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▽ 楽園


トリックタワーを攻略した受験生達が次に連れて来られたのは、難破船が多く密集した海の真ん中に聳える、軍艦の上だった。

第四次試験が始まる前の休息という体らしく、その日の宿は軍艦の中にあるホテルに宿泊するという。しかしそこは一泊1000万ジェニー。もちろん、そんな大金を受験者が持っているはずもない。ホテルの支配人を勤める老夫婦は「現物支給でもホテルの鍵を渡す」と提示してきた。

周囲に密集した難破船から、お宝を見つけて来いというのだ。斯くして受験生達は、ハンターの真髄ならでは、お宝探しをすることとなった。

***

キルアはこの試験だか休息だか、よくわからない状況にイラつきを見せていた。トリックタワーでナマエはヒソカに襲われたり、急に記憶が戻ってきたりで散々な目にあったばかりだ。

「早くお宝見つけて、ナマエを休ませてあげようよ」

暗くなったキルアの表情を汲み取ったゴンが、そっと耳打ちをする。

「俺が言おうと思ってたんだけど、そのセリフ」

じと、とキルアが睨むと、ゴンは「ごめんごめん」と頭を掻いた。

「ねぇ、どこから探す?」

こそこそと話すキルアとゴンに、ナマエは遠慮がちに話しかけた。2人は同時に振り返ると「ナマエはそこで待ってて」と言って、桟橋を指さした。

「え?」

「いいから座ってろって。俺らならすぐ見つけてくるからさ、ナマエはそこで見張り当番な」

言うなり、海には水しぶきがあがった。ゴンとキルアの姿はあっという間に見えなくなる。そしてすぐさま、ゴンが海から顔を上げた。

「宝箱あったー!」

「ええ、もう?」

「うん。見てみてー」

ナマエの座っていた桟橋までやってくると、ゴンは自慢げに手に持っていた首飾りを差し出した。キルアはまだ、海底にいるようだ。

「わぁ、すごいね!」

ちょうどゴンの握りこぶしほどの、大きな青い宝石のついた首飾り。

「ナマエつけてみなよ」

「いいの?」

「いいよいいよ。その後あのおじいさん達の所に持って行けばいいし」

「おい、なんかあったのかー?」

ナマエが首からそれをちょうどかけようとした時、キルアも2人の桟橋近くの海面から顔を出した。ナマエの手にはキラキラと光る首飾りが見える。ああ、ゴンが何か見つけたのか。そう推測して、キルアも2人に近付こうとした瞬間ーーー

大きな白煙が辺りを包んだ。

「わぁ!」

びっくりした反動でゴンも海に投げ出される。

「ナマエ?!」

片手でゴンを受け止め、キルアは桟橋にいるナマエを見やった。白煙はみるみる空中に伸びて、薄くなっていく。

「わっ、ごほっ……何?」

鮮やかになっていく視界の中心に、少しうずくまったナマエが両手で顔を覆っていた。ひとまず彼女の安全を目視したキルアは、ほっと胸を撫で下ろした。

しかし次にキルアの視界が捕えたのは、規模で言うならオーケストラだった。そうそうオーケストラの楽曲などを嗜む彼ではないが、キルアの視界には知識程度かじったその中のチェロの曲線美が目の前に広がっていた。あのなだらかな曲線は完璧な女性のシルエットを思わせる。脳内では豪快なティンパニとシンバルが警報に近い音をキルアに響かせていた。これは、目の毒だ。

「ナマエ?!どうしたの、なんで急にムチムチボインに?」

「てっめー、ゴン!そんな下品な一言で片付けんなよ!」

バシンと締めの音を鳴らしたのは、キルアが叩いたゴンの頭だった。

「何……どういうこと?!」

当の本人は困惑の表情を浮かべたまま、桟橋の真ん中ですくんでいた。着ていたティーシャツとショートパンツはぱつんぱつん。限界まで膨らんだ胸の辺りは、どこからどうみても「ムチムチボイン」だ。心なしか少し身長も伸びているようで、反して手足はスラリとしている。唇や頬も色っぽく、瞳だけはいつも通りのナマエだった。

