▼ 15.終結の狼煙
エレンが硬質化に成功し、地下から脱出したナマエ達調査兵団は、オルブト区にて巨人化したロッド=レイスを迎え撃った。とどめを刺したのは、娘であるヒストリアだった。
***
「ナマエ」と呼ばれて振り返ると、そこには肩からライフルをかけたヒストリアの姿があった。
「こっちに来たの?オルブト区の駐屯兵団本部にいるように命令されてたでしょ?」
エレンとミカサ、それから負傷者を除いた調査兵は、陥落した地下周辺の後片付けに追われていた。まだ中央憲兵も埋まっている。ヒストリアはもう、民衆の前で真の女王だと印象付けた後だ。こんな場所で万が一があっては困る。
「平気。それにこっちはこっちで、人手不足なんだから」
「それは……そうだけど」
ナマエがどうしようと思案していると、近くで作業をしていたリヴァイが気付き、2人の方へと歩み寄ってきた。
「おいヒストリア、戻れ」
「ナマエが戻る時、一緒に戻りますので」
きっぱりと言い放つヒストリアに、リヴァイは小さく舌打ちを零した。それ以上何かを言う気はないらしく、リヴァイはため息と同時にナマエの方に向き直った。
「ナマエ」
命令を下すような雰囲気であったので、ナマエは反射的に敬礼を構えて「はっ」と返事をした。
「俺は今から1人連れて森の奥まで行ってくる。もし奴を見つけたら報せるが……お前の方が先に見つけちまったら、俺の方に報告に来い」
「了解……しました」
そこに名前は出なかったが、ナマエにはもちろんその「奴」が誰のことかわかった。リヴァイが1人の調査兵を伴って行く後ろ姿を見送ると、ヒストリアは「あの時の人って、今リヴァイ兵長が言っていた人?」と首を傾げた。
「あの時?」
「ナマエも……置いて行かれたって」
ユミルがいなくなってしまった時、ヒストリアとそんな話をしたのだ。
「そう、その人」
「中央憲兵のケニーって人でしょう?私のお母さんを殺した……」
「……そうだったんだ」
足元から崩れそうな衝撃を受ける。ナマエはきっと、その時のケニーを知っていた。視線を落として足元を見つめるナマエの肩に、ヒストリアは薄く微笑んで手を掛けた。丸い瞳は、優しくナマエを見つめている。
「私もヒストリアみたいに決着をつけたかった」
「でもナマエは……こうなってよかったって。置いて行かれてよかったって。そう言ってたじゃない」
「それは……そうなんだけど」
「ナマエ。私はやっぱり、まだそうは思えない。けどね、覚悟はもう決めたから」
「ヒストリア」
あの時肩を震わせて泣いていた彼女はもうどこにもいなかった。強いつもりでいたナマエは、突然現れた過去の思い出に捕われている。
「それに私、リヴァイ兵長のこと一発殴るからね!」
「え……何それ」
突拍子も無く出た話題に、ナマエは狼狽えた。ヒストリアから誰かを一発殴るという宣言自体が違和感だ。
「決めたの!これくらい出来なきゃ女王なんてやれないんだから。邪魔しないでね」
「す……っするよそんなの!リヴァイ兵長は殴らせません」
「ナマエのいない所で実行しなくっちゃ」
ふふ、と笑いながら振り返るヒストリアは微笑んでいた。いたずらを思いついた子供のような笑顔に、ナマエは「手加減してよね女王様」とため息まじりに呟いた。
***
森の奥に進んだリヴァイは、木の幹にもたれたケニーの姿を見つけた。
「……ナマエ=アッカーマンを呼んで来てくれ」
リヴァイはそう言っただけだった。
しかし先のリヴァイとナマエの会話、今のリヴァイの横顔を見た兵士は、何かを察したように駆け出した。間に合わなかったらいけない、と。
兵士の足音が遠くなっていく。リヴァイはゆっくりとケニーに近付いた。
「何だ……お前かよ……」
もう長くない。それは一目瞭然だった。何から聞けばいいのかーーー目の前の男は、調査兵団が追い求める真実の一端を握っている。
順番に、確実に聞き出さなくては。
思考を巡らせながらリヴァイは口を開く。しかし頭の中で組み立てた会話はどんどんと崩壊していく。ケニーが、目に見えて弱っていく。
ケニーがリヴァイにとって何者か。それを訪ねることが出来たのは、一番最後だった。
***
リヴァイと一緒に森の奥へと行った兵士が戻ってきたのは、すぐのことだった。
ヒストリアと共に作業を続けていたナマエ。木立の影から焦った様子で走って来る兵士の姿を見つけると、すぐさま駆け寄った。
「リヴァイ兵長は一緒じゃないんですね?!」
「ああ。この道を東へ進んだ先だ。その辺りにいるから急げ。急いだほうがいい」
そう言われた瞬間、弾かれたようにナマエは走り始めた。遠くからヒストリアのナマエを呼ぶ声が聞こえる。
(ごめんヒストリア、1人で行くから……)
きっと、リヴァイも待っている。
報告の兵士の様子からすると、ケニーは危ない状況だ。そしてそれは、本部へ戻るのも困難な程が伺える。
地下に埋まったケニーの仲間達。恐らく虫の息であるケニー。そんな状況なのに、ひどく良い天気だった。今は鬱陶しく感じる日差しを浴びながら、ナマエは走る。
ナマエは親しい人が亡くなるその時、空模様が雨であったことがまだ無い。
記憶の中にある誰かの死のにおいは、いつもお陽様に包まれていた。きっと死に逝く人へ、空からの手向けなのだろうとナマエは思っていた。雨が降っていても、同じことを思っただろうけれど。
(……いた!)
リヴァイとケニー。
きっとリヴァイはもうナマエの存在に気付いている距離だ。それなのにリヴァイは振り向かず、黙って蹲ったままだった。
2人の場所まであともう10歩ほど、となった所でナマエは大きく息を吸い込んで呼吸を整えた。一歩ずつ、踏み出す足が重く感じる。なんと声を掛ければいいか、わからなかった。ナマエ自身もそれをどう受け入れていいかわからなかった。
「遅かった……ですね」
「ああ」
ケニーの瞳は閉じていた。
リヴァイの右手に血がついている。もしかしたら彼がケニーの瞳を閉じたのかもしれない。場違いな鳥の鳴き声が響く。うららかな木漏れ日を浴びながら、ナマエとリヴァイはしばらくそのままでいた。温もりを孕んだ死のにおいが、そこには立ち込めていた。
The end of
「4.country of memories」
「4.country of memories」
>>5.Heaven's Kiss
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