうってことないの」

元同業者、その単語を口にしたことをキルアは後悔した。一瞬にしてゴンが、ナマエに同情したのが見てとれたからだ。そしてそれは図らずも自分自身にも言える。

ゴンと出会わずして、1人のままだったらどうしていただろう。そんな恐ろしい考えがキルアの中に過ぎった。彼女の素性に詳しいわけじゃない。ハンター専用掲示板どころか、一般の電脳ネットにあるような噂話をかじった程度だ。

それなのに、目の前に縛られている女性はキルア自身にも見えた。

「そんな依頼人クライアント、あんたならどうとでも出来るだろ。簡単に自分を殺せとか言うな」

「意外ね。心配してくれてるの?」

「キルアだって心配するよ!キルアはもう暗殺者じゃないんだ」

景気よくナマエを捕まえてきた少年2人に、今度はナマエが面くらう番だった。

「変な子達……」

「よく言われるんだー」

「褒めて無いけど」

えへへ、と照れたように笑うゴン。場の空気は一瞬和んだかのように見える。

「でもいいの。もう、疲れた」

ぽつんと吐き出した一言にキルアは戦慄した。本気で、死を決めた人間の横顔に見えたのだ。

「おい」

「じゃあ俺達がどうにかする!」

闇に沈もうとした空気を引っ張り上げたのは、やっぱりゴンだった。ああ、お前ならそう言うと思ったよーーーキルアからすれば、もう言わなくてもわかるようなその展開。しかし初めてのナマエは、全く解せない様子で怪訝に2人を見上げた。

「は?」

「ナマエがどんな奴らと関わりがあるか知らないけれど、俺とキルアでなんとかするよ。それでさ、ナマエもハンターになったら?」

「はぁ?」

しかし今度はキルアも、怪訝そうな顔でゴンを見やった。

「次のハンター試験でキルアも合格して、ハンターになるんだ。だからナマエも一緒に受けてみたら?」

「彼は何を言ってるの」

助けを求めるようにナマエがキルアを見つめると、キルアは困った様に「いっつもこうなんだ」と呟いた。

真剣にナマエを見つめるゴン。呆れたようにしつつも、優しい瞳のキルア。

一呼吸置いてから、ナマエは笑い声を立てて笑った。

「あはは、は……はぁ、もう。笑ったの久々で腹筋が痛いわ」

「え?本当?ならもっと笑って」

そう言ってゴンは変な顔を作って見せる。

「でもマジな話し。ナマエがこのまま黙って俺達に緋の眼を渡してくれるんなら、俺達はナマエを助ける協力するよ。ハンター試験の話しは置いておいてさ」

「キルア……って言ってたっけ」

くすくすと笑いながら、ナマエはキルアを見上げて微笑んだ。

「なんだよ、急にそんな顔すんなよな!」

「キルアも、私と同じだったのね」

よし、と小さな声を出してナマエは立ち上がった。キルアがあれだけきっちりと縛った縄は、すでに解けている。

「おい、いつの間に」

「縄抜けは基本だもの」

ナマエの身長は頭一個分、2人より高い。今度はゴンが「待ってよ」とナマエを見上げていた。

「誰かに助けてあげるって言われたの、初めてだったな。ありがとう、ね」

「でも」

「緋の眼はそこの私のカバンの中に入ってる。元の持ち主に返しておいてくれるんでしょう?」

今にも飛びだしていきそうなナマエを、キルアはどう引き留めようか考えていた。どうしてこんな風に思うか、キルア自身も不思議で仕方なかった。緋の眼さえ戻れば彼女のことなんて。いや、違う。もうナマエは。

「ナマエ」

キルアがそう口にした次の瞬間、視界に飛び込んできたのはゴンの頭を押さえつけて、その頭一個分低い位置の唇にキスをするナマエの姿だった。ちゅ、という派手なリップ音を響かせると、少しだけゴンと距離を取ってナマエはいたずらっぽく笑って見せる。

「次に会う時はハンター試験、でね」

呆気にとられたゴンは、ナマエに突き飛ばされた衝撃で尻もちをつく。その隙をついて、ナマエは窓から飛び出していた。

「ちょっと待てよ!ナマエ!」

とんとん、と器用に屋根の上を飛びながらナマエは手を振っている。「おいゴン」とキルアが振り返ると、両手を口に当てたゴンは「俺はもうハンターなんだけどなぁ」などと呟いていた。


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