「この首飾りのせい……?やだ、とれない!」

必死で首飾りを外そうと、ナマエは身じろいだ。しかしちょうど両腕が胸に挟まれる形となり、その動作は色っぽさを孕む。

「そのままでもいんじゃない?」

全く表情を変えずに言うゴンに、キルアは背後からもう一発食らわせると「今俺が外してやる」と桟橋へと飛び上った。

「キルア……どうしよ」

「頼む。今だけは俺の目を見るな」

目を逸らしながら、キルアは首飾りに手を掛けた。海の中から声を立てて笑うゴンに「ゴンも手伝えよな」とキルアは睨む。

「おい、マジかよ。これ外れないぜ」

「えー?俺にもちょっと貸して」

ゴンも同様に外そうとしたが、首飾りは何故かびくともしない。

「やっぱりそのままでいいんじゃ」

「確かに。私も悪い気はしないかも」

「ちょっと待てよお前ら……」

ゴンとナマエがそのまま行く?と同調しかけた時、3人の名を呼ぶ声が響いた。振り返ると、そこにはクラピカとレオリオの姿。

「ねぇ、2人ともちょっとこっち来てよ。ナマエが大変なんだ。俺はこのままでいいと思うんだけど」

「いいわきゃねーだろ!」

やいやいと桟橋の上で言い合うゴンとキルアを不思議そうに、クラピカとレオリオも難破船の上を足場にしながら3人の所へと近付いてきた。

「ナマエっ……む、むほー!」

レオリオが鼻の下を伸ばしたと同時に、彼の頭の上には華麗なキルアのかかと落としが決まる。キルアの中では想定内の流れだった。

「ってぇ……」

「な、何がどうしたのだ」

想像だにしなかったナマエの容姿に、クラピカも僅かながらに動揺を見せる。

「この首飾りをかけた瞬間、白い煙がいっぱい出てね。そしたらこんな風になっていたの」

「それはまた……しかし」

ふ、とクラピカの指がナマエの髪に伸びる。

「ナマエが大人になると、こんな風になるのだろうな。綺麗だ」

照れも下心もなく、クラピカはナマエの髪をすいた。ほどいたままにされていたナマエの髪は、クラピカの指の間からさらさらと滑り落ちる。

「そ、そうかな。クラピカまでそう言うなら、もうこのままでいいような気がしてきたよ」

照れたようにはにかんで、ナマエはクラピカから視線を逸らした。少し身長の伸びたナマエは、傍から見るとちょうどクラピカと釣り合いがとれている。

「だから!いいわきゃねーって」

ぐい、とナマエの手を引っ張ると、キルアはそのままナマエを横抱きにした。

「キルア!どこ行くの?」

「あの支配人のじーさんのとこだよ。何か知ってるかもしれねーし。ゴン、残りのお宝持ってこいよ!」

ゴンは「了解」と笑顔を向ける。

「おいおいキルア、それでナマエがもとにもどっちまったらどうすんだ!」

かかと落としをくらっていたレオリオがそう声を上げると「もとに戻すんだよ!」と、負けじとキルアも声を張り上げた。

「キルア降ろして?私も歩けるよ。重いでしょ?」

「こんくらいなんともねーよ。それにこれ以上、他の奴に今のお前を見られるの嫌だし」

ナマエから見上げたキルアの顔は、真っ青な空の色に良く映える紅色に染まっていた。

***

「ああ、その首飾り。とても良い物を見つけてきたね」

支配人のおじいさんこと、ジナーのもとへ行ったゴンとキルアとナマエ。なんのことは無い、という風におばあさんのバナーはどこからかもう一つ首飾りを取りだした。

「で、これ何かわかる?」

「わかるとも。これをかけてごらん」

ナマエの首にかかっている大きな首飾りに比べると、随分華奢なプラチナ色のペンダント。それを手渡され、ナマエは更にそれを首からかけた。かちり、とプラチナと宝石が重なると、またもや白煙が巻き起こった。

「お!」

キルアの瞳に希望が灯る。
ムチムチボインに変身した時と同様、すぐに白煙は消え、そこにはいつものナマエが姿を現した。

「戻ったみたい」

いささか残念そうな本人に、隣のキルアは心底ほっとしたようにナマエの頭を撫でた。

「これは先見の首飾りと言ってね。文字通り、首から書けるとかけた者の先を予見したような姿に変えてしまう、不思議な首飾りなんだよ」

「じゃあ、私は大人になったらあんな感じになるってことですか」

「そうだね。価値にして数千万ジェニーはくだらない。一等船室の鍵をあげよう」

「じーさん、それナマエの見てくれも金額に含んでねーだろうな」

キルアと、後ろからはバナーも同時にジナーを睨んだ。

「いやいや、はははは……」

***

一等船室は広い角部屋で、真ん中にはキングサイズのベッドがどんと鎮座していた。シャワールームもなかなか広い。今回の受験者の中で、この3人が一番の部屋だ。

「ナマエのお陰で、一等船室に泊まれたね!」

「お宝取ってきたのはゴンだろ」

ベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねるゴンとナマエに、キルアは呆れたようにため息を吐いた。

「でもちょっと残念。もうちょっと大人になったのを楽しみたかったな」

「ね!ナマエとっても綺麗だったよ」

「もーいいって、その話は。さっさと寝ようぜ。子供は早寝早起きってな」

早々にキルアは布団に潜り込む。ナマエとゴンもそれに倣って布団の中へと入った。ぱちんと照明のスイッチを切ると、カーテンを閉め切った室内は真っ暗になる。端からキルア、ナマエ、ゴンの順番で並んだベッドの中。キルアはナマエに背を向け、ナマエは大きな伸びを1つして正面を向いたまま胸の上で手を組んだ。ゴンはじっとそれを観察してから「ねぇ」と呟く。

「なぁに?」

「んだよ。さっさと寝ろよ」

「俺って寝相悪いんだ」

ぽつんと不安げに言うゴンに、ナマエとキルアは同時に吹きだした。

「そんなの、俺とナマエも一緒だって」

「うん。私は朝起きたら寝癖がひどいんだよ」

「そっか。じゃあみんなおあいこだね。ベッドから落ちても恨みっこナシ!」

「そーいうこと。じゃあもう寝ろよ」

「うん。おやすみ」

深い寝息は3つ分。
もう少ししたらそれは否応が無しに叩き起こされるのだが、3人はそれぞれに安心した表情で深い眠りについたのだった。

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